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お別れ会

 

「いやぁ、ごめんごめん。ほんと何も無いんだよ」


「本当デスカ?」



 俺なんかよりよっぽど優等生なリャンは登校も早い。今日はそれに合わせようと早めに彼処(アジト)を出てきた。

 昨晩の放射冷却は地表の温度だけでなく、俺の煮詰まった頭も冷やしてくれたらしい。どういう訳か、少し清々しい朝だった。


 眉を(ひそ)めるリャンにぎこちなく笑いかけて手元に視線を戻す。広げた参考書に目を通すふりをして、脳内で昨日のことを改めて思い返す。



 結局あの後、メルデスに逢いにいく気にはなれず……今朝早くに掃除をしていたグレンさんにメモを預けた

 ──一応、謝罪の言葉も添えて。

 余りにも無謀だった、自分しか見えていなかった。岸野のあの後ろ姿を思い出すと、申し訳ないという気持ちが先行する。岸野に対してだけではない。心配を掛けた姉貴や菊川達にもだ。



「静かでいいデスネ、本棚も綺麗でボクの国とは違いマス」



 小声で耳打ちしてくるリャンに相槌を打つ。確かに、ここの図書館は俺が今まで見てきた中でも特に綺麗だ。アンティーク調の黒光りする棚はピカピカに磨きあげられているし、この自習用の机と椅子だってとても高価(たか)そうだ。使い込まれ、それもまた非常に良い風合いを醸す。時たま風が吹き込むと、その吹き返しの空気に本特有のカビの香りがして、更に歴史を感じさせる。

 特に、この早朝の時間帯はびっくりするくらい人がいない。当たり前と言えば当たり前だが、体育館ほどもあるこの広い、重厚な空間をほぼ独占出来るなんて思ってもいなかった。



「そういや、リャン……いつ日本(ここ)()つんだ?」


「えっと……明後日ダヨ。学校来るの、明日最後」


「そっか……」



 やはり、もう帰ってしまうのか。あの父親も。

 いや、きっと奴は帰国迄に何か行動に移すんじゃないか?

 もしそうなったら俺は……どうしたらいい。



「やっぱり悩んでマスカ?」


「ち、違うって言っただろ……! お別れ会とかどうしようかなって考えてただけだ!」



 今確信した。俺、顔に出やすいんだ。気をつけよう。

 口から出任せでリャンの心配を跳ね除けたが、別に嘘という訳では無い。お別れ会くらいしてもいい……いや、最後になにか思い出に残る事でもしたいな。

 リャンは俺の必死な対応にポカンとしていたが、突然顔を赤くした。



「そんな、いいデスよ! 充分楽しカッタ!」


「言ってたじゃんか、ジェットコースターがなんとか……って」


「そ、それハ……」



 俯いて口篭る。ほら、行きたいんじゃん。偶然の成り行きとはいえ、心の中でほくそ笑む。



「今日はおあつらえ向きに、職員会議で下校が早いぜ?」


「き、今日……なら」



 消えてしまいそうな声で呟いたのを聞き漏らさなかった。

 決まりだな。

 とてもいいタイミングで学校のチャイムが鳴る。朝のSHR五分前だ。


 頬を赤らめながら荷物を片すリャンを見ていると、ふとあの言葉がよぎった。


『友達になってくれてありがとう』


 そう、俺だけでうじうじ悩んで、考え込んで、リャンを俺達(ミュートロギア)に関わらせないなんていう大義名分を振りかざす前に、『友達』だと言ってくれた彼との時間を大事にするべきだ。


 やっぱり今日は、妙に清々しい朝だ。



 □◆□



「スゴイ、スゴイ! やっぱりスゴイよ、アキト!」



 リャンの天真爛漫なはしゃぎ様を見ていると、俺までつられて笑顔になってしまう。置いて行かれないように歩幅を合わせてついて行く。

 此処は学校から電車で三駅向こうにある複合施設。そう、ジェットコースター等のアトラクションの他、ブランドショップの並ぶ高級店舗街や、そのハズレには屋台だったり、あぁ、動物園もあったりする。海を埋め立てて作った土地に広がった超巨大娯楽都市と言ってもいいだろう。

