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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第九章 所在不明 ???
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 119 主君

シリオンの不振な言動を目の当たりにしたり番兵さんを脅したり扉の話をしたりと何やかんやのお話!

「変だったわよねぇ……。」


「変でしたねぇ。」


「変だったねぇ。」


牢獄と言えども窓もある、普通の部屋と言っても差し支えない場所で、三人はぐつぐつと煮立った鍋を囲みながら言った。


「違和感……感じましたよね。」


「何か私の手を触った時に、『卑しい身分が……』とか言ってたわ。」


「何か事情でもあるのかな……おっと、肉頂き……!」


「あっ!ずるーい!それ私のお肉よ真理!」


子供の様に取り合って唸りあっている二人を見ながら、イブキはそそくさとその間にある肉を器に装っては食べる。漁夫の利というやつだ。


「というか、むしゃ、こういうのって、もぐ、番兵さんに、むしゃ、聞いた方が……。」


咀嚼音が聞こえるイブキに二人は視線を動かした。


「あ、貴方、ぜ、全部食べなくたって……。」


「そうだよ……?何してるの……?」


「いや、全部は食べてませんよぉ。もぐ。」


箸でちょいちょい、とイブキは肉の欠片を掬う。


「欠片、残ってますし。」


「「これは残ってるなんて言わない!」」


「お、元気そうだな。」


緑珠と真理の後ろには、パックの生肉を持った番兵が立っていた。


「肉々うるせぇんだよ。外まで聞こえてるぞ。おらよ。」


緑珠は生肉を受け取ると、勢い良く鍋の中に投入する。


「緑珠様、飛ぶので気を付けてください……。」


「大丈夫だって……ふんふーん……っ、あつ……。」


「言わんこっちゃない……。」


イブキが菜箸で肉をほぐし始める。それを見計らって、緑珠は番兵へと問うた。


「ねぇ番兵さん。少しお話しない?」


「……何が聞きてぇ。」


「まぁまぁ、お座りなさいな。」


取り分けた熱々の具材を見てから番兵を見遣った緑珠は、言った。


「扉の事について聞きたいの。」


「扉ァ?」


言われるがままに番兵は座ると、緑珠の質問を聞き返す。


「そうよ。扉。この国は城壁が二重になってるみたいね。シリオン……ガイドに案内して貰ったのよ。この国を。」


「……。」


「内側の城壁に、大きな木の扉があったわ。ガイドは教えてくれなかった。貴方は知ってるんじゃ無いかと思って。」


「話はそれだけか?」


すくりと番兵は立ち上がった。


「それだけなの。帰っても良いわよ。」


伊吹が陰で匕首を構える。


「……生きて帰りたいのなら、答える事ね。」


「未来の女帝様が脅しか?そりゃちょっと不利だぜ?」


番兵は振り返ると、緑珠は野菜を口に運ぶ。飲み込んだ後に、


「不利かもしれないわね。でも、『扉のことについて』しか聞いていないのに、早とちりする貴方はもっと不利ね。」


暫くの沈黙と殺気が入り乱れて。


「……他言無用だぞ。」


「あら、それは良かった。話してくれるのね。」


そうだ、と緑珠は付け加える。


「あんまり私が女だと思って見くびると痛い目見るわよ。」


「さぁ、何のことだか。」


「分かってるならその手の短剣を今すぐ捨てなさい。」


深い溜息を後に、短剣が地面に転がる。緑珠のじっとりした視線が、番兵へと向けられた。


「もうねぇよ。恐れ入った。」


再度番兵は座ると、緑珠へと質問し返す。


「で、何だ。あの扉か?」


「そうよ。」


数拍の沈黙の後に、


「……あれは『奴隷区』の入口だ。」


「『奴隷区』、ですか。」


番兵は何も言わずに紙煙草を取り出した。


「煙草、吸っても良いか?」


「後で換気するからお好きにどうぞ。」


緑珠の許可を得た番兵は、煙草に火をつける。


「『奴隷区』ってのはな、有史以前からあった区画だ。何か困ったことやしたい事があれば其処から引っ張ってく。申請とかが無いからな。何でも出来る。結婚から殺しまで、な。」


