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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第九章 所在不明 ???
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 129 生卵

シャルラインの力を改めて感じたりワインを探したり卵を生で食べたりそれを心配したりとまだまだ続くほのぼの回。

入ってからは早かった。自動錠オートロックを解除して、電気をつけて。


そして其処からイブキがハイテンションになるのも早かった。


「緑珠様!見てみて!見て下さい!これはですね……。」


年号やら作られた時やらの話をしているが、さっぱり分からない。けれど、凄く楽しそうだ。


「……って、緑珠様聞いてます?」


むすっ、とした顔に緑珠は微笑むと、一言。


「貴方はそれが好きなの?」


「はいー!大好きなんですよ、何時も外食に行った時は、我儘を言ってこれを飲ませて頂きました……!懐かしいですね……。」


埃がつくのも厭わずに、イブキは瓶に頬をすり寄せる。……ちょっと瓶が羨ましいとか、そんな事は全く思っていない。


「そうなのね。じゃあ今日の夕食、それを飲んだらどうかしら。」


「……良いんですかね?」


「シャルラインに連絡取ってみるわね。明日の事も色々話しておきたいから……。電話が終わったら昼食を取るわ。」


それじゃあ準備をしておきますと、もう全く安息日らしからぬ状態で話が進むと、洋酒棚ワインセラーから出て玄関近くまで進む。


「えーっと……。……電話って、確か……。」


シャルラインの連絡先と、産まれて始めて触る電話におずおず触れる。


金と黒と木目が美しい受話器に手をやりながら、ぐるぐると数字盤ダイヤルを回した。


「こ、これで、かかっ……。」


最後の数字を回し切ったその数瞬後、ぷるる、とあの馴染みのある音が聞こえる。


「やった……!」


小さく声をあげた後、被せ気味に、


『蓬莱様ですか!?』


というシャルラインの声が聞こえる。


「そうよ。おはよ……。いえ、こんにちはシャルライン。今日は少し尋ねたいことがあってね。」


『尋ねたいことですか?』


「洋酒棚の洋酒ワインを、頂いても宜しいかと言うお話なのだけれど……。」


『全然構いませんよ!全部開けてもらっても構いません。』


「そうなのね。有難う。……そうだ。明日は案内をお願いしたいの。」


『何処へお連れしましょう!』


少し退屈そうだった声が、一気に嬉しそうな声に変わる。


「『奴隷区』って、表の国と情報を交換している場所ってあるのかしら?」


『んあー……中々難しい事言いますね……。』


小さな部屋の中で、シャルラインは呟く。先程起きたばかりなので部屋の散らかり様が凄い。朽ちたブラインドの隙間から、光が零れている。


「基本的に情報交換はしてないんですよ。全く別の国と国交断絶してるみたいなものですからね。」


でも、とシャルラインは付け加える。


「無理、ではないです。今日一日、時間を頂けたら──」


『一日で?それ、大丈夫な情報網なの?』


心配そうな緑珠の声に、シャルラインは自慢げに言った。


「任せて下さい!……ただその人、体調不良らしくて……。まぁ一日あれば、どうにかなりそうなんですが……。」


「そ、う……。」


どうしようか。頼むか。頼まないか?……ただ頼れる手が、それぐらいしかない。


「分かったわ、シャルライン。その人を捕まえて欲しいの。」


『了解しましたぁーっ!直ぐに連絡を取ってみますね、それでは!』


「えっ、あっ、」


ツー、ツー、と電話が切られる音が耳元でする。


「あの子、スイッチ入ると凄いわよねぇ。」


そんな事を呟きながら受話器を下ろすと、昼食の元へと駆けた。










「……う……。」


ほんの小さな呻き声を上げて、緑珠は起き上がった。そうだ、確か昼食が終わって、眠くなってしまったのだっけ……。


「……。」


電気に手を伸ばしてつけると、無断で借りてきたイブキの着物と、真理のマントがある。これが堪らなく落ち着くのである。


「今何時なの……。」


かち、こち、と鳴るベッドの近くの置時計をわし掴むと、時刻は「八」を指している。


「……うそじゃあん……。」


ふわぁ、と大きくあくびをしてもまだ眠いのだから、相当疲れが溜まっていたらしい。


「……んー……起きるか……。」


伸びて伸びて伸びまくると、重い身体を引きずって台所に向かう。


「ご飯……。」


おっと。誰も居ないようだ。匂い的に、夕飯はカレーか?


