表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/96

さよなら

「今すぐそこから離れて……。ネメシスが来た」


【は……ッ?】



 戸惑う声が聞こえたが彼は通話を切断した。

 彼の胸元には赤い光点。動けなかった。少しでも動けば彼の心臓を鉛の弾が貫くだろう。今の彼には雨音がやけに大きく感じられた。


 その光点が点滅を始める。素人から見ればただの不規則な点滅だが銃の道を知るものであれば……特に狙撃に精通するものであればその意味が嫌でも分かる。それは警告だった。パターン化された点滅は狙撃手の言葉を、そして、絶対的有利を知らしめる。


 神威は黙ってその光の点を見つめ、ゆっくりとギブスをしていない方の手を胸に置いた。屈辱的ではあるものの、これが彼らにとっての了解のサインであり、ある意味命乞いのようなサイン。そっと唇を噛んだ。



「見逃して欲しければ今すぐ引け、だが次会った時に拘束する……か」



 赤いレーザーポインターの光が消えたあと、小さく呟いた。

 それがあの少女からの宣告。オルガナを戦闘不能にし、さらにメルデスを殺害しようとした彼女の言葉に首を振ればどうなるかは火を見るよりも明らかである。

 セントラルビルの屋上の彼は後片付けを始めた。自分の痕跡を残さぬように。雨水の混ざった強風が彼の頬を打った。曇天を見上げるが、真っ黒な空は泣き止む気配が無さそうだ。





「神威のやつ、ブチ切りやがった! どうする、ダイキ」


「任せるしかないよ。尾行だけ気をつけてズラかるしかない!」


「あぁ、それが名案だなぁ。少年A、Bになりたくなけりゃ」



 初めて聞く嗄れ声に二人は肩を震わせた。実戦経験も豊富な彼らでさえその男の出現に気づけなかった。赤いネクタイに白いシャツ。顎の下に無精髭を生やした一見小汚い中年男。群がっていた鬼が彼の姿見た途端に動きを止める。動揺する菊川とタツヤを見て不敵に微笑んだ。

 また、現れたのはこの男だけではない。彼らの前方から火柱が上った。その男は周りにいる鬼化した動物達や人々をものともせずに堂々と歩いてくる。目にもくれず……いや、違う。敵に彼の姿が見えていないような。炎を纏う右腕には同様に火の粉を散らす一振りの飾り刀。鳳凰の彫り込みがあり、芸術的な曲線美。漆黒のコートに身を包む彼は真っ黒な眼帯で片目をおおっている。こんな男、一人しか居まい。菊川はゴクリと唾を飲み込んだ。



「ネメシスの……菅谷雄吾!」


「ガキの癖に呼び捨てとは、貴様いい度胸だな。見た事のある顔だが、あの夜にもいたガキか。これは命令だ、退()け」


「オッサンらの手に負えんのか?」



 タツヤが食ってかかるが、その男は全く動じないどころか片方しかない眼光を光らせ、もう一度低い声で言った。彼らは一度あの神社でこの男と出会っていたが、その時は感じ得なかったオーラを感じ、頬を汗か雨水か分からない嫌な水滴が伝った。自分たちでは勝てない。そう確信せざるを得なかった。



「もう一度言う、退け。貴様らの出る幕ではない……メルデス=サングシュペリに宜しく伝えておくんだな」


「チッ……いくよ、栁」



 先程菅谷が通り切り拓いた道に向かって駆け出す二人。その背中を見送る影がもうひとつ増えた。男二人の間に現れたのは女。胸の部分がはち切れそうな黒い戦闘服に身を包んだ彼女は旭に迫ろうとしていた男を『SIG SAUER P220』で砂に変えた。そして彼らに向き直る。



「あんの小僧ぉお……逃がすんですか、菅谷先輩」


「あれがその輪堂ちゃんを組み伏せた爽やかイケメン? オレの方がもーちょいイケメンじゃね」


「それはありえません」



 軽い調子で輪堂に話しかける彼、旭大輔は腰に下げた警棒らしき黒い武器を手に取った。手元でくるりと回して振り下ろすと、カシャンッカシャンッという小気味の良い音と共にどんどんと長くなっていく。初めは30センチほどだったそれは彼の身長と同じくらい、約180センチにまで伸びた。



「逃がしたのは俺の責任ではない。旭さんの指示だ。つい先刻この区画の閉鎖及び避難は完了した。無駄口を叩いている暇などない筈だが?」



 右腕に炎を纏う菅谷が冷たく言い放つと、輪堂も黙りこくるしかない。周囲に群がる敵を見つめ、腰を低く構えた。手元の愛銃をしっかり握りしめる。今までの苦楽を共にしてきた相棒。スライド部分の『9mm』の文字とその隣の桜にWの文字、それをそっと撫でる。



