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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第九章 所在不明 ???
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 139 衝動

伊吹君が悟って攻撃を思いっきり受けたり緑珠様がそれを助けたり諭したりするお話!

「……あ。」


ずきん、身体が痛む。


「……風穴が空くのは、人外でも一緒だったんだな。」


幾つも幾つも、身体に穴が開く。何とか頭は外れたが、身体が、あかく、染まる。


「ぅ……ぁ……。」


ずきずきと、身体が痛む。痛い。でも、


僕は生きていても死んでいても、変わらないじゃないか。


そう思うとすぅっと痛みが消えた。びちゃびちゃと血が、落ちても。


ゆるりと立ち上がって、何時も通りの笑みを浮かべた。


「あは、あはは、痛い、ですね。やっぱり銃は痛いです……。」


「……お前。俺以上に人形、だな。」


そうかも、しれない。でも今更だ。人形でも、鬼でも。僕は人外で、人じゃない。


「そうかもしれませんね。……でもほら、僕は人外ですから。今更ですよ。」


神器に血が染みる。熱い。傷が、どくどくと唸る。


バン、という音の後に、肩に痛みが走る。


「……あ……。」


血が足りなくて、くらくらしてきた。すとん、と足から力が抜けて、その場に座り込む。


「終わりだな。……❛鬼門の多聞天❜も大したことがない。」


「ご存知でしたか……。」


終わりか。冷たい銃口が額に当たる。……あぁでも、瞼の裏に、あの人が居る。何処か遠くで、あの人の声が聞こえた。


「何か叫んでいるようだが。答えてやらないのか?」


「……僕宛てではありません。従者如きが余計な事はしないものです。」


そうか。と青年の声が耳を掠める。そうか。あの人の声が聞こえたのか。なら、とゆるりと顔を上げる。


「……どうした?遺言か?」


「……いえ。」


従者が主に似る、というか、お互い似るというのは良く言ったもので。


「……大丈夫ですよ、怖くない怖くない……。」


「……暗示か?」


血で重い腕をゆっくりと上げて、額に刺さる銃を掴んだ。血が出て、銃がぬるぬるする。


「そうそう、そうやって銃を額に突き付けてください。引き金に指をかけて?そうです。上手、上手。」


「ひっ……!」


青年が人形らしからぬ声をかける。こんなのは想定外だ。浅ましく命乞いをすると思っていたのに。


「……おっと。逃げちゃダメですよ。人を、生き物を殺すという行為は神聖ですから。覚悟も決めずに殺すなんて許されないんですよ?分かってます?」


「……お前……!」


「『お前』ばっかり嫌ですねぇ。僕にはちゃんと名前があるんですから。『光遷院 伊吹』っていう名前がね。」


「や、止めろ!離せ!こんなの通常の反応じゃ……!」


やはりそうか。機械人形の計算の中では、通常の反応ではないのだ。だからこの行為に、人間異常に気味の悪さを感じるのか。


「ハハッ……あー、やっと分かりました。あの人が剣を向けられた時に擦り寄る理由が。こんなに愉しいものだなんて、僕の考えが及びませんでした……。」


ぐらり、建物が揺らぐ。青年は慌てて外を見詰めた。


「一体何が……!?」


「だーれが三人だけって言いました?『秘密結社』だけが味方って言いました?」


思いっ切り歪んだ笑みを浮かべると、伊吹は愉しそうに叫んだ。


「総員進軍せよ!敵将の首は直ぐ其処ぞ!」


掴んでいた銃を思いっ切り手前に引くと、腕の根元から金属音を立てて腕が外れる。


痛すぎて叫べていない青年に、拳銃を取った伊吹は勢い良く発砲する。それは首に命中した。


「これすっごく愉しいですね!ねぇねぇどんなお気持ちですか!?御自分の采配を見誤った気分は!?僕に思いっ切り煽られてどんな気持ちですか!?」


「……ぅ、うで、が……!」


「計算だらけの木偶人形じゃ所詮出来ることは限られているんですよ!生身の生き物じゃないと出来ない事の方が多い!」