「温めるだけね……。」


焜炉に火をつけて蓋をかぶせる。暫くすると、ぐらぐらと煮立ち始めた。掻き混ぜて、暖かいご飯が乗った皿にルゥを乗せる。


「むふふ……頂きます。」


「お、今からご飯食べるの?」


「食べるわよ、真理は?」


「僕も今から食べようと思ってたところ。」


ほら、と真理は自分のカレーをちゃっかり用意した奴を食卓に置いている。ことり、緑珠もその隣に皿を置いた。


「一緒に食べましょ!」


「勿論だよ。……なぁに、じっと見て。」


緑珠は真理をじっと見ている。それもその筈、彼の身体は何かの毛だらけだ。……まぁ、大体の予想は着くが。


「……猫?」


「魔法失敗したら、大量生成しちゃって……。」


「元々何を呼ぶつもりだったの?」


椅子を引いて座ると、更に真理は笑顔で言った。


「犬の大軍。」


「あんまり変わらないわね。」


『犬』、という言葉で緑珠は思い出す。


「……そだ。イブキは?」


「今単語で思い出したろ、緑珠。」


「いやいや、そんな事は無いわよ。」


冷や汗を掻きながら、緑珠は何食わぬ顔で呟く。そして、野太い声が響いた。


「わん。」


「わぁ、こんな所にかわいいわんちゃんがー。」


「棒読みだね。」


ぐりぐりとイブキは緑珠に頭を擦り付ける。


「構ってくれなきゃ猛犬になりますよ。」


「構うのでご飯食べさせて下さい。」


一通りのやり取りを終えた後に、イブキは緑珠と真理の向かいの席に座る。


「かれー……!うまし!」


キラキラとした瞳で彼女はそう叫ぶと、 見計らった様に真理は言った。


「そーいえば前からマントが見当たらないんだけどな?」


「んぐっ……。」


「そーいえば僕の着物も見当たりませんね?」


「んぐぐっ……。」


痛ァい刺激に、緑珠はごくりと飲み込む。そしていじけた様に言った。


「……だって皆忙しいし。悪いかなって思うじゃない。」


「緑珠様はそんな薄っぺらい布で良いんですか?」


「厚みは僕達の方があると思うんだけどなー!」


二人の言葉に、曇っていた彼女の顔がぱあっ、と明るくなる。


「良いの……!?」


「寝るだけでしょう?」


「そ、そうだけれど……。」


「声かけてくれたら何時でも行くよ。」


少し嬉しそうな声をあげながら、緑珠は着席する。


「ふふ、そ、そう?そういうことなら、服を返さんでもないわよ……。」


ふふ、ふふふ……と嬉しそうな声が漏れている緑珠は、ふとイブキの持っている食べ物に目を遣る。


「イブキ、それ……」


「あぁ、これですか?自分でご飯作るのちょっと面倒だったんですよ。卵かけご飯です。」


目を白黒させて、緑珠はじっ、とそれを見詰める。


「たまごを、なまで?危ないわ、お腹痛めちゃったらどうするの……。」


「大丈夫ですよ。痛めちゃったりしません。」


「そ、その下は……。」


「納豆です。ネバネバですよ。」


ごくり、と喉を鳴らすと、彼女は手を伸ばす。


「ちょ、ちょっと、ほら私が毒味するわよ」


「食べるんですか?どうぞ。」


イブキは緑珠の箸を取り出すと、それと共に食べかけの卵かけご飯を差し出す。そしてぱくりと彼女は食べると。


「……んぐ。伊吹、これは危ないから全部私が食べ」


「美味しかったんですね。駄目です。」


「……明日の、朝ご飯に。」


「分かりました。準備しておきます。」


そぉっ、と緑珠はそれを返す。そしてカレーを頬張った。


「……なんで貴方が作った料理って、おかしいくらいに美味しいのかしらね……?」


そんな事を、呟きながら。









「……暇ね。」


「休みにするって言ったの君だよ。」


「夜になって暇だわ。あと今さらっと心読んだでしょ。」


