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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第ニ章 霊力大国 御稜威
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 8 慧深の裏側

御稜威帝国編、ついに完結!国造りの第一歩、四大帝国の内の一つの調印を緑珠達は貰うことが出来るのか……?国を追われた皇女様とその守り人と吟遊詩人が繰り広げる、王道コメディファンタジー!

「この国の名産は鉄……イマイチ言いたい事は分からなかったけど……良い鉄なら、きっと多々たたらで作られているはずだわ。」


呑気に手をぶんぶんと振って散歩している緑珠は、田圃たんぼのあぜ道を歩いていた。


「あれよね?あの、建物からかなり煙が出てる……。」


田圃の少し坂になっている、あぜ道の向こう側に大きな高殿たかどのがあった。建物の大きさに比例して、出て来る煙も多い。てくてくと足早に坂を登って行く。


「旅人さんだ!」


背後から聞こえる子供の声に、緑珠は振り返ってかがむ。


「そうよ。こんにちは。」


「こんにちは!ね、これ食べてよ!美味しいんだよ!うちの畑で取れるお野菜!」


子供が手一杯の野菜やら果物やら乳製品や良くわからない物やらを緑珠に押し付ける。


「え、えぇ!?こんなに沢山、食べれないわ……あ、行っちゃった……参ったわね。イブキも居ないし、料理が出来ないわ……。」


木漏れ日が漏れる林道の中、貰った野菜類を抱えながら言った。


「……と言うか、あの人……いや、あの二人って、顔は良いのに人間として欠如しちゃいけない何かが驚異的に欠如してるわよね。」


とんでもなく失礼な事を言いながら、多々良を目指す。


「……あ。私達にまともな人間誰一人として居ないの、すっかり忘れてたわ。だってほら、鬼でしょ?神様でしょ?それで私は白蛇でしょ?凄くなくて?人間誰一人も居ないのよ?」


誰に言うわけでもなく、木漏れ日が溢れる林道のを抜けると、大きな建物が幾つもあった。老若男女が溢れかえっており、端的に言えばまるで団地の様だ。あの、と緑珠が声を出す前に、背後から声がした。


「お!旅人さんかい?」


「そうよ。此処を見学したいのだけど……その前に、この食料品を何とか捌きたいのよね……。」


女が緑珠が手一杯持っている野菜やらをじっと見つめる。


「これ、もしかしてあのチビから貰ったんじゃないのかい?」


「チビ……?えぇ、あのちっちゃい子の事ね。そうよ。」


「相変わらず変なモンを持って来るねー!良いよ、昼飯にしよう!アンタも此処で食っていくだろ?」


「……それでは、ご相伴に預かろうかしら。」


でも、と少し緑珠は所在なさげに言った。


「私、何にもお手伝い出来ないわ。家事なんて……した事が無いんだもの。」


「家事を?……お偉いさんのムスメさんか?」


緑珠の目の前を、一瞬だけ彼の日の記憶が通って行く。


「……元よ、元よ。今は只の旅人だわ。」


「じゃあそれぐらい教えてやるから!着いてきな!」


「え、ちょっと待って!」


「昼飯だぞー!」


緑珠は容赦なく女に連れて行かれる。


「ほ、包丁持つのが怖いのよ!分かるでしょう!?」


「腰に刀かけてる奴がそんな事言わない!」


涙目になって緑珠は叫んだ。


「たっ、助けて!イブキ!真理!」





一方その頃


「……何か叫び声が聞こえた気がしましたけど、多分緑珠様ですね。……あぁ、早くお傍に戻りたい……。」


軽く変態地味た事を言ったイブキに対して、またまた一方真理は。


「お腹空いたー!国に着いたら麗羅に言って食べさせてもらおー!」


己の空腹を辺りに知らしめていた。









「うぅ……イブキがこんなにも大変な思いをして料理を作ってるだなんて、夢にも思って無かったわ……でも、まぁ……。」


緑珠は自身が作った料理が運ばれて、人々が笑顔で食べている様子を見ながら、満更でもない笑顔を零す。


「この大変さも、中々いいものね。」


「ねー!おねーさん!」


少女が緑珠の服を掴む。


「旅してきたんでしょ?何かお話してよ!」


「そうだねぇ、あたしも色んな話を聞きたいよ!」


「聞かせて聞かせてー!」


緑珠は押すに押されて円になっている人のど真ん中に座る。


「私、そんなに話上手じゃないし、旅なんてまだこの国が初めてなのよ。それでも構わない?」


周りからはもう、肯定の声しか上がっていなかった。


「はやくはやくー!」


「色んなことを聞かせておくれ!」


緑珠は咳払いして言った。


「分かったわ。……こほん。これより物語られるのは、国を追われた娘の物語。ちょっぴり悲しいけど、何万倍も幸せな物語。昔々、ある所に……星々が映る湖畔に佇む王宮に居た、娘が居ました。王宮にはね、悪い魔女が居たのよ。」


