再びあの場所で
※Twitterで見てくださり投票してくださった方もいらっしゃるかもしれませんが、試験的に1話の分量を落としてみました。
「ごめんな、リャン。とっとと連れて帰るよ。また逃げられても困るし……」
「アハハ……アキトも大変だネ」
頬を膨らましながら隣を歩くこだま。チラリと見ると、俺の視線に気がついたのか目が合って……すぐ逸らされる。さっきからひたすらこの繰り返しだ。
ほんと、ガキだな。
念の為、こだまを挟むように車道側を歩いてくれているリャンがこっちに向かって苦笑いをした。俺も軽く愛想笑いをするが多分引き攣っているに違いない。
少し歩けば強い日差しから開放された、少し薄暗い通りが見えてきた。そこで買い物をする人もいれば、俺たちのように日を避けるために此処を歩く人もいる。
平日の昼間ではあるが、休日に引けを取らないくらいに賑わっていた。
そう、此処は、ショッピングモールから出て少し行ったところにある昔ながらの商店街。
───俺にとっては今でも少し身震いする場所。あの時の光景が蘇る。地面が抉れ、ガードレールが吹き飛び、狂乱の中で人々が逃げ惑う……。
つい数ヶ月前……初めて鬼化した人々に遭遇したあの場所に他ならない。
しかし、俺の落ち着かない気持ちを他所に、周囲には、忙しそうに時間を気にしながら歩くサラリーマンや、黄色い帽子の小学生、井戸端会議をするおば様方……。
ありふれた人々の営みがあった。
本当に、何も無かったかのように。
あんなにめちゃくちゃになっていたはずの舗装や店舗は綺麗に改修されている。唯一違うのは、そこに設けられた安っぽい献花台だけ。白い百合の花がポツンと平机の上に手向けられる他は何も無い。
結局、あの騒動もミュートロギアによるテロという形で、俺たちはまた悪役にされた。幸い、顔や名前がバレることは無かったようだが、セギさんの調べた情報によると申し出た生存者たちには、見たもの聞いたもの全てにおいて箝口令が敷かれたのだという。
お陰で、政府が発表した情報だけしか一般庶民に広まっていないのが事実だ。
やはり、この世の中はおかしい。
「あれ……?」
こだまが突然立ち止まった。
また逃げ出す気かと思ったが、そうではないようだ。キョトンと見つめる先……アーケードの白い支柱の傍に一人の少女がいた。
こだまと同じ、臙脂色の襟のセーラー服を着ている。
「ん? なんか見たことある子だな……」
俺とこだまは顔を見合わせた。
が、お互い、名前が出てこないようだ。こだまももどかしそうに口をパクパクさせているが……やはり思い出せないらしい。
「神崎サン!」
真っ先に声を掛けたのはリャンだった。
振り向いた彼女は驚いたような目でこっちを見たが、それ以上に俺達が目をぱちくりさせていた。
「あ、リャンフォンさん。ごきげんよう」
笑顔で挨拶を交わすふたり。
やっと思い出した。
この神崎さんという少女、神崎静は俺たちの隣のクラスの女子生徒で、本来関わりは薄い筈、ましてや留学生のリャンは関わることなんて殆ど無い筈なのだが……何でそんなに親しいんだ?
「久しぶりだね! 静ちゃん!」
走っていったこだまが彼女の胸に飛び込んだ。慣れた手つきでこだまを受け止めた彼女は少し困ったような顔をしている。が、満更、嫌でも無さそうだ。
おいこだま、そういう仲の癖に名前忘れるってヤバいぞ。何も無かったみたいに絡んで行く勇気は褒めてやるけど。
まぁ、俺も人のことあんまり言えないし……
それはそうと、転校してきて数ヶ月であり、更にコミュ力の低いこの俺が隣のクラスの彼女を何故知っているのか。
理由は簡単。
何故なら、一見地味な彼女だが、俺たち高校2年生の中でかなり目立つ存在だからだ。
「ポスター、見ました。やっぱり、会長選挙出るんですか」
「えっ、あ、まぁ……は、はいっ……」
「凄いよね〜静ちゃんは。お勉強も出来るし、せーとかいもやってるしー! 尊敬しちゃう」
そう、彼女は、優等生なのだ。それ以上の表し方を俺は持ち合わせていない。学年ごとに小テストなどのランキングも出るが、ブラックホースと一部で騒がれているらしい俺でも、ほとんど勝った試しがない。何故ならいつも必ず“満点”だからだ。
更には生徒会で2年ながら副会長を務め、少し先にある生徒会長選挙での立候補を生徒からも教師からも期待されている……まさしく超エリート。さらに、その清楚な佇まいから分かるが、恐らくは何処かのご令嬢。
強いて難癖を付けるなら、少々引っ込み思案なイメージ、特に、男子に対してはちょっと抵抗があるようで……って、リャンに対してはそうでもなかったのは何でだ……?
まさか、俺が避けられてるのか?
ま、俺の精神衛生上、あまり気にしないでおこう。
「こんな所で何してるの?」
「お父様にお使いを頼まれたので、少しお買い物を、もう帰るところですが……そちらは?」
「俺達もそうだ」と答えようとしたその時だった。
突如、悲鳴が上がる。
俺たちがずっと歩いてきた商店街の入口。
振り返れば、人々が何かを口走りながら人混みを掻き分けるように我先にと逃げ惑う。
「なん……だ」
「アップリケくん……多分……」
やはりこだまもそう思うか?
この際名前がどうのは見逃してやる。俺もそう思うからな。
「こだま。二人を連れて逃げろ」




