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あの時の警官

 

「いいか。落ち着いて解くんだぞ。数学の前の休憩時間は少し休んでていいけど、それ以外の前は……」


「俺のノート見ておけ、でしょ? もーわかってるよ。耳に()()ができるくらい聞いた」



 それを言うなら耳に()()だと思うんだが、そんな細かいツッコミをすると彼女の脳みそがパンクする恐れがある。舌の先あたりまで転がってきたそれをグッと喉の奥へと飲み込んだ。そろそろ見慣れてきた学校はもう目の前。三日くらい前に終業式は終わり、今日は12月25日。こだま、勝負の日だ。

 校門にはこだま同様、うちの学校の冬服を着た生徒が数名居て自分の行くべき教室を確認している。彼女も例外ではない。だが流石に見た事のある顔はないな。大概この追試を受けるのは、こだまのように学力が追いついていない生徒よりも、諸事情で出席日数が足りない生徒だったりが大半だそうだから。



「あれ? こだまちゃんと、本城くん?」



 と思えばそうでも無かった。……って、えぇ?

 振り返ったところにいた彼女。その顔を見て驚愕する。彼女が……ここに居るはずない、だろ。だって……その清楚な佇まいからして何処かのご令嬢のような雰囲気の黒髪の少女。成績トップを争う、あの……



「えーと、あっ。しずか! メリークリスマぁス」



 こだまが勢いよく飛びつく。少し狼狽えながらも受け止めた彼女は、神崎静。終業式前日に行われた会長選挙で見事当選を果たした我が校の生徒会長であり、超がつくほどの優等生。だが、よく見てみると今日の彼女は臙脂色の制服ではなく、黒っぽいワンピースと茶色(ブラウン)のダッフルコートを羽織っていた。学校に用事があったと言うよりは、たまたま前を通り掛かっただけだろう。彼女の傍らにはボディーガードと思われる屈強そうな黒服の男もいる。かく言う俺だって、学校に用はない。緩い私服を着てるし。



「が、頑張ってね、こだまちゃん」


「うん! 頑張ったらねー、アキトがチキンとケーキ買ってくれるの」


「通ったら、だからな!」



 だーかーらー、そんなに言いふらすなよ……ッ。こだまはアジトの中でも色んな人に言って回ったみたいで、俺は皆から謎の肩叩きをされたんだから。メルデスに至っては、いつも通りニコニコ笑いながら「足しにしてくれ」とお小遣いをくれた。こだまに飯を奢るとは、つまりこういうことなのだ。



「本城 暁人? あのアキトか!」


「へ?」



 思いもよらない相手から名を呼ばれた。咄嗟に相手の顔を見る。冬の曇り空だと言うのにサングラスをかけた強面風の男。黒いスーツのおかげで細身に見えるがボタンの張り具合を見る限り、かなり鍛え上げられているように思う。そんな彼がサッとサングラスを外した。あのころよりも少し痩せたみたいだがすぐにわかった。



「覚えてないのかよ。オレだよオレ」


「……(タケル)兄ちゃんッ?」



 サングラスで隠れていた左目の上のホクロ。少しツリ目な彼……速水尊(はやみたける)。こんな所で会うなんて思ってもいなかった。彼は姉貴よりもいくらか歳上で、昔隣の家に住んでいた。剣道がとても強くて、俺も少し習っていたことがある。前に達也に話したのもこの彼の事である。高校卒業と同時に機動隊に所属し、その後はなかなか会う機会もなかった。ワックスでカッコよくキめた髪を掻きあげながら近付いてくる。



「身長伸びたなぁ。あの頃はもっとチビだったのにな。夕妃も元気にしてるか?」


「チビって言うなよ……それより、これってどういう?」


「いつものボディーガードさんがクリスマス休暇だそうで、俺が駆り出されたって訳。まぁ、神崎さんにはお世話になってるからちょっとした恩返しみたいなもんかな」



 あの頃から尊はかっこよかったが、大人になった彼はさらにかっこいい。親父の次くらいに尊敬する人物だ。にしても、今の発言では彼と神崎さんの接点が不明だ。まぁ、ボディーガードって事は守秘義務とかそういうのがあるかもしれない。あまり深入りはしない方が無難か。



