大公とメルデス
衣擦れの音が静かな廊下に微かに漂う。履き古したスニーカー、白地に緑のラインが入ったジャージ、それと合わせたかのような白いニット帽。いかにも寒さの苦手そうな風体の少年が早朝のミュートロギアの施設内を歩いていた。
朧気な影が彼を追いかける。
この階は単身の団員が利用する居住区を抱えている。よってこのような時間帯は静寂が保たれており、神威も彼らを起こすことがないように細心の注意を払っていた。
「あ……」
そんな彼は思いがけない相手にかち合った。同じ施設で生活する故に顔を見る事はあった。だが、こうして面と向き合うのは酷く久しい。彼女は丁度今部屋を出たばかりで、目を丸くしている。
「あ、えっと……」
白い絹肌にほんのり桜色の頬。特徴的な杏色の頭の上には白いリボンがウサギの様。全てがミニチュアサイズだが整った顔立ちは人形の様。豆鉄砲を食らわされた鳩のような面持ちで静止している。神威は足を止めた。言葉を交わすのも、年末以来。
しぃん、と音がしそうな両者の間。こだまの胸もバクバクと不自然な拍動を始める。レンに言われた事を心の中で諳んじる。いつも通り、いつも通り……十回ほど其れを繰り返した。
「おはよう、カムイくん!」
「え、あ……おはよう御座います」
「どこ行くの?」
自分から何か言わねば、何と言おうか、と逡巡していた神威は狼狽した。そうだ、自分がいつも通りで良いと言ったのだ。其れに納得する迄に時間を要した。長い睫毛を上げたり下げたりしている神威を見詰めたこだまは唇に弧を描いた。
「助けてくれて、ありがとう。それから、ごめんね。あの時何も言えなくって。私は嬉しかったんだと思うの。私って、きっと幸せ者なんだね」
薄紅色を軽く噛み、首を傾げた。杏色の髪がはらりと肩から滑る。
「こだま先輩が嬉しかったのなら、ボクも嬉しいです。アナタが幸せならば、ボクも……」
「本当に幸せ?」
「はい」
先回りされた台詞に間髪入れずに頷いた。こだまは「そっか」と足先を見つめる。前髪の隙間から覗く目が後ろめたそうに見えた。神威はその視線の先に自分が居ないのを知っている。それでも今は幸せだった。こうして再び彼女と話が出来る事、彼の視界の中で彼女が生きているという事、そして何より、今此処に居るのは二人だけだという事。
「ボクは今からタツヤの朝練を手伝いに行きます」
一緒にどうですか、と続けたが、こだまは首を縦に振らなかった。
「私はメルデスに『おはよう』って言いに行くんだ」
ごめんね、と控えめに笑った。そう言えば一昨日の夜頃だったか。神威の耳にもメルデスが無菌室を出た話が届いていた。
それなら無理強い出来ない。落胆を悟られぬように目尻を下げた。普段使わない筋肉はすぐに痙攣し、疲労する。気づけばこだまの丸い目が顔を覗き込んでいた。訝しむ目付きにドキリとする。
「カムイくん、いつもそうやって笑ってた?」
「え、いや……あまり、笑わない」
「ううん。カムイくん、もっといい顔で笑ってるよ。私知ってるよ」
面食らった彼は何も言えなかった。達哉が以前言っていた魔性の女が脳裏を過ぎる。胸の隅が燻って焦げ臭い。彼女の台詞に他意が無い事は分かっていても。狡い、と心の中で唇を尖らせた。
じゃあね、と杏色のポニーテールが揺れた。華奢な背中が遠ざかる。神威がついさっき歩いていた道をなぞるように。
暫くの間、彼はそれをじっと見ていた。
「告ってしまった方が楽だってタツヤは言ったけど……全くそんなこと無い。ボクはいずれここに居られなくなるかも知れないのに。それならいっそ、憧れの人のままで良かったのに」
人気のない廊下。神威の掠れた独言はすぅ、と白銀の廊下に吸い込まれる。硬く握りしめていた拳をやっと開き、訓練場へと足を向けた。
彼は未だ知らない──これが禁断の恋だった事を。
「神威、おせーぞ!」
「ごめん」
額に薄らと汗を浮かべた達哉が彼の姿を認めて歩み寄った。その手には腕の長さ程の棒切れが握られている。彼はそれを事も無さげに持っているが、実はタングステン製。見かけ以上に重い。本当は技術部の資材置き場にある物だが、それを彼は素振りに使う。