「行くぞ、ハビ、ライラ」



 菅谷の呼びかけに、雨に打たれているにも関わらず刀が発する火の粉が煌めきを増した。喜んでいるようにも見える。そして、耳につけたインカムの向こうでも小さく応答があった。



「俺、菅谷雄吾と旭大輔がメインで切り込む。その他の者の任務は前衛二名の援護。ネメシスの権限において目の前の敵を駆逐する事を許可する! 尚、この作戦は秘密裏かつ非公式的であり我々だけで執り行う」


「了解です」


「りょーかい」


【了解】



 仲間の返答を待って、彼はさらに続ける。



「万一の事があれば味方であろうと容赦せず殺害しろ。特に()()()()()()()はや敵に関しては未だ不明な点が多い。確実に一体一体仕留めることを心がけろ。では、幸運を祈る」



 菅谷の許可がおりた瞬間、彼ら『ネメシス』は鬼と二度目の衝突を果たした。彼らの持つ()を確かめる為に。


 増幅を続ける敵を斬り伏せ燃やし尽くしながら、菅谷は思考する。()()()の光景を想起しながら。今よりも若かった彼の脳裏にこびりついて離れることの無い景色。かつて()()と呼んだ男を失う事になったあの事件。再びあの惨状が起きる事を予感していた。

 だが、今の彼はあの時とは違う。守られる側では無く、守る側として君臨する彼は強く決意した。彼の持つ()で、今度こそ組織を、仲間を守ると。



(ぬし)よ。(わらわ)もやっと思ひ出したぞ》



 突如脳内に響く幼子の声。古めかしい話し方の彼女、ハビは人間ではない。彼の握る飾り刀だ。



「五年前、まさかお前もあの場に居たのか?」


《いんや、そうではない。もっともっと昔のことさよ》



 懐かしむような、だが、暗い影を帯びた様な物言いに菅谷は眉をひそめた。しかし途端にハビは話すのをやめてしまう。まだ彼女自身も混乱しているようだ。



「また時間のある時に聞こう。まずは目の前のヤツらを葬る。火力を上げてくれ、ハビ」



 要望に応え、菅谷の纏う炎がさらに大きくなった。振り返って見ると敵は既に半分ほどを駆逐されていた。無表情でじっと構える彼の目の前に躍り出てきた女──黒いオーラを撒き散らしていた女──を、炎剣は息をするよりも簡単に胴の部分で二つに分ける。体液のようなどす黒い液体を飛散させながら、彼女は地に堕ちる。そして我が身に何が起きたか分かる前に砂へと還った。

 途端に人間を蹂躙した鬼達は勢いをなくしてゆく。増殖を続けた鬼は供給元を絶たれて殲滅の一途を辿る事となった。




 それを遠方から見る三つの影。菊川、栁、神威の三人はネメシスが張った非常線のすぐ外にある雑居ビルの屋上から固唾を飲んで見守っていた。そして、苦戦していた敵がいとも簡単に蹴散らされてゆく様子を見て身震いをする。



「まさかと思うけどさ、メルデスさんみたいな力を持ってる人がネメシスにも居るんじゃないかな」



 神威がポツリと呟いた。狙撃銃を仕舞ったケースに腰掛けている。彼の憶測に、地上で対面した二人は頷いた。メルデスの様に魔法陣のようなものが出現したりはしていないものの、妙な感じがしたのだ。特に、あの菅谷という眼帯の男には。

 元はと云えば、あのメルデスはネメシスに居た。そうであっても不思議でな無い。



「とんでもない事になったな。これを見せたいのにさっきからセギさんと連絡繋がらないし、フレイアもどういう訳か捕まらねーんだけど……」



 痛む肩の骨を擦りながら栁達哉は呟く。他のふたりはひたすら黙ったままだ。異能を有する点で相似するものの、真っ向から対立している二つの組織。相容れない彼らは奇しくも現在、同じ敵と闘っている。否、おそらく今後も……。




 □◆□



 ここは……終焉の鬼(リリー)の世界?

