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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第九章 所在不明 ???
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 141 機械人形の修理

緑珠様が喜んで走りまくったりイブキに連れ戻されまくったり喧嘩しまくったり早く結婚しろと思ったりする話。

耳を劈く音が、その日の緑珠を起こした。その音の正体は枕元の電話からだ。


そう言えば今日、電話の用があったから線を引っ張ったのだ。自分でも良い仕事をしたなぁと思いながら緑珠は受話器を取った。


そこそこ大きい音だったのに、イブキは飛んで来ない。外で鍛錬でもしているのだろうか。


「おはよ……。」


『お早う御座います、蓬莱様。シャルラインです。』


「んー……どうだった?」


『上手く修理出来ましたよ。断面が──』


「ほんとっ!?今から行くわ!」


『えっ、ほうら──』


がちゃんと受話器を下ろすと、適当に服を見繕ってそれを着る。適当にイブキへの書き置きを置いておくと、喜び勇んで緑珠は部屋を飛び出した。









「ほ、本当に来たんですか……。」


「そりゃそうでしょ!私の大切な従者の為だもの!」


『秘密結社』の薄暗がりの中で、大きすぎるコートを着た緑珠は、修理された『それ』に近付いた。


「ほんとだわ……綺麗に修理されてる……。」


「綺麗に根元から外れていた為、修理するのは簡単だったそうです。経年劣化の部分も修理可能なものだった為、直せる部分は直したそうですよ。」


そう、『秘密結社』の研究者とシャルラインと緑珠の前にはあの『将軍様』と呼ばれている青年が寝ていた。……起動していない、の方が正しいが。


「そうなのね。有難う。それじゃあ……。」


緑珠の手は、胸の『起動ボタン』に伸びる。


「押しても、良い?」


「強制的に終了させるプログラムも組み込んでいますから、いざと言う時は大丈夫ですし、安心して押して下さいな。」


「……そ、う。そのプログラムはなるべく使わない様にするわね。」


それじゃあ、と緑珠は恐る恐るボタンを押した。機械的な音の後にゆっくりと瞼が上がる。暗かった瞳に光が宿ると、青年は起き上がった。


「起きた!」


「……そりゃ起き上がりもするだろう。」


「凄い!」


「……そうか。」


きらきらとした瞳で、緑珠はじいっ、と青年を見遣る。


「ね、私のこと覚えてる?約束したこと覚えてる?守ってくれる?あと名前は?」


一気に質問を浴びせかけた緑珠に、青年は淡々と答えた。


「お前の名前は蓬莱緑珠。お前が勝てば俺は従者という約束。約束は破らん。名前は……。」


胡座を掻いて座る青年は、一度俯くと、緑珠の目を見て、


「俺の名前はテュエ。型番は『永久自動式魔導人形2ー08型』だ。」


「……テュエ、そうね。今はその名前で呼ぶわ。じゃあ型番に書いてあった『ジェシカ』って名前について教えてくれる?」


目を細めてテュエは続ける。


「ジェシカは俺を作った女博士の名前だ。北の武国の『自動式魔導人形』を作る計画があってな。俺はそれで作られた。結局その計画はおじゃんになって……。数体作られた中で唯一動いたのは俺だけだった。」


とても懐かしそうに。昔話を口ずさむように。


「ジェシカ博士は俺に人間として生きて欲しかったらしい。暫くは機械人形である事を使ってサーカスに居たんだが、元々戦闘人形だからな。たまたま辿り着いたこの国の公安長になったんだ。」