伊吹は武器を構えて、刃に熱を込めて、酷く残忍な笑みを浮かべてこう言った。


「……さて、と。……俺を馬鹿にした罪、きちんと償ってもらいますよ。俺は馬鹿にされる事が世界で一番嫌いなんです。」


「うで、うでっ……!」


がくん、と青年の身体から力が抜ける。そしてその後に続いた音は。


『一定以上の痛覚を感知。失神システム発動。』


きゅるる、という機械的な音が聞こえた後に、ぶぅん、という音が続く。


「……えっ。嘘、失神したんですか?そ、そんなぁ……!僕が折角かっこよく決めたのに!」


イブキは武器を置いて慌てて駆け寄る。が、何の反応も無かった。


「ひ、久しぶりに、こんなにしょげました……。」


突然、心臓付近からパネルが外れる。そしてその後に、


再起動釦ボタンを押して下さい。再起動釦を──』


「……うわぁ。何これ。に、人形らし過ぎて、嫌、ですねぇ……。」


どくん、どくん、と心臓に似た宝石が埋め込まれており、その隣の鉄板に『Jessika&Tuer』と記されている。


女名と男名のロボットだ。記憶のデータベースは混ぜ合わせて作ってあるのだろうか。


「んーと、ジェシカと……なんて読むんだ、これ……。」


『再起動釦を押して下さい。再起動が出来ない場合は、電源釦を押して完全に稼働を停止し、また電源を入れて下さい。』


「電源釦があるんですか……。」


耳障りなアナウンスを横目に、伊吹は名前が刻まれたパネルを上げる。赤い釦の下には『電源』と書かれており、黄色い釦の下には『再起動』と書かれていた。


「よし。これを押して、と。」


『完全に動作を停止します。暫くお待ち下さい……。』


少し後に、


『電源を停止しました。』


という無機質な声が響く。


「おやおや。終わっちゃったのかい?」


呑気な声が聞こえる方向に目をやると、手をゆらゆらと振る真理が居る。


「大成功だねぇ。作戦。」


「ですね。国民を短時間で纏めて公安を叩くなんて少しびっくりしましたけど……。」


イブキは少し肩を竦めると、何処か自慢げに答えた。


「やっぱり緑珠様です。」


「その意見に同感だね。」


真理は青年の傍に座る。


「これがあの子かい?」


「そうです。とてもよく出来た人形で、痛みが許容量を超えると失神システムなんかを搭載してるらしくて……。」


「……この子の右手は?」


痛い質問に、イブキは思いっきり目を逸らした。


「……ぎました。」


「嘘でしょ?直るかどうか分かんないんだよ?」


うぅ、とイブキは呟きながら、真理にここぞとばかりに言い返す。


「仕方ないじゃないですか!高音のモスキート音なんて流されたらこっちだって溜まったもんじゃないですよ!」


「……撃たれたの?」


「え?あ、はい。魔法で治して下さいよ。」


イブキのへらりとした笑いに、真理はあからさまな嫌悪感を顔に出した。


「絶対嫌。緑珠に見せて怒られとけ。」


「ちょ、それは困るんですよ!ねぇ治して下さい!本当に怒られてしまうんです!」


「ぜっーたい、いや。緑珠に怒られとけよ。」


「こ、この、同じことしか言わない……!」


「二人とも!」


色々諦めた伊吹に、真理は嗤う。かつこつという軽い走る音に、二人は耳を澄ました。


「あぁ!良かった!二人とも無事ね、何処も怪我は……。」


安堵の表情を浮かべていた緑珠が、伊吹の傷を見て表情が一変する。


「……そ、れ、どうした、の……?」


「あは、あはははは……ちょっとね。銃で撃たれちゃいまして。大丈夫ですよ。傷が少し痛むだけですから……。」


「痛む、だけって……。血が沢山出てるじゃない、止血はしたのよね!?」


慌てて駆け寄る緑珠に、伊吹はバツが悪い顔をした。


「……いえ、していません。でも大丈夫ですよ。僕は生きても死んでも同じですから。」


「……そ、う……。」


それだけ聞くと、緑珠は剣を抜いて、何の容赦もなく腕に突き刺した。止めどもなく血が溢れて、表情一つ変えずに傷が溢れる腕を差し出す。


「私、この傷が痛いわ。」


「……あ、あなた、なん、て、ことを……!」


「私、この傷が痛いのよ。」


目の色が完全に失われている伊吹に、緑珠はもう一度同じことを繰り返した。