 お陰で、爽やかな潮の香りのする冷たい風が時折吹いてくる。今はいいけど、夕方はかなり寒くなりそうだなぁ……。なんてことを考えていると、



「アキト! 見えたヨ、思ってたより高イ……」


「おっ? どうした、リャンフォン、ビビってんの?」


「そ、そんなこと無いデス! タツヤはすぐにからかう! 良くない!」


「さすが(やなぎ)だよね。なんだかもう馴染んでるじゃん」



 隣の爽やかイケメン──菊川大輝が、そんな事を言ってくる。制服姿の俺達は四人で此処を訪れた。俺とリャン二人きりでも良かったのだが、折角だから他にも誘おうと思って呼んだのだ。

 違うクラスのタツヤと上手くやれるか少し不安だったが、その心配は無駄だったらしい。もう既に仲良くなった二人は俺と菊川の前を、先陣を切ってずんずんと進んでゆく。



「確かに、相当高いな……」



 俺たちの角度からもようやくその全容が見えてきた。見上げると首が疲れそうなくらいに高い。青い空に赤い鉄骨が張り付いているかのようだ。ギャーギャーと叫び喚く人々の声が聞こえる。平日の昼間だが、俺たちのような客でそれなりに繁盛しているように見える。

 大して興味も無かったから初めて来たが、この界隈の若年層には立地も値段も条件がいい。



「よっしゃ、行くかぁ!」



 入場料は何故か俺が全額支払い、笑顔のキャストさんに迎えられてゲートをくぐり抜けた。リャンとタツヤが巨大な鉄の建造物に進撃していく。近くに行けば行く程その轟音が挑戦者を脅す。ゴォオオオオオッ、と唸り声を上げた。まるで中にモンスターでもいるようだ。先駆者達の悲鳴が聞こえる。



「こだまは誘わなかったんだ」



 菊川が何故か俺の顔を覗き込んでくる。



「なんで誘うんだよ」


「ほら、こだまだってリャンフォンと一緒に居たじゃん。それにこだまは……」


「アイツとはあんまり相性が良くないらしいんだよ。気を遣わせてゴメンな」



 何か言いかけようとしたが、今は別に聞きたくない。遮って、どんどん先に行ってしまったリャンとタツヤを追いかけた。


 建物の中に入ると外と違って随分と薄暗く、平日だからか人が(まば)らだった。やる気のなさそうなスタッフにライドチケットを見せる。



「ご来場ありがとうございまぁす。階段上がって右に乗り場がございまぁす」



 気持ちのこもらない歓迎を受け、鉄筋が剥き出しの階段を上った。装飾も特になく、このジェットコースターは恐らく物語調のそれとは違って、その速さや高さ、つまりスリル重視と見た。いつぶりだろうか、ジェットコースターなんて。少しばかり俺の心拍数も上がってきたぞ?

 そのせいか、ゴンゴンゴンッ、と先行する二人の駆け上がる音がやけに耳に響く。



「楽しみデス!」


「そう言いながらも、脚震えてるぞ?」



 荷物をロッカーに預けた俺たちは他数名の同乗者たちと共に座席に乗り込む。こんなので大丈夫か? と思ってしまうほど不安定な感じのする安全レバーが下りてきたが、隣のリャンをからかうことでその不安を隠す。



「では皆様、行ってらっしゃいませ!」



 アジトのそれとよく似た様な電子音のカウントダウンと共に、ゆっくり動き出した。室内の無機質な空気から突如視界が開ける。青い空に雲が張り付いていた。左右を見渡せば、船が往来する港や黒い煙をあげる工場かなにかが見えたりした。



「た、高い……アキト……まだ上りマスカ……?」


「さぁ、もうそろそ……ろぉっ?」



 リャンの問いかけに答えた瞬間。

 鉄の塊は重力に任せて走行……いや、落下し始めた。強力なGが俺たちを襲う。前方では俺たち以外の高校生らしき集団が絶叫している。


 然しながら。


 俺の横のリャンは兎も角として、俺や菊川、タツヤは大した恐怖を感じないのだ。それもそのはず、この程度のGは毎朝経験しているからだ。「ヒィイイイイイイイイイ!」と大袈裟なくらいに叫ぶリャンを尻目に、チラリと菊川の方に振り返る。



(……どうかしたのか?)