「悪い魔女ー?」


子供の問いに緑珠は笑った。


「そうよ。魔女。お化粧は物凄く厚くて、爪先が尖ってるこわーい魔女よ。」


己が味わった悲劇譚を比喩で面白可笑しく変えながら、緑珠は続ける。


「魔女の手から逃れる為、娘の母親は、娘を逃がしました。勿論娘は悲しくって、逃れ得た先で何夜も何夜も泣きました。ある夜は己を守ってくれる人の前で。ある夜は水面を揺らして自分が泣いている事を誤魔化したり。それでね、その娘は国を創りたくなって、今に至る訳です。」


子供は緑珠に問う。


「ね、どうしてその娘は国を創りたいと思ったの?」


緑珠は少し考えて、もぐもぐしながら言った。


「もぐもぐ……そふねぇ……ひっと、もぐ、だけれどね。その娘は価値観が沢山欲しかったんじゃ無かったかしら。」


「かちかん?」


「あはは、少し難しい言葉だったかもしれないわね。価値観って言うのはね……。人の心を測る、物差しの様なものだと、私は思うわ。」


「難しいよ、お姉ちゃん……。」


「まぁ、何時か分かるわよ!」


お味噌汁を全てかきこむと、緑珠は立ち上がった。


「さて、見学させて貰おうかしら。構わない?」


「構わないよ。好きにしていきな。」


緑珠は言われるがままに多々良の中へと入る。


「うわっ……暑い……。」


とんでもない熱気に、緑珠の目からぽろぽろと涙が流れる。


「うぅー!目が焼けるー!」


「そんなんじゃ此処じゃ働けないねぇ。」


「凄いのね、此処で働いている方々は……。」


「ほらよ、この濡れた手拭いでも目に当てときな。ま、直ぐに乾くだろうけどね。」


「有難う……。あのふいごを押して火を送っているの?」


緑珠は左右にある大きなふいごを指さして言った。


「そうさ。あれも中々暑いんだよ。」


「今よりも暑いだなんて……いや、熱い?の方が正しいかしら。」


「ただねぇ、あれをやってると痩せるんだよ。やってみるかい?」


「か、顔が焼けそうだから遠慮しておくわ……。」


ええっと、と緑珠は続ける。


「多々良って鉄を作ってるのであってるかしら?」


「そうだね。ただ、鉄は鉄でも玉鋼たまはがねと呼ばれるモンさ。」


「たまはがね……。」


緑珠は『玉鋼』と呼ぶ鋼を繰り返して言った。


「ちょっと待ってな。」


女はそう言って向こうへと行くと、直ぐに刀を携えて帰って来た。柄から刀身を抜くと、清らかな音とともに銀の刃が顔を出す。


「玉鋼ってのはな、刀に使われているんだよ。ま、庶民には無理だけどね……宮中の包丁なんかは玉鋼が使われてるねぇ。とんでもなく斬れるんだよ、これがね。」


燃え盛る炎に揺れる刀身を翳すと、玉鋼が使われている証である、白虎の模様の様な筋が見える。


「わぁ……!とても綺麗だわ。芸術品みたい……これならきっと作るのも大変でしょう?」


「言わずもがな、だよ。」


女は少し自慢げに肩を竦めた。緑珠は近くにある茶色の石の山を見る。


「これは?鉄鉱石かしら。」


緑珠はそれに触れる。茶色の錆が指に付いた。


「ふーん……これ、もしかして……あのシミと似たような色合いだし……有り得そうね。」


振り返ると緑珠は背後に居た女に言った。


「ね、鉄鉱石を一つ頂け無いかしら。お礼はするわ。」


「お礼なんて良いよ。アンタ昼ご飯作ってくれただろ?一つくらい持って行きな。」


でも、と緑珠はしょぼくれる。


「それだけじゃ悪いわ。もっと他に……。」


女は緑珠の腰の刀を指さした。


「それ、見せてくれないかい。見た所、それ飾り刀だろ。」


「そうよ。そんなので良いの……?」


女は緑珠に面と向かって言った。


「お偉いさんのムスメなら世間知らずだろうから教えといてやる。自分から何か代償出す時は、最初の軽いヤツで抑えときな。ほら、見せてくれないかい?」


緑珠はすらりと刀身を抜く。女は緑珠の手から刀を受け取ると、それもまた光に翳す。


