登校
時は過ぎ、ついに夏休みが終わってしまった。
傷跡はあるが、腹部の怪我もかなり良くなった。まぁ元々痛みもなかったし後は傷口が閉じるのを待つだけだったらしいが。
自称闇医者のDr.レンだが、腕は確かなようだ。色々とめちゃくちゃな人だったけど。
あの後、姉貴の働きかけもあり、メルデスの了承のもとバイトも続けることができている。
まぁ、とはいえ、昨日まで無理言って休ませてもらっていたが。
そして、今日から学校だ。
放課後には久々にバイトにも行く。
店長にはなんて言って謝ろう。何かお菓子でも買って……いや、あれ以上太ると仕事に支障がありそうだ。やめとこう。
朝、ベッドから出てみると、部屋の片隅に学校へ行く準備がセットしてあった。
おそらく、姉貴が気を効かせてくれたのだろう。
まったく。もう俺は子供じゃないんだから、とボヤきつつも姉貴に感謝しながらすべての荷物を真新しいカバンに詰め込む。
しかし、どこを探しても見慣れたはずのアレが見つからない。
(制服がない。どこに片付けたんだろ、姉貴)
着替えようと思ったのに……どうしてだろう。
ガラ、と戸を引いて部屋から出てみる。しかし俺の足はすぐに止まった。丁度そこにあの男がいたからだ。今日も黒いスーツに黒いネクタイをした彼は俺の顔を見て張り付いたような笑みを浮かべている。メルデス=サングシュペリ──朝っぱらから合わせたくない顔だったが不快な気持ちを抑えつつ彼と対峙する。
「やぁ、いい朝だね」
何故かこのアジトには窓がないため、朝が来たような感覚はあまり無い。そして、何より朝一番に見る顔がこの男というのが一番良く無い。
そこで俺は漸く気づいた。メルデスが、膝になにか載せている。なんだあれ。制服……? 見たことないやつだな。俺がいつも着てるのは黒のありきたりな学ランだし。
「あ、そうそう。今まで通っていた高校には、退学届けを出させてもらったよ」
……まだ俺はきっと寝ているに違いない。この男への不信感からやってきた不吉な夢だ。悪夢なら、頬を引っ張ればばばぁああああっ……痛い。夢じゃなかった。
「……はッ? 話が違わないですか、メルデスさんッ!」
唐突なメルデスからの告白に、声を荒らげる俺。
焦りと怒りがこみ上げる俺に対し、メルデスは飄々としている。美しい庭でも眺めながら朝の紅茶を飲んでいるかのごとき余裕っぷり。
「もちろん、君との約束は守るさ。ただし君には、僕らが管理に携わってる学校に転入してもらうよ。なに、心配することは無いさ。ユーヒのクラスに入れるように手配もしておいた」
いやいや、そういう問題じゃないだろッ……?
突然転校なんかしたら俺の学校のやつが怪しむだろ。
怪しむ奴もいる……だろ。
いる、よな?
あれ?
なぜか、不安になってきた。
というのも、そもそも俺にはあまり友達がいない。話しかけてくる奴もたまに居たが、事務連絡程度に過ぎなかった。
俺の異能は、普通の『読心能力』とは違う。いつ何時でもその人の頭の中、腹の中を覗ける訳じゃない。ただ、その手や身体に直接触れた瞬間に希に何かが流れ込んでくる事がある。
そう、丁度、俺を刺殺しようとしたあの女のように。
俺にはその機能を抑制することは出来ない。人の心を読むなんてことは、必ずしも気分のいい事じゃない。少なくとも俺には苦痛だった。
そんなこんなで学校のヤツらと関わるのを避け始めた途端、変な奴だと噂される始末。頭の悪そうなチンピラにも絡まれたし、更に俺の評価は下がっていった。
悪気はないのだ。俺にも、俺と親交がなかった奴らにも。
しかし、俺の豆腐メンタルがいい感じにプレスされて、そこに居たはずの社交的な本城暁人はめっきり姿を見せなくなった。
まぁ、別に、友達がいらなかったわけじゃない。
でも、怖かった。本当の心を知ることが。誰だって、口には出さないけれど思ってることはある。分かっていても、その深層意識を目の当たりにすれば、この辛さがわかるだろう。
「異能の子もいるし、ミュートロギアに所属する子もいるから安心していいよ。表向きは一般の私立高校だから、異能を持たない子もいるけどね」
それ、何を安心したらいいのかさっぱりわからん。俺の憂鬱な気持ちは全くと言っていいくらいに晴れない。サヨナラくらい言わせてくれてもいいじゃねぇか。
さぁ、もう行きなさい、とメルデスが俺を急かした。あぁもうホントこいつ嫌だ。得体がしれないモンスターよりタチが悪い気がする。
「ちょ、どこに行けばいいんですか。そもそも、ここがどこか分からないですし」
