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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第六章 溟海大龍帝国 インテリオール
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 91 金烏と玉兎 前編

インテリオール公国の調印も終わり、一段落したと思った刹那、現れるのは緑珠の許嫁!?となれば、イブキが黙っているはずが無く……!大進展しかない千年怪奇譚!

「うんぎゃー……暇だぁ……。」


「お姫様がなんて声出してるんですか。」


「そういう時もあるじゃん?」


「真理には言ってません。」


緑珠は草原が見える畳の上で超高速ごろごろと繰り広げていた。外は雪解けも消え去った庭が見える。


「もう随分と暖かくなりましたね。」


「そうねぇ。暇ねぇ。」


縁側で緑が萌ゆる様子を見ていた真理が、緑珠の頭を撫でながら言った。


「つまみ細工でもしたら?緑珠、細かい作業好きでしょ?」


超高速ごろごろを緑珠は止めると、起き上がってきりりと表情を引き締める。


「ふふふ、真理。私の暇人レベル舐めてもらっちゃ困るわよ。つまみ細工全部やっちゃったもの。材料が無くなっちゃったわ。」


「あらら……。」


じゃあ何をしようか、と和んだ空間の中で真理が言おうとした瞬間だった。


「ごめんくださーい!」


砂を落とすようなさらりとした女の声が、本邸に響く。


「はーい!」


と緑珠が返すと、イブキが出るよりも前に、とたとたと玄関へ走り行き、扉を開けた。


「どちら様でし」


「やぁ!俺の真珠ルゥルゥ!」


ぴしゃん!と顔も見ずに扉を閉めて容赦なく鍵をかける。


「なぁなぁ、開けてくれよ!」


「伊吹、真理。物の怪の類が扉の前に居るから祓うわよ。」


「……いや、今の普通に人間じゃない?」


緑珠はばんばんと叩かれている扉からさっと離れると、居間に置いてある苗刀を手に取って抜刀した。


「良いのよ。私にとっちゃ物の怪だし。」


「またとんでもないこと言いますね……。」


イブキが苦笑いをしているのにも関わらず、緑珠はまた扉を開けた。そして刀を突き付ける。


「ルゥルゥ!大好きな緑珠!」


「セールスは間に合ってるので。」


「セールスじゃない!」


「新聞も要らないわ。」


「新聞屋じゃない!」


「押し売りは間に合ってるのよ。」


「だから押し売りじゃないって!あー!もう!」


扉の間の必死の攻防の末、緑珠が掴んでいた扉があっけなく開く。


「この緑珠の許嫁、『ナムル=アル・ラー・ニハーヤ=シャムス』様が来たからにはもう安心だ!こんなあばら家とはおさらばだぜ?」


突き付けていた刃を下ろすと、緑珠の目の前には新緑の髪が美しい犬耳の生えた、長身の片眼鏡を付けた着飾った男が居る。だが、男の勢いの良い言葉とは裏腹に、彼女の口らか出た言葉は。