「そうなんだ。……って、こだま! 何の為に早く来たと思ってんだよ。そういう事で、ちょっと立て込んでるから此処はコレで」



 そう。俺はコッチをまずどうにかしないといけなかったのだった。我に返った俺は神崎さんとヘラヘラ談笑するこだまの首根っこを捕えて校門の中へ引きずっていく。ギャーギャー喚き散らすこだまの腕力が半端じゃないが、俺だって最近鍛えてるんでね。ズルズルと引きずりながらもペコペコして尊に手を振る。彼は少々変な少女に手を焼く俺に苦笑いしつつ、大きな手をひらひらと振ってくれた。



□◆□



「すみません、みんな交通整理とかで出払ってしまってて……」


「気にすんなって、あ、なんかお菓子ない?」



 蛍光灯が白く明るく照らす室内。棚にはファイリングされた資料らしきものがずらりと並び、奥の机には同じようなものがたくさん散乱している。とてもいい香り……日本人なら誰しもが深く息をつく緑茶の香り。警察官の制服を着た女性が小さめの湯呑で入れてくれたそれを一口含むと、かなり良いものだと分かった。

 その彼女が着ているのはコスプレ用の衣装なんかじゃない。正真正銘の制服。胸元のバッチだって本物だ。

 ここはとある交番の中。なぜ俺がこんな所にいるかって?

 それはだな……



□◆□




「あー、なんか耳痛いな。佐和山先生声デカすぎるんだよ」



 大きめの通りをひとつ逸れると、閑散とした街並みが広がる。さっきの大通りは俺には少々眩しかった。まだ朝の九時過ぎだと言うのに沢山の人が開店待ちの列を作っていた。楽しそうにお揃いの服の二人組が携帯電話のシャッター音を響かせ、その後ろでは仲良く肩を寄せ合うカップルが今日の予定かなにかを話し合っていた。自分の境遇を悲観する訳じゃないが、何となくそこに居づらかったのだ。

 人通りのない通りで一人「あーあー」と耳を叩いてみる。



「ぜっーたい、姉貴が来るわけねーっての」



 ジャンパーのポケットに押し込まれたそれをちらっと見る。真っ赤な封筒にはやたら綺麗な字で『夕妃先生へ』と書いてある。佐和山先生の字が意外と綺麗な事に驚きを隠せないが、さて、これをどうするか。

 こだまを校舎に半ば強引に押し込んだ俺だったが、足早に去ろうとした所、背後から今度は俺が首根っこを掴まれたのだ。あの時の佐和山先生の顔は忘れられん。頬を赤らめ、ハンターの目をしてた。そして、震える手でこの赤い封筒を押し込んで逃げ去って行ったのだ。

 去り際に俺に耳打ちしてきたのだが、それがまぁ……彼としては囁いたつもりなのかもしれないがかなり声がでかかった。


「頼んだぞッ! 本城ッ。お前がオレの、サンタクロースだッ。聖母マリアにコレを届けてくれぇッ」


 彼の逃げ足はこだまに引けを取らないかもしれん。しばらくキーンとする耳を抑えていたが、ふと周りを見ると、何処のクラスの生徒か知らないが白い目でこっちを見ていた。それも数人。そして、女子。数秒後に追いついた俺の思考がかなり悲惨な状況だと気づいた時には遅かった。

 顔の赤い佐和山先生、ジャンパーのポケットからはみ出した赤い封筒、耳打ちした瞬間に逃げ出した佐和山先生の挙動不審な動き。微かに聴こえた女子達の話し声。


「まさか、弟の方に乗り換えたの……佐和山」


 結構いろんな意味でツッコミ所がある。まず、あまりにも耐え難い誤解が生まれたこと。そして、何より俺と姉貴が姉弟(きょうだい)ということが見ず知らずの人にもバレてたということ。




「ブチキれられる……」



 曇り空に向かってため息をついた。ただし、残念ながら佐和山先生……姉貴は今手が空いてなくてどの道デートには行けないんだよな。言ってしまうと、行方不明者の捜索に出てるんだよ。岸野充って呼ばれる人物の。

 彼は未だに戻ってこない。

 満を持してメルデスから直接捜索命令が出た。おかげで、姉貴をはじめ、心恵さんも菊川たちも皆各々散っている。俺もその中に加わろうとしたが、こだまの教育係の間は取り敢えず免除して貰えていた。

 にしても、彼は一体何をしているのだろうか。あんな風貌だから警察組織にお世話になっていてもおかしくは無い。でも、そんなニュースも入っていなければセギさんたちが調べても記録に残っていないそうだ。まぁ、あの人がそんなにあっさりと捕まるはずもないし、能力をもってすれば簡単に逃げられる。それに、セギさんの手にかかれば日本警察のIT技術はザルなのだとか。見落とすはずがない。