 いや、違う。俺の傍らに居るのは穏やかな顔をした()()だった。彼は閉じた瞳をパチりと開く。吸い込まれそうな程に輝く瞳。先程見ていた彼とは別人格……と言うよりは、今目の前にいる彼こそが俺の知っているリャンだ。此処は、白い光に包まれた何も無い場所。



「リャン、ごめ……」


「ごめんネ、アキト」



 俺が謝ろうとしたその声に覆い被さるように、彼が懺悔を始める。その頬が雫で濡れた。その雫は彼の手を握る俺の手にも落ちる。



「なんでリャンが謝るんだよ……俺が悪かったんだよ、俺がお前の《声》にもっと早くに気づいてたら……! リャン、今からでもいい。話してくれよ。お前がしてくれたように、俺もリャンの心を晴らしたい。もう遅いなんて、言わないでくれ……」



 見つめていたハズの彼の顔がぼやける。俺の目からも熱いものが零れた。彼が首を横に振る。そして、少し苦しそうに笑った。



「謝謝、アキト。そう言ってくれるなら……見せるヨ、ボクを。ううん、見てほしい」





 次の瞬間、俺は全く知らない土が剥き出しの細い道に居た。両脇には倒壊してもおかしくないような古い建物。見上げた空は黒く厚い雲に覆われていて、今にも雨が降りそうだった。



「鈴風、ご飯の時間ですよ。風太をおうちに戻してあげて」



 突然、斜め上から凛とした女性の声が聞こえて慌てて振り返る。優しい目をした綺麗な人だ。細く痩せているが、その表情等が何処と無くリャンにそっくりだった。そして、こそばゆい感覚に横を見ると、そこには獣がいた。猫にしては大きい。きっとこれは……まだ鬣がないけれど、風太に違いない。

 これはリャンの記憶。それを俺は追体験している。


 突如風景が転じ、檻の中のような場所に寝転がっていた。冷たいコンクリートの床に直に寝ている。ガチャ、と鍵が開いて誰かが入ってくる。大きなシルエット、剃りあげた頭のてっぺんから黒い髪を三つ編みにしている巨漢。王青藍……奴だ。手には平たい皿が二つ。ほんの少しの豆が乗っていた。

 それを乱暴に床に置いた彼は何も言わずに出ていった。リャンはそれを一心不乱に食べ始めた。すると、声が掛かる。少し掠れているが、あの凛とした声だった。



「鈴風、私の分も食べていいのよ。10歳の誕生日でしょ、今日は」


「いいよ、母さんだって何日も食べてない。母さんそんなのじゃ死んじゃうよ」


「お前はいい子だね……私がこんな力を持ったばかりに、いらない苦労をかけてしまったのに。早くお前をここから出してやりたいよ……そしたら風太と二人で幸せに暮らせるだろうにね」



 げっそりと痩せこけた彼女はそれでも笑っていた。柔らかい手つきでリャンを撫でる。その時、枝のように細い腕を掴んだ者がいた。いつの間に現れたのか、先程の巨漢であった。



「出番だ。早く出て客から金をとってこい。そしたら息子の事は考えてやってもいい」



 明らかに虚構である口上を垂れ、リャンの母親を強引に連れ出そうとする。だが、それに黙ってついていく彼女ではなかった。その手を振り払い声を荒らげる。



「アナタ、いつもそう言うではありませんか! それに、食事だってこれでは足りません!」



 果敢にも異議を唱えた彼女の身体が鉄格子に打ち付けられて鈍い音を上げた。苦痛に顔を歪める彼女を無理やり立たせた男は顔を赤くして怒鳴り散らす。



「なぁ、誰がこんな人間を助けてやったと思う? オレだよな! 街で貧相にしてるのを拾ってやって、臓器を売り払わずに生かしてやってるんだ、有難く思え!」



 そんな光景を、リャンは黙って見ていた。その足は黒く汚れ、膝を抱える腕も痣だらけであった。無理やり連れて行かれる母親の背中を最後に再び景色が変化する。



 彼はモップのようなものを持って地面を擦っていた。赤いシミのような汚れをひたすらに擦る。だが、なかなか消えない。

 すると少し離れたところから人の話す声が聞こえた。



「チッ……途中で力尽きて能力が効かなくなるなんてな、大損もいい所だ。虎を撃ち殺すハメになっちまった。高かったのになぁ。ま、動物の死体は処分が簡単ってのがせめてもの救いだな」



 独り言のようだが、やけに大きい。わざとリャンに聞かせているかのようである。胸糞悪い。あの男に違いない。



「仕方ねぇ、もう少し一人当たりのメシの量を増やすか。一人分減った所だ。……クックッ、あの息子も災難だよな。あの母親と同じ能力を持って生まれちまうなんて。ヤツも今頃虎の腹ん中で泣いてるだろう」



 パタン、という音と共に人の気配が消えてステージ上の照明が消えた。真っ暗な中立ちすくんでいたリャンは、がくりと膝をついた。そして握った拳を地面に叩きつけ、時折嗚咽を漏らした。

 地面の赤いシミに額を擦り付ける。



「母さん……母さん」



 随分薄くなっているものの、ここまで近づくと濃厚な鉄サビの匂いが鼻腔に充満する。暫く泣き続けた彼は、背後に人の気配を感じて咄嗟に振り向いた。泥のついた裸足が見える。



「不幸の匂いがして来てみたら……まぁ、可愛い坊やだこと」



 たしかにその影は女の声でそう言った。艶っぽい声に粘り気のある話し方。何処かで聞いたような気もするこの声は……?



