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行き交う思惑

 

 メルデスが……コイツらの仲間だった?

 それも、この眼帯男、菅谷の相棒……?


 適当な事を言って俺を混乱させようとしているのか?

 だが、もしそれが事実だとしたらなぜ彼がミュートロギアに、それも、総指揮官という立場に居るんだ。いくらその才能があっても外部、それも敵対組織から来た男をそんな地位(ポスト)に置くか?

 これを周りはどのくらい知っているんだろうか。菊川は? 姉貴は? 岸野は? オルガナは? そして、こだまは?


 彼を慕う人達の顔が次々と脳裏を駆け巡る。彼に自らの人生(いのち)を委ね、戦う彼らの顔が。



「本当に、奴を信用出来るのか? 本城暁人」



 全身にかかる物理的な重圧はとうの昔に消えていた。なのに俺は、動けなかった。



「ネメシスの存在意義は人民の安全確保だ。ならば、お前の言う『鬼』を討伐するのは俺たちの仕事、そうだろう? だが、俺達がそれら一連のことを知ったのはつい最近。だが、(メルデス)は五年前から知っていた筈だ。なのに何故か我々ではなくミュートロギアを選んだ」


「それにアイツはネメシスでもそれなりの重役だったんだぜ?」


「何が、言いたいんですか」



 淡々と話す菅谷。そしてそれに便乗するかのような旭の嗄れ声。俺はただ冷たい床を睨みながらその言葉を噛み締める。だが、いくら反芻しても飲み込めなかった。



「要するに、メルデスの奴は何かしらの魂胆をもってお前さんらと行動してるんじゃないのかって話。良いように利用しているに過ぎない。お前も、その仲間も。そうは思わねぇか」


「そんな……だって……!」



 彼は、あの夜。戦禍の中でこう言っていた。口にはしていないけど『僕はそう長くない』と。それに、鈴風の時だって俺やリャンの事を優先すると言ってくれた。姉貴だって……



「『自然掌握(フィジカライザー)』もどうせ手に入れたんだろ? 彼女は元々オレらがスカウトする予定だったんだぜ」



 思考を先回りするかのような旭の言葉は、確実に俺を追い詰める。彼らは代わるがわる水面を叩き、大きな波を立てて俺という魚を彼らの網の中へどんどん追いやってゆく。



「これ迄に我々はミュートロギアの人間を多く逮捕してきた。その中には勿論上層部も含まれていた訳だが、奴が彼らを助けに来た事は一度として無い」



 この数ヶ月で拭ってきた筈の不信感が再び暗い影を、真黒い滲みを取り戻している気がする。あの笑顔の奥の闇が俺を飲まんと大口を開けていたのか……?