タンクトップを捲し上げて汗を拭くと、美しく割れた腹筋が顕になった。
「千鶴先輩は?」
「パイセンは奥で瞑想中」
神威は途中で食堂に寄り、ボトルに水を汲んできていた。投げて寄越す。手が空いた彼は自身も身支度を始めた。昨日やっと納得のいく状態にまで改造を終えたグロックとパイソンに弾を込める。
「いよいよ明後日だね」
「おう。さっさとアキト連れ戻してくるぜ」
その名を口にしてから、達哉は不味かった事に気付いた。神威の手がピタリと止まっている。わかりやすい奴、と笑いたくなったがこれ以上機嫌を損ねるのは愚策だ。
「ねぇ、何でこだま先輩はアキトなんだろ」
「どうした神威、欲が出てきた?」
「五月蝿い」
流石に苦笑せざるを得なかった。そして、達哉もまた疑問に思っている。きっと両者の間には何か明らかな違いがある。見かけや年齢では無い、こだまにしか分からないようなもっと別の所に。
「焦るなって。愛ってのはなぁ、ゆーっくり育むもんなんだぜ?」
「あんたがよう言うわ」
態とらしい大きな手振りで語り始めた達哉だったが、辛辣なツッコミを浴びせかけつつ背後を横切った黒装束の若い女。どう意味っすか、と言った彼に冷ややかな視線を送る。
「こんなんに恋愛相談してもアカンで。お姉さんが恋愛相談のっちゃろ」
「え、いや……」
「遠慮せんでええで。というか、聞きたい。聞かせて。先輩命令で」
「パイセン大胆」
押しの強い、いや強すぎる千鶴。彼女もまた歳相応である。神威の目の前にしゃがみ込む。お下げの髪も相まってか、それはさも下級生を脅す番長の装い。
「朝練……」
「いやいや、お姉さんは気になって夜も眠れず昼寝しとんねん。って、これは冗談やけどさ、こんな気がかり残したまんま任務行けへんやろ? な?」
な? と言われても困る。しかし一度こうなると千鶴が引くことは無いのも知っていた。達哉もそれに便乗しようとしているらしく、背後でニヤニヤとしている。
「こだまちゃんのどこが良かったん? 可愛いから? まぁせやろなぁ、顔ちっちゃいし目もくりくりしとるし、これぞ正しく美少女やもんなぁ」
神威はまだ一言も発していないにも関わらず口が回る回る。黙りを決め込もうとしていたが彼女の中で事実がねじ曲げられるかもしれない事態に気付いたらしい。
大きなため息に乗せて白状し始める。
「あの人はボクの天使です」
「ひゃああああ! 言われてみたいわそんなん! ロマンチック!」
「パイセン、うるさいっす」
サラリと言ってのけた神威も神威だが、千鶴の反応も大袈裟である。人気の無い時間でよかった、と男二人は心底思う。
「あの人の笑顔にボクは救われた。だから、次はボクが救う番だ」
「ポエッティやなぁ」
憎い奴めー、と神威の頭をわしゃわしゃし始めた千鶴。彼はされるがままである。
しかし、これが彼の本音なのだから仕方がない。
階を二つほど降りたこだま。上階と比べ妙に慌ただしい。
オルガナの早起きはいつもの通りだが、目の下に隈のあるセギや他の大人達も歩き回っていた。その間をすり抜けるように歩くこだまには目もくれない。
首を傾げつつ、彼女は木製の重厚な扉へたどり着いた。体重を掛けると、ギシ……と蝶番の軋む音がする。少しひんやりとした空気が漏れ出てきた。
薄暗い部屋の奥には鈍色の振り子を持つ大時計。鳶色の絨毯、大きな会議用の机に、黒いデスクセット。そこに、何時も笑いかけてくれた彼は居ない。
するりと身を滑り込ませ、彼女は奥の扉へ一直線に向かう。新しいドアノブがついている。そう言えば、秋に自分が壊したのだと思い出した。岸野の手解きを受けながら自力で直したのだが、お陰で少し歪みが残っている。しかし、彼はそれさえも笑って許してくれた。
胸元からキラリと光るロケットを取り出して、キュッと握りしめる。意を決して扉を引いた。
「入るよ」
