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ライオン使いの青年

 

 俺は、何のためにミュートロギアと行動を共にしてたんだ?

 メルデスに脅されたから? 姉貴がいるから? 世界を救う力があるから? まさか、



「あげぱんーっ! おそいよっ! 始まっちゃうー!」



 この変な髪色のウサギ女の世話役か?


 だとしたら、今すぐこの場から逃げ出して奴らの手の届かないところで静かにしてたいね。本日何度目かも分からない溜息が零れ落ちる。


 『あげぱん』こと、俺、『本城暁人』は何故か市街地の外れにある多目的広場にいた。休日だというのにセーラー服を着たこの『こだま』という『ウサギ女』と。随分と秋らしくなってきた広場は楓が赤く色づいていたり、銀杏(いちょう)が金色に輝いていたり……とても美しい場所だ。静かだったらな? でもって、こいつと一緒じゃなきゃな?


 彼女(こだま)は、見た目はどう見ても中学生(チューボー)だが、れっきとした俺のクラスメイト、高校2年だ。何故か大きなリボンを頭につけてウサギみたいに立てているので『ウサギ女』と頭の中で呼ぶことがある。彼女の特徴はそれだけではない。髪色も随分と他人とは違う。まぁ恐らく染めているのだろうが、オレンジとピンクが合わさったような色。巷では杏子色(アプリコットカラー)や、夕焼(イブニング)色と呼ばれる。そんな不思議な髪色の長髪をポニーテールにしており、現在その髪をブンブンと振り回しながら、賑わう広場の中心へと彼女は一目散に駆けていく。そこには黄色と赤の派手なドーム型テントが張られており、いくつか売店のようなものも見られる。


 周りの人々は、変なものを見たというような表情でこだまを見ていた。それもそのはず。俺達の周りにはポップコーンを抱えたちびっ子とその親であろう人々がごった返していて、間違ってもこんな中学生(チューボー)みたいなのと──恐らく──憂鬱な目をした男子高校生が、ましてや()()()()で来るところではなさそうなのだ。こういう雰囲気の好きな人なら確実に気分が上がるであろう陽気な音楽が大音量で響き渡る。あぁ。頭痛い。


 目を爛々と輝かせて人混みに突撃していくこだま。

 はぁ、もう俺は帰りたいんですけど? 帰って勉強しないといけないんですけど? こだま? 来週からテストって、知ってるか?

 ………知らないんだろうなぁああああああああっ

 一人頭を抱える。



「アウストラロピテクスっ! ボサーっとしてないでいくよぉー!」


「んなっ……?」



 いつの間にか人混みから抜け出してきたこだまが『アウストラロピテクス』こと、俺のパーカーの袖をグイグイと引っ張って人の群れの中に引き込もうとする。バカな癖になんでそんな類人猿の名前知ってんだっての。



「もーっ! せっかく連れ出してきてあげたのにぃー」



 ぷぅーっとフグみたいに顔を膨らませ憤慨するこだま。いや、俺がキレたいね。どっちが保護者だっての。大体、俺は連れ出してくれなんてひとっ言も言ってないからな?



「またオルガナに(ケツ)引っぱたかれるぞ?」


「じゃあ、ピックス君はオルガナの訓練受けたかったの? 逃げ出したかったくせにぃー」



 うっ……いや、そ、それは……。

 それに関しては、否定、出来ない。


 オルガナの訓練は、スパルタ以外の何物でもない。それこそ、よくまぁ死人が出ないもんだ、と感心してしまうほどに。大人でさえ三分の一ほどが病室(レン)送りになる。さらに、100%の確率で次の日は筋肉痛、関節痛その他諸々で行動不能になるのだ。

 『ピックス君』こと、俺の場合、そんな訓練を受けた後勉強が待っている。メルデスには完全に騙されている気がする。勉強しやすいように一人部屋を用意してくれたり、参考書とかは全てタダで提供してくれるが、やれ、訓練受けろだの、やれ、子供らの面倒みろだの……。


