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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第六章 溟海大龍帝国 インテリオール
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 93 追跡者

物語は新たに進展を迎える!消える人が一人、その時、マグノーリエ本邸の二人は……?決戦が相見える、その少し前のお話。

「お!伊吹!お前此処に居たんか!」


「銀朱、でしたか。どうしました?」


七仙女しちせんにょの一人、銀朱ぎんしゅがびしっ、とイブキに指を示す。


「甘い物が食べたい!」


「じゃあお菓子箱から取って下さい。」


居間に置いてある『お菓子箱』と書かれた箱をイブキは指さした。


「えっと……そうじゃなくて!」


ひょい、と銀朱は姿を消す。障子の裏に隠れると、ひそひそと声が聞こえる。


「もう!銀朱姉様のバカ!そういう言い方じゃ……。」


「そう言うけど紺碧こんぺきならどうするん?」


「どうするって、言われても……。」


蒲公英たんぽぽの声がかぶせ気味に聞こえる。


「銀朱姉様みたいな突進が必要なのよ。」


「あのっ、あのっ、やっぱり穏便に済ませた方が……。」


蒲公英の声の後に、あんずの声が響く。そして紫檀したんの声が重なった。


「はよせんとあの鬼はんが来はりますからなぁ。」


「どうも、鬼ですが。」


ひゃっ!という悲鳴が七つに重なり、七人は各々に固まった。柚ノゆずのはが口を開く。


「もしかして、今の全部聞いて……。」


「ますね。」


洗濯物を持ちながら、イブキは微笑んだ。集まっていた部屋の奥の押し入れから視線が当たるが気にしない。


「さしずめ緑珠様の事でしょう。何か甘い物を作って貰おうとしたけれど、朝食の後だからはばかられるから、七仙女に頼んだと。」


そして、奥の押し入れに向かってイブキは声をかける。


「緑珠様、僕を騙そうだなんて百億年早いですよ。」


「……七仙女、かもん。作戦会議よ。」


緑珠のぽそっ、とした声が聞こえると、七仙女の間を割って入ってイブキは緑珠を摘み出す。


「あっ、あっ、緑珠様……。」


釣り上げられた緑珠に、七仙女は群がる。


「ちょっと借りていきますね。」


「ちゃんと、帰ってくるからっ……!」


今生の別れと言わんばかりの挨拶を緑珠はするが、イブキは呆れた表情を彼女に向ける。


「いや……別に死ぬ訳じゃ無いんですから……。」


「あ、ねぇイブキ。真理何処行ったか知ってる?」


「話を摩り替えるなよ。」


居間まで緑珠を連れ出すと、緑珠はぺちぺちと畳を触る。


「でもねぇ……朝から姿が見えないって言うのは、どうも……。」


罰として洗濯物を畳む事をさらっと命じられた緑珠は、黙々とそれをしている。


「イブキ、匂いで分からないの?」


「あんな野郎の匂いとか嗅ぎたくないです……というか、それ以前に。」


怪訝そうに顔を歪めてイブキは言った。


「彼奴、匂いしないんですよ。無臭です。」


「無臭……?」


朝食の食器の片付けをしながら、イブキは続ける。かちゃかちゃと、耳に心地良い食器の音が聞こえる。


「生きている者と言うのは、何かしらに触れていないとおかしいですよね。匂いなり物であったり。だから自然にその人の匂いという物が出来上がるんです。ですけど、彼奴は……。」


首を傾げて、一言。


「匂いがしません。故に辿れません。無理です。」


イブキの背後で、盛大な音が聞こえた。振り返った先に居た、目を見開いた緑珠は、一言。


「……持ってた竪琴ハープが、無いわ。荷物が全部消えてる。」


「はぁ?」


緑珠は洗濯物の山を抜けると、無造作に置かれている新聞を見る。


「真理って朝刊を一番最初に読むでしょ。今日の朝刊は……。」


「あぁ、確か……ノルテの方で異常気象が連発しているとの事でした。」


もう何も言わない。大体の状態は分かった。


「伊吹。追える?」


服の下に隠した暗器を確認して、伊吹は仕方なさそうに頷いた。


「根気で追います。」


「七仙女!」


七人の姿が溶け合って一つの刀になる。緑珠は腰の帯に無理矢理、刀を差す。


「緑珠様は街を走って下さい。僕は何とかします。」


「出来るの?」


心配そうな緑珠の顔に、伊吹は顔を顰めながら答える。


「彼奴の身体に触れたものが無臭になるという特性なら無理ですが……これなら。」


伊吹は足元の土と外の土を拝借して、口に含んだ。


「あっ、こらペってしなさい!」


「まっず……。でも、この匂いなら……多分、追える……!」


苦々しそうなイブキの表情に、緑珠は微笑んだ。


「えぇ。宜しく頼んだわよ。私はイブン先生に話を聞いてくるわね。」


「それでは、また後で!」






「……とは。言ったものの。」


イブキは本邸の屋根から街を覗いて居る。


「分からないですねぇ。」


このまま分からないと言って投げ出そうか。そうすれば、あの方は。


「あーほらーもっとマシになれー僕の理性と頭ー。」


棒読みでそんな事を呟くと、イブキは息を止めてもう一度気配を辿る。


「……どー考えても居ないんですよね。ノルテの方向に。」


其れでは居るのは何処になるのか。それは勿論、ノルテ以外の場所だ。いや、そうじゃなくて!


