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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第七章 究極灼熱光明神殿 ギムレー
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 102 夢幻の彼方

緑珠が大泣きしたり重大な秘密がわかったりイブキの執着から緑珠が逃げたり色々分かるお話。

「ど、どうしたの……?」


「いや、生きてるんですね、と思って……。」


「私の存在に懐疑的ね……。」


ほら、と緑珠は大きく両手を広げた。


「おいでなさいな。ぎゅっ、てしてあげるわ。」


「あ、それなら後ろからが良いです。」


「構わないわよ。」


後ろからイブキは手を伸ばす。そして、抱きしめた。


「……あったかい……。」


「だから生きてるってばー!」


「今その有難みを、ひしひしと感じてるんです……ふふふ。緑珠様の匂いがするぅ……。」


するするとイブキは緑珠の髪の毛に指を通す。黒い髪が、照明に反射しても美しい。


「あぁ……とっても美味しそうな髪ですね。」


「細胞の死骸だから、美味しくないと思うけど……。」


「こういう時はノッておくんですよ。」


「はぁい。」


どうやら食後で眠くなったらしい。緑珠はうつらうつらしながら、イブキに寄りかかる。


前から思っていたがこの主、どうやら眠くなると誰かに擦り寄る癖があるらしく。


「おねむですか?」


「んん……おねむです……。」


緑珠はすりすりと頭をイブキに寄せる。よしよしと彼は抱き寄せた。


「まだ傷が治ってないからですね。あぁ、早く治れば良いのに……。あの忌々しい神が神器を使ったから、魔法で治せないんですって。」


「……あんまり真理に意地悪言っちゃダメよ。」


「言ってませんよ。……え?起きてるんですか?」


妙にはっきりした緑珠の言葉に、イブキは疑問を呈する。だが、当の本人は棒読みで寝息を立てていた。


「すー……すー……。」


「起きてますよね?」


「眠いわ。」


「じゃあ寝ましましょうか。」


ごしごしと緑珠は目を擦ると、また寝室へと足を進める。妙に熱っぽい身体に、冷たい廊下の木が冷たく感じる。


「眠いわー……。」


「眠いですねー。」


「眠いところちょっと悪いんだけどさ。」


緑珠とイブキの会話の間に、真理の声が降ってくる。


「真理!目が覚めたのよ、私!」


「そりゃ良かった。……だからこそ、話したい事があるんだけど。」


ゆっくりゆっくり、御簾を上げるように真理は緑珠の顔色を伺う。


「……良い、かな。」


「……どうしたの?構わないけど……。」


やけに顔色を伺う真理の顔に、緑珠は少し不安を覚える。


「そう。じゃあ良かった。辛くなったら直ぐに言ってね。お部屋に行こうか。」


寝室の部屋を開けると、ぐちゃぐちゃになった布団があった。其処にちょこんと緑珠は座る。


「実はね、悪いニュースといいニュースがあるんだ。どっちから聞きたい?」


好きな物は最後に残す派だ。先は嫌いな物から食べてしまおう。


「悪いニュースから聞きたいわね。」


「……君は。」


上手く吸って、言葉を紡ぐ。何時からだったか。こんなに話せなくなってしまったのは。


「……あの子を……ミルゼンクリアを、半殺しにしちゃったから……神を半殺しにしたから、地獄でずっとその罪を背負っていかなきゃいけない。」


突拍子も無い話だ。それに、とまだ続く。


「……君は、元々。『天上の約束』によって創られた存在だったんだよ。」


「『天上の約束』。神様とのお約束を決める文言なら、私知ってるわ。」


「えっ!?な、何故……?」


緑珠の一言にイブキは目を見開く。


「知らない方が当たり前かしらね。……いやいや、貴方神祇官だったから知らない方がおかしいと思うのだけれど……。」


こほん、と緑珠は声を整えて、


「『其は理を以て尊しと成し、法を以て人を為す物。これを以て人の上に立つ者とし、是を以て人を治める者と為せ。其は、天上の約束』。……元々は国の神様と王様のお約束をする時に言っていた……そうね。人で言う、指切りげんまんみたいなものだったの。」


