ラプラスの魔物 千年怪奇譚 120 潜入
三人が夜の潜入をしたり廃屋に入ったり手を繋いで照れたり地下室に入ったりと相変わらずの変わらないお話!
「え、えぇ……元からそのつもりだったのだけれど……。」
「貴女ならきっとそう言うと思ってました。でも!やっぱりほら、えっと、各国でこなしてきた……?」
「……もしかして、『難題』ふっかけて来る感じですか?」
まだイブキを恐怖の対象で見ているシリオンは、少しびくっとしながら話を続ける。
「そうです!そう!『難題』!私からも吹っかけさせて頂きます!」
「……はぁ。そうなの。」
「何でそんな乗り気じゃないんですかー!」
いやだって、と緑珠はぼおっとしながら答える。
「……どんな難題なんだろうなーって。」
「聞く気も薄そうじゃないですかー!」
「聞く気あるわよ。それはあるけど……。何なの?難題って。」
少し俯きながら、緑珠は続ける。
「というか、貴女私に夢を見過ぎなんじゃない……?そんな出来た人間じゃないわよ?」
胸を張ってシリオンは言った。
「そりゃ勿論!『あの』蓬莱緑珠ですよ!夢見るに決まってるじゃありませんか!」
「……どうしましょ。夢見てんわねー……。」
「そうですねぇ。これもう、ウケるしか……。」
緑珠とイブキの算段を他所に、シリオンは思いっ切り言い放った。
「という訳で!私から出す難題は……。『奴隷区』の『ヒストラル』に来てもらう事です!」
「『奴隷区』の……。」
「『ヒストラル』、かい?」
緑珠の言葉の後に、真理の声が続く。イブキがシリオンへと問いかけた。
「あの、『ヒストラル』っていうのは……。」
「おーっと!質問は無しで!『ヒストラル』混みの潜入!ですから!」
シリオンのテンションが最高潮に達して、そして静まって。
「……必ず、絶対。来て下さい。私、待ってるので。」
手を遊ばせながら、シリオンは続ける。
「私、貴女に夢を見てるんです。……でも手放しじゃダメ。ちゃんと確固たる理由があって、貴女を信じたい。」
向こうから人や馬の足音が聞こえる。シリオンはワンピースを叩いて言った。
「それじゃ、待ってますから!期限は三日。それまでに、私に会いに来てくれれば。……待って、ますから。」
沢を伝って走って行くのを見届けると、イブキが立ち上がっておずおずと口を開く。
「……緑珠様、行きましょう。恐らく市場で会った追っ手です。」
「えぇ、行きましょう。真理、頼んだわ。」
「了解っと。」
扉を作ると、三人はその中に飛び込んだ。
「うー!寒い……。夜の潜入は嫌だわ。新日栄の事を思い出しちゃう……。」
「あー……あれは中々に寒かったですね。」
「そりゃ伊吹君列車の上に立ってたからね……。」
三人はボロ布を被りながら、『奴隷区』に続く何も無い一本道──ではなく、城壁に沿ってある小さな森を歩いていた。
何故こんな場所を歩いているかと言うと。事は数時間前に遡る。
「『奴隷区』の『ヒストラル』ねぇ……。」
「何だ。お前そんな所に行きたいのか?」
熟考している緑珠の頭上から、番兵の声が降る。
「あっ、そうだ……!ねぇ貴方、『ヒストラル』って何処か知ってる?というか何なの?『ヒストラル』って。」
「あー……?『ヒストラル』ぅ?何だそれ。そんなもん知らねぇぞ。」
「……え?」
番兵の言葉に、緑珠はかちこちに固まる。
「少なくとも俺が『奴隷区』を出た時にはンなもん無かった。もう二十年近く前か?ま、とにかく無かった。」
番兵は無精髭を触りながら言った。
「つかお前ら『奴隷区』に行きたいのなら夜に潜入しろよ。彼処は夜はザル警備だからな。……今は知らんが。」
そんな言葉を浴びて、三人は慌てて牢獄を飛び出したのだった。
「正面突破は勿論無理だし、森の脇から見て行ってるけど……。」
森を抜けた先には、白い煉瓦作りの城壁が見える。なるほど確かに城兵は居ない。木の扉の前しか城兵は居ないし、しかもこの距離じゃ何をしててもバレなさそうだ。
