ラプラスの魔物 千年怪奇譚 5 後編の後編
モアは声高々に笑った。
「あははっ!はははっ!そうだろうな!緑珠も伊吹も『分かる奴』だ!そういうのが、分かる人間。本当は真理、お前緑珠の事を遊び道具か何かだと思って創ったんだろ?」
真理は不機嫌そうにモアを眺める。
「まぁ、それが誤算だったよ。大誤算だ。暇だからと言って、人間で遊ばないことだな。良いか。お前の予想以上に、人間ってのは莫迦じゃない。自分の気持ちで動いて、考えて、生み出すことをやめない。歩みを止めない。それが仇となる事もある。それを振り返ってまた歩む。絶対に、止まらない。」
真理はモアに言った。
「……君、何者なの?いや……君達、と言った方が良いか。緑珠も伊吹君もモアも、どうして僕の正体がすぐ分かる?」
モアは来るりと振り返った。目の奥には太陽が燃え盛っている。
「『自分』の中で飼っている獣を何であるか知っていて、それを使える人間ならば、物の本質を見極めるなど容易い事さ。少なくとも私はね。」
ぱちりとモアはウインクした。真理は口を尖らせる。
「うぅ……人間は怖いよ……。」
「そうかもしれないな。」
だけど、とモアは真理に言った。
「さぁ早く寝た方が良い。寝不足なのがあの過保護の守り人に知られたらどうする?」
「明日二人でお説教を受けて、僕は亡き者にされて、緑珠は監禁コースかな。」
「其処まで解っているなら早くしろ。寝た方が」
「寝た方が、何ですって?」
今、一番聞きたくない、イブキの声が響く。
「お、鬼が出た!」
真理は緑珠を抱えながら叫んだ。
「鬼では無いです。」
「だから鬼の居ぬ間に洗濯と言ったのに……。」
モアは軽く眉間を抑える。
「……皆さんお揃いでこんな所で何をしていたんですか。お陰で声が響いて寝れるものも寝れないです。」
真理がモアを見てため息を付く。
「人間の鋭敏さと、鈍感さについて話してたところだよ。……と言うか君、結構神経質な方なんだね。」
欠伸をしてイブキは言った。
「神経質……では無いですね。もしまた襲撃があったらと思い、それで気を張っていると言った方が正しいかと。」
それよりも、とイブキは真理を睨んだ。
「その腕の中に居る緑珠様をさっさと僕に渡して下さい。」
「え、あ。はい。どうぞ。」
真理は一瞬拍子抜けして、緑珠を渡そうとするも、
「ちゃんりぃ……んん……はなさないで……。」
緑珠はまるで赤子の様にぎゅっと真理の服の裾を掴む。
「あっ、ごっめーん☆渡すの無理そうだね☆」
真理はイブキをおちょくる。
「そうですか。成程、良くわかりました。とても理解しました。」
鬼の形相で真理を睨む。
「顔が全く理解出来てないぞ、伊吹。」
イブキはにっこりと笑いながら言った。
「真理の腕を切り落とせば良いんですね。」
「何でそうなるの?」
「大丈夫ですよ。足の切断、関節外し、何でもできます。人を動けなくする為の物は、ね。」
「その明らかにやばそうなラインナップは何?」
取り敢えず、と真理はぎゅうっと抱き着いている緑珠を抱えながら言った。
「僕が運ぶから。」
「解せないです。とてつもなく。」
とてつもなくどうでもいい口論をしている二人の間に、モアが割って入る。
「おいお前ら。私がこの場で全員手刀で無理やり寝かすって言うのはどうだ?当たりどころが悪かったら永遠に眠れるぞ?」
「そうですよ、真理。早く寝なくては駄目です。明日も早いんですから。」
「言われてるのは君だからね?理解してる?……って、あれ、もう居ない。」
真理が振り向くともう其処にはイブキは居なかった。
「彼奴、逃げるの早いなぁ……さぁ、早く寝ようか。」
「そう、だね。」
暖かい風が、真理の頬を撫でた。
「爆睡出来たのよ!助かったわ、モア!」
「本当か……?」
「本当よ?」
緑珠は腕を組んでモアに鼻高々に言った。くるりとイブキの方へ向く。
「貴方は良く寝れた?傷はどうなの?」
「ええ。随分とマシにはなりました。痛みはかなり引きましたから。」
「それは良かったわ!」
緑珠は真理に元気良く言った。
「あのね真理、聞いて頂戴な!」
「……どうしたの?」
軽く不眠気味な真理が元気を取り繕って緑珠に尋ねる。
「あのね、昨日ね、真理の夢を見たのよ!……何故か腕が切断されていたけれど。」
それを聞いたイブキがニヤリと笑って真理にピースサインをする。
「びっくりしたわよ。とっても綺麗に斬ってあったのだもの。」
「それって……昨日の……あの、話が。」
「へ?」
「あぁ、いや、何でも、無い。」
緑珠は不思議に真理を眺める。しかし、緑珠が続きを話すことによって事は大きく変わる。
「だけれどね、変だったのよ。完全犯罪だったの。犯人が誰かも分からないのよ。確か……あのマグノーリエの家で起こった事件だったのだけれど、全員にアリバイがあって、誰でもなかったの。」
その一言に腕を組んでいたイブキはひくっ、と体を揺らした。
「どうしたの?イブキ。」
「い、いえ。何でもありませんよ、緑珠様。」
「あら、そう?」
緑珠はイブキからモアへと視線を動かすと、丁寧に礼をした。
「助かったわ、モア。襲撃されたり、色々お世話になりました。また会いましょうね。」
モアも緑珠に笑って言った。
「あぁ。なぁ緑珠、旅をしてるって事は北の武帝が治める大国にも行くわけだよな。」
「えぇ。そう、なるわね。それがどうしたの?」
自信満々にモアは笑った。
「なら、私達も連れて行ってくれ。彼処に至るまでの道は戦争地帯だ。其処の守り人もかなり腕が立つが……。」
モアはイブキへと視線を動かして、イブキは微笑んで何も言わず礼をする。
「流石に一人だけじゃ危ない。私達だって参加するよ。何時でも呼んでくれ。」
「ええ、そうするわ。」
それじゃあ、と満面の笑みで緑珠はモアに言った。
「暫しの別れよ!絶対にまた会いましょう。」
三人はモアの所から離れると、緑珠は駆け出した。
「全く、凄いわねぇ……あんなに若いのに、もう人を纏める力があるのだわ。」
イブキは緑珠に言った。
「僕は緑珠様の方が凄いと思いますよ。」
「あ、伊吹君のスキル『過保護』発動したー!」
「煩いですよ、真理。」
くすくすと緑珠は笑って辺りを駆け巡る。それにしても、と真理はイブキに言った。
「全く、とんでもない夢を見たんだね。緑珠は。」
「完全犯罪と聞いた時には背筋が冷えました……。」
「似たような事、したの?」
イブキは清々しく笑った。
「似たような事、合法でしました。」
崖と平野が合わさる所で、緑珠は叫ぶ。
「イーブーキー!ちゃーんーりー!ほら、御稜威帝国のシンボルマークの巨木が見えて来たわよー!」
手をぶんぶん振っている緑珠を見ながら、真理は言った。
「そんな君の本質を見破るのだから、あの女帝陛下はとんだ慧眼の持ち主だね。」
イブキは緑珠へと近寄りながら言った。
「そうですね、とんだ、素晴らしい慧眼の女帝陛下です。」
くるりと緑珠は真理を見る。
「さ、早く行きましょう?」
「はいはい。勿論だよ。」
第一の神々の国が、彼等を待つ。