緑珠は小指を立たせて続ける。


「だけど、この言葉はとても便利だったから、神様との間に適用される様になったのね。神様同士の約束。神様と人との約束。これを総じて『天上の約束』と言ったの。」


「お、お詳しいですね……。」


感嘆の目をイブキは見せるが、当たり前だと言ったように緑珠は肩を竦める。


「これくらい覚えるものよ。……で。私が神様のお手製人間だって事は知ってるけど、誰との約束だったの?」


「……とある神と。依り代の為に、君を創った。……きっと明日にでも会うから、言わないけど。」


ひた隠しにする真理に緑珠は業を煮やす。


「ねぇ。どうしてそんな秘密にするの?言わなきゃ分からないじゃない!」


「元々緑珠は、消える予定だったんだよ。ある節に。」


「……………え。」


叫んだ緑珠は、即座に絶句する。


「消えるっていうのは身体だけじゃない。存在までも、居た形跡までも。元々そんな人が居なかったが如く、抹消される。」


「そ、んな……。」


緑珠の口から零れた言葉はそれだけだった。真理は俯きながら、そのまま続ける。


「だけど。僕は凡庸な『姫』に値する人間を創った筈だった。国が滅び、そして君は死に。なのに。その筈だったのに。」


顔を上げた真理の顔に、明確なる『怯え』がある。


「……君は何故、生きているんだい?何故、能力を持ったんだい?何故、何故地上にまで、『今の今まで』生きて来た?……いや、何故今居るんだ?」


眉間に皺を寄せて、何時もの人の良さそうな顔色は無い。


「君はこの世界の理には立っていない。だからこの先を僕の目で見通す事も出来ない。……どうなるか、分からないんだ。この世界が滅んでしまうかもしれない。」


でも!と真理は、声が割れんばかりに叫んだ。


「僕は、僕は。君達と一緒に居たいんだよ。世界が滅んでも、滅んでしまっても、君達と一緒に居たい。君達と一緒に居ると楽しいんだ。明日を待ち侘びる事が、僕には出来る。」


静かに涙を流しながら、真理は続ける。


「初めて緑珠を見た時、遊んでやろうと思った。でも、その目で僕の正体が見破られて。……怖くて。だから、興味本位と恐怖で近付いて……でも、でも。その目が味方に立ってくれた時、どれ程力強かったか……。」


「……人間、ね。貴方。」


「……にん、げん……ぼ、く、が……?」


様々な感情に押し潰されそうになっている真理に、緑珠は優しく言った。


「人間よ。貴方。感情に押し潰されそうになっている所とか、特に。今、心が重いでしょう。死にたくなってしまうでしょう。涙が出てくるでしょう。……それが、『人間』、よ。」