「全く、いい物を持ってるねぇ。飾り刀の割には戦刀みたいに装飾は少ないし。……もしかしたら、この刀はアンタの気持ちなのかもしれないよ。」


「私の……気持ち?」


緑珠へと刀を返しながら女は言った。


「それは苗刀だ。それも珍しい両刃のタイプ。しかもそれ、存在してないんだろう?何かを媒体にして作られたものだろうね。」


「あはは……凄いわね。当たってるわ。」


二人はあの木漏れ日溢れる林道へと足を進める。


「阿修羅の様な猛々しい心と、女神の様な慈愛に溢れた心……その照らし合わせじゃないのか、と私は思うのさ。」


「……よく分からないわ。」


女は笑った。それもう、楽しく楽しく。


「あっはっは!それで良いんだよ。自身がそうだと、そう奢ってしまった時が、その人間の終わりさ。」









その頃。


「れーいーらーちゃぁぁぁぁん!!」


昼の真っ盛りに真理の声が響く。


「私の名前をそんな不遜に呼ぶのはお昼ご飯の催促ですね、真理。いっそ不敬罪で吊るし上げましょうか……。」


「ごめんなさいごめんなさい許して下さい最高です麗羅様。」


麗羅は真理を一瞥して言った。


「恐ろしく癪に触りますね。さて、お腹が空いているのでしょう?城に戻りましょう。肉?魚?野菜?それとも断食?」


「そんな発想が出来る麗羅ちゃんは凄いと思うんだよなぁ、僕。」


「それなら断食ですね。」


「違う違う違う!肉!肉料理が食べたいです!」


「それでは用意させます。」


麗羅がすたすた歩いて行くのを見て、真理は小さく声をかけた。


「麗羅。」


「何でしょう。」


「……泣いてた?」


「……。」


「お、怒らないで!あのふくらはぎがツる呪いは辛い!」


静かに麗羅は振り返って、薄く目を開けているその間から、静かに涙が零れている。


「……何故、何故分かったのですか。私は、ずっとずっと、何の為に私情を我慢して……?」


「落ち着いて。まずは座ろう。」


手馴れた手つきで痛々しい位の微笑みで泣いている麗羅を座らせる。


「どうしたの?何かあったの?相談乗るよ?」


「うふふ。神様が相談に乗ってくれるなんて、面白い事もあったものです。」


「はい、泣いてる時に笑いません。辛くなるよ。」


麗羅は俯いて、声を震わせながら言った。


「こここ、怖い……死にたくない。死にたくない死にたくない。明日か明日かと思うと、もう、嫌だ。怖い、怖いんです。」


成程、と真理は心の中で冷静に思った。神巫女とは、神から与えられた、神の言葉を伝える使者。即ち天使の様なもの。それ故に良い神巫女は長く長命である。


しかし、


その務めが悪業と、この土地神に思われた時。それこそが神巫女の死。そして、神巫女は私情を挟めない。神巫女は、神の人形だから。


「そうだね。最近、君の結界が弱まってるのを感じるよ。事実、緑珠が来た時にも妖が入ってきてた訳だし。」


麗羅は服の裾を掴んで言った。


「お願いです、何か出来ませんか。私は、まだ、まだ、生きたいのです。死にたくない。せめて葉月が死ぬまで。あの子達が死ぬまで。」


何か考えている様で、真理の体はピタリと止まっている。そして麗羅の顔へと一気に近付けて言った。


「……ね、僕と一緒になる?」


「え?」


「僕と一緒の体質になるかって聞いてるの。」


「それは……。」


麗羅が詰まるのを見て、真理は意地悪っぽく言った。


「はい、三秒で決めて。さーん!にー!」


「成ります!成らせてください!でも、そんなこと……。」


「はいはい可能でーす!というか神様に出来ない事はありませーん。」


真理は麗羅の首筋に少しだけ触れると、魔術印が辺りに拡散する。


「これは……首輪……。……貴方。」


「ちょっと待って。怒らないで。本当に僕も何で首輪デザインなのか理解出来ない。知らない。いや本当に知らない。」


麗羅は真理のほっぺたをぎょむぎょむ引っ張る。そして、魔術印が首に巻き付く。真理がぎょむぎょむの手を離して言った。


