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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第九章 所在不明 ???
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 124 劈く叫び

『ヒストラル』に触れたことによっててんやわんやし始めたり、『ヒストラル』と緑珠の関係が繋がったり飽きないお話!

「旅人が『ヒストラル』に触ったぞ!次の王は此方だ!」


それは、割れんばかりの声だった。しん、と辺りは静まり返る。


「ちょ、ちょっとシリオン、どういう……。」


「そういうことにして下さい。……御願い、します。」


「違うのシリオン、私達が言いたいことはそこじゃなくて……。」


緑珠は黙ると、熟考する。恐らく『ヒストラル』に触れた者が王になるのだろう。シリオンは僅かな瞬間に言った。予想外に頭が切れるらしい。


「……ね、シリオン。貴女、もしかして……。」


緑珠の目の前に立っている少女は、にこにこと微笑んでいる。


こんな芝居を打ったのだ。それに、王宮が綺麗だと言った。布石は今まで幾らでもあった。その笑みに、気付くべきだった。


「ねぇ。少し下がっててくれない?」


緑珠は軽く警備隊に言うと、言われるがまま皆下がっていく。


「……。どうやら、気付いたみたいですね。」


「えぇ、そうね。」


シリオンに抱いていた妙な違和感、それは──


「……貴女、この国の王族だったのね?」


少しの沈黙の後、シリオンは言った。


「……気付かれ、ちゃいましたか……。」


「何だか違和感があったの。その綺麗なワンピースとか。王宮を見た時の貴女は、酷く懐かしそうだったり。……理由は少し後付けだけれど、違和感は本物だったわ。」


一拍の後に、


「もし貴女が王族なら。……私は貴女の要求を飲むことは出来ない。此処は貴女の居場所だから。……貴方達の、国だから。」


「そんな事言っても無駄ですよ。もう警備隊達が言いふらしてると思います。」


無邪気な笑みの裏で、計画的な目が泳ぐ。


「……もしかして、それが狙いだったの?」


「……ふふ。」


嵌められた、と苦い思いをしても後の祭りだ。緑珠はどもる。


「でも……。」


「良いんです。私はただのシリオンで、王女では無いですから。それにきっと、蓬莱様は私の気持ちを分かってくれる。」


シリオンの明るい声音に、緑珠は顔を上げた。


「私、ずっとこの国を見て回りたかったんです。色んな物を見て、本にしたかった。……ガイドという形で夢は叶っています。私の夢は叶えた。でも、国には必ず指導者という者が居る。居なくて幸せなんて、そんなの盲目の幸せです。」


微笑みながら、シリオンは続ける。


「私にはもう国を引いていく力は無い。私を除いた家族は皆、違う国に住んでいます。……だから貴女に目をつけた。貴女なら、貴女なら、私達を率いる事が出来る。……そう、信じていたんです。それは今確信に変わった。……御願いします。」


深々と頭を下げるシリオンに、緑珠は頷く。


「……そう、分かったわ。でも最後に教えてくれる?」


「何をでしょう?」


「貴女の本当の名前。シリオン、なんて偽名でしょ?」


全ての気が抜けた様に、シリオン──王女は、陽だまりを思わせる笑顔を見せた。


「……シャルラインって言います。シャルライン・ルミナ=バタフィア。ずっとシャルーって呼ばれてました。……今まで話していた生い立ちは、全部嘘です。……騙しちゃって、ごめんなさい。」