奥の部屋は彼の寝室だった。以前には無かった複雑で仰々しい機械達を尻目に枕元へと向かう。
「おはよ、メルデス」
鈴が鳴る様な声が眠っている男に朝を告げた。しかし彼の瞼が開くことは無い。彼から伸びた沢山の管が機械と繋がっている。何度見ても胸が傷んだ。
金色のサラサラとした短い髪をひと撫でしたこだまは椅子を引っ張って来て腰掛ける。ほら見て、とポケットから取り出したのは赤い鶴だった。メルデスの枕元にある棚には既に先客があったが、それに寄り添わせる様にそっと置く。
「レンみたいに上手には折れないや」
えへへ、とだらし無く笑った。
「さっきね、久し振りにカムイくんと話したんだよ。カムイくん、変なの。何だか前のカムイくんとは違うみたいで」
一人語りを続ける彼女はずっと彼の顔を見続けていた。歳より幼く見える、少年のような顔。初めて会った時とあまり変わっていない。
「そうだ、タツヤとちづ姉が岸野とアキトを助けに行ってくれるんだって。きっと、タツヤとちづ姉なら大丈夫だよね。アキトには早くチキンとケーキ食べさせてもらわないといけないもん」
イチゴのケーキがいいなぁ、と足をパタパタさせている。何となく、メルデスが頷いてくれているような気がした。
「それにね、江口せんせーとか、佐和山せんせーもここに残るんだって! 江口せんせー優しいから私好きなんだー。それとね、グレンが言ってたんだけど昨日の夜にどこかの国の王様がここに来たんだって」
凄いでしょ! と事情を知らないこだまは誇らしげに笑った。王様や王子様といった類の存在は彼女にとっては未だに絵本の中の存在なのである。
その時、コツコツ、と硬い音が響いた。さっき入ってきた扉の方からだった。レンだろうか……とこだまは話すのをやめた。機械で見えないが、確かに蝶番が軋む音がした。彼女の直感がレンではないと叫ぶ。この足音を彼女は聞き覚えがなかった。身構える。
「やぁ、初めまして」
ぬぅ、と姿を見せたのは男だった。こだまは息を飲んだ。己の目を疑う。面食らう彼女に、彼は笑いかけた。その瞳の色は美しいエメラルド。
恐る恐る振り返る。相変わらず、そこには眠り続けるメルデスが居る。もう一度その男を見る。しかし、彼もまた相変わらずそこに立っている。
こだまは、乾いた口をようやく開けた。
「める……です?」
「君が話で聞いていたこだま=アプリコットだね?」
声もまた、彼女を驚愕させた。心臓が大きく波打つ。
──怖い。素直にそう感じた。自分の目も耳もおかしくなってしまったのかもしれない。彼を焦がれるせいで、こんな幻覚や幻聴まで現れたのかと。
さらに、その男の後ろから同じ顔をした男が姿を見せた。
「誰……」
こだまは既にパニック寸前だった。メルデスにそっくりな人物が突然二人も現れたのだから。
「貴様、無礼であるぞ」
「こら、アレン。彼女はあのメルデス兄さんの小さなお姫様だ。今後も咎める必要は無い。いいね」
後ろの男が一歩出ようとしたのを制した彼。よく見てみれば、メルデスとは違うところが沢山ある。
先ず、髪の色。サラサラとした質感は似ているが、目の前のふたりは共に青い。更に、後ろの彼は口元、手前の彼は左目の端にホクロがある。服装も、白と黒でまとめたスーツではなく──それこそ彼女が絵本で見た王様とそれを守る騎士の様だった。
「驚かせてしまって済まない。私はエルドレア公国を治めるアラン=ハレストだ。メルデスの又従弟だよ。後ろのはアレン。騎士長で私の弟だ」
「またいとこ……メルデスを知ってるの?」
アランと名乗る男はそっと近づいてきて、目線を合わせた。
又従兄とはつまり、親が従兄弟関係にあるということ。しかし、こだまはその言葉を知らずに繰り返した。だが、それも織り込み済みだったらしい。
「メルデスも私達王族の血を継いでいる。私とアレンにとって、彼は兄のような存在だ」
アレンと呼ばれる彼が椅子をもうひとつ持ってきてアランの背後に置いた。こだまを軽く睨む。ああ言われたものの警戒心は解いていないらしい。
「メルデスに頼まれたのさ、君達を助けて欲しいってね」
