ラプラスの魔物 千年怪奇譚 145 玉座と言ノ葉
玉座の秘密が明かされたりサフィールが珍しく先を急かしたり緑珠がそれっぽいと思ったりする、帝国建国前最後のお話。
「……その玉座は、精神体なんだ。今更誰が誰に話す必要も無い話だが。」
「精神体?何の精神体なのかしら?」
サフィールは帽子を被り直す。
「いろいろ。」
「色々って言ったってそれこそ色々あるでしょう?例えば……歴代の王とか。」
イブキの聞き出すような口ぶりに、おずおずと公安長は続ける。
「……ほんとにいろいろなんだ。お前が言った通りに歴代の王の気持ちもあれば、無念に死んだ民の思いもあるし、世を愛おしむ獣の情念もある。」
しっとりと馴染む白を眺めながら、
「その玉座は昔、聖帝が就くようにこの国の初代が作ったものらしい。裏を見てみろ。」
言われるがままに玉座の裏を見てみると、何かが削れた後がある。
「それは座った者を示す言葉が現れるものだ。今は誰も居ないからな。何も刻まれてはいない。」
それは暗に、一つの事を示す言葉達だった。
「座れ。俺はお前の言葉が知りたい。」
サフィールの発言に、緑珠はくすくすと笑う。
「あらあら。貴方は私の部下なのに、随分な物言いをするのね?」
「……気に触ったのなら、謝る。」
「気に触ってなんか居ないわ。ただ面白いなぁって。世の中には色んな人がいるものね。貴方のは純粋な好奇心だもの。」
そっと白い玉座に手を伸ばし、触れる。何処からか胎動が聞こえるようで、妙な温もりがある。
「……よし……!それじゃあ座るわね!」
「何もそこまで宣言しなくとも……。」
「宣言しないとこう、行動に起こせなかったの!」
座ろうもするも、振り向いて、
「あっ!言葉は先に私が見るんだからね!」
「分かりましたから座って下さい。」
「よぉうし……!」
意を決して座ると、緑珠は慌てて立ち上がって、
「……この椅子、すごい……。」
「な、何がです?」
「……ふわふわだわ……。」
「……えっ、ふわふわなのか?」
どうやらその事実はサフィールも知らなかったらしく、ワンテンポ遅れて反応する。
「ふわふわよ。石じゃないわ。スポンジみたい……。」
もう一度緑珠は座り直す。
「……うん、凄いふわふわ。でも腰が痛くならなさそうなふわふわ加減だわ……。」
そうだ、とまた立ち上がって、
「刻まれた言葉、見なくちゃね。お先に失礼するわね……。」
くるりと玉座の後ろに回る。其処には、
『君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶ』
「……なるほど。私らしいかも。」
「気になるから見てもいい?」
真理の伺うような声に、緑珠は熟考する。
「んー……。どうしようかしら?」
「……ふむ。良い言葉じゃないか。」
「本当に貴女らしいですね。」
隣に立つ二人を見て、緑珠は慌てて真理に目をやる。……悪戯っぽく笑われてしまった。
「だ、騙されたわ……。」
「其処の二人は気配を消すのが得意だからねぇ。どれどれ……僕も見ようかな……。」
三人 (という数え方が合っているか分からないが)が玉座を見ているのを他所に、彼女は明るい夕陽を眺めていた。
からからと鳴って過ぎ去る荷台の車輪に、元気な人々の声。
ばいばい、また明日遊ぼう、という文言と共に、何処かから聞こえる童歌。
きっとこの後は夕陽が沈んで、何処かで宴会が行われたりするんだろう。……そうね、その宴会の主催者は私が良いわ。
ゆっくりと目を瞑る。昔のこと。こうやって身を乗り出して昔居た帝国を眺めていたっけ。
ねぇおとうさま、私がこの国をおさめるんだよね?