「ふふふ、憎悪の香りもするわね? アナタ、素質あるわよ……。ん? 日本語分からない?」


「ここは中国デスけど、ボクわかりマス。あなたは……?」


「私はね……」



 その女がしゃがみ込んでリャンの顔を覗き込んだ。少し変わったドレスを着た女。青白い肌に、美しい曲線美を描くくびれ。だが、彼女の肩から先が無い。

 そして俺は驚愕する。死んだと思っていた女、俺がこの手で殺したはずの女の顔がそこにあった。


 なんで、こいつがここに……ッ!

 






「ハッハァッ……ハァッ、ごめん」



 あまりの衝撃に彼の精神世界から逃げ出した。こんな事……あんまりだ。やはり、彼をこうしてしまったのは俺だったんだ。俺があの時……



「アキトのせい違いマス。ボクの心が弱かったダケ。アキトみたいに考えられなかっタ。家族を死に追いやった相手に復讐するしかボクには思いつかなかっタ」



 彼の暖かい両腕が震える俺の身体をすっぽりと包み込む。そして彼は未だに立ち直れずにいる俺の耳元で囁いた。吐息が耳にかかる。



「请帮助……助けて、アキト。ボクをここから助けて。君ならボクを救える、ボクはあの時そう言いたかっタ。君に出会って、アキトと友達になって、ボクも復讐じゃない方法で生きたいって思えタ」



 涙が、止まらない。彼の手を握りしめる手が震え、声を出そうとしても出てくるのは嗚咽だけ。何故かもう既に彼がこれから言おうとする事が分かるのも、ひとつの原因なのかもしれない。

 俺のこの鬼に対する力はほんの一時的なもの、俺がその相手に触れている間でしか作用しない。今の俺とリャンの繋がりが切れてしまえば彼は再び牙を剥くだろう。

 だから彼は、そこから救ってほしいと願ったのだ。



「キミの手で殺して、アキト」



 だから、お前のその声で『殺す』なんて言葉、俺は聞きたくないんだよッ……。



「そんなくらいなら、俺が消えた方がいい。俺にそんな事……」


「それはダメ、アキト。ボクはもうアキトみたいに生きれない。ボクはあの男だけじゃない、梓萌(ジィミン)さんも、他の家族(ファミリー)もみんな殺しタ」


「でもッ! 風太は殺さなかった、操ったりなんかしなかった、そうだろ? まだお前は生きてる……!」



 そう、お前は言った。能力で操ったりなんかしたら風太が可哀想だと。だから操ったりなんかしないと。大事な家族なんだ、と。言ったじゃねぇか……ッ!



「でも、それが精一杯。多分もう少ししたらボクはボクじゃなくなる。きっと、今度こそアキトたち殺してしまう。風太だって、人殺しさせることになる。それで、初めてできた友達殺してしまう……ッ、グゥッッ」



 俺を抱擁するリャンの腕の力が弱まって、苦しそうな呻き声を上げた。そんな、ダメだ……待ってくれ。俺には……ッ、そんなの!



「ッ? リャ、リャンフォン……っ」


「アキト、一緒に食べたハンバーガー美味しかった。ジェットコースター楽しかった。アキト沢山楽しい事教えてくれタ。ボクはアキト殺すの嫌になっタ、もっと……一緒、に、いた……ッ」



 鈴風の呻きが一層大きくなる。自分の中で彼を押しのけようとする何かと必死に戦い押さえ込んでいるように。(リリー)が彼を蝕んで……。

 突然、息が苦しくなった。視界が点滅する。真っ白な世界がどんどんとくすみ始める。薄れる意識の中、邪悪な笑みの彼の口が僅かに動くのをこの目で見た。





「ハッ……、クッ」



 パッと目を開けると現実の世界に戻っていた。燻り続ける赤と黄色のテントが見え、ちょうど向こうでこだまがリャンの父親だったものを砂に変えたその瞬間だった。俺を抱擁していたはずの友の手は今俺の首にあてがわれている。それはどんどんと力を増していき、それにつれて俺は呼吸ができなくなってゆく。