「あぁ、そうだったね。案内するよ。少々ハードな通学になるけど……慣れればどうってことないさ」
あははと笑うメルデスの笑顔は眩しいが、俺の心は淀んだままだ。
メルデスに連れられてやって来たのは、廊下同様、無機質な空間だった。先ほど手渡された、新しい制服の襟を正す。
白いシャツに臙脂色のジャケット。同じ色のストライプ柄のネクタイ。何気に、イカスじゃん。
廊下の完璧に磨きあげられた壁面に映る自分の姿を見て、少しだけだが気分が上がる。隣を車椅子で移動するメルデスに気づかれないように壁に映る自分に少し微笑んだ。
ほんの少しだぜ? ほんの少しだけ、だからな。
その場所には、今日は二学期初日、始業式があるということで同じ臙脂色の制服を着た人が沢山いた。どうも女子はセーラー服らしい。白のブラウスに、紺のスカート。紺色の襟。襟には二本の臙脂色のラインが入り、胸元に見えるスカーフも臙脂色だ。
あ、向こうの方に頭のリボンをブンブン振り回してるやつがいる。
この前のウサギ女だ。
髪の色が特徴的な上に、ひたすら周りのヤツらにちょっかいを出している。未だにミュートロギア内に知り合いが、姉貴とメルデスとDr.レン、そして食事を作ってくれたグレンさん以外いない俺だけど、すぐ分かったね。
彼女も同じ制服だが……恐らく中等部だな。
車椅子で斜め前を進むメルデス曰く、この学校は中高一貫校、もっと言えば小学校まであるらしい。楽しそうでしょ、と同意を求められたが適当に返しておいた。
にしても、かなり人が多いな。世に言う集団登校か?
「彼らもこれから一緒に登校するんだ」
「こんなに居るんですか」
思っている以上にこの施設は広いらしい。
「うん、そうだよ。彼らはみんな、ここが家なんだから」
「え?」
「孤児だよ。親を異能狩りで亡くしたり、逆に、持って産まれた力のせいで親に捨てられた」
楽しそうにはしゃいだり、ちょっかいを出し合ったりしている彼らを見てもそうは見えない。
あの、ウサギ女もそうなのだろうか。
このご時世だが、裏社会の組織による異能狩りがあったり、異能のせいで親に見放されたり、虐待される子供がいることは事実だ。少し前までは社会問題として大きく取りざたされていたが、最近はミュートロギア関連のニュースによる異能への圧力が高まり、特に関心が集まらない話題となっている。
「さ、早く行きたまえ。乗り遅れるよ?」
彼らはゾロゾロと電車のようなものに乗り込んでゆく。銀色の車体に扉がついており、小さな窓が転々とついていた。足が止まってしまっている俺の横に、メルデスがピッタリと着いて来た。
「これは……」
「このアジトを守るための連絡電車。今見ているのは大人数用さ」
その時、警報音にも似た、けたたましい音が無機質な空間に響いた。メルデスに急かされ、俺はドアが閉まるギリギリのところでそれに飛び乗ることになった。
ドアには窓がついていて、メルデスがにこやかに手を振っているのが見えた。別に振り返す気は毛頭ない。
「君、新入りくん?」
隣にいた少年に声をかけられた。彼もまた、同じ制服を着ている、爽やかな感じの青年だ。メルデスのそれとは違った、愛想のいい笑顔をこちらに向けている。一瞬、俺に向いているのか不安になるくらいだった。
「ほら、早く掴まって」
俺が今まで乗ったことのある電車と似たような車内。だが、どういうわけか、つり革が天井としっかりと固定され、揺れないようにされている。
見知らぬ少年に言われるがまま、俺はそのつり革のようなものに掴まった。
と、同時に、女性の機械的な声で、テーマパークのアトラクションのようなカウントダウンが始まった。
『3,2,1………発車。行ってらっしゃいませ』
その瞬間、俺の体に今まで体験したことのないようなGがかかった。凄まじい轟音とともに、列車は加速する。耳がおかしくなりそうだ。いや、それ以上に三半規管もおかしくなるんじゃないか、これッ。
(ハードな通学って、マジかよ。うっ……吐きそう)
なんだか気持ち悪くなってきた。しかしこんな密室の中で俺一人がゲロをする訳にもいかなければ、助けを求められる友人もいない。耐えるしかないのだ。そう、これはテーマパークの新しいアトラクションだ。そう言い聞かせるしか気を紛らわす方法は無い。気持ちの悪い汗が背中を伝う。視界がぐるぐる回りそうだ。
「大丈夫? 初めのうちはみんなそうだから。すぐ着くしもうちょっと頑張って」
先程の爽やかボーイが俺を気遣ってくれる。しかしそれに応える余裕など皆無に等しい。
(こいつら、いつもこんな通学を?)
