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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第八章 崩落虚栄日輪帝国 旧帝都
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 113 首箱

真理が妙なものを見たり緑珠様がパニクったりするのを窘めたり色々シリアス展開が炸裂する甘酸っぱいお話。

「……なーんか、妙な物が見えるんだよなぁ……。」


四人が去った広場で、真理は手で眼鏡を作り、それを覗き込む。


「妖獣を逃がしたら、確かにあの穢れは辺りに拡散するけど……。未来視みらいしのピントが……あわ、あわ……合った、かな……?」


輪の先では、三日後の未来が見える。穢れが爆散して、そして。


「なーんでその先が見えないのかなぁ。……まぁ、兎にも角にも。」


黒い塊に手をかざして、一言。


「『境界結界』。これで大丈夫、かな。さてさて、僕も行くとするか……。」









「無い!無い無い無い!私のまとめた論文が、無いっ……!」


「他の資料室に無いとなると、此処になるんですよね?」


「そうなの、何で無いの……!?」


軽くパニックを起こして、五階の資料室の隠し部屋でへたりこんでいる緑珠に、イブキは優しく言った。


「大丈夫ですよ。落ち着いて下さい。僕も探しているんですから。どんな表紙なんですか?」


その語りかけに幾ばくか安心したのか、落胆した表情で呟く。


「表紙なんか無いわ……。普通に、『土地浮遊学の論文』、って一番最初に書いてて……あと数行書けば、学会に出せる出来だったのに……。そう、すれば、きっとこの国は……。」


「緑珠様。」


ぱちん、としゃぼん玉が弾けるように思考を断ち切ると、ゆるゆると声のする方に顔を向ける。


「大丈夫ですよ。きっと有ります。内容を聞かせて下さい。」


「……月面は霊分子っていう霊力の根源たる力が蔓延してるから、霊力が無くても霊術が使えるのは、貴方も知ってるわよね?」


「えぇ、存じ上げております。」


イブキが頷くのを見て、緑珠はしなしなと立ち上がる。


「私のしていた研究は……土地を浮遊させる研究で、その為にはどうしても大量の霊分子が必要になる。だけど月面なら可能でも、地上では可能ではない。それを可能にする研究……だったのよ。」


