ラプラスの魔物 千年怪奇譚 107 懐古の邂逅
真理がミルゼンクリアと話したり件のあの人達が出てきたりと懐かしいメンツが勢揃い!読まなきゃ末代まで祟られるぞ☆
「はろー、ミルゼンクリア。元気にしてる?」
荒れた庭で、真理は話しかけた。
『お陰様で絶不調です。……ご要件は?』
「お話したいなー、と思って。」
ミルゼンクリアの姿は見えないが、何かが揺らめく時空の間が見える。
『……それで。何用なんですか?』
「だから言ったじゃない。お話したいなって。」
少し悲しそうに顔を俯かせて、真理は言った。
「……その役目は、辛いよね。……ミルゼンクリア。ずっと昔から居てくれてありがとう。」
感謝を述べた真理だったが、それを何か別の物に取ったのだろうか。淡々と彼女は返した。
『吾を殺すのですか。』
「いやいや、違うよ。僕は幸せなのが大好きだからね。」
にこにこ、絵に描いた様に真理は微笑む。
『だから貴方はこの世界を不老不死にした。其処に、吾は置かれた。世界の終末に裁判を下すと。あまりに矛盾した願いを抱えて。』
「……嫌、かい?」
少しの間の後、
『……分かりません。今の吾には感情が有りませんし。天界に戻ったら分かるかもしれませんが。』
「……そっか。あのね。報告があるんだ。」
『またよからぬ報告ですか?』
違うよ、と真理はくすくすと微笑むと、その笑顔を消して、真剣に。
「僕は。緑珠が死ねば、天界に戻る。」
『……何を得たのですか。貴方はあの二人から、一体何を得たというのですか。』
それは怒りだととって構わない語調だった。その言葉が、身に刺さる。
「……君が誰か、感情を持っている何かと居れば分かるかもしれないね。」
『そんなつもりはありません。感情なんて邪魔です。感情があれば、人が殺せないと聞きました。』
「あー……そうだろうねぇ。中にはそんなのがあっても、殺せる人も居るけれど。……それでも身体の何処かに、歪みは来るものだから。見えないし、気付かない場所に。」
『であれば。』
真理に被せ気味にミルゼンクリアは言うと、
『吾に感情は要りません。……世界を殺すのに、感情は要らない。』
「優しいもんね。ミルゼンクリアは。でも……何時か……そうだなぁ……。」
壊れ果てた光遷院邸の庭で、澱んだ水の隣、それでも朝日を移す水辺で、真理は言った。
「……君に感情が入用になった時。天界に戻って、また笑顔で笑ってくれた時。その時にまた、感情の話をしよう。」
『その時はその時です。……今は精々、世界の異物との旅を楽しんで下さい。』
「止めてよその言い方。まぁでも……。」
ニッ、と真理は口角を上げる。
「君が緑珠に惹かれたら、それはそれで僕は困るかな。可愛い僕の娘だもの。」
真理の真意を悟ったミルゼンクリアは、嫌味ったらしく返した。
『だから感情は要らないんですよ。お分かりで?』
「よく分かったから。……それじゃあね。」
彼の言葉を最後まで聞かず、ミルゼンクリアは一方的に連絡を切る。
「わぉ。切られてしまった。……ま、彼女もイザナミの力で五百年くらいは動かないから、安泰かな。」
ふう、と真理は明けた空を見詰める。
……タ……。
「……今、声が……。」
茂みの奥から、何か声が聞こえた。それは確かだ。幻聴とかではない。現に真理の目には、『そうなった』という事実が浮かんでいる。
「世界的に見てもあった事象だし……。……うん。早く此処を去ろう。喋る獣だったらやだなぁ。」
「りょくしゅさま……おはようございます……。」
「随分と眠そうな声ね。」
「寝過ぎました……寝すぎてねむいです……。」
緑珠の隣で、イブキは眠そうにごしごしと目を擦る。
「あらあら。そんな目を擦ってはいけないわ。だめよ。」
「んー……眠いですー……。」
「じゃあ鍛錬、止めておく?」
「んん……そうします……。」
何だか何時もと状況が逆だな、と緑珠は思いながら、水を差し出す。
「おいしいです……。」
「そう。……あ、寝ちゃダメよ。起きてったらイブキ。」
緑珠にもたれかかったイブキをじっ、と見詰める。
眠っていると、毒気の無さがある。根っこは素直なのだろうか。
ならもっと。私の傍では無く、別の、もっと普通の家庭で産まれていたら、彼が辛く思う狂気という物は無かったのだろうか。
彼女と、私と、出会わなかったら?
