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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第七章 究極灼熱光明神殿 ギムレー
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 103 微睡みの随

イブキとイザナミちゃんが話したり華が無いことを言ったり緑珠の気持ちが伝えられたりと月下の元で繰り広げられる話。

「……。」


イブキが目を覚ますと、外はもう夜だった。朝からずっと眠っていたのか。


そう言えば心配でずっと眠れなかった記憶がある。疲れていたのだろう。


「……おきよ……。」


目が冴えて眠れない。少し煙草でも吸うか……と思っていたら、裾に何かが引っかかっている。


「……あぁ。」


なるほどよく見てみると緑珠が裾を掴んでいる。このままだと起こしてしまうし、どうしたものか。


「……そうだ。」


何時もの着物を脱ぐと、襦袢の上に換えの着物を羽織る。これで問題は無いだろう。


「そんな幸せそうな顔をして、一体どんな夢を見ているのやら……。」


そう微笑むと、イブキはその場所を離れて、廊下を抜けて、縁側に向かう。春の月は良い。……いや、毎季節言っているか?


「……ふぅ。」


そうそう。この感覚。喉を煙が通るこの感覚が、水を飲んでいる様で心地良いのだ。


「……美味しい。」


酒でも出そうかな。眠くないし。徹夜で飲むのも悪くない。


あぁ、でも昼夜逆転しそうだな。止めておこう。やっぱり、あ、でも、で、でも、ちょっとだけ……。


「綺麗、ですね。」


酒の面に落ちた月が、ゆらゆらと揺れる。月も飲み干してしまおうか。きっと素晴らしく美味いのだろう。


月に雲が陰って、辺りを太陽の様に照らしていた月が薄暗くなる。結局酒を入れてしまった。


そして、見計らった様に頭上から声が降って来た。


「ふふふ。こんばんは。イブキ。」


緑珠を見ると、イブキは吐き捨てる様に。


「……えぇ、今晩は。イザナミ女史。」


【……あら、どうして分かるの?姿形も同じなのに。】


緑珠を模していた服装が剥がれ、何時もの紫色の着物が現れる。


「死臭がするんですよ。何千年も愛する人を恨んで死んだ、死臭が。」


イブキは、睨みつける様に、蔑視をイザナミに向ける。冷たい、冷たい瞳だ。


【……あ、そ。】


「ま、それに。緑珠様は今お休みになっておられますから。」


にこっ、と微笑んだ無理矢理の笑顔に、イザナミは適当に返す。


【へー。】


「棒読み甚だしいですね。して、何用で?無かったら帰って欲しいんですが。」


【お酒好きな時に出して上げるから、お話ししてよ。】


「分かりました聞きましょう。」


即座の返答にイザナミは笑うと、イブキの隣に座る。


【ま、私が聞きたいのはアンタの気持ちだけどね。何か考えてる事、あるんじゃないの?】


「……は?」


イブキは目を見開いて、イザナミに視線を移す。


【あら図星?】


「……いや、いや、それは、まぁ、そう、ですが……な、なぜ……。」


また月が出る。


【緑珠がっていたからね。分かるのよ。助けて欲しい時は、あの子は無意識的に私に話しかけてくるから。思考が筒抜けって訳じゃ無いのよ。】


「言っていた、では?」


【小さい事はきにしなーい。】


イザナミは目の前の空間に指を這わせると、ぬるりと酒瓶が出て来る。


【んーっ!やっぱ倭国のお酒は最高ねー!八塩折之酒やしおりのさけって良いわー!】


「その術……便利そうですよね。」


先程使われたイザナミの術を、イブキは指さして言った。


【あぁ、これね。……別に難しいものでは無いわよ。くっついてる世界を切り離すだけ。】


「……それではまるで、世界同士が張り付いている様ではありませんか。」


