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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第六章 溟海大龍帝国 インテリオール
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 89 漣の音

イブキがするりと緑珠の傍に忍び寄ったり王子と人魚姫の関係が進展したり緑珠が昔のことを回想したりと変わらないお話!

「めっちゃ怖い夢見たんですよ。」


「へぇ。そうなの。」


「また緑珠様の『拷問』に遭う夢で。」


「へぇー。」


「別に僕自身は良かったんですけど。緑珠様に逢えるし。知ってます?夢の中で逢う人って、両想いなんですって。」


「へぇ。そうなの。で、」


緑珠は目の前のイブキを睨みつける。


「アンタなんで私の布団に入ってんの。」


「お早う御座います。」


「お早うっていうタイミングが遅いわよ。」


むっくりと緑珠は身体を起こす。寝起きだからだろうか、若干頭痛がする。あと多分隣で寝ている期待の眼差しが凄い従者のせいでもある気がするのだが。


「……えっと。何で私のお布団に入ってたの。」


「何となくです。」


にこっ、とイブキは微笑む。その笑みが胡散臭いことこの上ない。


「……今度からはちゃんと扉に鍵をかけておきましょう。」


ぼおっと窓から海を見詰める。さざなみの音が心地好い。


「緑珠様、昔から扉に鍵かけませんよね。些か不用心では?」


あぁ、頭がスッキリしてきた。目頭を抑えながら彼女は言った。


「夜中、御手洗に行く前に、必ずと言って良い程扉に頭をぶつけるからよ。痛いったらありゃしない……。」


「それは難儀ですねぇ。して、緑珠様。」


イブキは寝そべりながら、白い布団に横たわる長い、長い黒髪を触る。


「昨日、髪の毛をいてませんよね。」


「あぁ……そうね……梳かなくちゃね……。」


「梳き方も忘れたのに?」


イブキの言葉に、緑珠は恐る恐る振り向く。


「……いやいや、そんな訳無いでしょう……。」


「持ち方もままならないのに?」


そうだ。そう言えば。地上に来てから暫くは自分で梳いていた。が。直ぐにイブキに梳き方を教えたのだ。そうだ。そうだった……。


「で、どうなさいます?」


もうこれ頼む流れじゃないか巫山戯ふざけるな。絶対この流れに持ち込もうとしただろう。


「それが目的?」


「えぇ。」


きらっきらっの笑顔だ。ふう、と緑珠はため息をついて櫛を差し出した。あと守肌白油シアバターも。イブキはそれを不思議そうに受け取った。


「おや緑珠様。これは?」


守肌白油をてのひらに乗せて、緑珠は手に刷り込む。


「守肌白油と呼ばれる物だそうよ。色んな所に使えて便利なんですって。冬場は特に。」


「それって手に使えるんですよね。なのに髪にも使えるとは……世の中は面妖な物が多い……。」


ふふふ、とイブキは嬉しそうに微笑んだ。


「緑珠様は僕が居ないと何も出来なくなっちゃいましたねぇ……。」


「チャント ジリツ シマス……。」


髪の毛を触られるのは悪くない。頭を撫でられている様な錯覚に陥るから。珍しく覚めた目が、またうとうとしてしまう。


「しなくて良いんですよ、自立なんて。僕無しじゃないと何も出来ない様になっちゃえば良いんです。」


微笑みながら、何ともおぞましい事を言うイブキ。緑珠は軽く反論した。


「それは困るからちゃんと自立するわ……。」


何時の間にか髪も括られている。そして何時もの髪飾りも頭に挿されている。


「はい。出来ましたよ。」


「ん。有難う。じゃあお着替えするわね。」


「外で待ってますねぇ。」


ばたん、と扉が閉められるが、まだ微妙に気配がある。衣擦れの音がするからだ。


「……ね?居るんでしょ?」


「居ますよ?」


ならちょっと話でもしてやろうか、と緑珠は寝間着を布団に放り投げながら思った。


「貴方、昨日一日私に会えなかったの反動来てない?」


「来てますねぇ。」


ブラウスの釦を直ぐに止めて、青いベストに腕を通すと金の留め具をぱちん、と止めていく。


「何か良い匂いしたけど。」


「朝鍛錬した時に、汗をかいたのでお風呂に入ったんですよ。」


「成程ねぇ。」


さて、何時も通りに刀も腰に差した。……あぁいや、朝食を食べるのに必要無いか?