「……それは、やだな。ねぇイブキ。起きてよ。起きなさいったら。」
ぽそ、と緑珠は呟く。
「……何だか私だけ救われたみたいで、馬鹿みたいじゃない……。」
それでも起きない。よっぽど眠いらしい。あーもう、何だか苛々する。こうなったらイブキをおちょくって元気を出す他ない。
そっ、と耳元に口を寄せて。甘ったるい声で。
「……ねぇ伊吹。起きて。朝よ。」
「っ!?」
「うわっ!」
緑珠の声を聞いて、がばっ、とイブキは起き上がる。緑珠はそれをイナバウアーに等しい状態で避けた。
「……起きれた……?」
「わー!緑珠様がイナバウアーを!ちょっ、その体制苦しいですよねお助けします!」
何とかギリギリの体制から戻ると、緑珠はまた同じ質問をする。
「ん、で?起きれたの?」
「……りょーくーしゅーさーまー……ど、何処であんなこえの、だし、かた……。」
見事に顔が真っ赤である。してやったりだ。くすくすと緑珠は微笑みながら、答えた。
「あはは!あれは教育の賜物よ。」
「きょ、う、い、く……。」
「ふふん。色仕掛けも捨てたもんじゃないでしょ?えぇそう、だから……。」
緑珠は目を潤ませて、イブキの胸元に手を置く。そして少し腰を上げて、唇を濡らして。
「……ねぇ、いぶきぃ……。」
「そ、そういうのは……。」
止めてくださいって言うんでしょ?それで真っ赤になりながら、言ったりするんでしょ?
「じ、自分の好きな人にやるものですよ……。」
おやおや、これはこれは予想外の返しだ。目をぱちぱちと瞬かせ、緑珠はニィッ、と笑った。
「……貴方が好きな人って、言ったら?」
「あのねぇ……!」
布団にぶっ倒れたイブキを他所に、緑珠は手をひらひらとさせてしたり顔だ。
「あはは!貴方なんて私に適わないのよ!何たって私、色仕掛けとか結構仕込まれたし!」
「一本取られまひた……。」
「はいはい。それじゃあ朝ご飯宜しくね!」
「はひ……。」
布団に突っ伏したままのイブキと、妙に上機嫌な緑珠を見詰める者が一人。
「……何なの。この三次が惨事な状態は。」
「あら真理。御早う。」
「うん御早う。それでこれは……。」
「真理……緑珠様が僕の純情を弄んで来ます……。」
「君、純情とかいう概念すらないだろ。」
「そこまで戻るのね。……あー、やっぱりイブキ、朝ご飯作らなくて良いわ。」
緑珠は鞄の中を物色すると、三本の甘蕉を取り出す。
「甘蕉があったわ。」
「緑珠様凄い……何で持ってるんですか……。」
ぽんぽんと二人に甘蕉を差し出すと、それを剥いてむしゃむしゃと食べる。
「いやぁ……お腹空いた時用に持ってた甘蕉が、こんな時に役に立つとはね。」
「緑珠様は少しお菓子を自重して下さい。」
「にしてもこの甘蕉、美味しいねぇ……。」
真理が言う間に水を飲んで、緑珠は答える。
「だって、御台所にあったのを拝借して来たし。」
「……無くなってたの、貴女のセイデスカ……。」
「まぁまぁ、ね?」
適当に緑珠は宥めると、ぺろりと甘蕉を平らげる。
「ん……。それじゃ、行きましょ。今度は王城ねー。」
「王城の何処にあるか御存知なんですか?」
「知らないわ。」
「ま、僕の探知魔法でどうにかなるから良いよ。」
廃墟となった光遷院邸から出ると、朝日が眩しい。
「うん。良い朝ね。」
「そうですね。」
割れた硝子に気を付けながら、比較的瓦礫が少ない場所を選んで進む。
「……変わらないわね。王宮は。」
「……緑珠様。」
何か物言いたげな彼女の言葉に、イブキが応えようとした瞬間だった。
「っ!」
「きゃあっ!」
「ぐっ!」
緑珠を抱え、真理の首根っこを掴んでイブキは後ろに跳躍する。ほんの数秒遅れて、爆裂した音が響いた。
「……な、何あれ……。」
「ちょ、いぶきく、ん、くび、くびしま、くびしまって……ぐぇっ……!」
イブキは返答すること無く真理の首根っこから手を離すと、緑珠を抱えたまま周りの気配を辿る。
「げふ……何かまだ魔法の匂いがするなぁ……。」
それを聞いて、緑珠はイブキに指示する。
「イブキ。私を投げて。」
「貴女は毎度、無茶なことを仰る!」
イブキが腕を横に伸ばして、緑珠が跳躍すると同時に、彼はその腕を振る。
くるくると宙に舞った緑珠は、向かってくる全ての弾幕に対して、剣を翳して一言。
「我が剣は、戦刀に有らず。飾り刀にあり。故に……あれ?」
緑珠の声が響いて暫くすると、直ぐに弾幕が消えた。呆気に取られているのは良いが、このままでは……!