「何でアレ無臭なんでしょう。」


イブキは毒突くと、首を傾げて辺りを見回す。


「もしかして……。」


もう居ないのでは無いか。徒歩、では無いのかもしれない。であれば。自分に出来る事は限りなく少なくなっていく。


頼れるのは『五感』と『勘』だけになってしまう。


「参ったな……。」


自分も緑珠と共に捜索すべきだったか。……いや、それで見つからなくてもそれは結果論だ。自分は今すべき事をするのみ。


「……考えましょう。ノルテの方向には確かに真理の気配は無い。ならば、ノルテの方向には居ない。『その他』の方向だ。なら……彼と、仲が良い人間と言えば……。」


一瞬の思考が横切り、イブキはその場を去った。


その頃。


緑珠は街の土塊を蹴っていた。転けない様に、見失わない様に。


「全く……居なくなったら一番見つけられなくなる人が、何で……どうして……。」


肩で息をしながら、緑珠は屈む。


「……やだなぁ……それだったら嫌だなぁ……。」


もしかして、自分が嫌になったのでは無いのか。でも、それでは。何故己が居たという痕跡を残して行ったのだろう。


真理の力を持ってすれば難しい事ではないだろう。だって神様なんだもの。


なら、せめてお別れでも。それだけでも、させて欲しい。


「……いけそう……。」


緑珠はまた駆け出すと、街一番の名医の元へと走る。そして、ベルが煩いほどに鳴る。


「イブン先生っ!」


「緑珠チャンじゃん。何かまたあったの?」


白い待合室に、異様な程明るいパッションピンクの髪が散る。


「怪我なら、」


「お話を聞きたいの!」


「はいはい待合室では静かにねー。華佗、あとは任せた。」


『了解丸』


白板ホワイトボードにキュッキュッ、と擦れる音がして、華佗は患者を手招きする。そしてイブンは緑珠の手を引いた。


そして、パタン、と診療室の扉を閉めた。


「こんなお昼間に邪魔して悪かったと思っています、でも、あの!」


「真理のこったろ?」


イブンのぶっきらぼうな言い方に、緑珠は静かに頷いた。


「行方を知りませんか。」


「知らない。お別れだけ言われたもん。」


けどさ、とイブンはじっ、と緑珠を見詰める。


「真理が嫌になって出て行ったとしたら?」


「……それでも、お別れだけでも言いたいんです。言わずに出て行くなんて、酷いわ。」


ふーん、とイブンは緑珠を置いて一人書類整理を始める。沈黙が居座った診療室に、やっとイブンの声が溶けた。


「ま、アタイはホントに知らないから。」


「そうですか……。」


意気消沈した緑珠に、イブンは付け加えた。


「でもまぁ、考えてみて……もし家を出るのなら、帰るって事にするけどなぁ……アタイは。」


「……帰る。」


その単語を呟くと、緑珠はイブンへと頭を下げた。


「有難う御座いますイブン先生。お昼間から騒がしくして済みませんでした。行きますね。」


イブンが声をかける前に緑珠は診療所から駆け出すと、『とある国』の方向へと向かう。


「もしっ、帰ると言うのなら……!『御稜威』の方向だわ……!」


神の世界と人の世界の境目、御稜威帝国。御手洗女帝の力を借りれば造作もない事だろう。


「……とは、言ったものの……。」


姿を消している可能性がある。緑珠は手で眼鏡を作って、街道を見渡した。


「……うーん……。」


人が多くてイマイチ分からない。緑珠の頬を風が撫でた。


「……あれ、は……!?」


何かに靡いたものが歯に当たっている。賭けるとするのならば、あれしかない。


そして、緑珠は、イブキは、その影を見つめて、彼女はその『形』に触れると。


「見つけた!」


緑珠とイブキの声が、周辺に同時に重なる。


「……わぁお……。」


前からは睨まれ、背後からは殺気が溢れ出ている。これもうどうすれば良いんだろう。どうしようも無いのだが。


「……や、やぁ、お二人共……朝からお元気ですね……。」


「遺言はそれだけかしら。」


緑珠は静かに、だが鋭く、言い放つ。


「まだ死なないから!殺さないで!」


くん、と真理の首筋に匕首が立てられている。


「今貴方の首が少しでも動けば死ぬ仕様になっているわよ。」


「初見殺しにも程があるよ……。」


ふう、と真理は一度深く息を吸った。落ち着いて話そう。うん。自分なら多分、話せる。だって神様だし。……たぶん。


「な、何しに来たの、二人共。」


「貴方を追いかけに来たの。朝から居なくなるものだから、吃驚しちゃったわ。」


少し落ち着いたのか、緑珠の険しい表情は消えている。


「別に僕は君達と仲間になった訳じゃないけど。勘違いしているのは其方そっちじゃない?」


その言葉に緑珠は一瞬引く。だが、余計に険しい表情を真理に見せる。


「貴方は嘘を吐く時に手を後ろにやる。……合ってるわよね。」


緑珠の言葉を見に浴びて、真理は何時の間にか後ろに回した自分の手を見詰める。


「……うそ、だろ……。」


「随分と人間らしくなったものね。」


背後の殺気に緑珠は命令口調で声をかけた。


「伊吹。下ろしなさい。」


周りの張り詰めた空気が和らぐと、背後で鞘に戻る短刀の音がする。


「土を食べて追った僕を褒めて下さい、緑珠様。」


「後でね。」


嬉しそうに微笑んでいるイブキに短くそう言い切ると、緑珠は真理に向かって言った。


「で?戻ってくれるの?戻らないの?」


少しだけ冷ややかなその問いに、真理は項垂れる様にして呟いた。ほんの少しだけ、微笑みながら。


「此処までされて、戻れないと言えないよ。」








次回予告!

真理が逃げた理由が分かったりイブキが嘲笑したり緑珠が食ってかかったり皆が不安になったりと決戦前夜のお話!

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