ラプラスの魔物 千年怪奇譚 135 無理矢理なお話
秘密結社から提案を受けたりそれを飲んだり番兵さんの正体がわかってそれを問い詰めたり緑珠様の苦手分野が分かったりとほの暗さが多いお話!
「貴女様の国で、私達を雇って頂きたい。」
「……雇う、ねぇ。別にそれ自体は構わないわよ。」
険しくさせていた顔を笑顔に戻して、
「貴方達に能力があるかどうか、見極めさせて貰うけれど。」
意味もなく首を少し傾げながら呟くようにして言う。
「……ま、そこはあんまり心配してない。博物館とか教科書見てて教育水準高そうだったし、此処は大学あるんだよね?なら安心して大丈夫かなーって、思うんだよね……。」
口調が元に戻っている。どうやら凄く考え込んでいるらしい。
「……良いでしょう。貴方達の能力を見極めた上で雇う事にするわ。それなら問題無いわよね。」
「本当ですか!良かった……!」
ほっと胸を撫で下ろす者や、わぁっと喜んでいる者達が見える。少し慌てて男は理由を話した。
「いやはや、私達の中には家族が居る者も居ます。今まで迷惑をかけていたので、せめてもの恩返しが出来そうです……有難う御座います、本当に有難う御座います……。」
わんやわんやしている室内で、緑珠は呟くようにして言った。
「……何か、良いことしたみたいね。」
「そうですねぇ。……まだ始まってもいないんですけどね……。」
「水差すようなこと言っちゃダメだよ。」
喜んでいる者達を見ながら、彼女は男に言った。
「それじゃあ一旦私達は戻るわね。……そうだ、番兵さんにお礼言わなくちゃ……。」
「……番兵?」
男の目が真ん丸に見開かれる。吸い込まれそうだ。それに彼女は少したじろいだ。
「え、えぇ……。」
「それって、今は城兵をやっている……壮年の、口髭の茶髪の人ですか……?」
「そうよ。その人。……その人がどうしたの?」
男は周りを見て、周りが頷くのを確認すると……。
「実は……。」
「やっほ。ただいまの民よ。」
「姫さん随分と軽くなったなぁ。」
がちゃん、とあの酒場の扉を開けて、緑珠は軽めの挨拶をする。
「イザナミちゃんに色々教えてもらったの。」
「あの糞女神は碌な事教えませんね……。」
「でもこんな事言う私も可愛いでしょ?」
「可愛いです!」
でれでれなイブキを見ながら、番兵はため息をついた。
「何なんだこの会話……。」
「何時もこんな感じだよ。楽しいよね。」
「魔術師さんは楽しいのかよ……。」
また席に座ると、緑珠はメニュー一覧を開く。
「んー……。あっ、私お刺身盛り合わせ食べたい。これ三人で丁度良くない?」
「そうだね。ご飯取る?」
「おっ、お刺身はご飯と一緒じゃないと泣いちゃうのよ……?」
「変なところファンシー?……うん、ファンシーだよねぇ、緑珠って。」
緑珠はイブキの顔を見上げながら問う。
「イブキもお刺身でいーい?」
「良いですよ。久しぶりに食べたいです。」
「それじゃあお刺身盛り合わせ下さい!」
あの店主の声が聞こえて、緑珠は番兵へと目を遣った。
「ね、番兵さん。私聞きたい事があるのだけれど……。」
「俺は余計な事は言わねぇぞ。」
「あら、心当たりがあるのね?」
日暮れの酒場の中で、緑珠は少し勿体ぶった様に言った。
「そりゃあな。俺も馬鹿じゃない。」
「なら、私が言わんとせんことも理解してくれるわよね?」
黙ってしまった番兵に、緑珠は畳み掛ける様にして尋ねる。
「貴方、番兵なんかじゃなかったのね。騎士の称号を持った立派なお役人さん。しかも中々の地位に居たそうじゃない!」
ちらり、と苦々しい顔をしている番兵を見ながら、一つ。
「……政府のしていた仕事を全て言える立場に居たくらいには、ねぇ。」
「……あの野郎共、言ったのか……。」
飲み干した水を苛立ちの目線で見つめながら、彼女は呟いた。
「それだけ慕われてるって事よ。……帰ってきて欲しいって言ってたわ。」
「生憎お役所仕事は飽きたんでな。また役人に戻る予定は無い。番兵は中々楽しい職業だぜ?」
渋い顔をしながら番兵は返した。だが、それで怯むのは無茶振り専門家の名が廃る。
「良い人材には良い報酬を。……これが守れない機関は、崩壊が目に見えているわ。」
「……何が言いたい。」
もう半分くらいの予想はついた。聞きたくないから問うているだけで。
「別に役人仕事に戻れって言う訳じゃあ無いわ。……貴方が覚えていた仕事内容、全部紙に纏めて私に出しなさい。」
しぃん、と部屋の中の空気が固まる。
「えっ?雇うんじゃないんですか?」
やぁっとイブキが口を開くと、緑珠はそれに同意した。
「やりたくないなら雇ったって意味無いのよ。」
「でっ、でも、仕事ってそんなものでしょう……!?」
「確かに仕事は嫌な事をやらなければいけない事が殆どだったりするけれど、彼はほら、番兵の仕事が好きなんでしょ?雇う理由無いじゃない。」