「痛い時は、痛いって言って良いのよ。叫ぶのも泣いても、誰も貴方らしくないなんて言わないわ。だって貴方も感情を持った生き物だもの。」


「……ぁ、あぁ……。」


当の伊吹は話を聞いていない。ただただ、血に濡れる緑珠の手を膝をついて見つめているだけだ。


「……聞いてるの?」


「は、早く手当しないと、きず、なんて、ちが、ねぇ緑珠様!はやく、はやくしないと……!」


「この傷は!」


びり、と空気が凍てついた。


「貴方と同じ傷で、傷には優劣なんてもの無くて、痛いものなの!分かる!?生きても死んでも同じじゃないの!痛いものは痛いのよ!」


「りょく、しゅ、さま……。」


きょとん、と首を傾げながら。


「……おこって、ます?」


「……アンタ、私の話聞いてた?」


「……な、んの、こと、でしょう……?」


駄目だ。会話が通じない。足元に、服に、どれだけ血が滴っていても、本人は何も認知していない。全ては目の前の傷、だけ。


……まさか。認めたくない。血を前にして、もしか、する、と……。


「あ、あんた、もしかして……。」


「は、い?」


「……私の傷なんて、治して欲しくないんでしょう……?」


「なに、を、言って……。」


じゃあ、と緑珠は『その変化』を指摘した。


「貴方なんで、目が紅くなってるの……?」


目の前には血肉がある。好きな人の、血肉。ぽたぽたと、滴っていて。


「ぁ、あぁっ……!」


「真理、先にこの子担いで帰ってて!私は落ち着くまで伊吹の面倒を見るから!」


「了解っと!任せときな!」


慌てて離れて、己の主を怪物のように見る子供のような彼に、緑珠はそぉっと近付いた。


「だ、だめ、です、ちかよら、ないで……ぼ、ぼくに、ふれちゃ……。」


「だいじょうぶよ。……ごめんね、さっきはきつく言っちゃった。さぁ、怖くないわ。おいで。」


ぶるぶると身体を震わせて、緑珠の……腕を見つめている。


「いや、いやだ、ぼく、は、にんげ、んで……。」


「そうよ。貴方は人間。」


「たすけて、あなたのこと、たべ、たくて……。」


「良いわよ。」


完全に銀髪赤眼になった伊吹に、緑珠はあっさりと言い放った。


「……へ?」


「良いわよ。血肉は駄目だけどね。血は沢山出てるから、舐めたいのなら……。」


「……なめ、なめ、ても……。」


ゆっくりと差し出された腕に近付いて、伊吹の舌が這う寸前に、ぴたりと動きが止まった。何時もの姿に戻る。


「……どうしたの?」


「……血、舐めちゃ、がまん、出来そうに、ない、から。……も、いいです。ごめんなさい、取り乱してごめんなさい、捨てないで、良い点数でも、何でもとるからぁ……!」


えぐえぐ、と今度は子供のように泣き始めた。ぎゅうっ、と緑珠は抱き締める。


「うんうん。いい子いい子。捨てないわよ。何処にも行ったりなんてしないわ。」


「……ぐすっ……。」


「落ち着いた?」


こくん、と伊吹は頷いたあと、


「……いき、ましょう。ごめんなさい、取り乱し、ちゃいました。」


「嫌なことが続いたのね?」


「……ぱにっく、なっちゃいました。」


「私もあるわよ。泣いていいのよ。傷は痛む?」


ぼおっ、とした表情で、伊吹は呟くように続ける。


「……いたい、です。」


「そう。ちゃんと言えたわね。真理に治して貰いましょうね。」


「……はい。」


立ち上がろうとした緑珠に、ぴったりと伊吹はくっつく。


「はなれちゃ、や、です。今日だけ、ね、今日だけは、無礼をお許し下さい、我が、主……。」


「別に気にしないわよ。階段は降りれる?」


こくんと頷いた伊吹の手を掴んで、緑珠は屋上からの階段を降りた。








「ふふ〜ん、ふふふ……。」


「……楽しそうねえ。」


「楽しいですよ。あぁ、僕の緑珠様……。」


人前に出れる状態でなかったイブキを取り敢えず家に返した緑珠は、皆の場に返してもらう事も出来ず、見事に布団の上でイブキの腕の中にすっぽりと収まっていた。


「元気になった?」


「なりました。」


「ならもう私が行っても……。」


「それはダメです。」