「何それ……。」


呆然としている緑珠をほっぽって、番兵は話を続ける。


「この国は『奴隷区』で成り立ってる。誰も口を出したりする奴ァ居ねぇ。『奴隷区』に住んでる奴でもな。『必要な犠牲』って奴だ。」


番兵はニヤリと笑いながら、緑珠へと向き直った。


「わかんだろ?姫さんよぉ。あんたも仮に為政者だったんなら、必要な犠牲って奴が。」


「……そうね。必要な犠牲は確かにあるわ。」


なら、と番兵が声を上げる前に、緑珠はきっ、と目の前の番兵を凄みのある目で睨んだ。


「けれど、人の命を踏み躙ってまで必要な犠牲なんて、この世に存在しないのよ……!」


「じゃあ聞こう。姫さんの考える『必要な犠牲 』って、何だ?」


凄みのある目を消して、酷く意地の悪い笑顔を浮かべながら。


「そんな事も分からないの?簡単な事よ?」


「は……?」


怒気が混じっている番兵の言葉に、緑珠は真っ向から言い放った。


「簡単な話。『必要な犠牲』って言うのは、『引っ張る者の私欲』。仮にも誰かを引っ張って行く事を決めたのなら、最後まで己を殺すの。……それが、『必要な犠牲』よ。自国の民に苦しい思いなんて、絶対にさせない……!」


少しだけ俯いて、呟く。


「……でも。私はそれが出来なかった。自分の気持ちしか考えれなかった。確かに環境もあったけれど、私自身の心の弱さが原因だった。……もう、同じ過ちは繰り返さない。」


顔を上げると、真っ直ぐに番兵を見据えた。その宣言を聞いて、立っていた番兵は座る。


「俺は元々、『奴隷区』の出身だった。親の顔は知らねぇ。十五の時、この国へ逃げて来た。名前を変えて、働いて来た。」


煙草を土間に落として、番兵はそれを踏んだ。


「この国じゃ旅人は……下賎な物扱いなんだよ。だから『奴隷区』の奴等は進んでガイドの仕事をする。」


「でも、今日ガイドしてくれた子は、私の手を取って『卑しい身分が……』って言ってたわ。あれは……。」


「あんたの正体に気付いてんのか、それともよっぽど酷い目にあってんなこと言ってんのか……ま、どっちかだろうな。」


そのまま立ち上がって、番兵は去って行った。


「……兎にも角にも、明日シリオンに聞かなくちゃ駄目、よね……。」


「その為にも今日はご飯を食べて早く寝ましょう。」


「……そうしようかしらね。」


また団欒に、足を突っ込んだ。








「さ、て、と……シリオンは……。」


市場の人の合間に、あのワンピースを着た少女が居る。シリオンだ。


「お早う、シリオン。」


「……あっ、御早う御座います!今日は何処へ御案内すれば」


被せ気味に、イブキは言った。


「『奴隷区』に。」


「……は?」


聞き間違いを乞うているシリオンに、イブキは追い討ちをかけた。


「『奴隷区』に、行きたいんです。」


面食らって、そのまま俯く。そして駆け出したかと思うと、


「きゃあっ!」


どん、と緑珠にぶつかって、そのまま走り続ける。


「スられましたか!」


「そうみたい!追える!?」


「追います!」


そのままイブキはテントの上に跳躍すると、シリオンを追い始める。


「行きましょう真理!」


「了解!そっちのテントの奥の方向だ!」


人混みをかき分けて進む中、何だ何だと声がどよめく。


«奴隷区の奴等か?»


«きゃあっ!押さないでよ!»


«泥棒だ!捕まえろ!»


