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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第六章 溟海大龍帝国 インテリオール
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 95 『お姫様』

ノルテに行くまでの道を割愛したり暑かったり寒かったりモアに再開したり緑珠の狂気が出てきたりと、不穏な空気が漂うお話!

「はい!ノルテね!」


「途中は割愛?」


「割愛したじゃないですか。真理の移動魔法で。」


「本当に何でもありだね!」


「使った貴方が言います?」


一通りの会話を終えた緑珠が、呟いた。


「……というか、寒いわよ。」


それも其の筈、緑珠達の周りは雪なのだ。大雪。吹雪。とても寒い。雪で頬が切れそうだ。


なのに。大雪が降っているのに、気温は四十度近いらしい。季節は春なのに、此処は夏なのか冬なのかはっきりしない。ハッキリして欲しい。


「上、何か着ます?」


「着るもの持って来てないし暑いから良いわ……。」


「あははーどっちか分からないねー。っ、くしゅんっ……。」


真理はくしゃみを一つすると、緑珠は頭に積もった雪を叩く。


「早くモアと会いましょ……。あの子、また冒険に参加出来るって喜んでたけど……無理って言わなくちゃ……。寒い……。」


というか、と関所に向かいながら、緑珠は何時もと変わらないイブキを見詰めた。


「あんた、何で平然としていられるの……?」


「いや、砂漠と似てるなと。そう思っただけです。」


「えっと……砂漠は確か、寒暖差が激しいのだったわよね……。暑い……。」


緑珠は入国審査官が居る大きな煉瓦作りの関所まで足を進めると、声をかけた。


「あのー……。」


「……めだ……もうダメだ……。」


「え?」


寒がりながら暑がる緑珠を置いておいて、入国審査官は悪夢を語る。


「世界が滅亡するんだ……終わるんだ……。」


「あのー……入国、しても……というか、手続きを……。」


お願いします、と緑珠が言う前に、入国審査官は手元のぼたんを押した。


「良いですよ……勝手に入って下さい……どうせ世界は終わるんだ……終わるんだ……貴方達も良い終末を……。」


「それは、どうも……。」


がらがらと開く大きい関所の門の前で、どうせ聞こえてないだろうと緑珠は傍に居るイブキへと言った。


「……この国、結構災難続きよね。」


「そうですねぇ。」


「立地がミルゼンクリアの居城ってのがまた間が悪い……。」


開いた先には、赤い傘をさしたモアが、直ぐ其処の柱にもたれかかっていた。


「おっ!緑珠!くしゅっ……。」


「大丈夫?モア?無理に出なくても良かったのよ?お伺いしたのに……。」


「あぁいや、気にすんな。よっ、あんまり久しぶりじゃないけど久しぶりだな!」


モアの背後には、もう家の半分くらい埋まりかかっている国が見える。


どうやら北に進めば進むほど、雪の影響が強くなっているらしい。ほんの少し進むだけでもこんなに強い影響が出るとは。


「うーん……これは少し頂けないなぁ……。ちょっと待ってね。」


右手に金の杖が現れると、雪の中に杖を差し込んで、響く声で一つ。


「水の波紋、風の音、木々の揺らめき。この世を創り上げる森羅万象よ。その全ての物に永劫の祝福を。固有魔法『境界の歪曲』。」


真理の周りから順に雪が無くなっていく。モアも傘を畳んだ。紫の結界が国を守る。


「国の固有結界の上からまた結界を貼るとは……神様なんだから、それぐらいは出来ると思うけどさ……。」


「あの紫のやつですか。」


「そうよ。綺麗な薄紫ね。」


「……ふふふ。僕、結界も見れる様になったんだ……。」


緑珠は刹那、イブキを見詰めると、直ぐに真理へと視線を戻す。


「これで元の気候に戻ったよ!……ま、まぁ国外はあの調子だけどね……。」


真理が指さした結界の外には、まだ猛吹雪が起こっている。さながら逆雪洞窟ぎゃくスノードームの様だ。


「この国の中だけでも春に戻ったのは良い事よね。」


「ほら、人がいっぱいになる前にオレんち行こうぜ!」


モアは緑珠の手を引っ張って、じゃばじゃばと溶けた雪名残の街を行く。


「まさかまたお前が遊びに来てくれるとはなー!めっちゃ嬉しいぞ!」