 俺は、何のためにミュートロギアと行動を共にしてたんだっけ。



「おじさん! チケット2枚ね!」


「ありがとうございマース。子供1名、大人1名ネー? ドウゾー! 」


「わーい! ありがと!」



 うわっ、ゴッツいおじさんだな。カタコトの日本語を喋るおじさんは恐らく中国系。二メートルもありそうな巨躯がチケットカウンターに納まっている。頭はスキンヘッドなのかと思いきや、後頭部は残してあって三つ編みを垂らしている。あぁ、あれは辮髪(べんぱつ)とかいう、満州人の風習だ。こだまの差し出した千円札をにこやかに受け取り、代わりにチケットをくれた。



「ふふふっ」



 薄暗いテントの中に入り、先を歩いていたこだまが俺の顔を見て笑っていた。



「なんだよ」


「大人1名、子供1名だって〜。あんまん君、子供……うふふふふふ、やっぱり、こだまは大人のれでぃーなんだよ!」



 残念だったなこだま。それは間違いだ。

 お前は恐らくあのおじさんに『小学生』に間違われたんだ。じゃないと子供料金にはならない。『あんまん君』こと、俺も笑いがこみ上げるが……ここは、グッとこらえる。我慢だ。少なくとも俺は紳士的である必要がある。このお嬢さんは機嫌を損ねると何をしでかすか分かったもんじゃないからな。


 チケットで指定された席に俺とこだまは隣合って座る。自称『大人のれでぃー』を目の前に背の高い人がいない方、席の中央側にお通しする。こだまは目をキラキラと輝かせながらまだライトの灯っていないステージを見つめている。その笑顔はやはり、可愛い。一般的に言えばかなり可愛い筈だ。まぁ、普段のこいつを見てるからそこまで思わねぇけどな。たぶん。


 人の熱気に包まれたテント小屋の中は風が通らないこともあり少し蒸し暑い。夏に少し戻ったかのようだ。さらに、少し獣臭い。なぜなら今から始まるのは……



「レディースアァーーンドジェントルメェーーンッ!」



 さっきチケット販売をしていたあのおじさんだ。このテントの色に合わせた派手な衣装に身を包み、ステージの中央に現れた。客席から大きな歓声が上がる。隣のこだまも大喜びだ。

 彼の後ろからピエロが現れて玉乗りを始めた。さらに、空中ブランコで綺麗な女性が見事な技をキメる。到底俺には真似出来ない芸当だな。しかし世の中にはこんな素晴らしい身体能力を持つ人間も少なからずいる。言ってしまえば隣の阿呆(あほう)も……。



「さてさてぇ! ウチの目玉! 動物と人間のショータイムダヨ!」



 進行役のおじさんが少し高いところにある司会席から高らかに宣言すると、客席から一層大きな歓声が。動物と人間のショーねぇ……なんだろ、帽子から鳩を出したり? って、それはマジックか。

 現れたのは出演者の中でも一番若そうに見える青年。俺と同年代だろうか。彼もまた進行役のおじさんと同様に辮髪である。若しかしたら親子かもしれないな。ごつい訳では無いが身長はそれなりにあるし。



「エット、皆さん! これからお見せするのハ、ボクの相棒、ライオンの風太(フウタ)デス!」



 まだ若い声を張り上げる彼がライオン使いとは。大きな拍手が巻き起こる。奥から檻に入れられた百獣の王がやって来た。立派な(たてがみ)だ。檻が開きその巨体がのそりと全貌を現す。



「風太! (ライ)!」



 恐らく彼は中国語で「来い」とでも言ったのだろう。ライオンが振り返り青年に近づいていく。



「さぁ、お客サンに挨拶するヨ。鞠躬(ジュグォン)



 そして、青年に併せて頭を垂れた。ライオンはこの青年によく懐いているようだ。背中に乗っても嫌がる素振りを見せない。さらに、フラフープくぐり、縄跳び、ハードル走。どれも楽しそうに演じているのだ。まるで、この青年と遊んでいるかのように。彼の顔も非常に生き生きとしている。

 そこへ次々と猿や、犬、虎などが加わってステージと客席の盛り上がりは絶頂に達する。隣のこだまは……おいっ、こら。座席に立つな。スカートの中が見えちまうッ……!