「BBQ出来そうなくらいには人居ませんね……。」
「流石にそれはバレるんじゃないかな?」
陰らになっている城壁の傍に飛び込むと、イブキは強く煉瓦を蹴る。
「何か最近イブキ蹴ってばっかりじゃない?」
「それ、おもい、ましっ、た……!」
がこん、という鈍い音の後に、人一人分は入れそうな隙間が出来る。
「入れます。行きましょう。」
「有難う、イブキ。」
隙間を抜けると、街の外れの路地に出たらしい。人は少ない。適当に瓦礫を詰め込むと、路地から出る。
その瞬間だった。
『城壁が破壊された模様、至急調査せよ!』
「へっ……!?」
「緑珠様。落ち着いて。」
ぎゅっと手を握ると、イブキは何時もより歩くスピードを落とす。
「何時もより普通以下にしてて丁度良いから。……取り敢えず今日は、寝れる場所を探そうか。」
緑珠は手を引かれるがまま、イブキに着いていく。此処はどうやら都市部の様だ。
「……公園みたいな所に出れたら良いんですが……。」
「聞いてみない?」
「知らないとなれば怪しまれます。難儀な事です。」
まるで他人事の様に言うイブキに、真理が言った。
「このまま真っ直ぐ。突き当たりを右に曲がれば廃屋がある。この先誰も侵入しないみたい。」
軽く未来視を使った真理に頷くと、言われるがまま先に進む。ずっとずっと歩いて行くと、確かに廃屋があった。
「此処でなら雨風凌げそうですね。」
「……あの、イブキ。手。」
もじもじとした緑珠の言葉にイブキは恐る恐る自分の手を見る。所謂恋人繋ぎと言う奴。そして叫んだ。
「うっっっわ!申し訳ありません緑珠様!ぼ、僕としたことが……!」
「声が大きい!気にしてないから、ね!」
「ど、どうしよ……もう手洗いません……。」
「何時だって手を繋ぐからそれは洗って?」
緑珠は顔を真っ赤にして俯いているイブキを引っ張りながら、部屋の隅にソファがあり、キッチンがある廃屋に入る。真理はボロの入口に幻視魔法をかけた。
「い、いぶき……?」
「今顔見ないで下さいぃ……。」
部屋の隅っこで恥ずかしさのあまり唸っているイブキを見ると、緑珠は真理の膝の上に乗った。
「わー!凄い!お父さんみたいな気分……!」
「お父さんみたいなものじゃないの?」
「いわ、言われてみれば……!」
「あっ!ずるいですよ!」
と、顔を抑えていたイブキが立ち上がって足を踏んだ時だった。その場所を凝視する。
「どうしたの?イブキ。」
「……僕。今日蹴ってばっかりですね。」
その場でジャンプすると、崩れかけた床が抜けて、そのまま真っ直ぐに落ちる。
緑珠が慌てて穴に飛ぶと、声をかける。
「あのぉ……イブキ、大丈夫……?」
「……いや、これは……。」
ぴょん、と緑珠は飛び降りる。そして真理も後に続いた。
「……何なのかしら。これは……。」
三人の目の前には、古びた家具が置いてある。まだ使えそうだ。
「……地下室……?」
「だった、みたいですねぇ。樽や匂いから、どうやら洋酒を貯蔵していたみたいです。」
「でも何でベッドだの何だのがあるんだろ。」
イブキはまた薄暗がりまで進むと、何かの溝を見つける。
「……これ、溝ですよね。」
「そうね。何か水が通るみたいな溝だけれど……。」
突き当たりの壁を触ると、一つ、ぼこっ、とした窪みがある。ぐっ、と押すと。
「この音、水かい?」
真理がくたびれた松明に火を灯すと、部屋の全容が顕になった。窪みを押した部分は小さな穴になって倒れて、ちょろちょろと水が流れている。
「…………明らか、一般人の廃屋じゃあ無さそうですね。」
「なら尚の事便利じゃない?何か他に使えるものがあるかもしれないわ。」
緑珠がてくてくともう一つしかない樽が入っている棚の向こうに、瓶を見つける。全てガラス張りの中にぴっちりと収められており、倒れることを許さない。
「あれ。これ何かの液体だわ。何かしら……。」