「なるほど、ねぇ。色々話してくれて有難うね。」


「礼を言われるようなことはしていない。」


「あの、従者になるって話……。」


「協力する。」


「そう。良かった。」


そうだ、と緑珠はぽん、と手を鳴らす。


「テュエって名前は良くないわ。名前を変えましょう。苗字も要るわよね。」


「何で俺の名前は良くないんだ?」


「人を殺めるって意味があるからよ。そうね、名前……。」


ちらりと青年の目を見遣ると、


「……サフィール。どう?」


「何でも構わない。」


「あらそう?それじゃあ苗字は……。」


こくん、と頷いて、


「オール。サフィール=オール。どう?」


「悪くない。」


特に表情を変化させることなく、サフィールは言った。


「そのままだけどね。……うん。貴方にはそれぐらい名前が贅沢な方がいいわ!」


もちもちと柔らかなほっぺを触る緑珠に、そっと上から手を被せられた。……待て、この感触は知っている。


「お早う御座います、緑珠様。」


「……あわわ……。」


「何だ、此奴に言ってきて無かっなのか?」


サフィールのご最もな問いに、緑珠は身動きもせずにこくこくと頷いた。


「朝起きたらねぇ、僕すっごく吃驚したんですよぉ。そうしたらこんな書き置きが。いやぁ、僕、本当に、びっくり、したんですよ。」


語調が全くと言って良いほど驚いていない。恐ろしい程に怒っている。


「待って。伊吹。ちょっと待って。本当に待って。」


「蓬莱様、御愁傷様です。」


「まっ、まってぇ……!」


有無を言わさずに緑珠はイブキに連れて行かれる。あれは長くなりそうだなぁ、とどうでも良さそうにシャルラインは小さく呟いた。


「水でも飲みます?……あ、飲めます?」


彼女はサフィールに声をかけると、一杯の水を差し出した。


「飲める。……有難う。」


「あぁ、いえ。もう少しゆっくりしたら、皆で紅茶でも飲みましょうね。」


そんな柔らかで暖かい問いに、サフィールは微笑んだ。









「たべ、食べにく、い……。」


「はい、あーん。」


「んぐ、おいしい……。」


「それは良かったです。」


椅子に手と足を括り付けられた緑珠は、イブキにご飯を食べさせてもらっている。異様すぎる光景だ。


「ね、逃げないから、この鎖、外しても……。」


「ダメです。外しません。どうせまたあんなヤツの所に行くんでしょう。」


「あんなヤツだなんて言わないの。彼だって一人の生き物よ。」


「どうだか。」


何時も以上に素っ気ないイブキの返答に、緑珠は軽くため息をついた。こうなると結構長いのだ。


「せめて朝食は食べて行って欲しかったですかね。ただでさえ無理して体調崩すんですから……。」


「分かってるわよ。煩いわねぇ。」


「これも全て貴女の事を思って言っているんですよ。」


「分かってるわよ。」


「……ほんとに分かってます?」


「分かってるから!」


これ以上は喧嘩になると先に察したイブキは問答を止めた。朝ごはんも食べ終わったところだし、丁度いい。


「お迎えはどう致しましょう?」


「大丈夫よ。一人で帰って来れるから。それじゃあまた行ってくるわね。帰り遅くなるかもだけど、あんまり気にしないで。」


「……仰せのままに。」


また、目の前で上着が翻る。こうと決めたら後ろを向かない人だ。


また。あの機械人形に手を伸ばすのか。


……その手を?


