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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第六章 溟海大龍帝国 インテリオール
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 94 静夜思

真理が逃げた理由が分かったりイブキが嘲笑したり緑珠が食ってかかったり皆が不安になったりと決戦前夜のお話!

「さて。是非とも理由を話してほしいわね。」


「そうだね……何処から話そうか……。」


真理は出されたお茶を飲む、が。


「にっが!」


「マジウケ。」


「マジウケじゃねぇよ。」


にしし、と意地悪く笑っているイブキを緑珠は窘める。


「こら、意地悪しないの。」


「それちゃんと混ぜたら飲めますよ。」


「あ、そうなんだ……本当だ。美味しい……。」


緑珠は気を取り直して真理に詰め寄る。


「お話、してくれるわね?」


「うん。するよ。」


すすった音の後に、ごくん、と真理の喉に茶が流れる音がする。


「……グランツヒメルに行こうとしていたんだ。」


「ぐらんつひめる?」


緑珠はきょとんとしながら首を傾げると、真理は目を伏せて話を続けた。


「グランツヒメルはノルテのもっと奥にある山脈の一つだよ。最近、異常気象が発生していると聞いて、行こうとしていたんだ。」


「いじょう、きしょう……。」


その理由が真理の行こうとしていた理由に直結するのだと、緑珠は薄々勘づいていた。


「この間から少し話題になってたんだよ。異常気象がね。グランツヒメルは-30°あるんだ。だけど……前聞いた話に、恐ろしい話を聞いてしまったから。」


その恐ろしい話が、何なのか。


「『35度なのに大雪が降った』と。明らかにミルゼンクリアの仕業だ。」


「……いや、何でそうなったらあの神の仕業になるんですか?」


ご最もな意見を浴びせるイブキに、真理は返した。


「昔言わなかったっけ?ミルゼンクリアは『脳酔い』を起こしていると。ずっと、この世に生を受けてから。」


「……周囲の温度が上がり続けているという事は、活動が活発化している事ですよね。」


「それを貴方は止めに行こうとした。……理由はこれでOK?」


「だねぇ。」


マグノーリエ邸にほんの少しの静寂が訪れると、緑珠は眉間に皺を寄せた。


「……あんな神がそんな事で収まると、本気で思っていたの?」


「思ってないけど。……マシにはなるかなって。」


「でも、あの神の狙いは私なのでしょう。」


先程まで煩かった外が、邸宅が、その隅々に至るまで透明に染まる。ただ、人の息遣いが聞こえるだけだ。


「…………そう、だね。」


「貴方が行くのは無謀だと、私は思うわ。」


あまりにもはっきり言われた言葉に、真理は嫌悪感を醸し出す。


「そう言われるから見つかりたくなかったのに……まさか土塊で見つかるとは……。」


「緑珠様の為なら何でもしますよ。僕は。」


にこっ、とイブキは微笑む。緑珠は綺麗な正座のまま、真理をじっ、と見詰めているのだ。


「……私もその、グランツヒメルに行く。」


「危険ですよ、緑珠様。」


背後から水を差したイブキを、緑珠は振り返って言った。


「例え危険だとしても、真理だけを行かせる訳にはいかないわ。あれの目的は私なのだもの。」


「……それは、そうですが……。」


緑珠は身を乗り出して真理へと懇願する。


「ねぇ真理。私も連れて行って。」


「嫌だ。」


さっぱりと言い切られてしまって、彼女は少し面食らってしまう。だが、そんなもので引くほど彼女は甘くない。


「じゃあ行くわ。」


「却下だね。」


「行かせなさい。」


「無理。」


「頼むから。」


「嫌。」


「それなら這ってもついて行く。」


「怖そうだし無理。」


緑珠の言葉をすっぱすっぱと真理は斬っていく。また彼女が声を上げようとしたその時、真理は苦く微笑んだ。


「……僕はね、緑珠。君達が大好きなんだよ。……だから、死んで欲しくない。」


「それはね真理。私達も同じだから。貴方に死んで欲しくない。」


だから、と緑珠は真理の手を掴んだ。


「私は貴方を、絶対に見捨てたりなんてしない。」


優しく掴まれた手を、真理はじっ、と見詰めて。


「……そんな事言われたら、行けないじゃないか。」


「えへへ。それが目的。」


「いじわるだなぁ。」


ぽろりと音がするか如く、真理の目から涙が零れる。


「詳しく話してくれる?」


「うん。分かった。」


静かに涙が出ている目を擦ると、真理は静かに、しっとりと話し始めた。


「断っておくけど、ミルゼンクリアは悪くないんだ。」


「……此処まで命を狙っておいて、それは無いでしょう……!?」


食い殺さんと言わんばかりの殺気をイブキは真理に向ける。彼女はまたそれを宥めた。


「止めなさいイブキ。それは私達の立場でしょう。今は話を聞くのよ。」


「……貴女がそう言うのなら。」


イブキは殺気を仕舞うと、真理の話を聞く体制に入る。


「ミルゼンクリアはこの世の均衡を守る存在。僕が緑珠を創った事によって、世界の均衡は崩れた。だから異物を排除しようとしている。別に君達の事を嫌いな訳じゃない。彼女は、『やる事をしようとしているだけ』なんだ。」


一拍置いて、真理は続ける。


「彼女には感情が無い。……そもそも人間の姿でありとあらゆる世界を視ようとするなんて無謀なんだ。無理なんだよ。だけど、僕は人間として降りてきてしまったから、あの子も同じ人間の姿として降りてきてしまった。」