「あれ、あの時の少年か?」


「え?」



 考え事をしていたせいで前に人が居たのに気づかなかったらしい。声をかけられてハッと立ち止まる。その人の身体はもうすぐそこだった。嗄れた声、どこかで聞いた気もするが……何処だっただろうか。

 見上げてみた。その相手の顔を見てもピンと来ない。何となく見たような気もしなくもないが何処だったか思い出せない。無精髭とボサボサの髪、目元の小さなシワに目が行く。

 服装は白いワイシャツに茶色いジャケット。少し派手な赤いネクタイをしていて、金色のタイピンがきらりと光った。その形は、カメレオン。一般的にその個体は身体の色を変えて身を守ったり臨戦態勢をとるという。まぁ、実際はそうでもないらしいが。



「本城 暁人だろ?」



 ビュゥウと冷たい風が吹き抜けた。ジリッと後ずさる。誰だか知らないが、この男は俺の事を、少なくとも名前と顔を知っている。オルガナの言葉が脳裏を過ぎった。



「ちょ、何身構えてるの少年? まさか人違いだったらゴメンな。オレの昔の上司の坊ちゃんだと思ったんだが……」



 身体を固くした俺を不思議そうに彼は見つめた。彼と俺で身長差はあまりない。自然と目が合ってしまう。彼は畳み掛けるように続けた。



「本城 燦侍(さんじ)刑事のボンじゃないのか?」



 死んだ親父の名前だ。我が家は皆名前にちょっとした共通項がある。彼もまた例外ではない。なかなかない名前だ。それ故になかなかフルネームで覚えている人は少ない。ほんの少しだけだが緊張がとける。しかしまだ安心は出来ない。超巨大組織に睨まれても尚あれほどの情報集積力を持つミュートロギアに対して、真反対にいるネメシスはそのくらいの情報……簡単に調べあげられる。特に、親父は公的な組織に居たのだから。



「そうですけど、あなた何処かで会いましたか?」


「えーっ。覚えてないのか。あんま見せびらかすもんでもないけど、こういうモンだ」



 心底困ったような顔をした彼が胸元から何か取り出した。手帳のようなそれをパカッと開けてみせる。彼の顔写真、名前、そしてその下の桜の紋。警察手帳。

 思い出した。名前を見てやっと彼が記憶の奥底から現れた。



「あの時の!」



 長い棒を振り回し、鬼化した人々に向かっていった男。あの時も同じようにこうして見せてくれた。そう言えば赤いネクタイも当時のままのような気がする。正義の味方って感じで拘ってるのだろうか。いずれにせよ、初めて会ったのは随分前。彼がもしネメシスだとしたら俺は今頃拘束されていてもおかしくは無い。



「近くの交番勤務って言ったが、あれは嘘だったんだ。ごめんよ。実の所は刑事課に居てな? ただ、刑事って言うとみんな怖がるから……改めて、山田太郎だ。よろしく」



 それに、悪い人でも無さそうだ。ニカッと笑った顔がくシャリとしていて優しそうな雰囲気もある。多分、年は40半ばか前半あたり。いや、もしかしたらもっと上だろうか。兎に角、この人から悪意のようなものは感じられない。



「あ、はい。父がお世話になりました」


「んな挨拶はいいよ。硬っ苦しいのは苦手だから。もし良かったら近くの交番寄ってけよ。茶ぐらい出す。ちょっと話してみたかったんだ、本城さんの自慢の息子ってどんなのかってな。それとも何か用事、あるか?」



 軽く職権乱用という気もするが、こんな時間に空いているカフェとかも少ないしあったとしても超満員なのは確かだ。きっと彼はそれも見越して提案してくれているような気がした。特に断る理由も見つからないし、行ってみても、いいんじゃないだろうか。



「いや、ないです。じゃあ少し……」



□◆□



 とまぁ、そんなこんなで今、俺は交番の中にいる。お世話になるようなことをしていないが、やはりなんだか此処は緊張するな。ほんとに先程の場所の近くにあったそこには女性警官が一人居るだけで後はすっからかんだった。山田さんがその人に手帳を見せるとペコペコしながらお茶とチョコレートを出してくれた。赤い服を着た髭面のおじいさんがプリントされた個包装。クリスマス仕様だな。