さて、とけろっとしたシャルラインは『ヒストラル』を指さす。


「この『奴隷区』の伝説なんです。旅人がやってきて、この『ヒストラル』に触れ、謎を解き明かした者が、次の王になる……。」


「そんな伝説があるのね。この『ヒストラル』は、そんな昔から……。」


「一年前に発生しました。」


「伝説って言うには短すぎません?」


「『奴隷区』の皆は噂好きなんです。」


「ちょっと待って、一年前?」


談笑に近い雰囲気が飛んでいる所に、真理の鋭い声が響く。


「一年前って……それは……。」


「……真理、僕も少し。この予想が外れて欲しいんですが。」


「一年前?どういうこと?」


緑珠の疑問に、真理は答えた。


「……君が死ぬはずだった年齢だ。」


「……え。」


真理は『ヒストラル』に近付く。


「それこれは時空の裂け目。僕が観測出来なくなった未来。使い辛くなった魔法。……何となく、分かった。」


「ちょっと待って。それじゃ、その先の世界は……。」


真理がその言葉を発する前に、イブキは緑珠の手を握った。痛いくらいに。


「分岐した未来。『緑珠が居ない世界』だ。そして、『創造神』が居ない世界。即ち、『神という概念が存在せず』、魔法だけが一人歩きしている世界。」


「……何、それ……。」


『ヒストラル』に軽く触れながら、真理は続ける。


「僕が未来を観測出来なくなったのは、恐らくこれが原因だ。基本的に平行世界は、ある程度なら世界が自動的に修復する。人間の傷を癒す機能と同じだね。」


だが、と真理は振り返る。


「ただ。あまりにも大きな分岐なら、世界も修復しきれない。それでも今までなら僕も未来を観測する事が出来た。だが、『ラプラスの魔物』を使っても未来を観測できない、今は……。」


はっきりと、緑珠へと告げる。


「極めてイレギュラーな事態だ。」


「……それだけ、私は……。」


「こんな事、今まで無かった。確かに居なかった者を居るようにするのはイレギュラーだ。だけど僕は君の道筋を用意した。君はそれを超えた。多分それで世界に歪みが生じたんだろう。」