何とかパニックを乗り切った緑珠は、薄明かりの下、再び書類の山を探し出す。


「最初は興味本位で、先生がくれた図鑑を読んでたら、この勉強がしたい、って思って……いっぱい研究してたのよ。研究するだけで、凄く楽しかった。」


「大切な物なんですから、一緒に探しましょう。大丈夫ですよ。『僕達』が居ます。」


イブキの一言に、緑珠は目を見張る。


「……あら貴方、『僕』って言わないのね……。」


「……悪いですか。」


むすっ、とした不機嫌そうな顔を作ると、それを見て緑珠は笑う。


「あはは、いやね、面白くてね、ふふふ……よしよし、良い子、良い子。我慢出来る様になったのね?」


優しく、ふわふわの髪の毛を撫でるが、不機嫌そうな顔は消えない。


「なってないです。むしろ我慢出来てないです。ちゃんと構わなきゃ駄目ですよ。」


「分かってるわよ。ふふふ、面白くてね、ついね……。今日は我慢出来た御褒美にちゃんと構ってあげましょうね。」


「ちゃんと御褒美が無いと暴走しちゃいますからね。」


伊吹は頭を撫でていた手を握って、頬に擦り寄せる。


「……その突然の色気止めてもらって良いかしら。心臓に悪いわ。」


「え?惚れたんですか?」


「元々ほれてますぅー!」


こほん。と緑珠は咳払いを一つ。


「……ま。これだけ探したのに無かったのだから、此処には無いのでしょう。別の場所を探しましょうか。」


「御意に。っと……。」


さっと書類を直すと、紙のまにまに一通の手紙が挟まっている。差出人は、『白霧バイシャ』。


「緑珠様、この、この手紙……。」


イブキが差出人を答える前に、その手から手紙を受け取ると、差出人を見る。


「これ、白霧の……。」


「えぇ。宛先が、この国の資料担当になっています。」


「……記録について言ったのかしら。」


乾いた紙の音がすると、緑珠のものとは全く違う筆跡が現れる。


「白霧の字だわ。一体何が……。」


白い封筒から真白の和紙を取り出す。ほんの数行、急いでいたのだろうか。乱雑な字と共に、白霧の字がある。


「緑珠様……?」


心配そうな声が聞こえる。それものその筈、


「あー、待って、ちょっと待って。……ぐすっ……。」


手紙から手を離して、涙が零れそうになる目頭を抑える。


「泣いても、良いんですよ。」


「今泣いたら絶対情緒不安定になる、むり、ちょ、待って……。」


ごしごしと目を擦ると、手紙を元に戻して懐にしまう。


「えーっとね、白霧がね、あのね、あのね……。」


「大丈夫です。言わなくても良いんですよ。無理しちゃダメです。」


「言わなきゃ気持ちの整理が出来ない。から、言う。」


若干おろおろしているイブキを前に、緑珠は言った。


「えぇっとね、そう、白霧がね、私をね、悪者にしないでって、資料担当に、言ってたてがみがね、これでね……。」


一拍置いて、


「……私、愛されてたんだなぁって、思った、の。それだけ、それだけよ。」


少しだけ俯いていた顔を上げると、そのまま続ける。


「だからこそ、私は白霧の首と、お父様とお母様の首を探したいの、ごめんね、我儘で……。」


「貴女は、弔いたいのでしょう?」


イブキの問いかけに、緑珠はこくこくと、静かに頷く。


「なら、探さなくては。大丈夫です。皆居るんですから。何かあったら言って下さい。僕達は貴女の従者ですから。」


「……ふふふ、有難う。よし、そうと決まれば……!」


緑珠は意気揚々と部屋を出て、外の景色を眺めながら言った。


「皆と合流して、さっさと見つけちゃいましょうか!」


そうして、楽しそうな声を上げたとき。それは、起こった。


「ねぇ、イブ、き……!?」


笑顔だった緑珠の表情が、恐怖へと塗り変わっていく。それもそのはず、床が抜けたのだ。


イブキが走るのと、緑珠がぎりぎりで掴んだ破片のタイミングが一緒で。


肺に空気を溜め込んだ後に、目に涙を貯めて、声帯を震わせて、出た声は。


「い、いやっ!た、助けて!」


「言うのが遅いです……!」


半ばイラついた、焦ったような声で、何とかギリギリ緑珠の手を掴む。


「だめだめ!イブキ!手を離して!貴方まで落ちちゃう!」


どの口が言っているのだろうか。抜けた床先は、底が見えない深淵だ。


「僕は貴女を助けます。だから落ちません!」


「で、でも……!」


緩んだ緑珠の手に、そして彼女の心に。彼は叫んだ。


「良いから黙って俺の手を掴め!」


「は、はひっ……!」


ぐいっ、と緑珠を引き上げると、その随に思考を巡らせる。あぁ、足場が崩れる。と、イブキはもう一つ抜けている床先の地上を見た。……まぁ、これくらいなら……。


「飛びますよ。しっかり掴まってて下さい。」


「へっ……?う、うわぁぁぁぁぁぁんむりぃぃぃぃぃ!」


「煩い、です。」


後ろに落下する中で、イブキは緑珠の口元を抑えるが、悲鳴は止まらない。


「むぐっー!」


足を僅かに広げて衝撃を徐々に逃すと、イブキは緑珠を下ろした。


