警告
「──ネメシスを、救う。メルデスは、本気で、言って、いるのか」
「それは眠っているメルデス兄さんに聞いておくれ。ここにはそう言う風に書いてあるんだから」
カツカツ、と白い指が紙を叩く。大公の口元はそれが真実だ、と固く結ばれている。だが同時に、それ以上の事は話さないと示しているのも事実だった。
いっそそれを奪い取って全てを知ってしまいたい──そんな衝動をオルガナはグッと堪える。
「ネメシスの連中をどうにかしたい──メルデスがそう託したという事は受け止めよう。だが、どうしろと言うんだ。現状の俺達に出来る事があるのか」
それ以上に、と、レンは間髪を入れずに続ける。
「俺達にはそれをする余裕もメリットも無い。いくらメルデスの願いであったとしても」
「いや、どうかな? 僕はメルデス兄さんの考えに賛成さ」
アラン公は椅子に深く腰掛け、微笑混じりに遮った。その視線は既に何かを見据えている。
物言いたげなオルガナやセギも固唾を呑んだ。
この男は信頼に値しない。その共通認識を持つ彼らだが、アランが纏うオーラやその仕草、話術に友人を重ねずにはいられなかった。
「UNAに忍ばせた密偵によると、ネメシスに居たメンバーの内、三人が死亡扱いになっている」
そう言って、アランは枝のような指を三本立てた。
「一人目は、狙撃手のライラ。二人目は、医師の利根利光……」
レンがその名に僅かな反応を見せた。アランの視線がチラリとレンを見遣る。
「そして、残る一人はリーダーにしてメルデスの元相棒──菅谷雄吾」
「なっ……アレが死んだ? 公的機関のネメシスに対してUNAがそんな事……普通なら!」
「そう、普通なら有り得ない。秘密裏に作られているとはいえそんな横暴が許されてしまえば国連としての体裁は丸潰れだ。故に三名共に“ミュートロギアとの戦闘による殉職”という体になっているよ」
セギの反応も全て織り込み済みだったかのようにサラリと受け流す。折った指をゆっくりと解きつつ、アランはメルデスの手紙に視線を戻した。
「貴殿は、先程、死亡扱いと、言った。つまりは──」
「ああ。密偵の情報から確かに言えるのは、少なくとも菅谷雄吾は生きている可能性がある、という事だよ。そしてさらに言えば、メルデス兄さんはこうなる事を予期していた。いや、寧ろ……」
「──こうなる様に仕向けた?」
驚愕の表情のまま、セギはひとつの結論にたどり着く。
「流石、メルデス兄さんがミュートロギアを託すだけある。正解さ。菅谷が暴走する事も、その上で自分を始末しようとすることも、菊川を利用することも……何もかも織り込み済みであの場所に行ったのさ」
各々の脳裏に金色の髪が揺れる。
「全てを、救う、など、不可能だ。それに、あの菅谷を、我々が、どうにか、できる、とは、思えない」
「おや、諦めてしまうのかい。友達の頼みなのに」
「──っ!」
オルガナの鋭いオーラとアランの挑発的な視線が交差した。レンが彼女の服の裾を引く。辛うじて踏みとどまったその姿に、側近のアレンは剣の柄から指をそっと離した。
「勿論、僕らも手伝うさ。個人的に菅谷という男に興味があるし、彼に聞けばUNAについても何かわかるかもしれない」
「陛下、お言葉ですが菅谷雄悟は危険人物です。陛下の身にもしもの事が……」
「分かっているよ、アレン。だから僕らと言っただろう。君にも手を貸してもらう」
初耳だ、というようにアレンの双眸が大きく見開かれた。そして、ミュートロギアの面々を順に見つめる。
「そんな顔をするんじゃないよ、アレン。じゃないと僕が一肌脱ぐことになる。若しかすると、奴と一戦まじえるかもしれない」
やってくれるね、と念を押すアランの笑みに言葉をつまらせた彼は腰にぶら下げた剣を鳴らして姿勢を正した。
肯定と受け取った大公は満足そうにセギやオルガナ達に向き直る。
「じゃ、菅谷のことは後ほど作戦を伝えよう。まずは人を集めて欲しい。隠密行動と索敵に長けている方がいい」
「分かりました。それはボクの方で手配します」
「君なら安心だよ、セギ」
オルガナはアランがセギに向けた微笑に寒気を覚える。他人を扱う事に長けた者のするそれだった。一国の主だから、という理由のみでは片付け難い、まるで喉の奥に異物がつかえたような感覚に眉を顰める。