「そんなに信じらんないならさー、あの目つきの悪い男に聞いてみれば?」



 ダラスのかったるそうな声。目つきの悪い男……と聞けば、一人しか思い当たらなかった。彼もこの事を知っているのだろうか。



 丁度その時、けたたましい音が鳴り響く。その直後から、彼らの注意は俺から離れていた。その音は部屋の出入口付近から発せられている。



「はい……え? ちょっと、待ってくださいね」



 ティナの声だろう。落ち着き払った声が一瞬裏返った。内線を受け取ったらしい。俺のそばを離れた菅谷が彼に近づき、何かを耳打ちされる。



「……輪堂、トネリコ、ライラの三人でそいつを房に戻しておけ。それ以外は俺と一緒に事務所(オフィス)に戻る。反論は許さん」



 何か緊急事態でも起きたらしい。三人分の返事と共に、俺は腕を捕まれ立ち上がらされた。もう、奴らと目を合わせる気力もなかった。されるがままに部屋を追い出される。

 そして、再びあの冷たい廊下を通って奥へと連行されていく。どうにか脚は動く。だが、ただそれしかな出来ない。

 俺とは逆方向へ行く硬い足音がどんどん遠ざかる。


 キィ……という音に肩が震えた。目線だけを少しあげる。扉が開いた音だった。その刹那、車椅子の後ろ姿が脳裏を過ぎった事を恨めしく思った。




 左右を固められて無駄に明るい房のそばを通り過ぎる俺に、死んだような視線が幾つもまとわりついた。何かがおかしくなりそうだ。俺の中の、何かが。



「ッ! テメェら、此奴(アキト)に余計な事吹き込んじゃねぇだろうなァ!」



 何時間も、いや、何ヶ月も会っていなかったかのように感じた岸野の声すら耳障りで……ライラと言われていた白髪の少女に押し込まれるままに個人の房の中に座り込んだ。

 無慈悲な南京錠の音はむしろ安堵を与えた気がした。



「オイ、シカトか? アキトは大丈夫なんだろうなァ!」


「喧しいですよ、3017番。アンタを尋問室にブチ込んでやってもいいのよ」



 輪堂と呼ばれていた巨乳女が岸野を脅迫する。他のメンツに比べて威圧感は少ないものの何をしでかすか分からない。彼女は俺の房の柵に背を預けた。革製の黒いジャケットを捲った袖から伸びる白い腕を落ち着かないようにもう一方の手でさすっている。



「いやいや、それはオレが許さんわぁ。ダラスさん手加減ゆうもん知らんから、医療費がかさんでまうやろ。なにより、オレとライラのイチャコラタイ……」


「3017番、何か言われてマズいことでもあったの……?」



 何故か一人、楽天的な医者(トネリコ)の声は、白髪の少女に遮られた。俺や岸野の事を数字の羅列で呼ぶ彼ら。それだけでも冷ややかだが、やはりこの子は何か持ってる。氷のような冷たさを。


 口篭る岸野。随分と経って小さな舌打ちが聞こえた。



「今までは言う必要がなかっただけの事……だ。その様子だとテメェらとの関わりを暴露(ゲロ)しやがったな」


「……本当、なんですね。岸野さん」



 確かめずには、いられなかった。何処かに、ほんの僅かだが否定したい気持ちでもあったのかもしれない。


 成程、彼らは俺にそれが事実なのだと……それを見せつけ、植え付けようとしてるのか。岸野のあの返事は否定をしていない。むしろ、肯定した。



「大体、なんの話か予測は出来た。だが、これ以上の事を話すならそいつらが邪魔だ」



 この期に及んで否定の言葉は聞きたくなかった。だから、少し安心した。彼の声は渋々といった空気を纏っているが、話そうとする覚悟は滲み出ていた。


 だが、何故かなかなかネメシスの三人がその場を離れようとしない。もどかしい。



「その話、アタシたちも聞かせてもらうわよ」


「ぁ? ンだと、このアマ」


「私達も詳しくは聞かされていない。訊いても教えてもらえないのが正しいかしら。多分、アンタは気づいていると思うけどここにいる三人ともう一人は()()()の事件の後で加入したメンバーよ」



 五年、前……。俺が知っていることといえば、暗殺者の天雨美姫が鬼に憑かれ、こだまと離別したあの年と重なる。



「ふざけんじゃねぇぞ、どの道ここで聞かなくたって外から監視してんだろうが。あっち行きやがれクソッタレ」


「切ったわ。監視システムは一時的に全て。それだけ私達、本気なの。こんなチャンス二度とないわ」



 脱獄防止システムはもちろん生きているからね、と少し声を大にして言った巨乳女。何故かチラと俺を見てきた。



「後で奴らにシメられても知らねぇからな」



 了解の意を示した岸野。

 そして、彼はゆっくりと昔話を始めた。




 □◆□




「突然来られるなんて、サプライズのつもりですか幸下さん」



 拘留室でそのような事が起こっているとは知らない菅谷の皮肉混じりの問い。それもお構い無しに部屋をウロウロとする恰幅のいい男の姿がネメシスの事務所(オフィス)にあった。一般の中年よりも少し太った彼の突き出た腹がズボンのベルトに乗り、高そうなスーツの前ボタンは今にもはち切れそうであった。