「あー……また厄介事に巻き込まれちゃってね……。前みたいな冒険とはいかないの。」


てっきりまた楽しい冒険だと思っていたモアの笑顔が、曇る。


「……この天気と関係してんのか?」


「まぁ、そうねぇ。」


少し寂しそうに笑った緑珠の顔を見ながら、モアは引いていた手を緩める。


「……何か、はしゃいでゴメンな。」


「いいえ。気にしないで。貴女がそんなに喜んだのは、私達と居た時間が楽しかったからでしょう?」


「そうだけど……。」


緩められた手を緑珠はぎゅっ、と握る。


「貴女は此処で待っていてほしいの。それが私達の力に繋がるわ。」


「……お前の邪魔にはなりたくない。健闘を祈っておこう。」


「有難う。」


寂しそうな笑顔をモアは消すと、にこりと微笑む。


「さぁ、それならこっちだ!今日の夕飯はな、鍋にしてしまったから……。」


「あら、私、お鍋好きよ。何鍋?」


「鶏鍋だ!」


ほんと!?やった!という喜びの声が聞こえるのを、イブキと真理は見ていた。


「何時も通り、か。良いものだね。」


「退屈が一番良いんですよ。平和で、平凡で。何も起こる事が無い。」


だから、と息が白くならない世界で、イブキは息を吐いた。


「……あの人は『平凡』を装うのでしょう。今までも、これからも。」


「かーもーねー。」


そして真理はイブキの顔色を伺いながら切り出す。


「ま、四大貴族きみたちは『平凡』を装わないと上手くいかないんだろうけど。」


「痛い所を突かれましたね……。」


「おや、否定しないんだ?」


喉を鳴らしてくつくつと彼は嗤う。


「だって、僕らは狂気の四大貴族。『平凡』を貫かなければ。バレてしまうと終わりです。」


「貫けているか怪しいところはあるけど?」


「同感ですねぇ。」


あはは、と軽い棒読みな笑いをしていると、あぁ、モアの家が見えて来た。人も多くなって来る。様々な声が聞こえて来た。


『世界は救われた』だの、『滅亡は免れた』だの。この国の人は大変だ。一喜一憂しやすい質らしい。


「ねぇイブキ!真理!今日の夕飯は鶏鍋ですって!」


「お肉ばっかり食べちゃダメですよ。」


「もー!イブキお母さんみたい!」


「楽しみだね、緑珠。」


「えぇ真理!もうお腹空いちゃったわ!」


背後でがらがらと扉が閉まる、音がした。







夕焼けが見える頃。モアの庭で緑珠は刀の素振りをしていた。銀の刃に、燃える世界が映る。


「うーん……この持ち方だと……重いわね……。こう、かしら……。おぉ、軽くなった……。」


「なぁ。」


素振りをしている緑珠に、縁側で座っていたモアが声をかけた。


「お前、城で刀やってたのか?」


「そうね。やってたわ。婆やや両親以外からは異端視されてたけど。」


ざく、と土に刀を刺して昔の事を思い出しながら、緑珠は首をひねった。


「やっぱり固定概念という物かしらね。お姫様が刀だなんて、とか良く言われたけど……。」


へへん、と自慢げに笑いながら、刀を突き出して言う。


「そんな奴は、コレで黙らせてやったわ。」


「勇ましいな。」


無邪気に微笑む緑珠に、モアは少し辛そうに尋ねる。


「……今度の戦いは、ヤバイのか?」


「そう、ね……ヤバイわね。死ぬかも。」


あまりにも冗談めかした軽い言葉に、モアは更に尋ねる。


「……お前、死ぬことが怖くないのか?」


「ええ。怖くないわ。怖いのは『殺される』と思った時だけ。」


にっこり、と文字通り緑珠は微笑む。それが信じて疑わぬと。正気だと。そして、モアはぽそりと呟く。悲しそうな顔をして。


「…………どうして。」


「嫌よ、モアったらそんな悲しい顔しないで。私はあくまでもイブキに殺される為に生きているの。他人に殺される為に生きている訳じゃないわ。」


そんな目的は間違っている。……いや、狂気と言われた四大貴族では普通なのか?モアは心の中で己の『正気』に首を傾げる。


「人間って……殺される為に、生きては居ないだろ?」


「貴女の認識ではそうかもしれないわね。貴女と私では、居た環境が違うのだから。死は隣り合わせ。生は向こう側の世界。それだけよ。」


ああ、まだ自分は『正気』だったと。まだ間に合う。緑珠を戻さなくては。


「……そ、んなの、狂ってる、間違ってる、救えない、ダメだ、そんなことは……。」


しかし、当の本人は己の言っていることを一切疑っていない。


