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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第七章 究極灼熱光明神殿 ギムレー
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 101 挨拶と神

ミルゼンクリアとの戦闘も終わり、平穏な日々が訪れる一行ら。その幸せを噛み締めながら、新たな秘密を知る、その少し前のお話。

「……しゅさま、緑珠さま。朝ですよ。起きて下さい。貴女の声を、聞かせて下さい。」


緑珠の視界に、木漏れ日と彼の顔が映る。


「春眠暁を覚えずなんて言いますけど、起きて下さい。目を開けて、僕の名前を呼んで下さい。」


死んだのだろうか。其れを見間違えるくらい、美しい朝だ。


「……何か言って下さい。目は開いてるじゃありませんか。……そうだ、言っておきますけど、」


彼はとびきりの朗らかな笑顔と、言葉を一つ。


「死んでいませんよ。貴女は。」


「……そう、なの……。」


喉をついて出て来た言葉は、それだけだった。感謝や悲しみを通り越して、それだけ。


「さぁ、名前を呼んで下さい。それとも腕の傷が滲みますか。ごめんなさい、傷一つ付けないようにしたかったんですけど、僕には無理でした。……守り人失格、ですね。」


一気に物語が語られる。意識がはっきりしない。ふわふわと、浮いているみたいだ。ただ、右手の温もりだけは鮮明で。


「……守れなくて、ごめんなさい。」


「あなたは、ヒーローじゃないわ。」


それを聞いて、彼は涙を零した。それが慰めの言葉だと、そう渡されたから。


「……お傍に、置いて頂けますか。」


「もちろん……永遠に。」


緑珠は蕩けた世界で、見える彼に言った。


「……貴方は……いぶきは、わたし、のそばに居ればいいの。ずっと。ずぅぅっと。……ほかのあるじにめうつりしたら、許さないんだからね……。」


「僕はずぅぅぅっと、貴女の忠実なる従者ですよ。」


「……ありがとう。」


イブキはぽん、と手を叩いて言った。


「何か食べます?それとも飲みます?春ですからねぇ、さくらんぼも苺も有りますよ。他には……。」


「ねぇいぶき。……みんな、居るの?」


少しだけ鮮明になった世界で、緑珠は呟く様に問いかけた。


「えぇ。居ますよ。貴女の目覚めを皆が待っています。」


「……ならもう、なにもいらないわ……。」


微笑んだ緑珠の顔を見て、イブキの顔に焦燥が走る。


「……もしかして僕、早とちりしちゃいました?」


「貴方のそういうところ、にんげんらしくて、すきよ……。」


それを聞いて、イブキは傍に座りながら言った。


「……本当はですね、起こしちゃダメだったんです。」


「でしょう、ね……。」


握られた手を、緑珠は握り返す。


「でも、今日はとても良い朝だったから。起こしたくて。きっと貴女も起きてくれるって、何時もみたいに愚図ったりしないだろうって。そんな気がしたんです。」


「……そう。」


イブキはその手を見詰めながら言った。


「何だか眠ったままだと、貴女が死んでしまいそうで。」


「……あなたがいないじごくなんて、いかないわ、わたし……。」


くすくす、と弱々しい顔で緑珠は微笑むと、


「……はい……貴女なら、そう言うとおもってました……。」


ゆるりとイブキは緑珠の手から手を離すと、その場所を立った。


「……それではお休みなさい。起こして申し訳ありませんでした。」


「ちがうでしょ。そこは。」


眠そうな緑珠の声が響く。


「『有難う』、でしょ?」


はっきり、と。


「……ふふふ、そうですね。僕の名前を呼んで、生きていて下さって……有難う御座います。」


障子が閉まった。あぁ、木漏れ日がとっても暖かくて、気持ち良い。緑珠はゆっくりと、瞼を閉じた。








【こんにちは。……いや、初めまして、よね?会った事無いわよね。きっと戦った時の記憶も朧気でしょうし。】


ふわふわとした、空間の中。緑珠は自身と姿形が全く一緒な相手を見詰める。


唯一、黒曜の瞳を除いては。


【夢の中だし、きっと貴女は目が覚めた時に忘れてしまうわ。だから自己紹介は後でね?】


「……夢で一度だけ、会った事有るわよね?」


緑珠の純粋な質問に、もう一人の彼女は苦く答えた。


【うーん……あれは会ったというか、貴女の魂にくっついてた私の良心が見せた夢、って感じかしらね。まさかひとりでに私の良心が動いて、貴女に取り憑くとは……だからこの数百年間怒りっぽかったのか……。】