「朝風呂って疲れるって聞いたけど、其処の所どうなの?」


「いやぁ……僕自身はあまり感じたことないですね……。」


髪を整える。うん。やっぱり刀は持っていこう。自衛するのには、肌身離さず持っていることが必要だ。緑珠はドアノブに手をかけた。


「はい。準備出来たわ。」


「自分で御洋服着れる様になったんですね。」


若干茶化す様な言い方も混じっているが、幾ら苛立っても反論は出来ない。事実だったのだ。


「き、着れる様になったもん……。」


「緑珠様、地上に来た時は『釦の掛け違え』っていう言葉も御存知では無かっ」


「うー!るー!さー!いー!」


「朝っぱらからどうしたの?」


ぽかぽかとイブキを叩く緑珠に、真理は不思議そうに二人を見遣る。


「ちゃんりぃ……イブキが茶化してくるの……。」


「此奴は基本こういう奴だから気にしなくて良いよ。」


よしよしと緑珠の頭を撫でる真理。


「あぁん?言いましたねポンコツ創造神?」


「言ったよ糞餓鬼。」


まるで獣の様に唸る二人に、緑珠は割って入る。


「あーもうほら!喧嘩しません!良い歳した大人が……。」


「男の喧嘩ってモノは止まらないんですよ緑珠様。」


「そうだよ緑珠。相手がくたばるまで絶対に止まらないから。」


緑珠は二人の腕を掴んで、呆れながら言った。


「あっそ。それ以上続けるのなら……。」


泣くんだろうなという思考が若干イブキの脳裏に過ぎった。が。この人を誰だと思っている?無茶振り専門家の蓬莱緑珠だぞ?