そうだ。だからこそ色々なものを見ておけ。まだ『姫』という自由が効く間にな。
あの後色々あって、皆の運命が狂って、ちゃんとした人間になった私は、今此処に居る。
「……不思議なものね。」
そう思って振り返ると、後ろの三人は色々触っている。宝箱があったらしい。真理はごまだれ〜なんて言ってるし。男の子ってやっぱり宝探しが好きなのかしら。
……ただのモノに自分の大切な人達が取られているのも癪だから……。
「わっ!」
驚かす形で割り込んだ。にしし、と緑珠は微笑むと。
「宝探ししましょう!今日の夜は宴会が良いわぁ!」
そうやって叫ぶと、勢い付いた三人を連れて城内を散策し始めた。
「……ねぇ、緑珠様。」
「なぁに。」
「今僕何本目でしたっけ?」
「八本目だわ。」
「この会話をするのは?」
「十二回目ね。」
「……酔っちゃってますねぇ。」
「それ言うのは十五回目よ。」
珍しく酔い潰れていない窓辺に座る緑珠と、珍しく酔い潰れている机に突っ伏すイブキに、珍しく酒を飲まない寝転がっている真理が王宮から城下の喧騒を眺めていた。
「飲み過ぎなのよ。二日酔いしても知らないわよ。」
「二日酔いかぁ……した事ないですね……。」
イブキは机に突っ伏す。顔には全然出ていないが、問答が飲んだくれのソレだ。
「吃驚する程会話が噛み合ってないね。」
「さけもってこーい……。」
「……悪いこと言わないわ、寝た方がいいわよ、イブキ。」
「緑珠様のお膝の上でなら寝ます。」
「その発想は通常運転なんだ。」
少し思いついた様に起き上がると、
「緑珠様……お金貸して下しい……博打やりたいれす……。」
「絶対負けるじゃない。」
「勝ちますから。買ったら御褒美下さい。」
そんなイブキを見て、緑珠は表情を変えずに小銭を渡した。
「えー……。」
「少ないとか言うの?」
「……イイマセン。」
苦虫を潰したような顔でイブキは返した。
「……私の優秀な伊吹はそれで元手を返してくれるわよ。」
星空を見上げて目もくれない緑珠に、
「……全く、我儘な主です。それじゃ窓を拝借して……。」
ぴょいっ、とそのまま緑珠を超えて、飛んで行ってしまった。
「……行っちゃった。」
「軽いねぇ。」
その瞬間、こんこん、と戸が叩かれる。
「失礼する。」
「えぇ、どうぞ。」
短く返すと、綺麗な金細工の装飾が施された箱を持ってサフィールが立っていた。人の頭くらいある箱だ。立ち上がって、その箱に近付く。
「一番入り用なものを持ってきたぞ。」
「有難う。見ても良いかしら。」
「元よりお前の物だ。」
くすくすと笑うと、
「そうね、私の物ね。」
「それは王冠かな?」
「そうよ。頼んでたの。」
机上に箱が置かれて、蓋に付いている紅玉の留め具に指をかける。
「その宝石を押すんだ。奥に。」
「け、けっこう、かたい……。」
「奥にぐっと押すんだ。……壊さないようにな。」
「声のトーンがこわい、わよっ、と。」
がちゃん、と完全に押し込まれたあと、まるで生き物の様に金具が動き始めた。するすると音がして、蓋が浮く。
「……開けてもいい?」
サフィールに確認を取ったところ、直ぐにため息が返されて。
「もとよりお前のものだ。……確認する必要などない。」
強い言葉に頷くと、蓋を外す。
「……綺麗ね。」
「それだけか?」
「今はその言葉しか出て来ないだけよ。」
蓋を外すと、周りの箱の面がぱたり、優しい音をして倒れる。
「これはこれは……綺麗だね……。」
「この国一番の職人達が腕によりをかけて作ったものだ。未来の王にってな。」
その王冠は、皆が想像しそうな王冠では無かった。無骨で何処か可憐な、強さを表すモノ。
金の王冠を象った周りに、何かの大きな角が二つ、左右についている。前には牡丹の花が咲き乱れ、角を巻く可愛らしい赤のリボンが美しい。
「……うふふ、ほんとに綺麗だわ。リボンが可愛らしいわね。」
「冠るか?」
触れていた冠から手を離すと、緑珠は呟くようにして言った。
「今は良いわ。今は、冠らない。なんて言ったって今は……。」
手元に氷が浮かぶ杯を見せると、
「宴だものね。」
「酒を飲んでいる時は冠らないのか?」
「手が滑って壊したら困るしねぇ。」
少し残念そうな顔をすると (プログラムされているものだが)、サフィールはそのまま仕舞う。
「戴冠は何時にする?」
今日の夕飯はどうする、というノリで機械人形は問うた。
「今週の末くらいには。まだ数日あるでしょ?」
「召使い達はどうした。」