「私がイブキ以外に殺されるのを危惧している理由は、私を殺すことによってあの子は救われると思っているから。そして私も救われる。ウィン・ウィンの関係、でしょ?」


「……きっと彼奴は救われないぞ。」


「あら、そういう物かしら?」


きょとん、と緑珠は首を傾げる。だが、モアは続け様に同じ言葉を紡ぐ。


「間違ってるよ、そんなの……。」


「間違ってるか間違ってないかの尺度は、疾っくの昔に価値観ものさしを捨てたわ。私はそれ以外の価値観ものさしを手に入れる為に旅をしているのだから。……ふふふ、モア。教えてあげましょう。私が居る、そして私が生きる本来の意味を。」


慈愛に満ちた、何か崩れた笑顔で緑珠は続ける。その笑みはさながら『お姫様』のものだ。


「私はお姫様なの。狂気の貴族を束ねる、『とても優しくて、美しくて、可愛くて、聡明で、リーダーになれる』お姫様。そうでないといけないの。お姫様なのだからね?」


ふふ、と楽しそうに緑珠は微笑みながら続ける。


「貴族達とはイブキとしかもう会えていないから、『お姫様』としての私は死んでも良いと、貴女はきっと思うでしょう。でも私達の根は根深い。何時も狂気と相反して生き、そして狂気と共に生きる。私達の本質は『優しさ』でも『残忍』でも無い。『狂気』でなければならないの。それが『日栄四大貴族』のお役目。私達の代の本質は、『狂気』でなければいけない。」


「……その理論で行くと、お前は……。」


「そうよ。『狂愛主義者』のあの子でも無ければ、『死体愛好家』の彼でもない、『自己顕示欲』の少女でも無い。私は『狂気』。」


緑珠は手を広げていた手をゆっくりと下ろして、目を開いて口元を歪めた。夕焼けで見えない逆光の世界でも、彼女の笑みだけははっきり見える。


「私は、私自身が『狂気』。『狂気』の具現化を模した姫よ。皆各々の一部分に『狂気』を持てども、私はそれでは許されない。地獄の王ですら手を焼く、身体を満たす『狂気』。」


「……国を出て……お前はすくわれて、いて、居るんだよな、な?」


さぁ、どうでしょうと言わんばかりの、尋ねる笑みを緑珠は浮かべて。


「此処まで話したのなら分かるでしょう。私は『狂気』。全ての『価値観』がズレていなければならない。全ての物から乖離していかなければならない。」


「……そんなの、狂ってるよ……。」


「……ほら、言ったじゃない。」


モアは慌てて自分の口を塞ぐ。言ってしまった。それ以外、言えなかったから。


「っ!?」


「ねぇ?」


確認する笑み。それ以外の返答は受け付けない笑み。ただ笑っているのに、何故そんなに表情を変えることが出来るのだ。


「…………。」


「あはは!そんな黙ったりしないでよ!私は何時だって『正常』よ!」


くるり、と緑珠はお姫様らしく回って、一言。


「……それが他人から見れば『狂気』でも、ね?」


何を歩いて居るのだろうか。まるで細い道を歩く様につま先立ちをする。


四大貴族わたしたちは何時もギリギリなのよねぇ、よっ、と……。」


『何か』に足を踏み外した緑珠は、『何か』から降りる仕草をする。


「……私には分からないな。」


「あはは!それで良いのよ!……いや、そうでなくてはいけないのよ。」


またつま先立ちを初めては止めて、緑珠はモアへと何かを託す様に笑う。


「……だから、貴女は貴女のままで居てね。それが私のお願いよ。」


「オレはずっと、このままだよ。」


ぴたり、と全ての時間が止まったような音がして、


「……『有難う』。」


「緑珠様。夕食ですよ。」


「ほっんっ、とー!ほらほら、モアも行きましょー!」


「……あぁ、おわっ、と!」


緑珠はモアの手を引きながら、イブキへと問うた。


「ねぇイブキ。砥石持ってない?」


「持ってますけど……入用ですか?」


「使いたいわ。貸して頂戴。」


「構いませんよ。」


イブキの了承が得られたところで、緑珠はモアへと振り返った。


「モアも研いでみる?私の刀。」


何時も通りが目の前にある。之で良いのだ。モアは、力強く頷いた。


「あぁ!」








次回予告!

出発する、その前夜のお話。物語は着実に前へと進んでいた……!其処で緑珠が起こす行動とは?そして彼女を止める者とは?

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