 ショーは大成功に終わる……かに思えた。



「デハデハー! 最後にライオンの風太に大技に挑戦してもらいマースネ!」



 客はさらに大盛上がりだが、比較的冷静にステージを眺めていた俺は出演者たちの表情の変化に気づいた。中でもライオン使いの青年は怯えたように司会をするおじさんを見上げる。しかし、そんな視線や空気を歯牙にもかけずさらに言葉を続けた。



「ココに、赤いタンクがあるネ? コレを……」



 それを蹴って倒すとステージに落下して液体が飛び散る。



「ソシテソシテ〜はい、ドーーン!」



 マッチ箱を剃り、細い木の棒の一端にめらめらと揺らぐ赤い炎を灯す。そしてそれを、その液体が撒かれたステージに落とす。

 火の手が上がる。熱風が客席にまで押し寄せた。ド派手な演出に観客の興奮は炎の勢いと共に燃え上がった。


 滅茶苦茶じゃねぇかッ。出演者の表情はやはり困惑している。しかし、この男の暴挙を諌める者も、これに抗議する者もいない。たぶん、二つの意味で彼らは自分に火の粉が降りかからないようにそこでじっと黙っているのだ。



「デハ、コノ火の海を風太クンに駆け抜けてもらいマース!」



 ライオンの風太は火を見て明らかに怯えている。青年が目で抗議するも、無視だ。いや、むしろ威圧的な視線で「やらせろ」と強制しているように見える。観客は今か今かとその瞬間を待ちわびている。風太コールが巻き起こった。やめろ、やめてやれよ。何故、気づかないんだ……?



「あっ、風太ッ!」



 炎を前に、風太はバックヤードへ引っ込んでしまった。青年もそれを追う。会場は静寂に包まれた。炎の熱気と裏腹に冷ややかな空気が流れる。司会のおじさんの顔は怒りを堪えている顔だ。ぎこちなく無理やり笑みを作る。他の出演者もどうにか状況を挽回しようと笑顔で手を振る。



「今日ハ、風太の機嫌が悪かったみたいデスネ。仕方がないデスネ。ここまで頑張ってくれたステージのみんなに拍手お願いしマース!」



 かわいた拍手が会場を包む。この男の無茶苦茶な演出に気づかない客も客だ。しかし、何より悪いのはあの大男。あれじゃ、ライオン使いの青年も、風太も可哀想じゃないか。


 会場を出た後、隣を歩くこだまは他ので充分楽しめたよ〜と、満足げだったが、俺の心にはモヤモヤとした物が染み付いて離れなかった。外はもう夕暮れ時だった。そろそろ帰らないと。



「トイレくん、トイレいってくるね」



 そう言ってこだまは公園の奥にあるトイレへ走っていった。便所行きたけりゃ「トイレ行く」だけ言って行けばいいだろうが。誰だよ『トイレくん』って。気が立っていた俺はこのままこのバカを置いて帰ろうかとも思ったが、そんなことしたら姉貴にシメられるのは目に見えていたので、仕方なくサーカスのテントが見える場所にあるベンチに腰掛けた。


 夕焼け色に染まる広場をぼんやりと眺める。左手を茜色の夕日に翳した。深くため息をつく。実は、訓練に参加させられているものの、俺が呼ばれることはまず無い。有難いことだが、菊川たちは度々緊急出動(スクランブル)で出かけていく。天雨美姫が今も暗殺を続けているという証拠だ。俺の“力”は鬼化した敵の前では意味をなさない。俺がいても邪魔なだけなのだろう。夕日にかざした手を握りしめる。

 セギさんは近々第二の鬼が現れるだろうと言っていた。俺もそんな気はする。それなりに覚悟はしてるつもりだ。だが、やはり現れて欲しくない。忙しいけれど穏やかな日がこのまま続いてくれればいいのに……切にそう願う。



 ──ガシャンッガンッ!