「……あぁ、これ劇物の類ですね。クロロホルム、四塩化炭素、ヘキサフルオロケイ酸……。どれも人を殺せる物ばかりです。」
「えっ……!?」
真理が穴を覗きながら言った。
「じゃあこれもしかしたら、上水道に繋がってるのかも……。」
「しれないですね。でも、此処の持ち主は劇物を使わなかったようです。線が切れていません。」
「こ、怖いわね……。」
身震いした緑珠に、イブキは声をかける。
「大丈夫ですか?寝れます?」
「ね!れ!る!わ!よ!それくらい!私を子供扱いしないでー!」
「いやだって貴女、怖い夢見たら何時も僕の所に枕持って来るんですから……。」
「よけーなことは言わなくて良いの!」
ぺちぺちとイブキを叩きながら緑珠は憤慨する。それを見ながら真理は呟く。
「……寝ないの?眠くない?」
「寝ましょうか。」
「……寝ますぅ。」
ちょっとふくれっ面な緑珠は、何か敷けるものが無いかと探しに向かう。寝るとしたら上の部屋だ。
「……あ。上の部屋ってどうやって戻れば……。」
「其処の階段ですね。」
石造りの湿気た階段を上がると、頭上に冷たい何かが触れる。
「これもしかして、ソファ……?」
何とか動かせそうだ。ぐっ、と動かすと、馴染みのある廃屋が見える。
「あれ、この部屋もしかしてまだ上があるんじゃ……。」
なるほど部屋の壁には、変な丈つけがある。自慢げにほくそ笑むと。
「ふふふ……。任せなさい。私のタックルで此処はやる切るわよ!」
「出来るんですか……?」
上がって来たイブキの呆れを他所に、緑珠は思いっ切り立て付けにぶつかる。ばりばりと木の引きちぎる音がすると。
「……ほ、ほんとに壊れた……。」
立て付けに使われた木材の中に、緑珠は倒れ込んでいる。
「あぁもう……お怪我は?」
「無いわ!ぴんぴんよ!」
「それは良かったですね……。」
壊れた立て付けのその先を見ると、美しい木が張られた階段が見える。
「この廃屋、ちょっと階ごとにイメージが変わるわね……。」
二階へと向かうとなんと美しい事か。茶色の木は先程使われたように光り、壁に添えられたベッドらしきものに掛けられた布を取ると、眩しいくらいに白いシーツが目に入る。
「これはこれは……素晴らしいですね……。」
その横置きベッドの奥にはガラス戸が見える。レースの白いカーテンだ。長い間あった為か、少し黄ばんでいる。
ベッドの反対側の壁には、一つの椅子と机がある。その上には布を被せられた茶器があり、布を取ると薔薇のティーカップが目に入った。
「どれも良い物ばかりね。」
「でもこの家、何十年も前に捨てられた廃屋なんだけどなぁ……。」
「ま、兎に角寝れる場所は見つけた訳だし。シーツも有るわけだし。寝ましょ?」
部屋の隅にあるクローゼットから、それなりに暖かそうなコートやらを拝借する。
「緑珠様はベッドで寝ます?」
「……え。私一人だけで寝ろって言うの?一人で?私一人で?ひ、一人で寝ろと……!?」
わなわなとわなないていると、真理がすかさずツッコミを入れる。
「何時も一人で寝てるよね?」
「やだー!一人で寝たくない!寂しい!」
「あーもう!面倒臭い人ですね!」
床に敷いた適当な布団にイブキはひょいっ、と緑珠を投げる。
「素直に三人で寝たいって言えば良いでしょ!可愛いですねもう!」
「わーい雑魚寝よー!」
緑珠は幸せそうに真理とイブキの真ん中で丸まる。うつらうつらしながら言った。
「んー……というかねぇーぇ、これ不法しんにゅってやつじゃ……。」
「イケナイコトするのって、楽しくありません?」
緑珠の髪の毛を弄りながら、イブキは言った。
「……しょれもしょうねぇ……。」
「あらら、納得しちゃった。イケナイコトはイケナイコトだよ?」
暫くして雨が降り出した。かたかたかた、と窓を揺らす音の合間に、寝息が混じった。隣にあるふかふかのベッドと比例して。
緑珠が早起きしたりイブキがすりすりしたり緑珠が生まれて初めて自分の手でご飯作ったりするお話!