「……に、にんげん、こんなおもいものが、にんげん……。」


『怯え』に染まりきった表情が、直ぐに優しい表情に戻って。


「……わるく、ないや。」


「でしょ?偶にとんでもなく死にたくなるけど。」


「……そうだね。死にたい。とっても死にたい。……死ぬには悪くない日だ。」


急かす様に、緑珠は次を言った。


「ほらほら真理。次は良いニュースよ。教えて頂戴な。」


「……良いニュースは、君はミルゼンクリアの光を浴びて軽く神格化してる。」


それを聞いて、緑珠は吃驚した表情を作る。


「ほんと?じゃあ私、神様なの?」


「うん。一時的な物だよ。……それのお陰で、君は今生きてる訳だけど……。」


緑珠は傍に座っているイブキに、せがむ様にして言った。


「ねぇイブキ。私今神様なの。お供えが欲しいわ。」


「分かりました。咖喱飯カレーライス五杯ですね。作りませんよ。」


「なんでよー!」


ゆっさゆっさと緑珠はイブキを揺する。


「身体壊したばっかりなのに次はお腹を壊しますよ。」


「もー……まぁ、でも……。」


一通りの会話を終えて、緑珠は笑った。


「うふふ、地獄でずっと罪を償うんですって、伊吹、真理。死後はずっと一緒よ?」


「僕は嬉しいです。」


「普通地獄って忌み嫌うもんじゃ無いの……?」


屈託なく笑いながら、彼女は続ける。


「嫌だもの。私。貴方達の事を忘れて生きていくのは。この冒険の事も、この世界の事も、この気持ちの事も。忘れちゃうの、嫌だわ。」


それに、と付け加えた。


「私は天国には逝けないわ。此処までして、逝けるわけないし。」


「でしょうね。」


はっきりと言われたその一言に、緑珠は意地悪っぽく笑いながら振り返る。


「あらイブキ。その言い方は正に私が地獄に堕ちるのが決まっている様な物言いじゃない。」


「……ふっ、ふふ……己の親族の不幸を喜ぶ人が、どうして天国になぞ逝けましょうか?」


仄暗い瞳と笑いの後に、言葉が付け加えられる。


「貴女が天国に逝こうとも、僕が無間地獄に引き摺り堕ろして御覧に入れましょう。」


「……それもそうね。ま、貴方はそんな事を言いそうだけれど。貴方が居る地獄なら、堕ちたっても良いわ。」


「……意外な形でずっと願っていた願望が叶いましたね。」


「あはは。そう言うと思った。」


緑珠はごろん、とイブキに寝そべる。


「きみたち、馬鹿なんじゃないの……。」


その言葉には、嘲りは含まれていなかった。喜びを隠して。いや、何だかそれ以上を超えてしまった気持ちだ。


「……それじゃ、もう僕は行くね。」


「えぇ。ちゃんとおねんねするわ。」


自分の事を茶化す様に言うと、緑珠はイブキに視線を戻した。


「えへへ。イブキに心配かけちゃったわね。真理にももう一度元気な姿を見せてあげなくちゃ。」


イブキは起き上がった緑珠に、ぽん、と顔を埋めた。


「どうしたの?何処か痛いの?ほら、痛いの痛いのとんでい」


「……ましょう?」


緑珠のとんとん、と背を叩く。ぽそり、と呟いたイブキの言葉に、緑珠は不思議そうに顔を覗いた。


「……ね、緑珠様。ずっとずっと、此処に居ましょう?永遠に一緒に居ましょう。貴女の望む事、何だってします。何でも、何でもします。だから、だから……ッ!」


子供みたいに泣き出したイブキは、ゆっくりと緑珠へと顔を向ける。


「だからッ、僕達と、ずっと一緒に居ましょうよ。僕はもう、貴女が、愛おしい主が傷付くのは、もう、もう、」


布団に水溜まりが増える。


「……いやなんですよぉ……。」


「…………い……ぶ……き…………?」


もう一度イブキは緑珠を強く強く強く、抱き締める。緑珠が苦しい、と言葉を紡ぐことなどお構い無しだ。


「僕は幸せなんです。貴女が此処に居ること。毎日違う表情を見せてくれること。貴女にとってはそれが幸せじゃないかもしれない。幸せでも、貴女の望みでは無いかもしれない。だけど、好きなんです。貴女の事が。緑珠李雅様であった頃から、僕は貴女が、貴女が……大好きなんです。」


背中に傷が付くくらいの手にかかる圧。緑珠は呆気に取られながらイブキの言葉を聞く。


「嫌なんです。貴女が辛いことで泣くこと。世を恨むこと。人を憎むこと。だって世界はこんなに綺麗なのに。だから、だからもう、ねぇ?」


ごくん、とイブキが何かを飲んだのが分かる。気持ちか。それは言葉か。


「……りょくしゅさま……お願い、します。お願いです。ぼくの、願いを叶えてください……お願い、お願いします……。」


「…………ごめんね。それは無理なお願いだわ。私は、私の夢を叶えるもの。」


抱き締めたまま、イブキは提案を繰り出す。


「なら、なら閉じ込めます。」


「逃げてあげる。」


「捕まえちゃいますよ?」


「ずっと鬼ごっこっていうのも楽しそうね。」


「動けなくしちゃいます。」


「貴方に出来るかしら?私、よく暴れるから。」


「……足を切ってしまうかもしれませんよ?」


「這って逃げてあげる。怖そうね。」


「それでは手も。」


「私の能力でどうにかなるわ。」


「身体も心も壊してあげます。」


「……そうなったら貴方達と暮らすのも良いかもね。」


彼女の諦観に苛まれた気持ちに、イブキは大きく声を上げた。


「……緑珠様!」


「なぁんてね。嘘よ。何とかして出てあげる。」


「…………貴女は、貴女の夢を諦めないんですね。」


「そうよ。面倒臭い執拗い女だから、私。」


緩んだ腕から抜け出して、緑珠は涙で濡れた彼の顔を覗く。


「あなたは……あなた、は……。」


「よしよし、イブキ。」


頭を優しく撫でる。


「……手震えてる癖に上から目線な所はあんまり好きじゃないです。」


「悪かったわね。」


「…………どうせ泣きたい癖して我慢してるんでしょ?強がりさん?」


「つよがり、なんかじゃ、」


あぁもう。そういう所が嫌いだ。そうやって、隠し通していた自分を抜き出すところ。


「知ってましたよ。ぼく。貴女が僕に、無事かどうか問うた時に、怖くて足が震えていたこと。」


「……っ、うぅっ、うぇっ、えぐっ……。」


怖くて、怖くて。守らなくちゃダメなのに、凄く怖くて。


「誰も泣いちゃ駄目だなんて言ってませんよ。」


「……っ、ばか、ばか、ばかねぇ、うぅっ、こわくて、こわくて、わたしっ……!」


「……よしよし。」


溺れない様に、彼の着物をきつく掴む。このままだったら溺れてしまう。息が出来ない。苦しい。たすけて。


「い、いぶきっ、うぇ、ん、こわくて、わたしっ、ぜんぜん、だめでっ……!」


「僕だって、貴女を守るのは怖かったです。……忠誠心でも、本能は塗り替えられないんです、ねって、はじめて、知って……。」


抱き締めたまま、イブキは布団の上に転がる。


「御一緒しても良いですか。……ぼくもとても、こわくて、くるしくて、なにかにおぼれそうです。」


「……いて。一緒に、いてね。」


何かの泥沼に嵌るように、緑珠は目を閉じた。







次回予告!

イブキとイザナミちゃんが話したり華が無いことを言ったり緑珠の気持ちが伝えられたりと月下の元で繰り広げられる話。

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