「騒がしいこと……!」


テントの柱を超えて、硬い石の建物に立った時。現れたのは、複数の男女を含めた人間、だった。


「おう兄ちゃん。急いでんのか?」


「そんな所です。死人は出したくないんですよ。其処を退いて頂けませんか。」


「すまんのう。こっちも仕事でしとるんじゃ。」


ガラの悪そうな男がそう言うと、下で走る緑珠を指さした。


「あの姉ちゃんを売っても、」


という言葉が終わらない内に、伊吹の匕首が飛ぶ。その光景が目に入った緑珠は言った。


「伊吹!ノっちゃダメ!其奴は怪我人を出そうとしてるの!」


冷たい瞳で緑珠を一瞥すると、伊吹は人間共を超えて、緑珠の傍まで跳躍する。


「……手、掴んで下さい。」


「了解よ。」


「やるんだね?」


伊吹の跳躍に慌てて階段を降りる人間を鼻で笑いながら、伊吹は三人を連れてかなり距離のある路地まで飛ぶ。


「このまま真っ直ぐ飛ばして下さい!」


「了解っと!」


ふわりと浮いた魔法の後に、冷たくひんやりした路地裏に着く。突き当たりには何も無い。


「……逃げ、られたの……?」


伊吹は黙って突き当たりまで歩くと、綺麗に貼られたタイルを踏んだ。ばりばりと崩れる音がする。


何度も何度も何度も、踏んでいくと。小さな悲鳴が合間に踊る。


「…………俺の辞書に、『逃げられる』という文字はありません。殺されない内にさっさと出るんですね。」


「伊吹。抑えて抑えて。相手は普通の人間なんだから。」


緑珠が手を握っていることなどお構いないしに、思いっきりタイルを踏んづける。タイルは完全に粉になって、丸い木の板が見えた。


「……っ……ひっ、いぃ……。」


完全に声があらわになると、そのまま木の板を捲りあげる。……シリオンが居た。


「出てくるほうをオススメします。俺はその穴を血だらけにしたくないので。」


「本当に少し落ち着きなさい、伊吹。私を守ってくれるのは嬉しいけれど、そんな言い方じゃ出てくる者も出て来ないわ。」


伊吹を後ろに下がらせると、緑珠はその穴の周りに座る。


「おいで。殺すつもりは無いの。話を聞きたいだけ。」


「……ぅ……。」


「どうし、」


「うぁぁぁぁぁ!」


思いっ切り金切り声を上げて、短剣を振り上げる。慌てて伊吹が止めに入るが、短剣はピタリと空で止まった。


「……ぅ、ひっく、うぅ……ううぅ……。」


「よしよし。大丈夫。立てるかしら。」


短剣を落とすと、泣き声を上げているシリオンを穴から掬い上げる。


「大丈夫、大丈夫。話してくれる?」


嗚咽を上げながら、シリオンは頷いた。


「此処から出ましょうか。落ち着いた郊外で少し話しましょう。」


真理が黙って扉を作る。空間から少し浮いた、青い扉だ。


「此処を通ったら郊外だよ。ほら、どうぞ。」


涙を拭いながら、シリオンが初めに扉をくぐる。三人も後に続いた。


扉の先は、小さな小川があった。岸辺にシリオンを座らせると、緑珠は問い始める。


「えーっと……色々、聞きたい事があるの。教えてくれる?」


「……は、い……。」


「貴方は……というか、貴方達は。これをして生計を立てていたの?」


これ、と緑珠はシリオンの持っている、スられた金を指さした。


「……はい、そう、です。私が一日目、ガイドをして。安心させた所で金をスって、旅人を国外に売ったりして、生計を立てていたんです。お金は凄く手に入るから、暮らすのに楽で……。」


零れていた涙を拭うと、一層強い声で、シリオンは言った。


「全ては、クーデター前から、でした。」


「クーデター前から?」


イブキの疑問に怯えながらも、何度も首を縦に振る。


「そうです。クーデター前から、私達はずっと『奴隷区』に居ました。それでもまだ、生活は出来た……。もう一つの、小さな国でした。畑を耕して、楽しく暮らせてた。城壁さえ出なければ、理不尽な差別も無かった。幸せに、楽しく暮らせていたんです。」


「というか、」


シリオンの話に、真理が挟んだ。


「何で『奴隷区』が出来たの?見た目的に中心部より大きそうだし。人数も多そうだし。」


問われると想定していたらしく、シリオンは普通に答えた。


「やっぱり気になりますよね。……理由は、判然としません。」


「……は?え、いやそれ、どういう事なの……?貴方達、判然としないまま長い間生きて来たの?」


ぎゅっ、とシリオンはワンピースの裾を掴む。


「……移民だったとか、元から差別される民だったとか。理由は分かりません。クーデターの際、その時のクーデターの指導者が言ったんです。『今度は『奴隷区』も解放してやる』って。」


「それが無かった訳ですね?」


「そうです。結局解放なんて無くて、それで……『通貨』も無くなったから、私達はもっと貧困になりました。貧困が見えなくなった代わりに、心には差別が残った。奪ったお金は金品に換金する事が出来ますから、それで奪ってたんですけど……。」


一通りの話を聞いた緑珠が、腕を組みながら考える。


「……ちょっと待って、シリオン。それならこの国で一番『国らしい』部分って、中心部じゃなくて……。」


「そうです。『奴隷区』です。あそこはまだ『通貨』もあります。」


泣き顔を仕舞って、シリオンは強気に言った。


「言っておきますけど、『奴隷区』には入れませんよ。旅人を差別する訳じゃ無いですけど、外部から侵入は不可能ですから。正面突破をお勧めしません。」


川べりから立ち上がって、シリオンは睨み付けるように言い放つ。


「私。……私。一つ希望があるんです。こんな差別に塗れた世界でも、希望はある。」


びしっ、とシリオンは緑珠を指さす。


「単刀直入に言います。貴女、蓬莱緑珠ですよね?」


「……えぇ、まぁ、そうなのだけれど……。」


トントン拍子に話が進んでいくのに、緑珠は少しついていけない。


「私。貴女に仕えたいんです。貴女を、主君にしたい。……まどろっこしいですね。ちゃんと言います。」


「え?何を、」


被せ気味に大きい声で叫ぶと、


「私は貴女に、この国の王になって頂きたい!」

三人が夜の潜入をしたり廃屋に入ったり手を繋いで照れたり地下室に入ったりと相変わらずの変わらないお話!

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