苦し紛れにあたりを見回すと、やはり少し皆、表情が硬い。
それでも、俺のように歯を食いしばり、冷や汗をかいているような奴は一人もいない。少し恥ずかしくなった。
と、突然両サイドの扉が開いた。暴風がGに耐える俺たちを襲う。ま、まさか故障とかじゃないよなッ……?
「さぁ、そろそろ飛び降りるよ。タイミングは僕が言うからせーので飛んでね」
「え、今なんて!」
「せーの……ッ!」
訳もわからないまま、なかば、その少年に押し出される感じで俺は真横に飛ぶ。電車のような乗り物から体が躍り出て、どこかも分からない空間に放り出された。フワリと体が浮く感覚。
あまりの恐怖に、俺は目をきつく閉じた。
(痛っ……!)
俺は、硬いコンクリートのような地面に叩きつけられ、無様に数メートルもの距離を転がった。背中がかなり痛い。
別に運動神経が悪い訳では無いが、高速で走行する電車らしき車体から飛び降りたのだ。仕方な……くないのか? 何故だか、周りの奴らは誰一人転がってなんかいない。俺だけだ。
それに、あれ? さっきより、かなり人数が少なくなった?
「大丈夫? 僕ら同じスポットだったみたいだね」
「なんだったの……? いまのは」
俺を電車のような乗り物から押し出した青年が、その爽やかな笑顔で俺のそばにたっていた。手を俺に差し出し、立ち上がるのを手伝ってくれた。
見渡してみると、俺たちが降り立ったのは廃工場らしき、埃っぽいところだった。
一部が壊れたトタンの壁からうっすらと光が差し込んでいる。
「僕もそんなに詳しくはないんだけど、アジトには出入口がなくて、建物の外にいくつかスポットがあるんだって。そこからあの電車に乗って出入りするらしいよ? ここはその一つらしい」
爽やかボーイの説明は……うーん。いまいち分からんが、そんなことを気にしている余裕はないようだ。他の少年少女が小走りで建物から出ていく。
──キーンコーーンカンコーーン
「やべっ! チャイムが鳴ってる……走るよ新人くんッ!」
新人くん呼ばわりされた俺は、やむなくその青年に付いて走る。普遍的なチャイムの音は少し遠い。
屋外に出る。夏休みはあけたものの、もちろん、暑い。セミが未だに木陰で鳴いているくらいだ。上空では入道雲がもくもくと成長している。
「アレがうちの学校だよ!」
少年が指さした先に、大きな建物が見えた。見える範囲に三つの棟が建ち、そのどれもが赤レンガで作られていて、古風な雰囲気が漂っている。どこもかしこも無機質なミュートロギアのアジト内とは対照的な雰囲気だ。
校門には俺たち同様、遅刻ギリギリの奴らがごった返している。生活指導らしき大人の姿も見えた。
「間に合わないなぁ。よし、塀を乗り越えよう!」
少年に言われるままに、彼に続いてこれまた赤レンガの塀を乗り越える。だがしかし。世の中そんなに上手くは行かない。
「痛っ!」
少年はうまく着地してそのまま駆けて行ったのに対して俺は地面に叩きつけられた。青空が俺を嗤う。
【ドイテ クダサイ、ドイテ クダサイ】
くそ、ドイテクダサイがドンクサイに聞こえて軽く腹が立ったが、怒っても仕方の無いことに気づく。
(清掃ロボット……?)
最近話題の自動運転掃除ロボットの上に落下した。硬い装甲に全体重をかけて落下したため背骨が激しく痛い。どうにか立ち上がってあたりを見回すと、同型の清掃ロボットが数台稼働しているのが見えた。
どれも円柱形をしていて、本体から伸びたアームが器用にゴミを拾い集めている。
ここ数年の技術革新によって、様々な自動運転型のロボットが実用化されている。俺が前に通っていた学校にも夏休み前に配備されることが決まっていたらしい。ま、もう関係ないけど?