「もう集めたわ。明日から城の修理と補強ね。」
そうか、とまた何ともなしに公安長は返す。
「それでは戻る。」
「お酒とかは飲めないの?」
「飲めない。……プログラムは、されているがな。」
「……あらそう。」
何処か寂しげな緑珠の声に、慌ててサフィールは付け加えた。
「また後で貰うさ。それではな。」
扉が静かに締められる。ぐび、と残った酒を呷ると、
「イブキ、探しに行きましょうか。」
「彼奴ならふらっと帰ってくるんじゃ?」
「案外そういう訳でもないのよ。変なところ子供だし。愚図ったら長いったら……。」
語調から何となく長くなりそうなのを悟った真理は目を瞑ると、直ぐに目を開けて言った。
「見つけた。行こう。予想通り長くなりそうだよ。」
「勝ったの?負けたの?」
「負けて勝って負けての延長戦。」
そりゃ長くもなるだろうと、何処か腑に落ちた気持ちを持ちながら、二人は部屋を出た。
「やってるわね。」
「やってるねぇ。」
「えへへ!もっと酒持ってこーい!」
「酔ってる?」
「そりゃもうかなりに。」
「見たら分かる質問だったわねぇ。」
ぐでんぐでんに酔っ払ったイブキをぼんやりと見ながら、周りの修羅場を見詰める。
老若男女問わずぶっ倒れている。どれも酒気を帯びているのが、真ん中で楽しそうに『まだ』酒を呷る従者が示していた。
「麻雀と将棋の駒が酒でべたべたじゃん……これ片付け大変そうだな……。」
「……これは私が悪かったわね。さっさと片付けてしまいましょう。」
「『あれ』はどうすんの?」
酒瓶の中でごろごろしているイブキを、真理は遠慮なく指さした。
「……イザナミちゃん、呼びましょうか。あれだけ酔ってたら分からないだろうし……。」
【はいはい!お呼びね!】
「話が早くて助かるわ……。」
取り敢えず一人ずつ起こして座らせているうちに、イザナミちゃんは緑珠と同じ服装で、同じ瞳の色でイブキに近付いた。こほん、と咳払いを一つして。
「イブキ。帰りま」
しょう、とは言えなかった。手を伸ばしたイザナミちゃんに、真っ直ぐ、かつ速く、匕首が振り下ろされたからだ。にこにこと笑い楽しんでいた雰囲気は微塵もない。
「……すみません。酔ってると手癖が悪くなるんですよ。」
一瞬で酔いが覚めたらしく、何事も無く立ち上がる。そして緑珠を見つけると、一目散に駆け出した。逃げる間もなくぎゅうっと抱き締められる。
「緑珠様だ!」
「そうね。」
「かえりましょ、ね?」
「そういう訳にはいかないのよ。これお片付けしなくちゃね?」
「えぇ……。ほうっておきましょうよぉ。ねぇーぇ。」
イザナミちゃんはさっきからの格好でガチガチに固まっている。そりゃそうだろう。腕の拘束から抜けようとして、イザナミちゃんに手を伸ばそうとすると、冷たい声が上から降ってくる。
「あんな奴は要りませんよ。ないないしましょう?」
「そういう事言わないの。イブキも片付け手伝って?」
「……はぁい。」
不服そうな声を聞きながら、緑珠はイザナミちゃんの近くに寄る。
【怖かった……。】
「でしょうね。私も冷えたわ。」
【何よぉ。昔あんなに可愛かったのに……。】
ぐすぐす、イザナミちゃんは泣き出す。
【月日の流れって恐ろしいわぁ。あんなに小さかったのにもうこんなに大きくなるなんて……。】
じいっ、と倒れる人々を見て、悲しそうに呟いた。
【……人や人に近しい人外なんて、ほんとあっと言う間に死ぬのね……。】
ずっとそれを見てきたからね。とか細い声が続く。そうだ、とイザナミちゃんは緑珠の手を掴みながら言った。
【ね、またお話しましょうよ!今日でも!ね、だめ!?】
「有難うね、イザナミちゃん。聞きたいのは山々なのだけど……。」
「緑珠様、おわりましたよ。かえりましょうよぉ。」
引きつった笑顔をして、緑珠は肩に置かれる手の存在を示した。
「今日はダメなの。」
「明日もダメですよ。」
「明日は緑珠の部屋に入れないようにしとくから女子会しな。」
【じゃあ明日ね!楽しみにしてるわね!】
「明日も明後日も明明後日もだめですよぉ。りょくしゅさまはぼくのものなんですからね……!」
ぐっだりと身体を乗せられる。酒気を帯びた息がするなぁ、とのんびりと緑珠は思いを巡らすと、
「……びっくりするほど話が噛み合ってないわね。」
酔った視界で呟いた。
伊吹の二日酔いが凄かったり飲み過ぎだろって言われたりルビの振り方がおかしかったり(バグではありません)みたいな話が入っていてもおかしくない話。