「ははは何の事だか。」


真理が居座る小図書館で、緑珠は机の上でごろごろしていた。


「お行儀悪いと思うんだけどなぁ。」


「……大人しくしてる反動?」


「ひえっ、言い訳の無茶が過ぎる〜!」


とんっ、と緑珠の頭の上に何かが落ちる。


「お、ふわふわしてるわ〜!ねこ?」


「……ねこ、と定義していいのか……。」


彼女は起き上がる。そして、キラキラ光らせていた目を曇らせた。


「いや何これ……。」


「なんか猫みたいな奴でたら良いなぁーって思って創った産物。」


緑珠の手にあるのは、顔は猫、足は狸、右翼は翼で左翼は竜の翼、下半身は人魚……というまぁ、言うなれば『キメラ』と呼ばれる類の物だ。


「そんなノリで生物創造されても……。」


「どう?可愛い?」


「……私はこれを、可愛いとは言えないわね……。」


はい、と真理にそれを手渡すと、その生命体はぽんっ、と音を立てて消えた。


「今のは何処へ……?」


「何かこう、虚無の向こう側的な?」


「語彙力があるのか無いのか分からない発言ね。」


「お風呂入んなくて良いのー?伊吹君煩いよー?」


さらっと話をすり替えられた緑珠は、きょとんとしながら呟く。


「なーんでイブキは私の入ったお風呂の後に入りたがるんでしょうね?」


「…………分からないなら、分からなくて良いよ。」


「何その言い方!知ってるみたいじゃないー!」


教えて教えてよぉー!と縋りまくる緑珠に、真理は軽くあしらう。


「いやもう本当に知らないのなら知らない方が良いよ……ほんと……。」


「あっ、どうせまたとんでもない事言い出すんでしょ!」


「……想像絶するから止めといた方が良いよ。……ほんと。」


お風呂ですよー、というイブキの声に、緑珠ははぁーい、と声を上げる。


「……んじゃあ、あんまり考えないことにする!」


「うんうん。それが良いよ。」


先程の暗い顔とは打って変わって、真理は笑みを浮かべた。


「それじゃあねー!お風呂入ってくるわー!」


とたとたと走って行く緑珠を見ながら、真理は窓から覗く月を見上げた。









「寝れぬ!」


「寝て下さい。」


「寝れぬの!」


「寝て下さい。」


この一日、何やかんやで寝すぎてしまった。そんなに眠くない。


布団を被っている緑珠は、傍に座るイブキに言った。


「ね、ね、イブキ、構ってあげるから寝かせてよ。ね?」


「……えぇ……。……仕方ないですねぇ。」


何処か嬉しそうにイブキは近付くと、緑珠をぎゅうっと抱き締める。


「よしよし。」


「……ん?」


「好きですよ、緑珠様。大好きです。よしよし、良い子良い子……。」


これをするのは逆で、私ではないのか?と緑珠はぼぉっと思う。


「ふふ……いい匂いがします……。」


でも何だか、温もりが眠い。そうだ。やらなくちゃいけないことが……。


「……そうそう、いい子いい子……。」


ゆっくりと緑珠は腕を回すと、目の前の従者は嬉しそうに目を細める。


「……眠れます?」


「……。」


「……えっと、眠れます?」


イブキがじいっ、と腕の中を見ると、もうすやすやと眠っている。


「はやっ……。」


ゆっくりと布団の中に仕舞う。……誰にも見つからないように。


人にも、澄み渡った空気にも、美しい月夜にも。


「……お休みなさい。」


そっ、と頭を撫でて、イブキは部屋を出た。







次回予告!

再び物語が動き出したりシャルラインの誘いに乗ったりその先で待っていた人が懐かしい人だったりと飽きないお話!

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