「……帰って。どっか行ってよ。私の思い出がいっぱい詰まった家をあばら家なんて言わないで頂戴。」


断固として家にナムルを入れない緑珠。イブキは『許嫁』、と聞いて明らかに狼狽している。


「ナムルって……紅鏡こうけい帝国の皇子様じゃないですか。……そ、うでしたよね。緑珠様も許嫁くらい居ますもんね……。」


「安心なさい。このクズ男とは断固として結婚しないわよ。」


驚いているイブキに、緑珠はつっけんどんに言い放つ。


「そりゃあ悪かった、愛しの緑珠。」


緑珠の凍てついた視線は、少ししょげた皇子に注がれ続けている。


「なぁ緑珠。俺はお前が大好きなんだ。元々結婚する約束だっただろ?な?」


「あ?帰れ。」


また緑珠は勢い良く扉を閉めようとすると、ギリギリのところでナムルが止める。


「とにかく入れてくれ!雨も降ってきたし!砂漠みたいに雨が一気に降らないからこっちの雨は嫌いなんだ!頼むから!」


「私には二十年連れ添っている良識あるヤンデレストーカーが居るから大丈夫よ。」


ナムルが両手で扉を開けようとしているのにも関わらず、緑珠は片手で閉めようとしている。


「え?お前ストーカー居るのか?」


「居るけど?まぁとにかく……ね。去れ。帰れ。」


「そう冷たくすんなっ、ちょ、痛い痛い痛い!」


因みに、と春の匂いを持って来た雨の中で緑珠は言った。


「私が言ってる帰れ、は『土に還れ』ということよ。春の土は暖かくて柔らかいでしょう?」


「ええっと、緑珠様。」


ナムルの向こう側から先程の女の声が聞こえる。閉めようとした扉を隙間から、声のする方を覗く。


「お菓子を持って来たのですが、」


「ライラ!入って入って!」


神速でライラを部屋に入れるが、ナムルはずっと外のままだ。


「……マジ入れて……。」


仕方なぁく緑珠は扉を開けると、深くため息を付きながら、


「良いわよ。」


「本当か!?」


ただし、私の半径五百米ごひゃくめーとるには近付くな。」


「結局外じゃんかー!」


冗談よ、と緑珠は微笑む。


「どうぞお入りなさい。命の保証はしないわ。」


「怖過ぎるだろ……。」


その会話に、イブキがぽそりと呟く。


「少し可哀想に思えて来ましたね……。」


「気の所為よ。多分。それに、あの男は……。」


純真無垢な瞳で、ナムルは緑珠へと身を乗り出した。


「照れてるんだろ?そういう所も可愛いぞ!」


「ほらね。」


「……ある意味僕より重症かも、ですね……。」


座り込みながら緑珠はナムルへと来訪の理由を問う。


「で?何用なの?大体の検討はついているけど。」


「お前に逢いに来た!」


「……で、私が逢引デートしなくちゃ帰らないとか言い出すのよね?」


「そうだな!」


これだけ自信満々に言われて、また暫く滞在されても適わない。立ち上がって、緑珠はイブキに言った。


「直ぐに支度をするわ。華幻ちゃんを呼んで頂戴。イブキは髪を宜しく。」


「仰せのままに。」


消え去った二人を、真理は目の端で追っていた。


「……お前は、緑珠の何なんだ?」


ふと声をかけられた真理は、ごろごろと転がりながらも答える。


「うん?僕は……そうだな。僕も一応守り人という事にしておこう。其処ら辺にいるしがない魔術師だよ。」


「魔術師か。俺の国にも居るぞ!」


若干の牽制なのか、ナムルは堂々と胸を張って真理へと言った。


「多分ね……君の国に居るのは呪術師シャーマンじゃないのかなぁ……。」


「しゃーまん?」


控えていたライラがそっ、と耳打ちする。


「他者を癒す力を持った者の事です、エーミール。」


「そーなのかー……。」


「待たせたわね。」


モアに貰った山葵わさび色のドレスを着た緑珠は、眠そうに欠伸しながらナムルへと手を差し伸べる。


「精々エスコートする事ね。イブキ、門限何時だっけ?」


「毎回言っているでしょう。五時ですよ。」


「了解したわ。行きましょ、ナムル。あとそうだ。お迎えは要らないから。」


「分かりました。」


イブキの単調な一言に、ナムルは子供のような意地で言った。


「ふふん。羨ましいだろ。」


「まぁ羨ましいっちゃ羨ましいですけど、二十年共に居ればそうでも……。」


二十年共に居れば、という言葉に緑珠は些か戦慄を覚える。が、ナムルは全くその事を知らないのである。


「ハハッ!負け惜しみは見苦しいぞ!『年下』!」


思いっ切り見下されたイブキは、そのままにこっ、と微笑み返す。それはもう、殴り倒したいくらいの良い笑みで。


「歳を出すくらいしか言うことがないんですね。『年上』?」


「くっ……。」


痛い所を疲れたらしく、ナムルは一応は引き下がる、が。


日栄の狂人がそんな事で下がる訳が無い。というか火が付いたら直ぐに消える様な人物では無い。光遷院伊吹という人間は。


「そーいえばー、僕聞いたことがあるんですよぉ。歳を出す様な奴って弁が立たないらしいんですよねぇ?」


「ぐっ……緑珠、コイツ……このクソ生意気なヤツ……!」


チラリ、とナムルは緑珠の方を見遣る。だが、その視線は無意味だ。理由は勿論、大分前からイブキの特性を知っているから。


「私も時折手に負いかねるけど、今回は助かったわね。あとこの子滅茶苦茶弁が立つから言うだけ無駄よ。人の言葉を無に帰してくるから。」


「で?皇子。何かまだ言いたい事とかありますか?」


またもやにこっ、と、にこっ、と、許されるのならぶん殴りたい笑顔でイブキはナムルへと告げる。


「くそっ……お、覚えてろよ!」


「捨て台詞甚だしいわね。イブキもあんまり虐めちゃ駄目よ。」


びしっ、と突き出されたナムルの指先を、緑珠はくすくすと微笑みながら見ていた。


