ラプラスの魔物 千年怪奇譚 146 予兆の影
伊吹の二日酔いが凄かったり飲み過ぎだろって言われたりルビの振り方がおかしかったり(バグではありません)みたいな話が入っていてもおかしくない話。
「二日酔いが凄いです。」
「あんなに呑むからだよ。」
「……あんなの呑んだ内に入りませんよ?」
「呑んだくれってこれだから嫌なんだよ……。」
荒らされた部屋の家具を元に戻しながら、二人は他愛の無い会話を繰り返していた。
「緑珠は?」
「あの人は書類整理です。……出来るのかな……僕が行った方が良いですかね?」
「君の場合は『僕が行った方が良いですかね?』と書いて『緑珠様に会いたい』と読むんだろ。」
「僕が行った方が良いですかね?(緑珠様に会いたい)。」
「態々言い直さなくていいよ。」
というか、と真理が瓦礫の屑を捨てながら問うた。
「国が出来たら何処に住むの?」
「離宮が大きくてですね。そこになるみたいです。本邸をどうにかしなくちゃな……。色々思い出が詰まった場所ですしね。」
軽く、真理は目を伏せた。
「……そうだね。此処までほんと色々な事があったね……。」
イブキものんびりと続ける。
「国を逃げ出して……ゆっくりして。国を沢山回って……神様に狙われたりして。」
「まだ終わった訳じゃないけど、前よりはやんちゃ出来ないよねぇ。」
真理の呟きに、イブキは頷いた。
「やっぱり一番大きかった事件は……。」
ふ、と口を弛めて。
「緑珠様のお気に入りの下着のブランドが倒産した事ですね。」
暫くの間の後、真理は首を傾げて一つ。
「……えっ、今なんつった?」
「えっ、普通に国を出て地上で生きたことですけど……。」
「んな事一言も言ってないよね?」
「そんなぁ。酷いですよ。僕はちゃんと 緑珠様のお気に入りの下着のブランドがと倒産した(地上で生きたこと)って言いましたよ?」
「言い直さなくていいよ。」
沈黙が起こる。それを真理が叩き潰した。
「お気に入りが無くなるのは大変だね。」
「そうなんです。肌荒れしなくて可愛らしいからお気に入りなんだって華幻に言ってるのを盗み聞きしてました。」
「もう醜悪極まりない話ばっか流れてるけど大丈夫なのこれ。」
「女の人はやっぱり見えない所まで気を配るんでしょうか……。」
「そんなもんなんじゃない?」
生返事をしている真理に、イブキは神妙そうな声で問うた。
「時に真理。女性の下着の趣味ってあります?」
「いきなり話題振ってくるな……。そうだね、僕は……。」
ぽつり、呟く。
「……ベビードールかな。下着らしい下着でも無いけど。ベビードールかな。」
「二回言った……!」
「君は?僕だけ聞いて言わないとかナシだよ。」
「言うに決まってるじゃないですか。」
「元気良すぎ……それじゃあどうぞ。」
胸を張って、イブキは微笑んだ。
「『僕が選んだ下着』です。」
「最強出して来たな〜!何色?」
「赤のリボンがあるやつがいいです!黒も好きですけど!赤色!好き!」
取り敢えず叫び声が響く。何だか何処かすっきりした様な顔だ。
「ほんと元気良いな……。」
「叫びたかったんですよ。」
「あわよくばそれを緑珠に着せたいとか?」
「……何故バレたんですか……!?」
「君の今まで行動を鑑みて分からないやつの方がヤバくない?」
にっこり、優雅に伊吹は微笑む。
「夕飯に毒が入ってないといいですね。」
「脅しこわ……。」
はぁ、と軽い溜息を一つついて。
「緑珠様に会いたいなぁ……。」
「無限ループ会話かな?」
「会話の基礎なんてそんなものでは?」
「それは言えてる。」
所変わって二人が居る部屋の外。件の主は扉の真ん前にいた。
「……仲良さそうね。」
【混じりたいとか?】
「そりゃあね。でもま、仲良さそうだし、この後軽い書類整理だけだし……混じるのも悪そうだし……。」
にしし、と歯を見せて緑珠は笑う。
「書類整理終わったらお茶しない?」
【良いわねぇそれ!素敵だわ!】
あぁでも、とほんの少しイザナミちゃんはしょげる。
【貴女と夜お布団でごろごろするのも、好きなのだけれど……。】
「またそれはそれでしましょうよ。私もしたいわ。」
そう言って部屋の前から離れようとした時、ぐりぐりと頭が触られる。
「きゃーっ!やめてやめて!」
何処か嬉しそうな声を上げながら、緑珠はくるりと振り向くと、今度は悪戯っぽく笑うイブキが居る。
「お茶ですか?」
「そうよ。」
「僕は……。」
「ダメ。女子会だもの。」
「じゃあ別枠は?」
「良いわよ。」
やった、と小さくイブキはガッツポーズを作った。
「じゃあね。色々整理しちゃうから。」
「体調にはお気をつけて。」