そうだ、と真理は付け加える。


「彼女に感情が無い理由はね、脳全てを使ってこの世界を見ているからだ。常日頃『脳酔い』を起こしているから。」


「だから、グランツヒメルの温度が高くなっているのね?」


念を押すようにして緑珠は問うと、真理は頷いた。


「そうだよ。スパコンを人体で起こすようなものだから。」


「うわぁ……脳がでろっでろになりそうね……。液体化しそう。」


「するでしょうね……。」


一通りの話が終わったところで、緑珠は真理へと言った。


「要するにミルゼンクリアを殺せば良いのよね?」


「えっ、うん、まぁそうだけど……。」


「なら殺しに行きましょう!」


にこにこ、と緑珠の顔に笑顔が現れる。そして立て続けに質問を真理に浴びせた。


「私達を苦しめる奴を、一人たりとも残してなんておけないわ。そうでしょ?」


「……そうだね。」


「行く事に、賛成してくれる?」


「構わないよ。……怪我するかもだけど。」


「慣れてるわ。ノルテよね?モアにお手紙書かなくちゃ!」


「……そうだね。」


とたとたと走り去って行く緑珠を見ながら、真理はぽそりと呟いた。


「彼女は……。」


それ以上、何も言えない。何も話せない。何を言えば良いのか分からない。ふと、イブキは口を開いた。


「あれは性格なのでしょうか。」


「それに等しいと。性格というか、殺そうと思わなければ生きていけない環境にあったのか……。」


真理は最後までお茶を飲み干すと、ただお茶の揺れる水面だけを見詰める。


「緑珠を除いた君達もそうだけど。幼少期の出来事っていうのは、人生に関わるんだよ。」


「否定はしません。……ですが、それを盾に身を守る事も、もう飽きました。」


肩を竦めて朝食の片付けの続きをする。食器の響く音、水が流れる音がした。


「まだ人間としての体裁は守っときなよ。緑珠が泣くぞ。」


「あの人が僕の狂気如きで泣く様な人ですか。」


「……かもね。」


「其処はせめて否定して下さい。」


くすくすとイブキは微笑むと、真理は乱雑にお茶のコップを置く。


「だってあの子だぞ?」


「……ふふ、そうですねぇ。あのお方ですものねぇ。」


さてと、と真理はひらりと手を振ってその場を去った。一言、残して。


「お茶美味しかったよ。入ってた毒を除いて。」


先程のにこにことしていた表情を消し去って、彼は真顔になって、嫌悪感丸出しで言った。


「……あーあ、死ねばあの御方も苦しまなかったのに。」


さてと、と食器を拭きながら、彼は呟いた。


「旅の準備でもしますかねぇ。」







夜。緑珠が自分の部屋でごろごろしていると、外で誰かの足の擦る音がする。これはイブキだ。


「そうだ。おいでなさいな、イブキ。」


緑珠は綺麗に正座して、イブキを呼び出す。不思議そうに彼は障子を開けて近付いて、近くに座った。


「少し身を屈めて。」


ひょい、とイブキは上半身を出すと、緑珠はよしよしと頭を撫でる。


「ごめんなさいね。甘やかせなかったものだから。」


「えへへ……頑張ったでしょう?僕。」


「えぇ。とっても頑張ったわ。」


イブキは緑珠に体重を預けると、そっ、と彼女の髪に触れる。


「……死なないで下さいね。」


「死にはしないでしょう。」


楽しそうに緑珠は微笑むと、イブキはむすっ、とした声を出した。