【そうそう!せいかい!】


ぐびっ、とイザナミは酒をあおる、が。


【あー……何かもう酔いが回っちゃったわ……何ででしょう、依代の影響を受けるのかしら……。】


「緑珠様は下戸ですからね。」


【……呑むのを止めましょう。このお酒は貴方にあげるわ。】


それを聞いて、イザナミは手を止める。


「そりゃどうも。」


【あ、でね。この術はね。世界を切り離すだけ。混ぜっこになっているあらゆる世界を、別物に換えて、取り出す。】


「……俗っぽく言うと?」


イザナミから酒を受け取ったイブキは、くいとそれを呑む。


【……あんたマジで華が無いわね。そういう術を習得するのよ。】


「妙な話よりもそっちの方が分かりやすいです。」


酒で溶けた瞳を月に向けながら、イザナミは逆接を述べる。


【でも。……霊術において、本質を見通す事は大切なことなのよ。】


「……へぇ。」


水割りにしよう。と、イブキは水が入った瓶を手繰り寄せる。


【で。貴方が悩んでいる事についてよ。教えなさいよね。緑珠がその事で煩いったらありゃしない。】


「……そ、そんなに考えて下さってるんですか……?」


【貴方達が思っている以上には、あの子は貴方達の事を良く考えているわよ。……多分。】


いやぁねぇ、と少し首を傾げながら、イザナミは続ける。


【あの子、貴方達の事を考えるのと一緒に、母や父を失った悲しみと従兄弟家族の恨みが混じってるから……。イマイチ伝わりにくいというか、何というか……。】


「まだ、恨んでいらっしゃるのですね。」


【緑珠にしてみたら……というか、私でも貴方でもそうだけど、突然親と別れて憎い人間に親を殺されたと考えたら、成る可くその事を考えない様に……。】


その話を聞いても酒を飲み続けているイブキに、イザナミは深く頷いた。


【あー……あんた、普通に家族捨てたタイプだったからね……ごめん、話しかける相手間違えたわ。】


「御理解頂けてとても嬉しいですよ。」


【さて。話を元に戻しましょう。貴方が悩んでる事について吐きなさい。】


ぴた、と升を止めて、イブキは月を見上げながら言う。


「……今でも、考えたりするんですよ。」


【何を?】


「あの事件を。……皆が狂ってしまった、あの事件を。」


イザナミは一瞬だけ目を瞑ると、緑珠の記憶を探る。……あぁ、あの8年前だかの事か。


【……なるほど。今見たわ。】


「……きっと。緑珠様は、今も両陛下にお会いしたいんです。その苦しみと、あの事件の悲しみが、あの人の重荷になっている事を、僕は知っている。」


じっ、とイザナミはイブキの顔を見つめる。


【……全ては時間が。……そして、貴方達が解決するわ。】


くっ、とイザナミは己の肌に爪を立てる。


【傷は時間が解決してくれる。心の傷は、解決する事は出来ない。けれど……薄くする事は出来る。……誰かと一緒に居ることで。】


彼女は月を見上げながら続けた。


【……家族を失った悲しみは、私もとても辛かったわ。確かに、私の姿を見て叫ぶのは分かったけれど、どうしても、悲しかった。……けれど。】


にこりと、イザナミは微笑んで。


【死んでも離れても縁が無くなっても。……『家族』は『家族』なの。千切れる事の無い、大きな関係。それが良くても悪くても。】


すくりと立ち上がって、彼女は微笑んだまま言った。


【何時か彼女が、気付けると良いわね!『家族』は死んでも『家族』だって!……そして、その悲しみが、悲しみ自体が、死んでしまいますように。】


どれだけ辛くても、とイザナミはくるくるとその場で回る。


【生き身は死に身。それでも前に進まなくちゃいけないじゃない?】


「……ふふ。それもそう、ですね。」


【……そうだ。最後に教えてあげる。緑珠が最初に貴方と会った時、思った気持ちの事を。】