「い、いや、そうは言っても……。」
「乗った。」
慌てふためいているイブキを視界に入れながら、番兵は立ち上がった。
「俺の言い値で構わないな?」
立ち上がった番兵を見つめながら、緑珠は自信満々に微笑む。
「ちゃんと確認するからね。手を抜いたりなんてしたら右手が使えなくなると思いなさい。」
「何について書きゃいいんだ?」
少し首をかしげて、緑珠は呟くようにして、
「……そう、ね……。詳しい事はまた明日にでもメモを渡すけれど、やっぱり一番最初に教えて欲しいのは『職場の雰囲気』。何をしたら気まづくなったか、とか教えて欲しいの。」
「……高くつくぞ。」
妙に活き活きした、それでいて意地悪い笑みを番兵は浮かべると、カウンターに金を置いてそのまま出て行ってしまった。
「あー……家帰ったら色々調べなくちゃね……やんなっちゃう。」
ぐてー、と伸びた緑珠様に、真理は優しく言った。
「三人居るんだし大丈夫だよ。今はお腹が空いてやになってるだけだって。」
「そうですね。僕もお手伝いします。御命令の程は何なりと。」
「二人ともいい子ねー……。」
わっしゃわっしゃと二人の頭を撫でると、またぐでーっと伸びる。
「ほらほら、緑珠様。身体を起こして。ご飯ですよ。」
「やったっ!」
思いっ切り上げた緑珠の頭が店主の手に強打したのは、言うまでもない。
「む、むり、これ、りょう、おおすぎ……。」
「進んでます?良かったら飲み物どうぞ。」
「あんがと……。」
あの後屋敷に戻った緑珠達は、雪崩れる様に図書室へ続行した。本も選んだ。ペンを持った、しかし、
「びっ、びっくりするほど作業が進まない……!」
「項目選ぶのでさえも大変ですものね……。」
「ほんとそれ。無理なんだよ。明日とか言わなきゃ良かった……。」
うわーっ!と色々投げた緑珠に、イブキが恐る恐る背後から声をかける。
「あ、あの、緑珠様……。」
「何?どうしたの?」
振り返ると、彼の手元にあったのは。
「……そ、れは……?」
「えーっと、ですね……。」
苦々しく声を絞り出すと、目を逸らしながら紙の束を緑珠に差し出した。
「こ、これは、ですね。僕が纏めた書類です。一応僕も作っておこうと、思いましてですね……。内容に問題は無いと思うのですが……。」
そっと差し出された書類にざっくりと目を通す。
「……も、申し分、無いわね……。」
「お、お使いになられますか……?」
「それじゃあけじめがつかないじゃない……。」
唸りながら緑珠は前を向くと、もう月が照り映える真黒の空が見える。
「……頑張る。……と言っても、纏めるの私、苦手だし……。」
そしてもう一度背後のイブキに向き直ると。
「……参考に、させて。そして貴方は私の部屋に居て。」
「それは構いませんが……。僕が部屋に居たら邪魔になるのでは?」
隈の目をイブキに向けて、緑珠は思いっ切り言い放った。
「イブキ居ないと全部写しそうだもの。それは良くない。頑張る。」
「……そうですか。」
また部屋に背を向けた緑珠に微笑むと、イブキは付け足すように言った。
「大丈夫ですよ。案外それ二時間もあれば纏められましたから。何かあったら言って下さい。」
うん、と短く緑珠の頷きが聞こえて、そして数刻。
……ぐぎゅるるる……。
「お腹空いたんですか?」
「空いた。」
「お夜食でも……。」
「作って。」
「了解しました。」
それからまた沈黙で、数十分程経って。またイブキが彼女の部屋に入って。
「緑珠様。お夜食出来ましたよ。」
「……私、夜食作ってって、言ったっけ……?」
その声に振り返る緑珠。そしてまた、沈黙が起こって。イブキが微笑んだまま緑珠に問うた。
「……緑珠様って、集中してると自分の言ったこと覚えてないタイプですか……?」
「あら、さしもの貴方でも知らないことがあったのね。それじゃあ私は続きを」
「いや流石にお腹空いたままだとぶっ倒れるので食べろ下さい。」
「えっちょっまっ!」
一瞬で椅子に拘束されると、緑珠は無理やり口を開けされられる。
「まっ、待って、ちゃんと食べるから……!」
「駄目ですよ緑珠様。右手にペン持ってるの見えてるんですからね。貴女絶対手を解放したらそのまま作業続行するでしょう。」
こんこん、と部屋にノックの音が響く。それに続いて真理の声が入って来た。
「んー、これ本だ……よ……。」
じいっと二人の様子を見て。目線がかち合って。
「あっ、ごめんお楽しみだったんだね〜!」
「全然お楽しみじゃないから!たすっ、助けてっ!」
「もうこの際何でも良いんで食べて下さい本当に死んじゃいますよ!」
「しなっ、死なないからぁー!」
静かな田園に、微かな緑珠の悲鳴が響いた。
次回予告!
シャルラインからむずかし〜〜〜い問答をさせられたりそれをさらっと解いちゃったり御屋敷の調度品に隠された秘密が分かったり緑珠様が倒れたりするお話!