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第二の鬼

 


「まだ、本城 アキトは、来ない、のか」



 女は相当苛立っていた。気が長い方ではないものの、周りは彼女を宥めるのに手を焼いている。

 するとその場所に一人の男が慌ただしく入ってきた。四肢の関節のプロテクターやベルトに取り付けられたホルスターなどを見る限り軍隊の一人のようにも見えるが、彼はれっきとしたミュートロギアの隊員である。前A隊リーダーの殉死後役職を引き継いだ若手の男だ。引き締まった屈強そうな身体つきで、少々緊張気味だ。そして彼はメルデスの前で敬礼をしてから喋り始める。



「尾行班より連絡です。対象二名は鉄道に乗車、内陸部を目指しているようです」


「テメェの読み通りだな。まぁ、メルデスにゃ朝飯前ってか?」


「僕は大した事して無いさ。現場のみんなのおかげだよ」



 一見、廃ビルの中のような場所だが此処はれっきとしたミュートロギアの施設である。廃ビルのような内外装はカモフラージュであり、実際は地下空間にシェルターや武器弾薬庫、簡易的ではあるが転送装置などが設置されている。

 現在彼らが居るのはこの地上二階部分。そこで鬼への唯一の対抗手段である一人の青年の到着を今か今かと待ち侘びていた。


 だが、本部にいるセギからも彼の出発を報せる無線等が一切無い。



「今、奴等が、動いても、我々は、雑魚を、始末する、事しか、できない。もしもの、事が、あれば、どうして、くれる」



 そう吐き捨てたオルガナの視線の先には話題の彼の姉が居た。本城夕妃。最近は戦闘への参加を見送ることが多かった彼女だが、先日のオルガナとの口論により出動したのだ。だがその格好は至って軽装。なんせSランク能力者である。あるだけ邪魔だと言うのが彼女の言い分だ。

 そんな彼女が自分に向けられた言葉に眉を寄せる。



「最近のアンタ、ちょっと強引過ぎるわ。自分で気づいてる?」


「……知った、ような、事を、言うな」


「ハァアア? 何様のつもりよ!」


「ああもう。ここまで来て喧嘩はやめてくれよ。ユーヒの『自然掌握(フィジカライザー)』が有れば百人力さ。それに、事前に彼に伝えて無かった僕が悪いんだから」



 すかさずメルデスが仲裁に入った。オルガナも少しマズかったと気づいたのか口を噤む。

 実のところ、本城夕妃はメルデスの体調の事を知らない。それこそ、知っているのは岸野やオルガナ、セギ。さらに“余命”の事まで把握しているのは主治医のレンのみ。メルデスは頑なに周囲に知られる事を拒んでいた為だった。



「メルデスさん!」



 そして、さらにその場所に一人の女性が駆け込んできた。黒い髪を後ろで一纏めに結った彼女もまた戦闘服で体を覆っていた。



「心恵さん、何か動きがあったんですね?」


「ええ。初めは終点の繁華街に行くと思っていましたが、どうやら違うようです。それよりも3キロ以上離れた田舎町の駅で降りたと報告がありました。地図でいうと、この辺り……何かあるのかしら」



 メルデスの目の前に広げられた地図に赤く丸をつける。地図を見る限り特に目立ったものは無い。強いて言うならば“何も無い”のが特徴とも言えそうなほど何も無いのだ。民家も点々と散見されるが残りは皆農地と思われる平野と、ちょっとした丘のみ。



「ん? この一角だけ少し変だね、本当に何も無いのかな」



 だが、メルデスの目は何かを捉えた。少しばかり高地になった場所、そこが明らかに人工的に手を加えた様な跡が地形に残っている。ほぼ等間隔に並んだ等高線が少し捻じ曲がっていた。