 突然聞こえた大きな物音に驚いた。もう広場に客は残っていない。すると、目の前のテントの裏口が勢いよく開いて誰かが飛び出してくる。先ほどのライオン使いの青年だ。ショーに出ていた衣装のままで彼は広場を出て走り去っていく。暫くすると再びその扉が開いて、ステージを滅茶苦茶にしたあの大男が額に青筋を立てた顔をぬっと覗かせる。

 その一部始終を見ていた俺は気がつくと走り出していた。



 広場を出て少し行った先にある土手にたどり着く。夕日で赤く染まった彼の背中を見つけた。緩やかに流れる広い川を眺めている。後ろからそっと近づいた。



「大丈夫?」



 彼はゆっくりとこちらを振り返った。その目は怯えている。驚かせてしまったようだ。まぁ無理もないか。俺が彼を知っていても、向こうからしてみれば全く知らない人間だもんな。



「いや、あの……さっきの見てたんだ。風太くん、だっけ? すごく仲がいいんだなぁーって……」



 苦し紛れに話しかけ続けるものの彼の表情は変わらない。どうしよう。何を言ったらいいんだ? 何の考えもなしに追いかけてきちまったからな。



「ガッカリ、しましたよネ。風太は悪くないんデス。ボクのせいなんデス」



 やっと口を開いてくれたが、その声は沈んでいる。頬には殴られた跡があった。いくら父親とはいえ息子となんの罪もないライオンにあんな無茶を言っておいて殴るなんて。



「君は悪くない。怖がってるのにあんな事させるなんてそれこそガッカリだよ。俺だったらあんなこと絶対させないね」


「……」



 再び彼は黙り込んでしまった。やべぇ……わ、悪いこと言っちまったか?

 得体の知れないものを見るような目をこっちに向けてくる。



「そんなコト言ってくれる人に会うの……久しぶりかもしれない」



 彼は俺の顔を見て少し微笑んだ。痛々しい頬に笑窪(えくぼ)ができる。柔らかい笑顔だ。



「そ、それは良かった……」


「キミ、名前なんていう?」


「俺? 本城暁人(ほんじょうあきと)。本城が姓で、暁人が名前だ」


「ボクは、鈴風(リャンフォン)。姓は(ウォン)ダヨ」


挿絵(By みてみん)


 スっと手を差し出してきた。あ、なるほど。握手ね。俺も手を差し出す。傷だらけの手だった。曲芸の練習で出来たであろうマメが潰れた跡や、風太(ライオン)の世話などで出来たであろうあかぎれが沢山ある。手と手が触れた。暖かい手だ。一回り大きな手が俺の手を握る。






 《请帮助(ツィングバントゥ)






 彼の声が脳内に響いた。深層意識か……。

 しかし、多分これは中国語。英語ならまだしも、中国語はほとんど分からない。ん? よほど俺は変な顔をしていたらしい。またもや、不思議なものを見るような目で鈴風は俺の顔を覗き込んでいた。



「ドウカ、した?」



 今のなんて言ったの? なんて聞けないし、まず、発音が曖昧で伝わる気もしない。どうしよう。適当に誤魔化すしかなさそうだな。



「こ、今度さ! 風太くんに会いに来てもいいかな? あ、もしかしてもうこの街からは離れる?」



 この手のサーカス団はいろいろな場所を転々とする場合が多い。もしそうだとしたら。

 しかし、彼は笑顔になって言った。



「ウウン。暫くココにいるヨ。サーカスやっていくオカネ、必要だから、みんなで集めるんだヨ。また遊びにおいでヨ。君みたいな人なら、風太も気に入ると思うヨ!」



 その表情は実に明るくて、沈みかけた夕日よりも眩しい。その笑顔はやはり俺と同年代の青年のものだった。自然と俺も笑顔になった。必ず、会いに来よう。



「ボクのこと、リャンって呼んでくれる?」



 少し恥ずかしそうに俯きながら彼は訊ねてきた。



「……もちろん! 俺のことはアキトって呼んでくれよ」


 

 その言葉を聞いたリャンは嬉しそうに顔を赤らめた。俺もなんだか恥ずかしくなって鼻を搔く。


 彼とはそこで別れた。リャンは一人、元来た道を引き返していく。親父さんと上手くいけばいいな。その後ろ姿を見送りながら切実にそう思った。


 俺もまた、彼の姿が完全に見えなくなってから近くの電話ボックスに駆け込んだ。夕日はもう沈んでしまっていた。今日は10月7日。旧暦の八月一五日にあたり、今夜は中秋の名月らしい。東の空には大きな月が光り始めていた。その景色が反転する。



 ………あれ。待てよ。

 何か忘れてるような………?


3570年の10月7日は本当に旧暦の8月15日に当たるようです……。

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