 歩きもって聞いたところによると、この山田さんは本庁勤めの方なのだとか。親父とはその前に勤めていた地方署の所轄で出会ったのだとか。



「サンキュー! 裏にいてくれていいよ。……いやぁ、こう見るとホント本城さんとそっくりだな」



 机を挟んで向こう側、小さな建屋の奥側に座る彼は終始ニコニコとしている。だが、何となく話も尽きてしまった。少し座っているのももどかしくなってきた気がする。そもそも、この人は親父の元同僚ってだけでほぼ初対面に近いのだ。ヴーヴーと鳴る携帯。チラと見ると菊川からだった。悪いな、今は人と会ってるんだ。電源を落とし、伏せて机に置く。



「えっと、その、ネクタイピン。珍しい形ですね」



 どうにか見つけた突破口。俺から話しかけるのはこれが初めてだった。山田さんは少し驚いたようにフリーズしたが、「ああこれは……」と言って見せてくれた。



「娘がくれたんだよ。クリスマスにさ」


「ご結婚されてるんですね」


「いんや、過去形過去形。してたんだけどさ、今はオレ、バツイチでフリーランス。犯人は全力で捕まえたが、どうしてか(ヨメ)には逃げられちまったんだよなぁー」



 ハッハッハッと高笑いをしながら自虐的に両手の指でバッテンを作ってみせる。折角の突破口がまさかの地雷だったことに酷く後悔した。でも、未だに娘さんがくれたプレゼントを使ってるなんて、とても子供思いのいい人なんだろうな……。


 山田さんは外したタイピンを大事そうにネクタイに戻す。やべぇ、もう話が終わってしまった。かと言って気にしてなさそうとはいえ、初っ端から大炎上させた俺がこれ以上話題をふるのは危険極まりないな……。



「まぁ……で、少年。()()()()()()()()


「───ッ?」



 考えあぐねていた俺の耳に、山田さんの声が刺さった。刺さったというのは、単に聞こえたということじゃない。本当に、刺さるような声だった。別に声を荒らげたわけじゃない。語尾が尖っていた訳でもない。なのに、何故か刺さった。本当に突然のことだった。

 何でだ、胃が少し、痛い。

 彼の表情は何一つ変わっちゃいない。それなのに、俺は手のひらに汗をかいていた。喉が渇く。落ち着け、俺。渇きを潤そうと口に含んだ緑茶はその熱さのせいか味がない。それでも喉に押し込んだ。



「本題って……何ですか」



 自分でもわかるくらい、声が弱い。何だこの威圧感は。何かの糸が切れたように、彼への不信感の様な感情が腹の中を這いずり回る。だが幸い俺は出入口に近いところに居る。万が一のことがあれば逃げることだってできるんだ。そっと携帯に手を伸ばしておく。



「なんだと思う? そうだな、先ずは……あの目が紫の可愛い娘とはどういう関係か聞かせてもらおうか。そして、そこに落っことした変な()についても」



 マズい!

 脚に力を入れる。キャスター付きの椅子を跳ね除け……



「なッ……?」



 出来ない。動け、ない……?

 なんだこの感覚はッ。椅子に固定されていると言うよりは、俺の身体、否、周囲の空気が重い。ひたすらに重い。馬鹿みたいに重いリュックを背負わさせてるみたいに……。その感覚はどんどん加速する。耐えきれない。机に突っ伏してしまう。

 圧迫された肺が悲鳴をあげる。



「悪く思うなよ、少年。いや、本城暁人。オレは君に嘘はひとつもついちゃいないが、全ては語っちゃいない」


「ガッ……」


「あ、いや。ひとつだけ嘘ついてたわ。オレの名前」



 彼は、ずいと俺に近づいてくる。ダメだ、頭が混乱して……それでも、彼に染み付いたタバコの匂いが鼻についた。彼は俺の髪を鷲掴みにし、顔を上げさせた。すると俺は、彼の後ろにもう一人誰かがいるのを見た。彼の顔は、長く伸びた前髪でほとんど隠れている。だが、その口元は地平線に沈む上弦の三日月のようにスッと細く笑っていた。なんとも不気味なその男もどんどん近づいてくる。


挿絵(By みてみん)



「旭、後ろの女の子はあのまんま寝かせてていいの?」


「あぁ。とっとと引き上げるぞダラス。アイツらより先に地下に帰ろうか」



 旭……? 何処かで、何処かで聞いた名前だ。そう、あれは夏……バリッサを仕留め損ねたあの晩……ッ!



「少年。オレの名は、旭 大輔。ようこそ『ネメシス』へ」



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