「よく気づくわね、何かしら……」


「墓だろ、多分」



 黙ってメルデスの横に控えていた白衣の男が横槍を入れる。



「立地的に有り得るだろ。人間は昔っから小高い丘なんかに墓を作るのが好きだろ。まぁ……ってことはアレだな」



 理路整然とした彼の口調に皆が頷くが、最後に何故か言葉を濁す。それに頷いたのはメルデスだけで、他の者は首を傾げた。

 メルデスは大きな溜息をつき、A隊リーダーの男に向き直る。



「僕らも行くよ。お呼びだ」



 一瞬キョトンとした彼だったが、指揮官であるメルデスの命令は絶対だ。一礼し、すぐさま部屋を飛び出した。不思議そうな顔をした心恵もその後について行く。



「ァ? どういうこった、メルデス」



 話についていけない岸野が訊ねるが、すかさず横槍を入れる人物が一人。



「流石は、低脳。やはり、分からないか」


「ッざけんじゃネェぞ、オルガナ! 誰がテメェらを運搬(はこ)んでやってると思ってやがる!」


「それは、お前の、仕事だ」



 冷たく言い放ったオルガナは、青筋を立てて震える岸野など歯牙にもかけない。壁に立てかけていた狙撃銃をケースから取り出した。そして、注意深く表面を眺めながら呟いた。



「こちらの、尾行が、知られた。いや、寧ろ、初めから、それを、狙っていた、可能性が、ある」



 落ち着いた声や口調は変わらないが、やはり怒りは収まらない様子だ。結局、本城暁人は現れなかったのだから当然といえば当然であるが。



「まぁ要するに、わざと人のいない所におびき出そうというなら僕らにとっては願ったり叶ったりだよ」


「ま、でも……向こうも相当強気ね。まるで、ここを私たちの墓場にしてやるとでも言いたいみたいじゃない?」



 夕妃の言う通りだ。可能性は充分あると言えるだろう。その場に緊張がさらに張り詰める。気の弱いものであれば胃が痛くなりそうな程に。



「よし、じゃあレンをはじめとする医療チームはとりあえずここで待機して、セギからの連絡を取り次いで欲しい。アキトくんが到着したら彼に任務の説明も頼んでいいかな?」


「あぁ」



 レンがメルデスの指示を了承した。少し目を細め、思う所があるようだが……彼が言ったところで言うことを聞かないことくらい分かっている。短く返事をしただけであとは口を噤んだ。



 不機嫌なオルガナとその他狙撃部隊員が岸野と共に先行した。



「アキト、あの子空港に見送りに行くんだって言っていたわ」



 夕妃が独り言のように言うが、もちろんそれはメルデスにも聞こえている。なにやら考え込んでいるようだ。



「そうなのかい? どこで油を売ってるんだろうね、ははは」



 夕妃の顔色を伺うように苦笑いをするメルデス。彼女の表情が晴れないのは何が原因なのだろうか。メルデスでさえもそれを推し量れずにいる。



「私の聞き間違いというか、思い違いかもしれないの。でも、あの子ね……12:58発の便だって言っていたの。変じゃない? まぁ、子どもを巻き込まない様に別便で来たってこともありえるわよ?」


「ほう。場合によっては……変だね。セギ、聞こえるかい? セギ?」



 呼びかけるが本部のセギから応答がない。おかしい。彼が席を離れていると言うよりは、何か他のことをしている様な……。そこへ岸野が戻ってくる。額には汗を浮かべていた。



「オイ、やべェぞ。第一の鬼の時みたいに突然敵が……ッ。A隊のヤツらを先に送り込んだ。あとはテメェらだけだ」



 目元の傷跡の縁を沿うように一筋の汗が顎の方まで伝う。メルデスが珍しく舌打ちをした。ジャケットの内側をまさぐり、硬い感触があることを確認する。



「何か、とても嫌な予感がするよ。でも出来ることをするしかないさ。行こう」



 次の瞬間。メルデス、岸野、夕妃の姿が忽然と消える。一人残されたレンが溜息をつき、ポケットから煙草の箱を取り出した。黒い巻紙のそれを取り出して火をつける。紫煙がふわりと舞った。



「まさか……な。でも、そうだとすれば……」



 誰にいうでもなく、自問自答し、沈黙を続けるPCの画面をじっと見つめる。【通信中】という文字だけが浮いた暗い画面。


 彼の元に日本での鬼の出現が知らされるのは、もう少し後である。



 □◆□



 塩ビの臭いの隙間から漏れてくる獣の匂い。

 彼らと談笑した日が思い出される、温かい匂い。しかしそれに浸っていられるほど落ち着いてなど居られない。胸のあたりでつっかえる空気の塊を無理矢理押し出した。


 そっと外幕をめくって中へ入る。すぐさま周囲を確認した。観客席がずらりと並ぶ二階部分の最後列に俺は立つ。

 中はしんと静まり返り、自分が発したほんの少しの足音さえも大きく感じた。


 見下ろした先、ショーを行うステージ上。美しい少女が怯えた目でこっちを見ていた。輝く海を想起させるような碧眼と、太陽の加護を受けているかの如き金色の髪。始祖の鬼(リリー)の心臓を体内に持つ少女、クレイス=エストラ。やはり連れ去ったのはリャンの父親だったな。口には猿轡(さるぐつわ)を嵌められ、腕を縛り上げられている。

 しかしそれ以外に目立った怪我などもない。ひとまず彼女は無事であった。



「リャンは……」



 しかし、彼の姿が無い。不思議な笑顔をもつ、辮髪の青年。俺に助けを求めていた、友達。気づいてやれなくてごめん。でも、今助ける。



「あれは……ッ?」



 背後のフレイアが斜め前方を指さした。長椅子状の座席の足元、その横の通路に黒いロープのような……!