「だから大丈夫って言ったでしょう……って、何で照れてるんですか?」


「ナンデモアリマセン……。」


顔を抑えている緑珠と対して、爆音が続く。恐らく連鎖して広範囲の床が抜けたのだろう。


「けっこう、あぶなかったのね……うぅ、顔の赤みが取れないわ……。」


手で仰いで、まだ座っている緑珠に花ノ宮が駆け寄る。


「何だか爆音が聞こえましたけれど……!大丈夫、ですか……!」


「あぁ、花ノ宮公女……。」


慌てて花ノ宮が駆け寄ると同時に、緑珠はよろつきながら立ち上がる。


「床が抜けて、その、それで、飛んで来たというか、飛んだと言うか……。」


緑珠の赤みの取れない顔と、イブキのきょとんとした顔を交互に見比べて、色々察した花ノ宮は、一言。


「緑珠様って突然の強引さに弱いですよね。」


「ウルサイデスハナノミヤコウジョ……。」


正座と赤面がぶり返し、緑珠は慌てて顔を伏せる。


「え?何ですか。僕に惚れたんですか?」


「……うるさい……お黙りなさい……。」


ちらり、顔をイブキに向けると、


「元々顔が良くて性格が良い恋愛部分は壊滅的な人で格好良い事は分かってんの……。煩い、ちょっと黙りなさい……。」


「照れてすぎて頭回ってませんね。……あぁ、それよりも。お怪我はありませんか。」


「貴方のお陰で大丈夫ですだす……。」


「言語が凄いことになってますけど、大丈夫ですか?」


へなへなと立ち上がったり座ったり忙しい緑珠に、花ノ宮は問いかける。


「そうだ。資料は見つかりましたか?」


「それがねぇ……見つからないのよ。何故かしら……。他にも探さなくちゃいけないものがあるのだけれど……。」


弱っている緑珠に、花ノ宮は続けて問いかける。


「他にも?私達もお手伝いします。何か言ってくだされば」


「くび。お父様と、お母様と、白霧の、首を。」


ほぼ反射的に言った緑珠は、慌てて口元に手をやる。


「……あぁ!ごめんなさい!貴女にこんな事を言ってしまうなんて、私ったら……。」


「いえ、気にしていません。……首なら、心当たりがあります。」


言葉を出す前に、花ノ宮の肩を掴む。


「ほんと!?何処に!あの三人の首を、貴女は何処で……!」


「緑珠様。少し落ち着いて下さい。」


「え、ぁ、あ、あぁ、ごめん、なさい……。」


ゆるゆると肩から手を離すと、花ノ宮は緩やかに話し始める。


「この国が完全に廃墟になるまでは、広場で……その、晒し者、になっていました。それからは、私が最後に見たのは、古ぼけた木箱に、城の地下牢に、直しました。」


ゆっくり、緑珠の目が見開かれるのを、花ノ宮は見ずに、己の手を見詰めて。


「……私が、直しました。私が、木箱を、牢屋に直しました。確かにあります。何度も確認しました。両陛下と、『貴女』とされた、影武者様を……。」


目を閉じて、花ノ宮は続ける。


「覚えています。皇后陛下の処刑の時に、暗殺された帝王陛下の遺体と共に、首が、確かに飛んだのを。あの時、あの後、影武者様が処刑された日の事を。私は確かに、この目で見ました。確かに、血が飛ぶのを。」


絶句して何も言えない目の前の二人に、花ノ宮は言った。


「私はあの出来事に、誰が悪い、何かのせいだとは思いません。分かりません。誰もが売国奴で、誰もが被害者でした。……もう何もかも、手遅れだったのです。あの血を見た時、そう思いました。そう言わなければ、そうしなければ……。」


伝う涙を置いて、花ノ宮は呟く。


「私は、両陛下に撫でられた手の温もりを、忘れる事ができませんでしたから。」


緑珠はそっと手ぬぐいを出して、花ノ宮の頬を優しく拭う。彼女はされるがままだ。


「私の父と母は何もしてくれませんでした。父母から触れられた事は、今の一度だってありませんでした。だからこそ、貴女が救いでした。私には、貴女が嫌いなのか好きなのか、分かりません。」


「……それで良いのよ。変に反抗して、貴女が死ななくて良かった。」


「弔うのでしょう、緑珠様。」


こくん、と緑珠が頷くと、花ノ宮は少しだけ微笑んだ。


「なら、呼んで下さい。私達の事も。彼の事は分かりませんが、少なくとも私は。両陛下と、影武者様が御崩御なされたのが、堪らなく悲しかった。」


「えぇ、呼ぶわ。……ごめんなさいね、取り乱して。」


力なさげに首を横に振ると、花ノ宮は言った。


「私は、羨ましいんです。緑珠様が。……貴女は、貴女の親が亡くなったら泣ける人間ですから。私は……きっと、泣けないだけでなく、喜んでしまうかもしれない。両親を愛するという事は、とても凄い事なのです。」


「……有難う、花ノ宮公女。行きましょう、イブキ。地下牢なのよね?花ノ宮公女。」


首を縦に振った花ノ宮を見て、緑珠はその場を後にした。






次回予告デクレッシェンド〜♪

新たな形で再会したりお薬飲んだりなんか色々ヤンデレたりとましましなお話だったりするお話〜!

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