気が付いたら手が伸びていた。首を掴もうとした手はすんでのところで主の手を掴む方に変わった。その動きに、自分自身で安堵する。


「ぁ、あぁ、あの……。」


振り向かれた緑珠の真ん丸な目を見て、イブキは慌てて手を離した。


「……な、んでも。ない、です……。」


「……あーもー!あんたほんっと面倒臭い!」


「えっ……?」


きょとん、としているイブキに、緑珠は続けて言い放つ。


「妬いてるなら妬いてるって言やあ良いじゃないの!連れて行くわよ!連れてって欲しかったんでしょ!」


「いやまぁ、それは、そうですけど……。」


「ならさっさと準備する!ほら早く早く!」


「そんなに急いでいるのなら、僕は……。」


吃ったイブキに、緑珠はそっと手を重ねた。


「私は貴方と一緒に行きたいの。……ムキになって言えなかった、ケド。」


「……ええっ、と、それ、は……。」


ぽろぽろと涙を零しているイブキに、緑珠は慌てて駆け寄った。


「えっ、ちょ、何で泣いてるの?私、貴方のそういう顔に弱いの知ってるでしょ。ね、言ってご覧なさいな。何か嫌な事言った……?」


完全にフリーズしていたイブキは、緑珠のその言葉に顔を上げる。


「あ……。えっと、ずび、これは、嬉し、涙です……。」


「そんな呆然としながら流すのが嬉し涙なんて私信じないわよ。」


「ほんとうなんですってばー!」


そう言えばいいことを聞いた。ふぅん。『そういう顔』に弱い、のか。


「あ、今悪いこと考えたでしょ。」


「考えてません考えてません。」


「貴方が続けて言う時は怪しさ満点なのよ。ほら早く行きましょ。真理が先に行ってるから待ちくたびれてるわ。」


「じゃあ待ちくだびれさしておきましょうよ。」


「そうはいかないの。ほら早く行くわよ。」


イブキの返答の是非を問わず、緑珠はその手を引っ張った。










「……へぇ。やっぱり緑珠様を夢中にさせるだけの事はありますね。凄く作りが細かい……。」


「でしょう?吃驚しちゃったわ。」


リハビリがてらに運動をしているサフィールを見ながら、二人は感嘆の声を上げた。


「えーっと……あの機械人形、どう呼べば……?」


「サフィール。サフィール=オール。」


「また豪華な名前を……。」


「良いじゃない。詰め込むだけ詰め込んでおくの。」


「詰め込み過ぎて壊れれば良いのに……。」


「そういうこと言わないの。」


「緑珠。」


二人に真理が駆け寄る。片手に持っている紙の束を、緑珠に差し出した。


「これ。あの機械人形君のデータだよ。一応全部データ取れたみたいだから……。」


「機械人形だから元々の魔力値は高いのね。戦闘力も申し分無い、と。」


「……これ、軽量化って出来ないんですか?流石に総体重二百キロってのはどうも……。」


真理が一番下の書類を抜き取って、イブキに見せる。


「それは戦闘時だけみたい。通常時は六十キロになるらしい。」


「へぇ……。武帝の国は凄いですね……。」


「あと、」


と真理が付け加えて、


「ジェシカ博士が今何処に居るのかも分かったよ。」


「あら、それは助かるわ。修理が困るのなんの……。」


「墓場だよ。」


「……あらあら。」


一応は予想をしていた言葉に、緑珠はそれだけ呟く。


「七十二年前に亡くなってる。修理は……。……良く似た型の機械人形を参考にするしかないと思う。」


「うーん……。期待したのだけれどね。まぁいいわ。一応は直せるみたいだし、無理な動作は出来ない様にプログラムも組んだから……。」


「機械人形ってのは大変ですねぇ。」


話している間ずっと見ていたが、サフィールは大丈夫そうだ。魔法の暴発も見られない。


「……うん。大丈夫そうね。動作不良も無さそうだし……。」


二人へ向き直ると、緑珠は元気良く言った。


「それじゃあ私達はやるべきことをやりましょうか。」


「もうどうなっても知りませんよ。」


態とらしく肩を竦めたイブキに、緑珠は自信満々に答える。


「楽しみにしておいて。」









「……で。」


薄暗い部屋にど真ん中で座る緑珠に、イブキは、


「……何するんですか?」


「如何わしいこと。」


「へぇ。僕全く興味無いんですけどカメラ置いていきますね。いやもう本当にまっっったく興味とか好奇心とか興奮とか何するのだとかそういう興味本当にな」


「妄想に耽ってるの。」


「……は?」


正座で座りながら、緑珠はイブキの方へくるりと向いた。


「今日の夕飯、びーふしちゅうが良いなぁって。」


「……成程。臭みを消すためにワインを入れるから色々バレなさそう……じゃなくて、」


きょとん、とイブキは首を傾げる。


「如何わしいことって?」


「びーふしちゅうの水着とかどうかなって。」


「得するの貴女くらいですよ……。」


「如何わしいでしょ〜?」


緑珠はニヤニヤしながら返す。


「『水着』くらいしか如何わしいポイント取れませんよ。」


ぽん、と彼は手を叩いた。


「……あっ、でも貴女の肌を合法的に舐める事が出来るのなら……。」


「駄目よ。女体盛りの部類に入るんだからお箸を使わないとお行儀が悪いわ。」


「もうなんか滅茶苦茶ですね。」


ぽん、と彼は更に手を叩いた。


「あっ、でも女体盛りの部類に入るのなら僕は合法的に緑珠様を『洗う』事が出来ますね。」


「……変態には敵わなかったわぁ……。」


「で、何するんですか?」


「国を浮かせる魔道式の考案しようかなと思って……。」


「最初からそう言って下さいよ……。」


「いやね、吃驚するほど捗らないから……。」


「さっきから支離滅裂なことばっかり言うのでそうじゃないかとは思ってましたが。」


緑珠は薄暗い地面に突っ伏して何かを書いている。近付くと、魔道式の羅列があった。


「凄いですね。」


「……そうね、有難う。」


「貴女って謙遜とかしないタイプですか。」


「謙遜と卑下は全くの別物よ。」


視線に手を焼かれる。緑珠はおずおずと顔を上げた。


「……えっと、あんまり見られると……。」


「あ、出来ないですよね。すみません。何かお入れしますね。」


「別にどっか行ってとは言ってないでしょっ!」


つくづく面倒臭い人だと思う。可愛らしいから良いが。


「えー……でもお傍に居たら僕邪魔じゃないですか。」


「確かにそうだけれど。」


「流石にはっきり言わないで下さい僕心は脆弱なんですよ。」


「……心が脆弱な人が❛鬼門の多聞天❜なんかやってられるものかしらね?」


「黒歴史蒸し返すの止めてください……その肩書きは好きですけど……。」


黒歴史を掘り返した緑珠は、何食わぬ顔で作業に戻ろうとする。


「イブキ。お腹すいたからホットミルク作って。お夕飯はまだ先でしょ。」


「そうですね。お菓子とかつまみ食いしちゃダメですよ。」


「しないわよ。」


「あと電気はつける。目が悪くなりますから。」


「はぁい。」


のんびりとした緑珠の声を聞きながら、イブキはその部屋の扉を閉じた。


さてと。ホットミルクに蜂蜜でも入れようか。頑張っていらっしゃいますしね、と心の中で頷くと、のんびりと一階へと足を進める。







次回予告!!!

魔道式のお話を聞けたりうさぎの店主をもふもふしたり緑珠様が女子会をしたりお土産を持って帰ったりするお話!

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