ひとりでに呟いて、ひとりでに彼女は納得する。思い付いたように、彼女は何処からともなく何かを抜き出した。


鍵だ。大きな、鍵。蛇が巻き付いている鍵だ。


【これ、貰っちゃっても良い?】


「それは何なの?貴女の物では無いの?」


不思議そうに首を傾げた緑珠に、もう一人の彼女は深く頷いた。


【あぁ、そうよね……知らないわよね。貴女、ずっと恨んでいたでしょう。王宮に居た頃、あの皆が完全に狂ってしまったあの時間から。】


「……まぁ。」


今更思い出したくもない過去だ。短く、緑珠はそう答える。


【その恨み辛みにこの鍵は引っ付いて来たってワケ。大体こんなの、神にしか操れないモノなのに、どうして人間に渡したりしたのか……。名も知れぬ屑神が良くもやってくれたわね、って感じだわ。】


「上げるわ、それ。……思い出したくないもの。」


【……まぁ、そうでしょうね。それではこの鍵、永遠に持っているわ。私が。】


鍵は消えて、もう一人の緑珠は手を広げて彼女へと言った。


【おいでなさいな。母の胸が恋しいでしょう?】


「……貴女は親じゃないもの。」


慈愛に満ちた笑みが曇る。そんな顔をされては罪悪感が凄い。


【まぁ……そんな酷い事を言わないで?ほら、おいでなさいな。抱き締めてあげましょう。】


緑珠は恐る恐る、もう一人の彼女に手を伸ばす。その手をぐいと掴んで、緑珠はすっぽりと腕の中に収まった。


「っ……。」


【よしよし。私の可愛い、可愛い、愛おしい依り代。好きよ。だぁい好き。愛しているわ。】


「……依り代?」


腕の中で、緑珠は不思議そうに呟いた。


【あぁ……知らないのね。また話してあげるわ。同じ事を二回言うのは嫌いなの。……ねぇ緑珠。貴女、もう目覚めなくても良いわよ。】


「なに、言ってるの……?」


空気が冷たくなる。何度も感じた、『狂気』を『常識』にすり替える空気。


【だって、貴女は私の可愛い依り代だもの。傷付いて貰っては困るわ。死にかけて貰っても困る。私の神性に傷がつくもの。私は貴女を通して世界を見たいの。】


「冗談じゃないわ。元に戻してよ。私は私の夢を叶えるのよ。」


ぐ、と緑珠はもう一人の彼女を押し出すと、その場所から離れる。


【出られるのならね。出なさいよ。此処は貴女の夢よ。自由に出来ると思うけど?】


少し肩を竦めて、もう一人の彼女は言った。


【この夢は消える。目が覚めた時にね。……きっといつ話しても、貴女はその回答をするのでしょう。】


ぴし、ぴし、と緑珠の周りに亀裂が入っていく。


【あぁ……もう夢がもたないか。なるべく貴女とは会わないよう、頑張るけど……。】


ヒビが入って、完全に壊れるその前に。


【会ったらまた、『初めまして』をしましょう。】


ゆるりと、もう一人の彼女は手を伸ばして、緑珠の耳に口を寄せて。そっ、と囁いた。


【貴女と『二度目の初めまして』、よ。】


「ちょっ、と……!」


何を言っているの、と声を上げようとした瞬間だった。


「ぁっ……。」


ばっ、と緑珠は目を覚ます。外は薄暗い。夕方だろうか。


でも朝靄あさもやの匂いがする。それに乗ってお味噌汁の匂いがしないという事は、イブキはまだ鍛錬中だ。


そっ、とカーテンを開けると、綺麗な姿勢で冷艶鋸を振り下ろすイブキが見える。


ふふふ、少しおどかしてやろう。


身体中、傷まみれだ。痛くも無いが、見ているだけで痛々しい。


廊下を歩いて、なるべく音を立たない様に縁側に立った。


脅かす、とは言ったものの。何をすれば良いのだろう。……そうだ。名前を呼ぼう。


「伊吹。お早う。」


「……。」


その声に反応して、イブキは緑珠をじっ、と見詰める。長い間寝ていたから、喉ががらがらだ。


「……緑珠様?」


「お、おみず、飲んでくるわね、ちょっと、けほっ、待ってね……。」


「ぼ、僕にとうとう幻覚と幻聴の症状がっ……?」


目をぐるぐるさせて、イブキは緑珠を見詰めている。


「生きてるわよバカ。」


緑珠はとたとたと水道まで駆けると、喉に水を通した。


あぁ、久々に何かを食べた気分だ。そして、またイブキの場所まで戻る。