──キーーンコンカンコーーーンキンコーーンカンコーーーーン
まずい、チャイムがまた鳴った。でも、俺はここから何処へどう行けばいいのか検討もつかない。真新しい制服に付いてしまった土を払い落とす。
仕方ない。校門に立っている先生に訊こう。転入生が迷ったと聞けば別に怒りはしないだろう。と、俺は珍しく随分とポジティブに捉えて歩き始めた。
「お、おはようございます」
「おはようッッ! 良い朝だなっ! ガッハッハッハッ」
校門に立っていた先生らしき人物。
やけにガタイが良くて、半袖のシャツから覗く二の腕には筋肉が浮き出ている。かなり日焼けをしている所を見るに、体育教師っぽい。さらに素晴らしく朝からハイテンションだ。ニカッと笑って見せた前歯が肌の色とは真逆、真っ白で光り輝いたように見えた。
「すみません。今日からこの学校にお世話になります。2年の本城暁人と言います。何処にどう行けばいいんでしょうか」
「おう、転入生かっ! 本城……ってぇと?」
突然、グイッと顔を近づけてきた体育教師らしき人物。
え、なんか怖い。なにやら制汗剤というか、これは香水か? 見た目に反して随分洒落てるな。微妙な匂いが漂ってくる。
その後もジロジロと俺を観察し続けた体育教師(仮)は、学年とかクラスとか、色々と根掘り葉掘り聞いてくる。いや、俺は自分が二年ってことくらいしか知らないです。
更にはこの学校の教育方針が云々……とか。もっと分からん。
そんなこんなで炎天下の中、どのくらいの時間が経った頃であろうか。
「アキ……じゃなくて、ほ、本城くん!」
聞きなれた声に振り向くと、姉貴が向こうから駆け寄ってきていた。やっとこの空気から開放されるのかと思うとホッとして顔が緩む。
「あ、なぁなぁ、どの教室に行ったらいいんだ? あねき……フゴッ?」
「佐和山先生、おはようございます。うちのクラスの生徒がお世話になりました」
「ほ、本城先生……お、おはようございますっ! もしかしておとうとさ……」
「奇遇なんですよ。ね? ほ、本城くん。同じ苗字なんだよね! さ、早く行こう!」
何故かしどろもどろに姉貴は俺の口を抑たまま、ズルズルと引っ張って行く。何を焦ってるんだか。
「ほ、本城先生ー! お、お茶でも今度どうですかぁーッ?」
「ま、またいつか是非〜」
体育教師らしき先生は軽くどもりながら姉貴にそんなことを言っている。姉貴の顔は、ずいぶんと強ばってるな。
俺も馬鹿じゃない。なるほど。姉貴が好きなのか。
しかしな、やめといた方がいいぜ。さわ……ナントカ先生。姉貴、怖いし、酒癖わ……
「あんたどうせ怖いだの酒癖がどーだの考えてるんでしょ」
俺の口を抑えたままの姉貴が俺を、物凄い目で睨んでいる。な、何だか手に力が篭って……イダダダダダッ!
姉貴は読心系の能力者ではないが、俺の考えてる事はほとんどお見通しらしい。流石お姉様。
あーこわ。ってか、ガチで痛いです。
「全く……困るのよねぇ。あいつ」
さっきの体育教師のことだろうか。
姉貴は俺を校舎裏の壁際に押し付けた。やっと姉貴の手が口から離れる。よかった。顎の骨は割れていない。
「わ、悪い人そうな感じはしないけど」
「うるさいのよ。なんか香水臭いし、暑苦しいしッ! それよりアキト? ここでは『姉貴』呼びは禁止よ」
「え、なんで?」
「なんでもアホもクソもないわよバーカ。ここでは私が教師で、アンタはそのクラスの生徒Aよ? いい?『夕妃先生』って呼びなさい。さあ、呼んで」
まぁ、それもそうか。
教師としては身内が同じ学校、ましてや自分のクラスにいるのは都合が悪そうだ。とりあえず、姉貴に逆らうと大変なことになるのは目に見えているので従おう。
「じゃあえっと。ゆ、夕妃……先生?」
とりあえず呼び方を変えるだけならどうにかなりそうだな。
「OK。じゃ、教室に行くわよ。もう始業式は終わるから、そろそろみんな戻ってきてる頃よ。貴方は2-3に入ることになったからね。この学校は高2から文理が分かれるから、貴方は文系クラスに入ってるわ。付いてきて」
え、もう始業式終わったのかよ。こんなクソ暑い中ブレザー着てきた意味ねーじゃん。と軽く俺は項垂れる。まぁ、みんなに挨拶する時くらいは着とこうか。なんせ、ちょっとこれ気に入ってるし? ちょ、ちょっとだけな。