次に言う言葉が分かったイブキは、緑珠を後ろに隠す。


「……この方に、手は出させませんよ。」


「あ、言うこと分かった?シャルライン、この歪み、一年前より大きくなってる?」


シャルラインはただただ頷く。


「多分飲み込もうとしてるんだろうなぁ。無理矢理修復しようとして。しきれないってのに……。」


「あの、この歪みを治す方法は……。」


シャルラインの呟きに、真理は頷いた。


「あるよ。緑珠を消すことだ。」


伊吹の空気を凍てつかせる殺気が飛ぶ。真理は慌てて訂正した。


「待って待って。僕は緑珠を殺すつもりは無い。娘を殺す趣味は無いんだ。気に触ったのなら謝るよ。ごめんね。あく」


「呼ばれてとび出てじゃじゃじゃじゃーん。やぁ皆。元気かい?」


「……えーっと。」


頭上から、懐かしい声が響く。


「ほんと何時ぶりなんだろ。会ってなかったの。」


「元カレ?元カノ?みたいな言い方止めてもらっていいですかね?」


詰まるイブキの前に、着古したフードを被ったギザ歯が目立つ、蓬泉院ほうぜんいん 七風ななしが立っていた。


「まぁまぁ。私は解決方法を持って来たんだよ。」


「……あのう……。」


色々と放っていかれるシャルラインを更に放って、七風は言った。


「『ヒストラル』は緑珠を消せば容易に消滅するけど、それは私としてもナシよりのナシだからね。別の方法を考えた!」


「……ね、イブキ。ナシよりのナシって何なの?」


「さぁ……。普通に『無い』って言えば良いのに……。」


緑珠とイブキの言い合いに、すかさず七風は放つ。


「もー!分かってないなぁ!これが良いんだよこれがぁー!」


「……ちょっと何言ってるか分からないですわ、七風様。」


緑珠の冷たい声音を通って、七風は『ヒストラル』を指さした。


「『ヒストラル』の存在を完全に消滅させるには、『作り物が歩んだ未来』を『普通の人間が歩む未来』に変える必要があるんだよ。」


「作り、もの……。」


「君の存在は完全に『作られている』。だから君を『人間』にする。概念ってややこしいね。」


学校の先生が生徒に授業を教えるように、淡々と説明していく。


「それを完璧にしたらあら不思議!『ヒストラル』は塞がり緑珠は人間になる!」


「あ、あの。決して疑う訳じゃ無いのですけれど、それの、成功率は……。」


「100パーセントっ!」


七風は随分と景気の良い声を出す。まだ不安げな二人に、七風は言った。


「創造神も手伝うんだから、100パーセントじゃないとおかしいだろ?」


「……どうすんのさ。七風。僕は『どっち』をすれば良い?」


真理が『ヒストラル』か『緑珠』を問うと、七風は答えた。


「君は『ヒストラル』を閉じろ。私は緑珠を完全にする。……坊や。其処ちょっと退いてくれる?」


「ぼ、坊やって……ま、まぁそうですが……。……どうぞ。」


イブキは若干不服そうに、緑珠の前を退く。


「ね、ねぇ、イブキ……。」


不安げな目を浴びると、イブキは微笑みながら答えた。


「大丈夫ですよ、緑珠様。今日の夕飯は何が良いですか?」


「……もつ煮込み。」


半泣きになりながら緑珠は答える。それに呼応するようにイブキは微笑んだ。


「御用意しましょう。……だから大丈夫ですよ、緑珠様。」


「……ありがと。」


「それじゃあ始めようか。『ヒストラル』が閉じれる瞬間は、限られてるからね。」


「分かってるよ七風。……やろう。」


真理は杖を取り出すと、何時ものあの呪文を引き出す。


「水の波紋、風の音、木々の揺らめき。この世を創り上げる森羅万象よ!その全ての物に永劫の祝福を!固有魔法『境界の歪曲』!」


薄紫の結界が傷口を覆うように『ヒストラル』を覆う。


「やれ!七風!」


「任せな。……物の裏に存ずるもの、その物の名よりも有りしもの。其を示せ。『存在創造』。」


緑珠の足元に魔法陣が踊る。 幾つもの呪文が封じられた帯が、彼女の周りを舞う。


「まだなのか!創造神!」


「ちょっと待て!くそっ……!往生際が悪いぞ!」


『ヒストラル』は真理の力を受け入れない様だ。閉じかけては開いている。


「力に、なれるかもしれない……!」


帯に包まれながら、緑珠はあの力を使った。


「……『閉じて』。」


その言葉に『ヒストラル』が反応したのか、それはうねって傷口は塞ぐ。


「有難う、緑珠。それじゃあ僕からも。『閉じろ』!」


まるで針が踊るようにうねると、糸のようなもので『ヒストラル』は塞がる。


「緑珠様。大丈夫ですか?」


力を使い果たしたのか、緑珠はへなへなと座り込む。


「有難う、御座います。お二人方……。」


それだけ言うと、ばたりと倒れる。完全に寝た。寝息が聞こえる。


「あぁいけない。こんな所で寝たらお風邪を召しますよ。」


容態が安定している緑珠を見て、真理は安堵の溜息をついた。


「上手くいったみたいだね。七風、ありが……。」


振り返ると、あるのはもう風だけだ。


「って、居ないし……。」


「……『ヒストラル』が、塞がった……。」


シャルラインは小さく口を開けて、呆然としている。


「……ふさ、がった……。」


もう一度そう言うと、益々呆然としている。


「……。」


「ごめんね。塞いじゃ駄目なものだったのかな?」


「……いえ。でも、『奴隷区』のなけなしの魔法使いが塞ごうとしても、塞がらないどころか触れられもしなかった……。」


シャルラインの喉が、恐れで動くのが見える。


「……貴方達、何者なんですか?」


緑珠を抱えながら、イブキはにやりと笑いながら、嗤う。


「何処にでも居る普通の旅人ですよ?」


疑い深い表情を、真理はイブキに向ける。


「……君が普通を語るか?」


「ふふふ。それもそうですね。さて、取り敢えず帰りましょう。緑珠様が起きなきゃ始まらない。」


「そうだね。帰ろうか。」


呆然と突っ立っているシャルラインに、イブキは言った。


「済みません、シャルラインさん。一度帰りますね。どっちに帰ります?」


「『奴隷区』から出た方が良いんじゃない?熱が出たりするかもしれないし。」


「……そうですね。そうしますか。」


シャルラインは三人へと慌てて駆け寄る。


「あ、あの。泊まる場所なら、此処にもあります。そもそも何処に泊まっていらしたんですか……?」


真理とイブキは顔を見合わせて、くすくすと笑うと。


「廃屋と、」


「牢獄、ですね。」


それを聞いて、シャルラインは益々棒立ちになった。








次回予告!

緑珠が目覚めたりイザナミちゃんと遊んだりもつ煮込みを食べたりお肉の取り合いをしたりとてんやわんやするお話。

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