「陛下! そんな所にいた、らっしゃったのですか!」
敬語など彼らしくない。自身も違和感が有るらしく噛みながら駆け込んできた。緑色の頭、その額には大きなゴーグル。セギだった。
「あれだけ勝手な事はしないで下さいと……!」
「済まないね、時差ボケで目が冴えてしまったんだよ」
ははは、と悪びれる様子が微塵もない。セギはやり場のない怒りと呆れに大きな溜息をついたが、アレン──騎士の格好をした男──の鋭い視線に姿勢を正した。
「さて、セギ君。早速みんなと話をさせてくれ給え。迷惑かな?」
「みんな、とは」
「そうだねぇ。メルデス兄さんの信頼が厚い面々は全員集めてくれるかい。ある程度は彼から聞いているけど、実際に会って話をしたい」
「今すぐ、ですか」
「公務そっちのけでここに来ているのだよ。あまり長居は出来ないし、した所で君達の邪魔になる、そうだろう?」
反論は許されない。セギはそれを重々承知している。げっそりした顔に降参を滲ませた。レンやオルガナあたりが嫌そうな顔を浮かべるのが目に見える。
満足そうに頷いたアラン大公はくるりと振り返った。そこには怯えた目をした少女が居る。深い眠りに就いたメルデスの手に重ねた小さな手を見て苦笑した。
「君も是非、その場に居てくれ」
「私も?」
そうさ、とメルデスそっくりの笑い方で手を差し出した。紳士的な手つきもまたよく似ていた。
□◆□
「メルデスに自己中とマイペースを掛け合わしたらああなるのか」
「口を、慎め、レン。今は、我慢だ」
早朝、隔離治療中患者の診察に忙しいレン。VIPルームに通されたその顔は不機嫌極まりない。眉間の皺が一段と深くなっている。引き攣る口元。疲れきったセギの表情に同情してここまで来たが、案の定の反応を示した。珍しくオルガナが宥める側に回っていた。
メルデスにそっくりな容姿に一瞬戸惑ったが、彼ならばこんなに横着な事はしない。幾ら高貴な来客とは言え目に余るものがあった。
アラン大公は上品に口元を拭きつつ、手先をその脇に向ける。
「ああ、君たちがあの双子だね。そっちに掛けたまえよ。朝食がまだならプリンセスと一緒にどうかな」
その目の前にはパンとスープと紅茶が注がれた来賓用のカップ。そして、食べやすくカットされた林檎。そして、隣には同じメニューを食い散らかす杏色の髪の少女。それはもうほとんど空になっている。
よく食べるねぇ、とにこやかなアラン。しかし、険悪なムードを感じ取ったのか、少しの間席を外すようにこだまに言った。
「また呼ぶよ」
「あ、うん! ごちそーさま!」
レンとオルガナの間をすり抜けるように出て行く。
「いい子だね、こだまちゃんは。彼が気に入るのも分かる気がするよ」
「妙な事吹き込んでないだろうな」
「まさか。メルデスが一番望まないことだろう。だからそんな事はしないさ」
メルデスによく似たエメラルドグリーンの瞳を細め、当たり前だろう、と微笑んだ。気味が悪い、というのがレンの率直な感想だった。
その傍らで沈黙を保つ同じ顔は視線で、遅れて入ってきた二人に座る様に促した。それもまた彼らを苛立たせる。
「レン、ごめんねぇ。ボクにはもう手に負えない」
「セギこそ、その顔……寝て無いだろ。ったく、何でメルデスはあんなのに頼れと」
既にセギはパソコンを開いて待機していた。目を赤く充血させ、顔色も悪い。レンはその肩を軽く揉みつつ「後で医務室に来い」と耳元で囁いた。
両者の溝が更に深まった事に気が付かないのか、席に着いたメンツを見回して満足気に頷いた。
「朝早くから済まないね、諸君。改めて自己紹介をしておこう。僕がエルドレア公国を治めるアラン=ハレストだ。そして、こっちが弟で騎士長のアレン」
「そういうのはいい。手短にして貰えるか」
「うんうん、聞いていた通りだね。君達二人は特に気が短い」
君達、が指すのは無論レンとオルガナである。アレン、アラン。そして、オルガナ、レン、セギがそれぞれ向かい合うように配置された長机をシャンデリアが照らす。