「ま、マジの緑珠様ですか……?」


「本物。触ってご覧なさい。」


そっ、とイブキが髪の毛を触ると、感触があった。それがとても嬉しくて。


「やったぁ……!」


「ちょっと待ちなさい。あー、もう、ステイステイ!」


緑珠の静止など全く聞かず、イブキは緑珠を抱き締める。


「待ちなさい、ホームよイブキ。」


「僕のホームは貴女です!」


「何を自信満々に言っているのやら……。」


あぁ、こんなに喜んで貰えるのなら。もう少し早く目が覚めたら良かったのに。


「ふふふ、お風呂に入ってないから緑珠様の匂いが凄いしますねぇっ……!」


「変態地味たこと言わないでよ。」


くすくすと緑珠は微笑んだ。あまりのイブキの勢いに、転んでしまったくらいだ。


「今に始まった事じゃないでしょう?あぁ、とっても暖かい。生きているんですね、貴女は……。」


「……ただいま、伊吹。」


ぽんぽん、と緑珠は彼の背中を叩く。その感触が、全てが愛おしくて。


「はい、お帰りなさいませ。緑珠様。」


そして、イブキは緑珠を顔を見詰めて。


「何かお食べになりますか?食べたいものとか……。」


「今なら咖喱飯カレーライス五杯はいけるわね。」


「分かりました。お粥ですね。」


緑珠の願いがすっ飛ばされる。それを許す彼女では無い。緑珠はイブキの足首を掴んだ。


「な、何故……咖喱飯を作ってくれないの……。」


「三日寝てたんですよ。いきなり食べるとまた体調を崩しかねないじゃないですか。」


手を振りほどいて、イブキはことん、とお味噌汁を置いた。


「はい、どうぞ。作るまで待ってて下さい。」


「お粥に卵とお葱が欲しいわ。」


「分かりました。」


ずず、と音を立てて緑珠は飲み干す。美味しい。お腹に暖かいものが溜まっていく。


「ふふ……美味しい……。」


「緑珠様は……。」


イブキはお粥を作りながら、緑珠へと問いかける。


「あんまり暮らしについて我儘言わないですよね。」


「私が欲しかったのは、笑顔で居れる環境であってお金では無かったからねー……。」


白い豆腐が赤味噌に浮いている。その前に張り付いている緑の和布ワカメを食べようか。


沢山汁を吸った豆腐の風味が、口いっぱいに広がる。


今度は和布だ。ぬるぬるとした感触が舌を這って、喉を通っていく。


「美味しい……。」


「……それなら良かったです。はい、どうぞ。お粥です。」


一人分の小さなお鍋が渡される。それに緑珠が手を付けようとするが、イブキがそれを静止する。


「ダメですよ。お行儀悪いです。」


「え?だって私、この量全部食べれるわよ?」


「それはそれで凄いな……いやそうじゃなくて!」


ことん、と卓袱台の上に小皿を置く。


「これで取り分けて食べて下さい。」


「まぁまぁイブキ、ちょっと考えてご覧なさいよ……。」


「えー?」


緑珠はぽん、とイブキの肩に手を置いて、ニタニタしながら言った。


「鍋で出て来る料理もあるじゃない?」


「まぁ……ありますね……。」


「だったら、このお粥も小鉢の様な物だわ。違って?」


「なるほど……とか言って。」


取り分けて、イブキは言った。


「僕が納得するとでも?」


「うわぁぁんいぶきのおたんこなす……。」


「その言葉は僕に合わないです。言うならバカとかでしょう。」


緑珠はぱくぱくと卵粥を口に運んでいく。


「だっていぶきばかじゃないもん……。」


「其処はえらく現実的なんですね。」


塩加減が丁度良い。卵もとろとろで美味しいし、ご飯の茹で具合も良い。


「美味しい……。」


「……ふふふ。それなら、良かったです。」


緑珠は熱い内にぺろりとお粥を食べてしまう。


「えへへ。美味しいから直ぐに食べてしまったわ!」


「お口にあって何よりですよ。」


じーっ、とイブキは緑珠を見詰める。






次回予告!

緑珠が大泣きしたり重大な秘密がわかったりイブキの執着から緑珠が逃げたり色々分かるお話。

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