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Prolog the 3rd

さて、第三章の幕開けです!

 

「何ですか、話って」



 蛍光灯が白く照らす小さなオフィス。オフィスと言うには少し薄暗く、何とも形容し難い鬱屈した空気が部屋の隅に淀みを作っている。さらに、整然と並んだデスクのひとつに腰掛ける男からもその空気は湧き出していた。

 彼は如何にも気だるげにライターに手を伸ばし、新しい煙草を炙る。紫煙の向こうにある瞳の下には黒い影が落ちている。隈と言うより、それは痣だ。薄紫色の髪の優男が差し出した灰皿に灰を落とす。



「それ、どうしたの? また菅谷とヤりあった?」



 背もたれに身体を預けた男が茶々を入れる。その目は鬱陶しい前髪で見えないが、その口元は笑っている。ギシギシと椅子を揺らしながら落ち着かない様子。



「これは別件。上の仕事でな」


「ふぅーん。で、なんの話?」



 この落ち着かない男、ダラスは何かやりたいことがあってうずうずしていると言うよりはむしろ、改まって椅子にじっと座る事が苦手な様だ。

 煙草をふかす(あさひ)が遂に自ら口を開いた。一同の視線が集まる。



「正直どう思うよ、お前ら」



 散々焦らした末に疑問形で始めた彼。すると、一瞬にして殺伐とした視線が突き刺さる。まぁまぁ、と片手でそれらを制した彼は薄ら笑いを浮かべつつ赤いネクタイを緩めて前のめりになった。



「この前のハビの話によりゃ、もうコレは()()()の再来としか言えねぇ。いや、もっとマズい事が起きてる。そう思わねぇか? で、提案なんだが……オレが目を付けてる一人のガキを此処に呼びたいと思ってる。どうだ、菅谷」



 名指しされた男。最も鋭い視線を投げ掛けていた隻眼の若い男。彼こそこの場の責任者であり、最高決定権を持つ者。眉間に皺を寄せる。



「誰の事を言ってるんですか。そんな報告、受けてませんが」


「え、そうだっけ」


「……。兎に角、そのガキを呼んで誰がどう得を? 説明願いたい」



 明らかに旭より歳下の彼は敬語を使う。だが、やはりその中に威厳と、責任者としての責任感が満ち溢れている。菅谷はこういう面でも内外からカリスマ的と呼ばれるのだ。本人はあまり容認しないが。



「察しが悪いなぁ。菅谷クンよ。それともメルデスの奴に頭下げるのがいいか?」



 その瞬間。何かが爆ぜた。誰よりも、菅谷の瞳に赤い焔が晄を宿す。『メルデス』その単語、固有名詞は禁句と言うよりむしろ起爆剤だった。旭同様、菅谷の身体も前のめりになる。



「もっと、詳しく」


「あのガキは確実にミュートロギア内部に何らかの形で関わってる。それに、ショッピングセンターですれ違った時監視カメラが不審な動きをした。オレの推測と勘からして、恐らくメルデスのお気に入りか何かだ」


「で、それを餌にその男を?」



 黙って聞いていた人々の中、背筋を伸ばし緊張した面持ちの彼女が強い口調で話に加わった。前に組んだ腕の上に大きな双球が乗る。その彼女、輪堂茜は少し責めるように旭を見る。



「輪堂ちゃん、怖いなぁ……別に、これは仕事。そうだろ? オレら(ネメシス)の存在意義の根幹はちょこまかしたドンパチの処理とかんなもんじゃねぇ。そもそもはヤツら(ミュートロギア)に対抗する為に創られた」


「あぁ。それに、この前ハビが言っていたあの事についても何か知っている素振りがある。いや、(メルデス)は絶対に何処かで噛んでいる。その為にはやむを得ん」


「その通りだよ、茜さん。私は賛成」



 紙のパックが潰れる音。描かれたオレンジのイラストが歪む。彼女が口を離すと再びその形状を取り戻す。白髪が揺れる。輪堂を見つめる瞳はどこか芯の強さがある。それを機に、一同の空気が同じ方向に向いた。


 その時、デスク上の電話がけたたましく鳴り響いた。



「はい、なんでっしゃろ。ふんふん、旭さんに代わったらええ? うん、ほな少々お待ちください」


「オレ?」


「うん。ニ課の課長さんやわ」



 一番に受話器を取ったのはこの関西弁の男。発言していなかった最後の一人。赤い短髪、額にまいたタオル。そして、裸の上に羽織った白衣。浅黒い肌に、ニカッと笑った時の白い歯が浮き立つ。


 少し首を傾げ不思議そうにする旭だったが、暫く静かに先方の話を聞いていた。時折相槌を打つ。と、同時に別の受話器が再びジリリと鳴き始めた。紫髪の優男、ティナが応答する。かしこまった優しい物言いで聞いた事を一つ一つ紙に書いてメモした。紙の上で万年筆がさらさらと踊る。


 二人が電話を切ったのはほぼ同時だった。そして、顔を見合わせる。



「旭さん、多分……」


「やっぱりそうか。ティナの方も……」



 二人の間でやり取りされる視線。




 ──ネメシス。彼等もまた、世界の理に翻弄される道を辿る事となる。五年前、その入口に足をかけたままだった彼等が遂に前に進んだ。その瞬間(とき)であった。

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