「ねぇ菅谷ぁ、俺もここにいなきゃダメ?」



 重苦しい空気に耐え兼ねたダラスがそっと耳打ちするも、髭をいじっていた旭が「やめておけ」と言わんばかりにため息をついた。そこへ、湯気のたつティーカップを二つばかり盆に乗せたティナが入ってくる。少し大きめのクッキーも添えられていた。


 芳醇な香りに誘われたか、その男は彼らの方に向き直る。

 歳にしてはシワの少ない肉付きの良い頬。

 ネメシスの面々の対応を見るからに、彼らより立場はずっと上であろう。そんな彼の後ろには常に秘書がついてまわる。重鎮の秘書にしては若く、そして日本人からしてみれば異国情緒のある面持ちだ。元から色黒だと思われる肌と、アジア系らしい黒い髪。絶えず笑顔で幸下の行動の一つ一つを見守っていた。



「もてなしは結構だよ、と言いたい所だけど仕方ない。美味には目がなくてねぇ」



 クックックッと低く喉を震わせた彼は徐ろにクッキーに手を伸ばし、ポロポロとこぼしながら貪った。



「此方にどうぞ。ご要件をお聞きしますから」



 ティーカップにも手を付けるのを見る限りふらりと立ち寄っただけでは無い、そう考えた菅谷が奥のソファーへと案内する。

 二人掛けの所に一人で沈みこんだ幸下に向けられた視線は依然冷ややかだ。だが、そんな事を歯牙にかける彼では無いだろう。

 相当気に入ったのか、焼き菓子を立て続けに口へ運ぶその姿に呆れつつ、代表者たる菅谷がその向かいに腰掛けた。勿論その後ろには秘書の男も続く。



「手短にお願いします。貴方もこんな所で油を売るほどお暇ではないでしょう? 警視庁 幸下滋布(ゆきしたしげのぶ)副総監」


「そんなに嫌そうな顔をするもんじゃないよ、菅谷くん。むしろ、君達を褒めに来たんだよ。……そして、私の方が遥かに不機嫌だ」


「それは何故でしょう?」



 本当に読めない男だ、と菅谷はつくづく思う。



「何故って、しらばっくれるのかな? 君はそんなに非効率的な人物じゃあ無いと思うんだがねぇ」



 彼は心の中で舌打ちをする。幸下の人を小馬鹿にする言い方にもだが、それ以上に()()()が彼に伝わるのが早すぎる。それに強い不快感と悔しさを滲ませたのだ。



「ここにいるメンバーに犯人探しをしても無駄だよ。ここに出入りする下部組織の低賃金共に少し握らせていただけだからねぇ……」


「報告が遅れて申し訳御座いませんでした。謝罪させて頂きます」


「心にも無い事を言わなくていいんだよ、菅谷くん。そんな事、隠したつもりだったらしいその働きでほぼチャラになる。ミュートロギアの新規逮捕が二名、そのうち一人は前科(マエ)持ちの脱走犯。大手柄だよ」



 相も変わらず不気味な笑みを続ける幸下。その大きく膨れた腹の中、そこに住まう虫は一体どれほど大きく、貪欲で穢れているのか。菅谷には計り知れなかった。



「用事はそれだけっすか、幸下サン。ボーナスってんなら、給料明細だけで充分だと思うんですけど?」



 この煮え切らない空気に耐えかねた外野からヤジのようなものが飛ぶ。旭だ。

 立ちっぱなしの姿勢に疲れたのか、腰に手をかけ片足に重心を寄せている。ダラスに至っては回転付きの椅子にドカっと座り込み爪を噛んでいた。



「無作法は変わらないねぇ旭 大輔くん。まぁ、君は私によってキャリアを潰された様なものだから恨まれるのも分からいではない」


「んな事で恨みやしませんよ。上に立つ人間だなんてオレの性じゃない。菅谷で十分ですよ。だがまぁ、先輩としてなら口を出す権利くらいはあるかなと。で、何の目的で?」



 両者の間の溝から不穏な空気が漂う。幸下はむしろそれを楽しんでいるようにも見えるが。



「近々、UNAから視察が来るって話は通っているだろう」


「えぇ、把握しております。二週間後ですね」



 サッと予定を確認したティナが相槌を入れた。



「その目的、知っているかい?」



 頬を引き攣らせながら、紅茶を一気に流し込む幸下。笑みのようにも見えるそれは何を示すのか。



「上が組織の改変を計画していてねぇ……ここネメシスもその対象に含まれる可能性が浮上したんだよ」


「は……?」



 常に冷静な菅谷でさえも掠れた声が漏れた。そんな事ネメシスの長、菅谷も初めて耳にした話だった。彼さえも動揺するその話、後ろに控えた旭やダラス、ティナが驚かないはずも無い。彼らが、どうして、と訊ねる事も許さず幸下が続ける。