ふと横を見遣れば、弟もまた同じような表情をしていた。
オルガナの座る椅子に、微かな振動が伝わってきた。
「(とりあえず今は信用するしかないだろう)」
その視線を感じたレンが指先で彼女の椅子を叩く。不規則なそのリズムはモールス信号のように言葉を伝えた。
オルガナも机の下でそれに応じる。
「(気味が悪い。全てを見え透いたような……)」
「(実際のところそうだろう。だが、メルデスが奴を頼ったのも事実だ。メルデスを信じるなら従う他ない)」
無言のやり取りはそこで途絶える。不服ながらもオルガナが納得したらしい。長い脚を組み直し、目の前の二人を黒いあて布越しに睨みつける。
「そろそろ大事な話を始めようか」
薄暗い部屋を灯すのはきらびやかなシャンデリヤ。セギはそれを仰ぐ。部屋の中心であるそれは目の前にいる男に重なった。その様はやはり、メルデスに似ていた。
いいや、違うと首を振る。その自信に満ちた笑みも、堂々たる口調も、全てはメルデスの模造品──
「さてと。そろそろ効いてきたんじゃないかな」
アランの視線は既に先を見据えていた。重厚な扉、其の気配に気付いたオルガナとレンは身構える。
その身を滑らせて入室した姿にセギは唖然とした。
「こだま……?」
「私に何をした!」
サラサラの杏色の髪は乱れ、子犬のような双眸の下にはドス黒い隈。普段は鈴が鳴るような少女の声は震え、低く呻いた。
「お前は、こだまじゃないな……終焉の鬼」
苦しむ姿に今すぐ駆け寄りたい、元凶であろう背後の客人を問い詰めたい──そんな気持ちを押さえつけてレンは訊ねる。彼は以前に目の前のモノの気配と相対した記憶があった。
メルデスと二人きりの指揮官室、真夜中だというのにその気配をまとった華奢な少女は狡猾に話し始めた……忘れる筈がない。
「安心したまえよ、終焉。宿主に危害は加えていない、苦しいのは君だけさ」
「おの……れ!」
可憐な少女の姿をしたそれは胸元を掻き毟り激昂する。
眉間を寄せたオルガナは思わず動き出そうとしたが、双子の片割れはそれを止めた。
「何が、どうなって、いる」
「我が家に代々伝わる秘宝の力さ。その加護を彼女に少し喰わせたんだ」
「小癪な……!」
「元々シャーマンを起源に持つ我が一族は人ならざるものに憑かれやすくてね。悪魔の様な存在から僕達を守ってくれている」
「その程度の下等な存在と私を一緒にするな……! この、程度ッ」
普段のこだまからは想像も出来ないような言葉に、セギやオルガナ、レンは乾いた唾を飲んだ。
「未だ完全にこの娘に寄生出来ていない君には辛いだろうね。下ろしかけた根を引き裂かれているのだから」
がたん、と椅子を引いたアランは少女へ歩み寄る。無論、アレンもそれに続く。ほくそ笑む彼の胸元の石が薄く翠色に発光していた。ハレスト家の家紋が刻まれたそれはアレキサンドライトと呼ばれる希少な鉱石。当主に受け継がれてきた大公──即ち、王の証である。
「驚かせてしまってすまないね、三人共。君たちが今まで終焉の鬼をどう思っていたかは知らないが、メルデス兄さんはずっと警戒していた」
アランを睨むこだまは平伏すように赤い絨毯を這い蹲った。ジリジリと後退する。その瞳には若干の怯えが見える。
「この程度の異能で私を御せるとでも思うのかッ」
「不可能なのは理解している。だが、不完全な今ならばこのくらいは可能」
ほとんど無言を貫いてきた騎士、アレンがこだまを見下ろした。
彼の握る剣にもまた、アランほどの大きさは無いものの同じ石が埋め込まれている。その輝きはこだまの姿をした終焉の鬼に近づく程に変色した。その鋒が遂に彼女の眉間に向けられる。
「これは警告だ、終焉の鬼──この依代が盾になると思っているのだろうが僕らにはそうはいかないよ」
「私が散々、人間に協力しているのを知らないのかッ」
「それもこれも全ては自分の為……メルデス兄さんはそう見込んでいるがどうかな? 何より、この厄災を招き始祖の鬼に枷を掛けたのは紛れもない君では?」
アランは双子の弟の背後から、ゆっくりと彼女を追い詰めていく。それはまるで狩人のように。こだまの身体はゆらりと立ち上がったが顔色は芳しくない。寧ろ、玉のような汗が白い額に滲んでいる。