それはどうやらダメらしい。この問答を、かれこれ二時間近くはやっている。


「私、皆の所に行かなければならないのだけれど。」


「うそはだめですよ。さっき行けないって電話してましたよね?」


かなり離れていた部屋で電話していたのに、どうしてそれを、と言わんばかりに緑珠は振り返る。


「……うふふ。緑珠様の事なら何でも知っていますよ。隠し事なんて無駄です。」


はぁ、と軽くため息をついた。まぁ最近ちゃんと話してなかったし、構わないと言えば構わないのだが……。


「ねぇーぇ、考え事してるところ、悪いんですけど……。」


全く悪いと思っていない口ぶりで、イブキは耳元で囁いた。


「……僕に何か、隠してることありません?」


「心当たりが多すぎて困るわね。」


「そうですか。なら、緑珠様は傷が残るのはお好きですか?」


「あんまり好きじゃないわね。」


「では、この肩に残る傷は何でしょう?」


そおっ、服の上から触られる。脱がされていないから勿論そうなのだが、何だか心まで触れられているようで、落ち着かない。


「……別に良いでしょ。昔の事だし。」


「やだなぁ。僕は緑珠様が欲しいんですから、昔の事でも気になるんです。」


ね、ね、と幼い子供のようにせがむと、


「どんな経緯で傷付けたのか教えて下さいよ。……大方予想はついていますけれど。」


「なら、話す必要は無いと思うのだけれど?」


「……分別の悪い子は嫌いですよ。」


聞いた事も無いような低く冷たい声に、身体を固くしながら、彼女は答えた。


「……自分で傷、作っただけ。……あんまりにも生きていくのが辛くて、もしかしたら死んでるんじゃないかと思ってつけたけど。……生きてた、だけ。それだけ。」


「ふぅん。」


びっくりする程興味が無さそうだ。男の人って突然興味が失せるものなのかしら、と彼女の頭の中にそんな言葉が過ぎる。


「……治したいですか?」


何を言い出すと思えばそんな事か。


「何か言って下さいよ。言わなきゃ伝わらないんですよ。」


少しの間の後に、


「……き、傷に、優劣は無いんでしょう……?」


……なるほど。今日のことは彼なりに思うところがあったらしい。


「そうね。無いわ。でもこの傷は背負って行きたいから。」


「そう、ですか。」


そして柔らかな雰囲気を全て消して、押し殺すような声で伊吹は言った。


「……ね、緑珠様。……僕が、一番の従者ですよね。僕が、一番、僕だけが、僕が……。」


頼んだ相手が悪かったかもしれない。が、彼でなければ成功しなかった。し、当然の事だ。認めよう。


「そうよ。貴方が一番。貴方だけよ?」


ぴたり、空気が止まる。……あ、これは拙い。もう本能的に拙いと分かる。


「ほんと、ですか……?」


優しく布団に押し倒されると、緑珠はじいっと伊吹の顔を見詰める。


「ほんとよ。ほんと。私嘘なんか言わないでしょ。」


「さぁ?それはどうでしょうね?……さっきも嘘ついていらっしゃいましたし。」


ねぇ?、と楽しそうに伊吹は緑珠の口元を触る。


「嘘ついちゃダメですよ。舌無くなっちゃいますからね。」


あぁでも、と言葉を続けて。


「喋れない緑珠様も良いですね。僕は貴女の思ってること、全部分かりますから。」


そうっと、優しく。耳元で囁く。そうだ、これをされた時は、何かを、しなくちゃ……。


「そうそう。首に手を回して?いい子、いい子……。」


ふぅ、と伊吹は耳に息を吹きかけると、緑珠は面白くらいに反応する。


「……ゃあ。」


可愛いなぁ、と呟きながら、伊吹はそのまま横になる。


「可愛い。可愛い可愛い、僕だけの緑珠様。……ふふ。今日はもう寝ましょうね。」


また耳を触ると、今度は涙目で見上げてきた。……寝られなくなる前に寝よう。


「ね、ねるわよ、いぶきっ……。」


「はいはい。寝ましょうね。おやすみなさい……。」


ゆっくりと部屋が、暗くなった。







次回予告!!!

緑珠様が色々な権利を侵害しかねなかったり、黒くてふわふわしたところに入ったり華幻ちゃんの将来の夢がわかったりする話!

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