暗殺者
「覚えてないかい? その肚の傷はその時に出来たものだ」
咄嗟に下腹部に手を伸ばす。硬い感触があった。包帯が巻かれていた。鈍い頭の痛みと共に、あの光景が脳裏で断片再生される。
雨の打ち付ける音、人の足音、話し声。
下腹部に感じた痛み。流れる血の暖かさ、冷たくなる指先。そして、赤く光る眼。
「……俺」
「思い出したようだね」
彼は満足そうに頷いた。
「すぐに医者に見せられたのが幸いしたね。しかし、君の生命力の強さにはうちの医療担当者も驚いてたよ」
メルデスは、よかったよかったと、相変わらずにこにこしている。
「俺を刺したあいつは、何者なんですか」
そして、フラッシュバックする記憶の中ではあの女も目の前に現れた。強烈な印象は、忘れるはずが無い。
俺が訊くと、メルデスの表情が初めて少し曇る。彼女は、赤い眼をしていた。さらに、常人とは思えない身のこなし。動きのすばやさ。なにより、あの刀………。
「彼女は、天雨美姫。二十三歳。政府子飼いの暗殺者だ。まぁこれは国家機密だけどね」
「二十三歳? どう見ても俺らと同年代の女の子でした。それに、暗殺者……?」
SF映画じゃないんだ。暗殺者なんて。このご時世……ありえないだろう。ますますこの男の言うことが疑わしい。つくならもっとマシな嘘をつけば良いのに。
だが、ちらりと見た彼の顔は真剣そのものだった。メガネの奥の碧眼が細められている。
「なんせ、彼女は現在、不老不死だからね。事実、この前の晴重サンの暗殺で、彼に手を下したのは、彼女だ。ニュースになってただろう?」
ふ、不老不死? だめだ、俺の頭が追いつかなくなっている。かなり話が複雑になってきた。単語の意味は理解することが出来る。しかし、それを現実として受け止められず、結果俺の頭は混乱する。
そんな俺を放置したままメルデスは話し続けた。
「天雨美姫が不老不死になったのは彼女が17歳の時だ。この話が実のところ、君にここにいてもらうしかない理由にも繋がってくるんだよね」
俺がここにいないといけない理由? どういうことだろう。
俺は、天雨美姫なんて名前聞いたこともない。知り合いにそんな奴いなかった筈だ。あのコンビニで出会ったのが初見の筈だし……、もしかしたら人違いなのかもしれない。
万一知り合いだったとしたら俺は、知り合いに突然雨の中出会って、突然刀で腹部をグサッと刺されて殺されかけたことになる。そんな怨まれるようなこともした覚えはない。
「―――――そう、あれは、五年前のことだ」
メルデスが突然語り始めた。