「お、落ちるっ……!い、イブキ、捕まえて!」
「貴女の魔法でどうにかすれば良いじゃないですかーっ!」
イブキが捕まえる前に、真理が二人を纏めて手元に転送させる。
「……え?」
「な、何でこんな事をしたんですか……?」
きょとんとしている二人に、真理はにっこりと笑って答えた。
「えー?だってー?」
まだまだ魔道弾が飛んで来る。それを無効化しながら、
「相手の攻撃、あの場所に全部張り巡らせてたからねー。」
真理の発言を聞いて、緑珠は呟いた。
「……ね、イブキ。これ、私の予想が当たってたら……ねぇ。」
「……そう、ですね……この、攻撃は……。」
全て霊術から織り成されている弾ばかりだ。そして、この近辺で、この廃墟に来れる人物、と、言えば……。
「……伊吹、勅命よ。炙り出しなさい。」
「御意に。燃やし尽くして灰に致しましょう。」
「おー!あの技が見れるのか!」
全知全能の神様は、ニコニコしながら技の発動を待っている。
「ちょっと相手が相手なので、霊力の量が調整出来るか分かりませんが……。」
自重する気は全く無いようで、あからさまに不機嫌そうな顔をして。
「……頑張ります。」
左足を後ろに下げて、目を伏せ。
「それでは参りましょう、朱雀。……『猛火粉塵の殺陣』!」
足元に魔法陣が出来て、飛び交う霊弾を全て自動迎撃で打ち返す。
「……力、どんどん強くなってるわね。」
緑珠は何処か悲しそうに、真理へと呟いた。
「そりゃあ……この先、永遠に近しい間、神を名乗るのだから……あと何十年の間に、力が増幅するんだろうね。」
イブキは刃に炎を乗せたまま、それを振るい、襲い来る霊弾を打ち返す。
……あぁ、見える。覗ける。一つだけ異様に霊力が集まっている場所がある。
ほんの僅かな隙をついて匕首を抜くと、全く躊躇せずにイブキはそれを投げた。
「……あ。加減忘れてた。新しい匕首のセット、買いましょうかねぇ……。」
ぴたり、と攻撃が止む。
「……もう良いわよ。姿を現しなさい。」
その場に胡座を掻いて座る緑珠の背後から、声が聞こえる。
「おやおや、お揃いで。相も変わらずお元気そうで何よりです。」
「それはそうとして、何で貴方がこんな所に居るの?」
緑珠は胡座を掻いて肘を付いたまま、彼女の影を媒介にして現れた相手──冷泉帝へと、問いかけた。
「諸用ですよ。貴女は? 」
「諸用ね。」
彼女の答えを聞いて、冷泉帝は眉間に皺を寄せる。
「……済みません。言い方が悪かったですねぇ。亡国を荒らしている爪の長い妖怪が居るそうで、それを倒しに来たのです。」
「そう。私は土地浮遊学の書類を取りに来たのよ。」
「おやおや、それはそれは。」
「……というか、貴方が居るってことは、花ノ宮公女は……。」
緑珠の声の後に、物陰から小さな少女の声が聞こえる。
「倶利伽羅殿!見て下さい!こんな荒地にも、綺麗な、はな、が……。」
「花のお嬢さんではありませんか。お久しぶりですね。花ノ宮公女。」
手に小花を掴んでいる花ノ宮は、有り得ない物を見る様に、イブキへと言った。
「な、何でこんな所に……!」
「かくかくしかじかですよ。」
「そ、そうだ……!わ、私の事をお嬢さんなんて呼ばないで下さい!」
ムキになって花ノ宮は言うが、イブキはそんな事は気にしていないらしく。
「良いじゃないですか。可愛らしいですし。」
「か、かわいい……。」
音がするかの如く、花ノ宮は顔を真っ赤にする。
「あはは、照れちゃって可愛いわね。可愛いって言われると嬉しいものね。」
「い、いやべつに!嬉しいとか!そんな訳では……!」
ぶんぶんと彼女は手を横に振った。照れて何が何だか、と言った様子だ。
「でも褒められると嬉しいでしょう?」
「まぁ、それは、そうですが……。」
緑珠の問いかけに、モジモジしながら花ノ宮は答える。冷泉帝はそっ、と胸を撫で下ろした。
「王にもそんな可愛らしい所があったんですね。年相応で宜しい事です。何時もは随分としっかりしていますから。少し心配な所もあったんですよ。」
真っ赤になった顔をしまって、花ノ宮は若干、吐き捨てる様に言った。
「……貴方達に囲まれて生活すれば、嫌でもしっかりします。」
その言葉を聞いた三人は、ゆるゆるとその場にへたり込む。
「……ごめん、公女……ひっさびっさに芯に来たわ……」
「まさか年下から指摘されるとは……」
「陛下、あんまりですよねぇ……」
「え?あ、ごめんなさい。でもほら、事実じゃないですか!」
満面の笑みを三人に向けるが、傷口に塩と山葵とタバスコと辛子を塗りつけるような所業だ。
「公女、公女。もうそれぐらいにしてあげて。この大人三人の心の傷は充分抉りとったでしょ?」
真理が宥めると、花ノ宮はきょとんとしながら、首を傾げる。
「えぇ?あ、そうですか……?」
次回予告☆
何だか最近テンションが変だって?そんな事ないよ☆それじゃあ次回予告☆花ノ宮公女の指摘にグッサリきたり相変わらず喧嘩したりする話☆