 どんな顔をして乗っているのだろうか、と気になって覗き込んだのだが、何故か菊川は真剣な表情である一点を見つめていた。流石にこの速度では彼が目で追っている物を特定するなんて出来ないが、何が菊川を引き付けたのだろうか……。


 再びジェットコースターが上昇を始める。モーターのカタカタという音と振動が足元から俺たちを揺らす。



「もう無理デス、もうムリ、ムリムリムリムリ」



 涙目のリャンが、天に祈るような仕草を始める。

 おい、目瞑ってるじゃん。


 リャンの祈りは届かず──まぁ、逆にこんな所でストップされた方が恐怖だが──俺たちの乗る車両は最後の自由落下を始めた。何だか恥ずかしいが、この際構わん。さっきのこだまの件も、菊川の件も、一旦忘れてリセットだ。


 リャンの叫び声に混ざって俺も叫ぶ。



「ヒャァッホォオオオオウウウウウウウ!」



 □◆□



「アキト、ボク生きてマスカ?」


「死んでたら喋れないだろ」



 真っ青な顔をしたリャンがふらつく足取りで階段を最後におりてくる。俺も菊川もタツヤも苦笑していた。



「もしかして、リャンフォンはジェットコースター初めてだった?」



 菊川の問いに、一呼吸置いてからリャンは話し始める。



「初めてデス。ボクの国も、ありマス。デモ、よく事故起きて大変なことナリマス。だから乗れマセン」


「あー、よくニュースにもなってるよなぁ。初めて記念おめでとう! じゃあ、持っかい行くか!」


「もう、もういいデス! 今日はもう乗れない!」



 息も絶え絶えのリャンだが、タツヤの冗談に必死の抵抗をする。そして、えへへ、と照れ臭そうに笑った。俺はなんだかホッとした。楽しんでくれて、良かった。



「じゃあ、次どうする?」


「あっ、ごめん、電話だ」



 次の行動を話し合おうとした時、菊川のケータイが鳴った。かなり急ぎの用なのだろうか。菊川の表情が硬い。いや、電話が鳴る前から少し硬かったように思う。タツヤの顔を見ると、彼もまたやっぱりか、というような表情をしている。タツヤまで、どうかしたのだろうか。俺は気づけなかった何かに二人は気づいた……?

 まさか、鬼?