「リャン、リャンッ!」



 通路を駆け下りる。ステージ上のクレイスが何やら声を上げているが、こだまが気を配ってくれてる。そういう作戦だ。だから俺はリャンを……



「リャ……ン?」



 だめだ、違う。嘘だ。


 反射的に飛び退いてしまった。通路の階段を踏み外した俺はゴロゴロと最下部まで転げ落ちてしまう。胃から迫り上がってくる何かを必死で堪える。

 動悸が収まらない。待ってくれ、何かの冗談だ。リャン……お前な筈無い、そうだろ……ッ?


 上からは見えなかったが、下の段の座席の下には赤黒い血液が広がり彼はその血溜まりの中に……否、多分発生源として横たわっていた。その血液は乾き始めている。いや、こいつは、リャン……じゃないかもしれない。



「ヒッ……」



 あとから駆け寄ってきたフレイアも息を呑む。尻餅をついたままの俺の服の袖をぐっと掴んだ。


 その死体には、顔が無かった。一部の骨が顕になり、人体模型のように顔の筋肉が張り付いていた。お前は、リャンなのか……誰か、違うと言ってくれ! 彼が誰なのか、俺が判断できたのはその髪型でしかない。だから、彼は何処かで生きている……でもそうだとしたら、この男って……



「遅かったデスネ、待ちくたびれマシタ」



 声が聞こえたのは、ステージよりも上……公演時には司会者が立つやぐら。



──得体の知れない悪寒が駆け巡った。

 ゆっくりと、今更だが動揺を悟られないように、とてもゆっくりと首を回して見上げる。ホルスターを押さえる左手と刀を持つ右手が汗ばむ。



 そこには、笑顔の彼が。何度あの笑顔に笑わされたか、何度あの笑顔に救われたか。でも、今彼の顔にある笑顔は今まで見たものと全く違う。まるで、別人が中に入っているように。白い服には、真っ黒のシミが広がっている。



「なんて顔してるデスカ? ボクですヨ」


「本当に、本当に……リャンなのか」



 まじまじとその姿を観察する。背格好、髪型、肌の色……笑った時に出来る笑窪の位置。俺の目には、お前にしか見えない。服だって、彼が着ていたものだ。なのに……。

 お前は誰だ……!



「間違いナイです、ボクですヨ。風太(ふうた)(ライ)



 初めて彼を見た時と同じ。彼の呼び掛けに応じて大きなシルエットが奥からのっそりと現れた。黄金の(たてがみ)、白い牙……彼の長い尾がピシャンと振られた。ステージで縛られたクレイスの傍らに寄ってゆく。



「あなたは誰?」



 いつ現れたのか。こだまが俺の背後に立っていた。彼女は強い口調で問うた。



「だから、ボクはリャンフォンデス。王鈴風(ウォンリャンフォン)。アナタのクラスの留学生」



 不気味な微笑と共に、リャンの声、リャンの口調で彼はそう言った。



「……もう一度聞くよ、あなたは誰ッ?」



 ブォンッと空を切る音が聞こえた。見上げた俺の頭上には刀の鞘が。彼女はリャンに見せつけるように、それを突き出したのだ。

 そして初めて、リャンの表情が変わった。



「こだまサンでしたカ。話聞いてた、小娘ハ」



 話……?



「いいデショウ、これで一網打尽デスネ」



 刹那



 狭いテントの中で響き渡る銃声。震える手で硝煙の上がる拳銃を握り締めていたのはフレイア。狙ったのか分からないが、リャンの肩口に銃弾が直撃する。彼は少し顔を顰め、傷を抑える仕草をした。



「痛いデスケド、そこの男にされタコトより、ましデスネ」



 カラン……という音。俺たちの目の前に血のついた銃弾が落ちてきた。彼の白い服は赤く染まったが、そのシミはそれ以上広がらない。



「りゃ、リャン! この前お前、俺になんか言おうとしただろ。何だったんだ!」


「もう、遅いデス。ボクはもうコレでいいデス」



 その直後。彼は飛び降りた。四メートル程もあるやぐらの上から。

 着地ともにステージ上の土煙が巻き上がるが、彼はなんてこと無くそこに仁王立ちをしている。その彼の元にライオンが擦り寄っていく。リャンは愛おしそうにその身体を撫でた。風太は喉を鳴らしているが……少し違和感がある。何故だ。


 震える膝を押さえながら立ち上がった俺は彼と正対する。

 肯定できずにいるその事が喉をせり上がってくる。奥歯が割れるほど強く噛み締めた。



「アナタは……アナタが……ッ」



 消えてしまいそうなくらい小さな声で。回転式拳銃(リボルバー)をリャンに向けたフレイアが、おそらく俺が聞きたいことを訊ねようとしている。

 銃口を向けられているというのに、リャンは笑顔だった。そして、俺の目を見て頷いた。


挿絵(By みてみん)


「うん、ボクが……第二の鬼ダヨ。アキト、ボクは今から君殺す」


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