「私もよく知らないんだがね? ネメシスとUNAをバラバラに管轄するのには相当の無駄がある。それが面倒なのだろうねぇ、いや、確かに面倒だ。それでまぁ、集約的に物事を進めたいという上の意向だねぇ」



 彼の言い方は、つまり……



「ネメシスがUNAに吸収される、と?」



 絞り出した菅谷の声が震えている。



「人聞きが悪いねぇ、合同組織に改変されるというだけだよ。それに、そうと決まったわけじゃないし、そうなったとして何も悪いことはないじゃないか?」



 違うかい? と濁った目が菅谷を舐め回す。

 この場にいる誰もがその言葉の嘘を、誤魔化しを見抜いていた。そんなものは建前でしか無く、幸下もそうなのだと理解した上で話をしている。おそらく彼は、()()()()()なのだろう。



「もっと言えば、彼らの方はもうその事を視野に入れて行動を始めてくれていると聞いているんだがね」


「納得出来……」


「菅谷、やめとけ。何言っても無駄だろうよ。ココん所はお引き取り願うぜ、幸下サンよぉ」



 肘掛に手を掛けていた菅谷を制止したのは旭だった。指に付いた砂糖を舐める幸下から目をそらさずに低く唸った。然し、菅谷の肩を掴むその手も震えていた。

 彼らが守り続けた、いや、彼ら自身で建て直して育ててきたこの組織をこんな形で失う事に堪えられるはずもない。



「躾のなってない犬ほど不快なものは無いねぇ……。ジンくん、おいとましようかな」


「承知致しました」



 心底苛立ったように顔を歪めた幸下は秘書の男に声をかける。さもそれが重労働かのようにゆっくりと立ち上がった彼は最も端まで広げたベルトごと、ズボンを引き上げる。


 そしてそれ以上何も言わず、沈黙する菅谷の目の前を通り過ぎてエレベーターへと向かった。

 ギギギ、と不気味な音と共にリフトが昇っていく。



 なんとも言えない、重苦しい空気に包まれたネメシスの事務所(オフィス)。ダラスの尻の下からギシギシと聞こえる錆びた音が彼らを包み込んだ。



「大丈夫ですか、菅谷さん」



 彼を気遣うティナの声は果たして届いたのか。片側だけの鋭い眼光が、今さっきまでそこにいた狸男の居た場所を貫いている。



「二週間後、だったな。ティナ」


「ええ。そうです」


「それ迄に、何としてもヤツとケリをつける。全てはあの男の所為だ……」



 彼の静なる興奮からかだろうか。部屋が妙に熱くなる。

 よく見ると、菅谷の向かいのソファーから小さな火の手が上がっていた。気づいたティナが慌てて着ていたカーディガンを脱いでめいいっぱい叩く。

 すぐに炎は消えたが、獣が焼ける匂いに一同は顔を顰めた。



「メルデス=サングシュペリ……貴様は俺がこの手で罰してやる」



 呪詛のようなその呟き。彼は何を燃やし尽くそうとしているのか。怒りか、憎しみか……。

 いずれにせよ、彼が灯した復讐の焔は油を注がれたように紅く紅く燃え盛ったと言えよう。



W杯で連日連夜寝てないという方もいらっしゃるでしょうか?

本日も本作をお手に取って下さり誠にありがとうございます!


挿絵(By みてみん)


北澤先生より、こだま=アプリコットのイラストです!

お?

少し下に主人公君もおるような?笑


改めて、ありがとうございます!

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