とりあえず、今日は特別に先生用の玄関から中に入り、持参していたスリッパに履き替えた。
校舎内もかなりレトロな雰囲気で、床はフローリングになっていた。綺麗な装飾のあるドアの取っ手。壁に飾られた美しい絵画。ひたすら無機質なミュートロギアのアジトなんかより、ずっと落ち着いていられそうな雰囲気だ。
「かなり古そうだね。あ……ゴホン……ゆ、夕妃先生」
「えぇ。なんせ800年の歴史があるからね。アキ……ゴホンッ。本城くん。それと、タメ口は禁止ね」
会話がかなりぎこちないが、致し方ない。慣れるしかなさそうだ。お互いに咳払いをしつつ足音を響かせた。
いくつか角を曲がり、階段を上る。
「さ、ここがうちのクラス。私が先に入るから合図したら入ってきてね」
「は、はい」
教室の中からは人の話す声が聞こえる。心の準備はここまで来る間にしていたつもりだ。姉貴……じゃなくて、夕妃先生が、少し軋む音がする引き戸を開ける。
「はい、着席ー。みんな、おはようございます。えっと、今日は新しい仲間が加わります。ほ、本城くん、入ってきて」
ザワザワザワザワと騒がしさの増した四角い箱。姉貴が目配せをしてきた。
意を決して教室の中へ一歩踏み込んだ。
ざっと見たところ、生徒数は40人弱。窓が大きく、明るくて開放的な空間だった。在り来りといえば在り来りな景色。
然し乍ら。俺としては胃の痛む光景でもあった。多くの視線がこっちに集まる。しかも、その多くは……。
(女子ばっかじゃねぇかぁあああああああああああ……ッッッ!)
俺の心は最大級の絶叫をあげる。
最悪だ。女子の深層意識こそ、俺が最も恐れるもののひとつなのに。
文系クラスと聞いて嫌な予感はしていたが、、ざっと八割くらいが女だ。おとなしそうな子もいるにはいるが、真逆な感じの女子生徒も多い。文系クラスに女子が多いのはどこも同じのようだ。面倒くさい。
ただ、最悪だと思ってるのは俺だけじゃないようだった。
「男って聞いて期待してた割には………残念ね」
「うん。ブスではないけどタイプじゃないわ。私パス」
「なにあのヒョロいの。私筋肉ない男は男として認めない」
かなり散々な言われようだ。てか、もう本音出ちゃってるし。能力使うまでもないな。筋肉マンが良けりゃさっきまで校門に立ってたぞ? 姉貴にゾッコンだけどな。
でも、これでいいんだ。あぁいうのと関わるとろくでもないことが起きそうだから。今までの経験則的に。
「じゃ、自己紹介してね。あ、そうそうみんな……苗字は私と同じだけど、兄弟とかそーゆーのじゃないからね? 勘違いはNGだからね。いい?」
ちょっと言い過ぎ感もあるが、姉貴はとりあえずそこに関して釘をうつ。クラスメイトたちも少し疑いの目で見てるぞ。しかしまぁ、特にそこまで興味が無いらしい。ひとまず安心だ。
「えっと、先生の仰った通り、特に関わりはありません。えーっと、俺は、本城暁人です。アキトって前の学校では呼ばれてました。法学部志望です。よろしくお願いします」
「宜しくね。本城くん。じゃ、後ろのあの角席にとりあえず座ってね。近々席替えするから。それじゃ、今日も1日頑張りましょう!」
「起立、礼」
とりあえず、これで朝のSHRは終わったらしい。あまりにも呆気ない初日だな。
新たなクラスメイト達は俺を見てはコソコソと話している。好きにすればいいさ。
俺は、言われた通り、窓際の角席に荷物を下ろして座った。綺麗に整えられた中庭が一望でき、心地よい風が吹き込んでくる。さすが私立校。すごく広い中庭だな……。まさか自分が、ラノベあるある的なポジションに座ることになるとは思ってもいなかったよ。
隣の席の奴にくらい挨拶しないと……と思った俺は思い切って声をかけようとした。流石にそのくらいの社会性は俺にも残っている。
だが。
そいつは机に突っ伏している。顔が見えないが、髪の長さを見たところ女子。
しかし、俺はこいつを見たことがある。
絶対にある。
特徴的な、オレンジのような…ピンクのような髪の色。
やたら大きなリボン。
こいつは……!