「それはね、一時的だけど僕と同じ体質になる魔法。死にたい時に死ねて、行きたい時に生ける。ただ、本当に死にたい時は僕を呼んで。……黙って死なれちゃ、僕も辛い。」


麗羅はもう、泣いていたのか笑っていたのか分からなくなって、言った。


「有難う……本当に、有難う御座います……。」


真理が立ち上がって言った。


「さて!僕も緑珠の所へ行かなくちゃ。それじゃあ、ご政務頑張って。」


「……善処致します。」


「善処する気ないねぇ……。」











「あ、緑珠様!探したんですよ。」


外で数人とお茶をしている緑珠が、イブキに気付いて手を振る。


「お、彼氏か?」


緑珠とお茶をしていた一人が声を上げる。イブキは笑顔で完全静止した。因みに顔を茹で蛸の様にして。


「……あ、あの……。」


「お、これは図星みたいだねぇ。」


「うふふ。そうなのよ、私の彼氏だわ。」


「りょくしりあさまも、わるのりはやめてください……。」


照れまくったイブキが、顔を抑えて緑珠に言った。


「何か色々すっ飛んでるわよ、イブキ」


「ひゅーひゅー!」


全員が二人を囃し立てる。緑珠が肩を竦めて言った。


「あー……囃し立てた私も悪いけど、これ以上この子をいじめたら……。」


「……遅いです。緑珠様。とっくの昔に手遅れです。」


「あーあ……ごめんね。いやもう反応が面白くて……。」


イブキは鼻血で塗れた手を洗う。まだ顔からの赤味が取れないイブキが言った。


「……偶に緑珠様って小学生男子みたいなこと言い出しますよね。」


「イブキは変な所が恐ろしく初心だと私は思うのよ。」


「なんだい、あんたら様付なんかして……もしかして、そのテのクチなのかい?」


緑珠とイブキは顔を見合わせて言った。


「まぁ、そのテのクチと言われれば……。」


「そのテのクチですねぇ。」


それにしても、とイブキは緑珠の右腕の包帯を見る。


「それ、何ですか。包帯ですね。……もしかして、誰かに傷付けられたとか?」


イブキはじりじりと緑珠を睨む。慌てて緑珠は弁明した。


「違う違う!うーん、傷付けられたって言うのならば……私が傷付けた、ってとこかしら。」


イブキはまたもや心底哀れみ深い瞳で緑珠を見た。


「……そうですか、緑珠様はそういう趣味がおあり」


「じゃないって言ってるでしょ!どっちかって言うとあるのは貴方の方じゃない!」


「……え?僕、そんな趣味無いですよ?」


「あーもう!もう!話が、話がぁ!」


「緑珠、大丈夫?語彙力が飛んで行ってるみたいだけど。」


真理が不意に現れる。


「うぅ……。……切り替えるわ。お二人共々、医療書は買ってきてくれた?」


「勿論だよ。」


真理が答えたのを聞いて、緑珠が少し落ち込んで二人に言う。


「……実は、要らなかったかもしれないの。ごめんなさいね。……要るわ要るのだけれど、本来の目的では使わなくなってしまったのよ。」


「えー……あんなに苦労して回ったのに?緑珠様、酷いですねぇ。」


「分かったわよ。御褒美でしょ、イブキ。煙草一週間分でどう?」


「……ま、良しとします。」


イブキが納得したのを見計らって、緑珠は言った。


「これで万々歳ね。あとは私がケーシン様の正体を暴くだけ。」


「おや、もう行っちまうのかい?」


緑珠と一緒に茶を嗜んでいた一人が声をかける。


「そうよ。行かなくちゃいけないの。でも……直ぐに戻ってくるわ。その時は、きっと勇者になって帰ってくるから、ね。またお茶しましょう。」


緑珠は猫のように目を細めて言った。まるで獲物を弄ぶ様に、愉しく。


「さァて、ペテン師はどう出るかしら?」

御稜威帝国の調印も終わり、拠点の街、マグノーリエに戻った一行。其処で緑珠が語る、彼女の力と由縁。言うならばこれは幕間の物語。砂漠の国へと向かう、誰もが必要とする物語。

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