「そんな直ぐに倒れたりしないわ。有難うね。」
緑珠はイザナミちゃんをつれて、その部屋を離れた。
「こ、これねぇ……でも……。」
【なぁに。】
「……二人で片付ける量じゃ無いわよね。」
【そうかしら。ほぼほぼ死んでもいい書類だと思うけれど。ざっくり見たところ。】
「『死んでもいい書類』?」
不思議そうに首を傾げた緑珠に、イザナミちゃんは何となしに答えた。
【地獄の住人はね、『寿命』を終えたものを見る事が出来るの。だから書類整理とかっさと終えられちゃうのよ。】
「べ、便利な力ね、それ……。」
【あの皇子にもつくんじゃないかしら。近い内に。】
ぴたり、と緑珠の動きが止まる。
【閻魔の力はね。沢山あるの。『どんな概念でも死に至らしめる』、『寿命の有無』、『寿命の期限』。それに加えて共通の『寿命を終えた物を見る力』。】
適当に見えて的確な動きをしているイザナミちゃんを、緑珠はぼおっと見詰める。
【短い寿命で、百年黄泉を治めなくちゃいけないから、能力の発達も早いはず。……でも貴女が居るから百年以上治めるでしょうね。あの子は。そうなると貴女を潰す事なんて簡単な事になるの。】
「……発達をゆっくりにすることは……出来ないの?」
不思議と声が揺らぐ。
【ああいうのは精神的な物が大きいから。それに話していくのが大事ね。きっと大きく変わるから、少なからず怖がると思うわよ。そう!思春期の息子の様に!話すのよ!】
ふよふよ浮いていたイザナミちゃんが、緑珠に振り向く。呆然と、涙を流している彼女に。
【え、あ、ごめ、ごめん、なさい……。】
「違うの。気にしないで。ただ……これはほんと我儘で、私の勝手な思い込みで、完全な利己的な考えなのだけれど……。」
そっと拭って、緑珠は続けた。
「あの子は……貴族だった頃、鬼の血を引いているのに霊術が全く使えないのが劣等感になっていたの。今は普通に使えるようになって来ていて、イザナミちゃんの言うように能力が増えていく。」
足元に散らばっている書類を、続けて拾い上げていく。
「そんな時に、思ったりするでしょう。『どうしてあの時にこうじゃなかったんだ』って。そして彼には、時を巻き戻す事が可能な力だって出てくる。……その時に私は、何を言えば良いのかしら。」
ふぅ、と深呼吸を一つ。
「答えはこれから探していけばいいけれど、私には不安で堪らな」
【貴女はきっと僕を止められる。】
「……それ、は、あの子の……。」
目を見開いた緑珠の顔を、イザナミちゃんはそっと包む。
【貴女は私達(死)から見ればとても魅力的。だってそうでしょう?生き物が生き物になって、『死』を得た。】
「……。」
【それを抜きにしても、皇子は貴女に強い気持ちを抱いている。大丈夫。貴女の言うことはきっと届いているわよ。】
「……そうなの、かな。届いてるのかな。ちゃんと。」
あえて言葉を作らずに、イザナミちゃんは優しい笑顔を作る。
【目を瞑って?】
「目?なんでいきなり……。」
【良いから良いから。】
言わるれるがままに目を瞑ると、開けていいわよと声が聞こえて、緑珠はゆるりと目を開けた。
【なんと!書類を全部綺麗にしちゃいました!】
「こんなに消えるものなの?」
【全部同じ形式のものばかりだったから。やり方はほら、あのファイリングしてある物を見ればいいから問題ないわよ。】
よしよし、と優しく頭を撫でながら、それを示す口調で続ける。
【不安があるなら言える人に言いなさい。それでも不安なら考え続けなさい。答えはあるから。】
なでなでされている手を嬉しそうに触りながら、ぽつりと緑珠は呟いた。
「……あり、がと。」
こんこん、と扉が叩かれる。
「あのう、緑珠様。諸用がありまして……。」
そして二人の様を見て、輝かしい笑顔でとんでもない事を言った。
「あれ、これもしかして百合ですか?」
「百合じゃないわよ。……全く、本人はお気楽な物ね。」
「えーっ!僕のこと噂して下さってたんですか!通りでくしゃみがする訳ですね!」
【それは埃のせいなんじゃないかしら。】
「それで、用というのは?」
忘れてた、という顔をイブキは作る。
「明日の戴冠式の衣装の事で話があるそうで。」
ちょっと被せ気味に緑珠はイブキの手を引っ張った。
「あら!行くわ!でもその前に。」
イブキとイザナミちゃんの手をがっしり掴んで、緑珠は嬉しそうに笑った。
「お茶会しない?」
「んーっ!お茶菓子が美味しいわ……。やっぱりあのうさぎのマスターには頭が上がらないわね……。」
「……うさぎの店主。」
優しい陽が照り映える緑の芝生の中庭の上で、美味しそうに頬張る緑珠に、真理は首を傾げた。