「イブキは一番嫌な思い出暴露してあげる。」


「えっ。」


「真理は足の小指一日中踏んであげるわ。」


「えっ。」


二人はかちんこちんに固まる。それを見計らって緑珠は言った。


「やられたくなきゃ大人しくする事ね。」


「……何か、緑珠様。最近『拷問』たるは何か分かってきてません……?」


イブキの方向を向いて、緑珠はにこっ、と微笑んだ。


「昔ね。『始末書を女子に書かせない様にする部下の躾』っていう本を読んだから……。」


「その節はどうもすみませんでした!」


「というかそんな本あるんだ……。」


ばっ、と綺麗に身体を曲げたイブキを見ながら、真理はぽそりと心中を晒す。よし。荷物も全て持った。居間リビングへ行こう。


「お早う御座います、エルフィ……あれ?エルフィア様は?」


真理は魔力の残滓ざんしを辿る。どうやら面白い事が起こったらしい。


「あー……才蔵君が逃げちゃったみたい。あの子、大の猫嫌いだから。先に朝食食べててって。」


「あら、大の猫嫌いって……どうして?」


椅子を引いて熱々の焼麺麭トーストに、黄油バターを塗る。これが溶けゆくのを見るのが緑珠の最近の楽しみだ。


「あの子、御稜威帝国から修行でこっちに来てるんだよ。で、その時に木天蓼マタタビ畑を通っちゃってさ。猫に追いかけられて、それでトラウマらしい。」


「木天蓼畑って何ですか。そんな物あるんですか。」


緑珠はイブキの手にある、苺果醤イチゴジャムと黄油が塗られた焼麺麭を見詰める。


「い、いぶき、それ、は……!」


「美味ですよ。塗ります?」


恐る恐る苺果醤を垂らして、そしてかぶりつく。感想なんて、言わずもがな。


「お、おいしいっ……!」


因みに、とイブキは指を立てて何処か誇らしげに続ける。


「此処に黄油と小豆を乗せようものなら、もうそれはそれは……。」


「そ、それ、食べたいっ……!帰ったら作って!」


緑珠は嬉しそうに叫ぶと、真理が微笑みながら果物を食べる。


「あれ太るよー。美味しすぎて。」


「えぇー!?そんな事言われたら、余計食べたくなっちゃう……。」


美味しそうだと緑珠がきらきらと目を輝かせた瞬間に、荒々しく扉は開かれる。


「はーっ、はーっ……すみまっ、せん、ふう、朝から、居なっ、いとは、とんだ、御無礼を……。」


エルフィアは肩で息をしながら、才蔵を片手で掴んでいる。正しく言うと、摘んでいる。


「お気になさらずに、エルフィア様。才蔵が捕まって何よりです。」


緑珠は微笑みながらそう言うと、半泣きになっている才蔵を見詰める。


「大丈夫、才蔵?」


「ねこ……ねこが……ねこはそこにいます……ねこです……よろしくおねがいします……。」


「才蔵君、それ違う奴だよ。」


若干魘されていたが、直ぐに才蔵はぱちっ、と目を開けた。


「はっ……。あぁ、死ぬかと……。」


エルフィアは才蔵を下ろすと、席に座る直前に、三人は朝食を食べ終わっていた。


「今日お帰りになられるのですよね。調印が終わり次第。」


「そうだよ、エルフィア。」


一通りの用意を終えた緑珠達は、椅子に座っているエルフィアに告げられる。


「健闘を祈ります。貴方々(あなたがた)の旅路に光があらんことを。」


「ばいばいでござる!」


エルフィアと才蔵の見送りに、緑珠は応えた。


「此方こそ有難う御座いました。頑張りますね。」


「海の大魔女様、有難う御座いました。」


「それじゃあね、エルフィア。」


緑珠とイブキが行ったあと。扉を閉めようとする真理に、エルフィアは声をかけた。


「真理。この旅が終わって……少ししたら。話すのですか。『あの子』の事を。」


ふんわりとした春の空気の中、真理は一つ呟く。


「……そうだね。『マクスウェルの悪魔』の話をするのも、悪くない。」


「しなくてはならぬのですよ。」


真理は扉を閉めて、そして外で、暖かい世界で一言。


「……そうだね。」







「お前達!」


浜辺に着いた緑珠が叫ぶ前に、声が響いた。


「あら、アルメハ王子。」


「何が『あら』だ!会いに来いよ!依頼金!王子に持ってこさせたんだぞ!」


ぜー、ぜー、とアルメハは肩で息をしながら緑珠に金を差し出した。今日は肩で息をする人が多いことである。


「……あー……。」


「何が『あー』だ!……全く。」


どうやら癇癪を抑えてくれた様だ、おずおずと緑珠は金を受け取る。


「……うん。私は特に頑張ってないから、イブキと真理で半分こして、二人で好きな事に使って頂戴。」


それを聞いて、イブキと真理は顔を見合わせる。ふふん、と自慢げにアルメハは笑う。


「どうせお前の事だろう、何かまた無茶したな?生き急ぎするヤツめ。」


良いか、とアルメハはびしっ、と緑珠に指を突き出した。


「生き急ぎは良くないぞ。お前なんか一人で居たら勝手に死にそうだしな。ま、精々肩の力を抜いて生きることだ。」


「……貴方、人が変わったみたいな事を言うのね?」


首を傾げて訝しげな緑珠に、自信に満ちた表情のまま続ける。


「ボクは変わったんだよ。変わる事にしたんだ。」


緑珠はその表情に一瞬度肝を抜かれたが、直ぐに胸元の首飾りへと目がいく。


「ねぇ、その首飾り……姫のモノじゃ……。」


「そうだぞ。姫のモノだ。」


アルメハは海を見つめながら、話を続ける。


「借り受ける事にしたんだ。ボクが魔法をきちんと習得して、また彼女に逢いに行く。で、彼女はまたボクに首飾りを渡してくれる。」


ただじっ、と緑珠はアルメハを見詰めている。過去を恨むことは止めた筈なのに。それでも、今なお。


「……済まない。足を止めてしまったな。さぁ、行ってくれ。彼女に宜しく頼んだ。」


海に照り付ける太陽と、それよりもずっとずっと、煌めいた笑顔で、彼は。


「汝らの旅路に、幸多からんことを!」








次回予告!

イブキのとんでもない能力が明らかになったり海溝で緑珠が叫びまくったりリヴァイアサンに会ったりとインテリオール編最終話!

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