「やっぱりアキト危険デス。一番に始末しますネ。お遊びは終わ……」



 爆発音、否、発砲音が遅れて聞こえたような気がした。だが、硝煙は確かに俺の手元で上がっている。火薬の匂いが鼻についたかと思えば次の瞬間、気管に新しい空気がどっとなだれ込む。激しく咳き込み、拳銃が俺の手から滑り落ちた。力の入らなくなったリャンの身体が俺にもたれかかってくる。それを受け止め抱えた。ずっしりとその重さが両腕にのしかかる。



「もっと、マシな言葉……無かったのかよッ。リャンフォン」



 その銃身にぽたぽたと落ちた雨粒。俺たちは冷たい雨に打たれていた。握り続けている手はまだ温かいのに、確かにそこにあるのに、ピクリとも動かない。瞳を閉じた彼の顔にも雨は降り注ぐ。とても、穏やかな表情(かお)だ。まるで眠っているかのように。



「『さよなら』だなんて、言うなよ。友達なんだろ、俺たちは。じゃあ、最後に言うなら……また明日な、だろうがッ」



 動かなくなった彼を抱き締めた。だが、その感触もすぐに消え始める。リャンの身体は砂になり始めた。足元から順に、サラサラと崩壊してゆく。他の鬼と同じように土に還ってゆく。俺の目の前から、腕の中から消えていく。嘘だッ……行かないでくれ、頼む……リャンッ! 俺はこれからどうすりゃいいんだよ……。



「生きて」



 雨の音の隙間から微かに彼の声が聞こえたような気がして慌てて顔を覗いた。リャンと目が合った。涙を貯めたその黒い瞳から雫が伝う。

 そしてリャンは、彼の笑顔を見せた。とても穏やかで優しくて、まるで太陽のような笑顔。なぁ、リャン。俺は、これで良かったんだな……? お前も、これで良かったんだな……?


 声に出した訳でもないが、何故かリャンは笑顔のまま頷いた。そして、彼は消えた。初めからそこにいなかったかのように……その質量も、温かさも何もかも全て。

 手の中に残った砂を強く握りしめる。



「うぁあああああああああああああッッッ!」



 俺は、空に向かって吠えた。友を殺めた自分の無力さを呪って。この哀しみを誰かに伝えたくて。

 すると、俺のそばにそっと毛むくじゃらな巨体が擦り寄ってくる。風太……ごめん。お前の家族を殺したのは俺だよ、お前を一人ぼっちにしたのは俺だ。彼は喉を鳴らし、ひどく悲しい声でひとつ吠えた。お前も泣いているのか? 目元に雫がついてるぞ。



「お前も、辛いよな。ごめんな、風太」


()()()も辛いでしょ」



 鈴の鳴るような声が背後から舞い降りてきた。直後、ふわりと背中が暖かくなる。俺の胸元に刀の鞘を握った細い腕が回されて……えっ?



「ごめんなさい。それから、ありがとう」



 女の子らしい甘い香りの吐息が首元にかかる。彼女は、何を言っているのだろうか。それにさっき……



「私、あなただけは違うって思ってた。あなただけは何を考えてるかわかんなくて、あなただけは心が見えなくて。でもね、それはあなたのせいじゃなかったの。私のせいでもあったの。でも、あなたはみんなと同じ。ね……悲しい時は悲しいって言う方がいいんだよ。つらい時はつらいって、言って、()()()。声に出して言わないと」



 こだまは、そう言うと後ろから俺の手を握ってきた。小さな手、細くて折れてしまいそうな腕。彼女は……俺を慰めてくれているのか。声に出して言う……俺の心を、声に……。



「俺、辛いよ。これが運命だなんて悲しすぎるよ……また遊びに行こうって言ったじゃねぇか、向こうに逢いに行くって、約束しただろッ……なんで、俺はこんな……。俺は辛いよ、こだま」



 いつもははしゃいで喋り続ける彼女だが、今日は何も言わなかった。その代わりに、地面に座り込む俺をただ後ろから抱き締めてくれていた。彼女の計らいだろうか……後ろからなら、泣いている顔を見られずに済む。身体の中心がもう、どうにかなってしまいそうなくらい、俺は泣いた。降り注ぐ雨に負けないくらい、俺は友のために涙した。

 王鈴風(オウリャンフォン)、お前の事は絶対に忘れない。俺は必ず何処かでお前を見つけてみせる。俺の手の中には、今もお前の温かさとトリガーを引いた時の冷たさが残っているから……。


 何処かで、季節外れの風鈴がチリンとなった様な気がした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