「あぁ、今すぐ行くからもう少し耐えててくれ。あぁ。(やなぎ)も行くから」


「どうしたんだ……?」


「なんでもないなんでもない。ただ、ちょっと僕と(やなぎ)は帰らないといけなくなったんだ。ごめんよ?」



 何を隠してるんだ、菊川。

 でも、流石にこの空気を読めない俺じゃない。きっと、リャンが居るから、リャンに話せない内容だから。聞きたい気持ちをぐっと堪える。



「仕方ないな。リャン、二人でなんか回るか」


「は、ハイ。タツヤとダイキは……」


「リャン明日は学校来るんだろ? そん時にまた写真送ってやるよ!」



 写真と言うのは、どのタイミングかは知らないが、ジェットコースターに乗っている最中の何処かで自動的に撮影されているという、遊園地お馴染みのヤツだ。

 ニカッと笑ったタツヤが不安そうなリャンの背中をバンッ! と叩く。そして、去り際に俺に目配せした。俺も、気をつけて、という意味を込めて瞬きをする。



「さ、どうする?」


「何がありマス?」


「んー、ショッピングモールとか、出店とか、あとは動物園……いや、でも、リャンは動物なんて見慣れてるだろ?」


「まぁね、デモ、見に行きたいデス! 赤ちゃんパンダ、見たいデス!」



 そういえば、確か此処では数十年ぶりにパンダの赤ちゃんが誕生したんだっけ。ラジオでも毎日の様に騒いでいた時期があった。

 リャンの国はパンダの本場の様な気もするが、目を輝かせる彼を無下に等出来る筈もない。

 前金でメルデスから巻き上げた小遣いがあるからな、そのくらいお安い御用だ。



 □◆□



「なんだか、寒いデス」


「だいぶ日が落ちてきたもんなぁ……」



 東の空が少し紫色になって、西の空が赤くなり始めた。時折吹く風が冷たくなってきている。屋台の提灯も幾つか明かりが灯り始めた。


 動物園をひととおり周り、隣の植物園にも足を運んだりしていたらもうこんな時間だった。夢の様に、過ぎ去っていくのがとても早かった。



「次来た時、もっと動物見たいデス」


「そーだなぁ……平日のこんな日だもんな、仕方ないよ。またこっち来たら一緒に行こうぜ」



 少し寂しげなリャンの言葉に少し胸を痛めつつ、仕方が無いことだからと自分に言い聞かせた。

 実のところ、数頭の動物たちの檻が空っぽになっていて、【定期検診中】と張り紙がされていた。まぁ確かに、今日は俺たち以外の客はほとんど居なかったしな。



 観光客に人気の屋台通りをブラブラと歩く。石畳の真っ直ぐに伸びた風情ある場所だ。これを真っ直ぐ進むと古くからある神社へと続く。

 屋台のおじさんの威勢のいい掛け声も、こんな人口密度の低い日は少し控えめだ。逆に、軽快なリズムの曲を流す店から聞こえる音の方がかえって耳につく。

 そんな中、ふと俺は一件の屋台の前で足を止めた。

 視線が釘付けになる。

 隣を歩いていたリャンは、少し先に歩きかけて俺を振り返った。


 俺の目の前には、チリリリン、と綺麗な音を響かせる日本の夏の風物詩とも呼ばれるガラス細工が幾つも吊り下げられていた。指で軽く触れてやると、やはり心地よい音を奏でた。



「綺麗デスネ」


「これ、なんて名前か知ってる?」



 リャンは首を小さく傾けた。知らないか。

 なら尚更だな。



「おじさん、これ二つください。小さいヤツ」


「毎度あり!」



 こんな歳の男子がわざわざ買うなんて思ってもみなかったらしい。屋台のおじさんは少し驚いた顔をしながらも、丁寧に梱包して手渡してくれた。観光客向けに売っているらしく、透明な箱に入れてもらえた。中のそれは、丁度、今の空と同じような深紫色のラインの入ったシンプルなものだ。


 二つのうち、ひとつをリャンに手渡す。



「風鈴って言うんだ」


「風鈴……あっ!」



 そう、お察しの通りだよ。お前の名前は、(オウ) 鈴風(リャンフォン)。そしてこれは、風鈴。こんな偶然、なかなか無い。



「ありがとう、ありがとうアキト! ほんとに貰ってイイ?」


「勿論!」


「母さんに見せたら喜ぶんだろうナ……」



 俺たちの間を、ヒュウと冷たい風が通り抜けたように感じたのは気のせいだろうか。リャンの母親……聞いたことなかったな。そう言えば。

 リャンは手渡した風鈴を、手の中で転がすように眺めている。



「お母さんも、日本(こっち)に?」



 ゆっくりと向き直ったリャンは、頭を小さく振る。



()()()で、ボクを待ってマス」



 俺の思い違いだろうか。

 彼の言葉に、哀しみのような、そんな感情が内包されているように思った。背中を何かが這うような悪寒がした。



「そっか、もうちょっとで会えるな」


「うん、楽しみデス」



 大事そうに風鈴を抱えたリャンは笑っていた。いつものように、ニッコリと。もうこれ以上、この話は出来ない、そう思った。



「さ、そろそろ帰るか! 寒くなってきた」




 空の七割以上が群青色になった。もうじき、これは漆黒へと変わり、星が瞬き始めるのだろう。

 屋台の通りは、両側の石燈籠にも火が入れられ、人々の活気や温かさの内包された、幻想的な空間になった。潮の香りと、どこかの屋台で売られているカステラの匂いが混ざって俺たちの袖を引く。


 また、来ような。リャン。

 今度は風鈴が青空に栄える時期にでも。




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