レンの物言いに立ち上がろうとしたアレンを止めたアランは笑顔を絶やさない。
「なら単刀直入に言おう。僕は、メルデス兄さんに君達にもある程度の説明をしてくれと頼まれている」
ルビー色に光る紅茶に口をつけ、ひと呼吸おいた。そして、懐から出した紙を広げる。それは手紙のようであった。メルデスとは違って目が良いらしく、そのまま読み始めた。
「まずは、彼からの謝罪。特にレン君、君にはどう転んでも怒りを買うことになるだろうと書いてある。兄さんは今回、命を落とす可能性も視野に入れていたようだ」
「知ってる」
「そうかい。じゃあ、そうした理由は?」
アランはレン達を試すように問を投げかけ、自身はデザートの林檎に手を伸ばす。シャク、と空気の読めない音が響く。
「どうせ菊川だろう」
「本当にそう思うかい、レン君」
レンはドキリとした。やはり、この男はメルデスに似ている。妙な強かさがそっくりだ。レン達を己の頭脳で翻弄する様な。その脅威を悟られぬ様、さぁな、と低く呻るに留めた。
両脇のオルガナとセギも固唾を飲んだ。
「流石、メルデス兄さんだよ。秘密主義は変わっていないね。それでも付いてくるのは、君達もまたメルデス兄さんの被害者って事だ」
「は?」
「あ、やっぱり怒るんだね」
彼の引き攣った表情を愉快そうに眺める。勿論、険しい顔をするのはレンだけでは無い。
「国王だか、大公だか、知らない、が、知った様な、口を……」
「知ったような口を利いているのはどっちだい? オルガナ君。君達はメルデス兄さんの何を知っている。君達は彼の何だと思っているんだね」
自分達はメルデスの何なのか。
勇み立ったオルガナの次の行動を止めるには十分すぎる問いだった。そもそも、彼女達がメルデスとエルドレアに血縁関係がある事を今回初めて知った。一方、メルデスは彼女達の過去の多くを知っていた。
これではまるで、弱みを握られている様な関係では無いか。
だが、どうしてもそれを認める訳にもいかなかった。
「……メルデスは、ミュートロギアの、指揮官で、我々の、友人だ。それだけでは、不十分か」
迷彩服の裾をきつく握り、己を御する。そして、率直な回答を突き付ける。
だが、彼らに問い掛けた張本人は齧りかけていた林檎に溜息を吹き付けた。
「君達はとても幸せな思考回路をしているらしい。この際だから言おう。彼は、エルドレアの王位継承権第四位だ。つまり、君達とは根本的に住む世界が違うのだよ」
「それで、何が言いたい」
若干の驚きはあったが、そんな事で揺らぐ事は無い。それがレンだ。いつもならオーバーリアクションをしそうなセギは、なかなか始まらない本題に船を漕いでいる。
両者──特に、銀髪の双子とアランの傍らの騎士──の緊張が高まった。ここまで来てオルガナが手を出していないのは相手が彼で、それを守る男が帯刀しているからに過ぎない。
「ふぅ、別に僕は君達と口喧嘩をしに来たんじゃあ無いんだ。そんなに喧嘩腰にならないでおくれよ」
「どの口が言ってるんだ」
「この口さ? いやぁ、僕はメルデス兄さんと違って人付き合いが下手でね。つまりは僕もその被害者で君達と同じだと言いたかっただけなんだよ」
被害者という言葉に、銀髪の双子が再び眉を寄せた。その一言が良くないという事に、この男は気付いて居ないらしい。飄々としている。
「取り敢えず話を戻すとね、元総指揮官の息子も間違いとは言いきれないけれど、本質はそこじゃない」
アランは残りの林檎を口に含んだ。何事も無かったかのように話題を戻したが、やはり尻尾を掴ませない話し方をする。
「回り諄いやり口がメルデスにそっくりだな」
皮肉を込めて言ったのだが、満更でもない表情を浮かべるアランは咀嚼を終え、食事を終わらせた。皿をすす、と寄せたのは傍らのアレンだった。
「日本語や会議の場での話し方……そういった類は彼仕込みだからね」
「それで、本質とは、何だ」
「簡単さ。ネメシスだよ。メルデスは未だに彼らを救いたいと思っていたらしい」