「ま、待て! 俺たちに説明しろ。何がどうなって……」
「僕達が彼女をどうするか。それは彼女に懸かっている」
冷徹な瞳はレンが差し出そうとした手をピシャリと叩く。
「問うよ、終焉の鬼──君のその協力とやらは茶番か、この宿主に対する精一杯の誠意か。僕らエルドレアは君をその宿主ごと拘束する用意が有る」
「お前達の知った事では無い……! 私に干渉するな! がっ、かはっ」
突如、蹲る様に崩れる華奢な肢体。浅い息で乾いた唇から吐瀉物がこぼれる。そして、全身をけいれんさせながらその瞳を閉じた。
冷酷な紳士は大きなため息をついた。
「……時間切れか。これ以上は彼女の体がもたない」
彼がそう呟く。双子がもつ宝石の輝きはそれに応じたように薄れていった。
残されたのは死人のような顔色の少女とそれを何とも言えないような複雑な面持ちで凝視する三人の大人達。
「これは僕の独断でやった事だ。メルデス兄さんを責めないで欲しい。だが、君達はそろそろ自覚すべき時でもある──彼女の中に潜んでいる終焉の意味を」
「あれは、一体、何だ」
「終焉そのものだよ、オルガナ。これ迄はこだまの強い意志があれに勝っていたけれどいつまでもそうはいかないだろう」
蒼い瞳を細めてアランは答えた。背後のアレンは剣を鞘へと仕舞う。
「終焉は救世のメシアでも何でもない。そうは言っても、実際のところ彼女が何なのかは明言できないけれどね」
こつ、こつ、とブーツを低く鳴らした彼はこだまに近づき、片膝をついた。その杏子色の前髪をさらりと撫でる。どこか憐れむような其の眼差しを、オルガナやレンは知っていた。
「今後、彼女からは一切目を離してはいけないよ。いいね。でないと、このまま本国へ連れて帰って幽閉するという選択肢しか残されていないからね」
アランは背後の三人を振り返った。いいね? ともう一度訊ねる。
狐につままれた様な顔をした彼らの反応が少し遅れる。無理もない。レンは兎も角として、オルガナやセギにとっては終焉の鬼は今回の騒動の鍵であり、また、こだまに助力する存在だったのだから。こだまへの助力はまた、ミュートロギアへの助力でもあり、メルデスという大きな存在を失った今では彼らの心の支えでもあった。
アランもこの反応は予期していたのだろう。短く息を漏らして三人に向き直る。だが、彼には切り札があった。いや、切り札というよりは確信に近いだろうか。
「無理にそうしないのは、何を隠そうメルデス兄さんとこの娘のためさ。その意味は君たちが一番よくわかっているだろう?」
「ああ。言われなくても解る」
「ボクもだよ、アラン大公」
「私も、だ」
結構、と満足気に頷いたアランは自らのローブを脱いでこだまにかけてやった。同時に、レンに目配せをする。レンだけでなく、オルガナやセギも駆け寄った。
その間に大公はテーブルに戻りメルデスからの手紙を胸に仕舞う。勿論、双子の片割れもそれに続いた。
「荒々しいことをして済まなかったね。目覚めた暁にはその子にも謝っておいてくれたまえ。僕らはそろそろ此処でお暇させてもらうよ」
こだまの脈や呼吸を確認したレンが面を上げる。
「こだまには何と警告すればいい」
余所行きの帽子を頭に乗せた彼は少し考えるように天井を見た。
「そうだね……姉の事を彼女にあまり話すな、とだけ伝えておいてくれるかな。きっと、こだまは今の事を覚えていないだろうし、警戒しろと言っても無理があるだろうからね」
「天雨美姫の事……?」
「さぁ、また近いうちに会うことになるだろうけど、それ迄おさらばだよ諸君。君たちに幸運がありますように」
新たに不可解な事を口にしたアランに惚けた顔を晒したのはセギだった。しかし、そんな事は歯牙にもかけない彼は双子の弟を引き連れて三人の間をすり抜けていく。
嵐のように訪れた彼は、或る意味、色々な爪痕を残していったに違いない。
「食えん、男だ」
彼とその従者が去った後。オルガナはポツリと呟いた。
久しぶりに投稿したのに短めで申し訳ないです。
大学生活が多忙であり、また、最近体調が芳しくないため執筆も思うように進んでおりませんが、更新自体はこれからも続けてまいりますので、ご贔屓のほどよろしくお願い致します。