「軽すぎます。」


ぐりぐり、とイブキは緑珠の身体に頭を当てる。


「やだ、擽ったいったら。」


「匂いをつけてるんです。」


まるで子供が駄々をこねる用にしてイブキは言った。


「相手は女神様だったと思うけど?」


「それでも……嫌です。」


「我儘ねぇ。」


緑珠はふわふわのイブキの髪の毛を撫でる。ふわふわだ。それ以外に形容方法が無い。


「ふわっふわねぇ、貴方の髪の毛。」


「…………。」


「何?感傷浸ってるの?大丈夫って言ってるじゃない。死にはしないのよ。きっと。」


馬乗りになりながら、前からイブキは緑珠の髪の毛を触る。三つ編みを作りながら淡々と話し始める。


「……それでは一つ。例えば。僕が此処で匕首を抜けば、貴女は簡単に死ぬ。」


「そうでしょうね。」


「でも貴女は逃げないんでしょう。僕に容易く殺されてしまう。」


「そう、なるでしょうねぇ。」


出来ていた三つ編みを解くと、緑珠の真っ直ぐな髪は型を残すことなく元に戻った。


「……それでは駄目なんですよ。逃げて下さいよ。死を畏れて下さい。」


「慣れてるから。」


「それはいけない慣れです。」


「……もしかして怒ってる?」


「もしかしてなくても怒ってます。」


冷ややかな目を緑珠に向けると、イブキは短調にそう言った。


「貴女の環境であれば、そうなった事も頷けます。……でも、もっと死を畏れて。怖がって。」


「善処するわ。」


「善処する気ないでしょー!」


「あうあうあー。」


「おおっと!緑珠様を虐めるな!」


ぴょんっ、と七仙女の銀朱ぎんしゅが現れる。


「あれ?どうして出て来ちゃったの?」


「私だって撫でられたいです緑珠様!」


「銀朱姉様。わたくしだって……!」


甘えるのは少し待ちなさいと銀朱が言わんばかりに他の姉妹を抑えて、彼女は緑珠へと言った。


「あんなぁ、緑珠様。うちらは武器や。緑珠様を守る為にある。だから使い手が死んでもろたら困るんや。」


「……善処しましょう。」


「もー!何でも決まった返答ばっかなん!?」


イブキはサラッと緑珠を抱き寄せて、見せ付けるように七仙女に言う。


「此方はそういう人ですよ。」


「アンタはちょっと黙っとき。」


売り言葉に買い言葉、イブキは毒を吐く。


「あはは、童の姿をした仙女が良く吠えること。」


「……ま、まぁえぇわ……。」


「イブキ。直ぐに喧嘩売ったりしないの。」


はぁい、と間の抜けた返事をイブキはすると、銀朱はひらひらと手を振る。


「じゃあ戻るからな!」


しゅう、と何事も無かったように、霧の様に七仙女は消えた。


「やっと静かになりましたね。」


「そうね。」


ぎゅうっ、とイブキは緑珠を抱きしめる。絞め殺さんばかりに。


「寝ましょうか。」


「寝れないわ。」


「……嘘です。やっぱり、もう少しこのままで。」


ふわふわの髪が緑珠の首筋に当たる。というか擦れる。擽ったい。


「ふふ……なら、もう少しこのままで居ましょうか。」


静かな空間に、声が蕩けた。








次回予告!

ノルテに行くまでの道を割愛したり暑かったり寒かったりモアに再開したり緑珠の狂気が出てきたりと、不穏な空気が漂うお話!

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