「善処致しましょう。……行ってらっしゃいませ。」


「ん。行ってくるわね。行きましょ、ナムル。」


「ちょっと待てって緑珠!」


からからと鳴る扉を緑珠は閉めた。そしてナムルは微笑みながら彼女へと問いかける。


「さぁ、何処へ行く?」


「……えっとね。私、あんまり此処ら辺の事知らないのよね。」


「マジかよ。結構此処に住んでるんじゃないのか?」


こくん、と緑珠は頷いた。


「うん。一年近くは……。けど、イブキがあんまり外に出ちゃ駄目って言うから。危ないからだって。お外に出たいなら二人じゃ無いと駄目って……。」


「中々の束縛ようだな……。」


でもね、と緑珠は思いついた様ににっこりと微笑んだ。


「好きな甘味処はあるの。其処に行きましょ。私もこの街を散策してみたいわ。」


「おぉー!緑珠は何が好きなんだ?」


「甘露水。地上に来た時に初めて飲んだの。しゅわしゅわしてるのよ!」


楽しそうに語る緑珠に、ナムルは足をぴたりと止めた。


「……どうしたの?」


「お前、俺のこと嫌いなんだろ?」


「まぁ、そうだけど。」


「おいそこはせめてちょっと否定してくれ。」


がっくりと項垂れたナムルを、緑珠は朗らかな笑顔で見ていた。


「でもね。此処まで来たのに帰すってのも、可哀想でしょ?」


「どーじょーかよー……。」


「違うわ。」


短く、しかし緑珠はきっぱりと言い切った。


「良いこと?ナムル。貴方は『私の気持ち』を知っている。だから……嫌いだと言われても感情の変化が無い。」


『私の気持ち』が何を指すのだろうか、それを知っているナムルは、何も言わない。


「ちゃんと貴方が『嫌い』な理由を今日、教えてあげる。安心してね。」


先導を歩く緑珠に、ナムルは少し肩を竦めて言った。


「なぁ緑珠。一つ言っていいか?」


「何でも。お好きな様に。」


綺麗な緑珠の額にデコピンして、一言。


「俺は別にそんな事気にしてない。」


「ひゅう!かっこいいこと言っちゃうわねっー!」


「茶化すな茶化すな。ほら甘いもん食べに行くぞ!」


「はいはい行きまーすっ!」


二人はわちゃわちゃしながら、甘味処を目指した。







静まり返った本邸で、真理がごろごろする音が響く。そして呟いた。


「伊吹くーん。お腹空いたから何か作ってー!」


「嫌ですよ面倒臭い。庭の草でも食べてろ。」


くいっ、とイブキはニヤリと微笑みながら庭の草木を指さす。


「辛辣だな!庭の草って!」


「……ふふふ。」


ライラはそのやり取りを見て微笑んだ。イブキと真理の視線が彼女に向けられる。


「あぁ、お気を悪くしたのなら謝ります。でも……仲が宜しいんですね、御二方は。」


イブキは熟考した末に、一言。


「…………………………まぁ。」


「その妙な間は何なのかな?」


「羨ましいです。私は同じ身分の同業者も居なければ、友人も居ません。対等に話せる者が居ないのですよ。だから……羨ましいです。」


ことん、とイブキはライラの前にお茶を置いた。


「ライラさんは殿下とどんな関係が……。」


「侍女です。普通の。」


呆気ない一言に、全員が押し黙る。特に面食らったのはイブキだ。


一応日栄の決まりでは、主人が外出の際に付き従うのが四大貴族。紅鏡ではそうでは無いのだろうか。イブキの言いたい事を察して、ライラは言葉を紡いだ。


「えぇ。仰りたいことはご最もです。私は一般階級の家で育ち、綺麗な物を見て来いとの事で王宮に入りました。」


ただ、とライラは目を伏せる。


「紅鏡の国では王を現人神あらひとがみとして扱う風習があるのです。ですからやんわり忠告しても、ズバッと物を言う者がおりません。」


もう此処まで来たら次にライラが言う言葉が分かる。要するにこの侍女、傍若無人なのである。


「まぁ私は神を信じておりませんし、打首も怖くないのでズバズバ言っていたら、何時の間にか昇進していました。恐らく昇進すれば黙るとでも思ったみたいですが。」


ライラは置かれたお茶を美味しそうにすすった。


「……とまぁ、こんな感じです。侍女になって、色んな事がありましたが……。」


仏頂面から一転、ライラの口元が緩む。


「……悪くない生活です。退屈はしません。」


「それは僕も同感ですね。偶にひやっとしますけど。」


「そうですね。……私も、そうです。」


ちらり、とライラは庭を見遣る。紫陽花の青い葉が光に照らされて、きらきらと光っている。縁側には将棋盤が置いてあった。


「……ショウギ、ですか。」


規則ルールは御存知ですか?」


「いえ……セネトという盤遊戯ボードゲームはありますが、ショウギの規則は存じません。」


ライラは綺麗に正座すると、将棋の駒を触る。


「やってみたいです。規則を教えて下さいませんか?」


「……構いませんよ。丁度賭博場を出禁にされかけて退屈していたところです。」


「何したんだよ……。」


真理の呟きに、イブキは肩を竦めて答える。


「いや、一度行った時に……賭博場のお金を全て引き摺り出そうと戦略練ってやったら、頼むからもうあんまり来ないでくれと。金なら渡すからと言われましてね。」


「お強いんですね。賭博。」


「褒められた事ではありませんが、賭け事は大好きですよ。」


にっこりと微笑まれたその笑顔を見ながら、ライラは言った。


「それでは規則説明を是非に、宜しくお願い致します。」







次回予告!

ナムルと緑珠のデートが続いたり緑珠を巡る舞台裏を聞かされたり彼女の『私の気持ち』の正体が判明したり伊吹がヤンデレたりと架け橋になるお話!

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