「ねぇ緑珠。その人ってさ、昔魔法使いとか言ってなかった?」
「言ってたわ。知り合いなの?」
「ちょっとね。……そっか、会いに行こうかな……。」
緑珠は手元にある冷たい紅茶を飲む。
「何処で知り合ったの?学校?」
どう質問すればいいか分からない彼女に、真理は懐かしそうに笑った。
「うん。学校、かな。変身術が得意な奴だったんだけど、まさかうさぎになるなんてね……。風の噂で聞いていたけど、まさかこの国に居るとは……。」
「会いに行ったら?可愛いうさぎさんが沢山居るわよ!」
「あれ全部女の子のうさぎだろ?店主が煩そうなんだよな……。」
はっ、と緑珠の目が見開く。多分良くないことを考えている。
「女の子のうさぎ……!そう、これがほんとの!」
「「ばにーがーるっ!」」
同タイミングでハモると、その場で二人はお腹を抱えて笑い出す。
【何か楽しそうよ、皇子。】
少し離れたところで、イザナミちゃんはイブキに言った。
「どうせまたしょうむないことですよ。」
【……中に入ればいいのに。】
ぽそり、呟かれた言葉にイブキは顔を真っ赤にして反論した。
「べっ、別に声掛けられないから拗ねてるとかじゃないんですからね!」
【完全に拗ねてるじゃない。さっさと行きなさいよ。今の貴方、そこらのいじけてる女の子よりもめんどくさいわよ。】
「ぐ、具体的ですね……。」
でも、とイブキは二人の様を眺める。
「ど、どうやって入れば……?」
【……意外とコミュ障なのね。】
「こみゅ……なんて?」
【意味知ったら消されるし言わないけど。】
ぷいっ、とそっぽを向いたイザナミちゃんに、イブキは神器を向ける。
「なら尚更聞きたいところですねほんと。」
【刺しても死なないわよ、私。】
「僕の気が収まるので良いです。」
「イブキ。またイザナミちゃんに意地悪してるの?」
とことこ、と緑珠が近付いてきて、二人をちょこんと座りながら見詰める。
「意地悪なんてしてないっ、くそっ、です、このクソ女神が……!」
【ちょっとくらい煽っただけで怒るなんて小さい男ね……!】
「てめぇ……!」
一瞬空いた二人の武器の合間に、緑珠はするりと入る。
「煽ったのはダメよ。イザナミちゃん。」
「ほら!緑珠様もそうだそうだと言っていますぅ〜!」
「イブキも直ぐに調子乗らない!」
「……はぁい。」
しゅん、とイブキは拗ねる。
「ちょっとは休めた?」
「……はい。でも僕寂しかったです。」
「で、でもいぶき、こっちには来なかっ」
「寂しかったんですー!」
ぎゅう、と一気に緑珠を抱き締めるその風景を、イザナミちゃんと真理の二人はぼんやりと見詰める。
【あの子って甘え上手なの?】
「甘え上手では無いけれど、甘え下手なのを上手いこと使って無理矢理甘え上手にしてる感じがするかな。」
【言い得て妙ね……。】
抱き締めながら、イブキは緑珠へと言った。
「そう言えば、衣装のお話は……。」
「あぁ、それね!」
するり、腕から身軽に緑珠は抜け出す。
「貴方の衣装の話よ。スリーサイズは?」
「緑珠様のですか?緑珠様のは」
「話の流れ的に貴方よね?」
きょとん、とイブキは首を傾げて。
「……測った事ないですね。」
「という訳なので、真理に聞きました。」
「えっ、其奴から僕のスリーサイズ明かされるんですか。」
あからさまに嫌悪感を顔に出しながら、イブキは淡々と言った。
「そりゃ神様だし何でも知ってるよ。でも君のスリーサイズが緑珠の耳に入るんだよ。」
ぽん、と手を叩いて、何か閃いた顔をしている。絶対良くない事だ。そっと真理は緑珠の耳を塞いだ。
「という事は、実質これ (自主規制) なのでは?」
「変態で良かったけど変態じゃダメだよね。」
「ね、ね、イブキ何て言ったの?」
「知らなくて良い事だよ。」
ぴょんぴょんと跳ねながら、緑珠は問うがあっさりと真理は言い切った。
「で、結局僕の衣装とかの話は……?いや別に要らないんですけど……。」
「そんなの嫌よ。貴方格好良いんだから、格好良い服着ないとね。私の我儘なの。」
「りょ、りょくしゅ様のわがま、ま、なら、仕方、無いですね……。」
感情が抑えきれておらず、何処か照れている。
「という訳で、明日見せるわね!」
「楽しみにしています。」
少年の様な笑みを見ると、安堵した緑珠は中庭で休んでいる召使い達に言った。
「それじゃあ皆、続きの作業を続けましょう!」
はーい、という声が聞こえて、作業は再開された。
とうとう建国した時に現れるのは、宰相ではなく副宰相の問題。というわけで満を持してあのキャラが登場!こんなキャラいたっけ?みたいな人は最初の20部くらいを読み直してみようね!(露骨な宣伝)