ぺたぺたと縁側を鳴らしていた音が無くなり、土の擦れる音がする。そして、口がゆっくりと動くのが、見えて。


【……『どうせ、裏切るのだろう』と。彼女は、緑珠はそう言ってたわ。……お休みなさい。星々に感謝を。陽に恵みを。】


イブキは、イザナミの消えた所を見つめて、そして顔を覆って、こう呟いた。


「……『どうせ、裏切るのだろう』、なんて……狂うまで思っていたのに、貴女はまだ願っていたんですか……欲張りです、欲張りですよ、貴女は……。」


縁側にぽつり、涙が染みた。あぁもう、何て悔しい事だろう。自分の気持ちを飲ませたいぐらいだ。あぁ、でもそんな事をすれば。


「……窒息、してしまうかもしれませんねぇ。」


最後のひと口を飲む。さて、眠ろうか。これだけ飲んだら眠くなるだろう。


「ふぅ。……早く緑珠様のお傍に……。」


口を濯いで、イブキは眠そうに目を擦る。酒で眠くなるなんて久し振りすぎる。


「……ん……。」


部屋に戻ると、愛する主は無意識の中で、彼を探していたらしい。ん、ん、と小さく声を上げながら、イブキが居た場所に擦り寄っている。


「はいはい……戻りますからね。」


イブキが寝転がると、緑珠は形を掴んで、陰りに陰った顔が、一瞬で花開く。


「よしよし……。」


撫でられた手を緑珠は小さく笑いながら受け取る。目を閉じているのに、こんなに表情が出るというのは面白い。


「……。」


黒髪を指に通して、梳いて、離す。短絡的な動作が、どうしようもなく楽しい。


「……かあさま……とうさま……。」


「……大丈夫ですよ。僕が居ます。」


何か他に、きっと言うべき事があったのだろう。でも、それしか言えなかった。


綺麗な笑みをして。きっと幸せに暮らしていた頃の夢を、見ているのだろう。


そして起きた時の喪失感に、身体が苛まれて。


「……ぼくが、ぼくが、います。もっともっと頼って下さい。求めて下さい。必要として下さい。僕が居ないと何も出来なくなってしまうくらい、甘やかして差し上げます。」


だから。と、イブキは目を閉じて、そして眠りが落ちるのと同時に、言葉を。


「……貴女の周りには沢山人が居ても、僕の主は貴女だけなんですよ……。」










遠い、夢を見た。


緑珠李雅という姫君がどんな人なのか。それが見たくて、異端だと知っていても、父は王宮に連れて行ってくれた事を覚えている。


そっと垣根から覗いてご覧。あの御方だよ。と言われて、葉の隙間から覗いた先には。



『お姫様』が、居た。



何なんだろう。何と言えば良いのだろうか。普通の人間とは違う、という事は分かったけれど、それが何かは明確に言葉に出来ない。


『気品』とか『魅力』とか、そんな感じの言葉では無かった。『天真爛漫なお姫様』、そう、『お姫様』なのだ。


暫くその『お姫様』に射抜かれて、見詰め続けてしまった。そろそろ離れなければ気付かれてしまう。そう思って、目を離そうとした。その瞬間。


気付かれた。


その気付かれた瞬間は、何よりも甘美だった。並の宝石なんかに負けない翠玉の瞳を向けて、人の内側を見通す目。


何よりも透き通っていて、どんどん『欲しい』と思うようになってしまった。


ふと我に返って、その場所から父と逃げ出した時には──



『恋』に、『愛』に、そして『欲望』に。


堕ちてしまっていた。



「……えらく懐かしい夢を見ましたね。」


イブキはポツリ、言葉を紡いだ。そして、ぐっ、と身体を伸ばす。さて、朝の鍛錬だ。


「大丈夫ですよ。緑珠様。僕がちゃんと、居ますからね……。」


緑珠の頭を優しく撫でると、イブキはその場を後にした。







次回予告!

緑珠がやっと眠りから覚めたりもう一人の彼女と出会ったりイブキが泣いたりしたするそんなお話。

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