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Prolog the 2nd

遂に第2章開幕です。

挿絵はまたのちのち付けていきます。

また、同時並行で一章を改稿しております。話の流れが変わったりしないように充分に留意してはおりますが、気になる方は読み返して頂けるとありがたいと思います。



無断転載禁止!

本作品の文書および、各挿絵等を無断で利用することは禁止です。

 

 暗闇を少女が歩いていた。

 その日は中秋の名月の筈だが雲が多く、時折月光が雲の境を抜けて地上まで降りてくるものの、やはり今宵は暗い。

 なのに少女はたった一人で夜道を歩く。行先を照らすのは転々と続く街灯のみ。夏にはあんなに虫が群がっていたのに今では少し大きめの()がチラホラといるだけだ。赤茶けた羽をバタつかせては白い光に吸い寄せられ、落ちる。


 彼女とすれ違うような人影もない。ともあれば、とても少女が一人歩きをするのにいい場所とは言えないだろう。しかし、それを指摘するような人間がいないのだから仕方がない。彼女は寂しい夜道を歩き続ける。この道は大通りから随分離れているため車すらも通らない。


 人気のない公園に差し掛かった。ブランコが微かな風を受けゆらりと揺れる。少女は突然立ち止まった。


 何かを感じたのか、それとも、何かがいたのか。くるりと踵を返し、一目散に走り出す。その表情は恐怖で歪んでいた。まっすぐ走ろうとするが、動揺しているのか何度もこけそうになり、さらに元来た道から少し外れた路地に迷い込んでしまう。しかし少女は走る。走り続ける。荒い息を整える暇もない。


 どれほど走ったか少女には見当もつかなかった。目の前に石造りの階段が立ちはだかるが、他に道がない。意を決してその階段を駆け上がる。コツコツという音が周辺(あたり)に響く。


 彼女が何から逃げているのかは分からない。いや、果たして本当に追っ手はいるのか? 先程から彼女の足音のみがこの夜道に響く。しかし彼女は逃げ続ける。石段をどうにか上りきった。


 暗闇に浮かぶ大きな(シルエット)。屋根らしきものがある。彼女は助けを求めようと駆け寄るが、すぐに絶望の表情になった。


 そこは、この国の神が祀られる場所。神の住む社。普通ならそこ静かに手を合わせ神に乞い願うが、少女にそんな余裕はない。それは、もうすぐそこまで迫っているのだから。



「いや……やめて、来ないで」



 少女の震えた声が静寂の中で微かに漏れる。

 一歩、二歩と後ずさる。


 その時。突然雲が晴れ、白い光が境内を照らす。

 異国の民族を思わせる出で立ちの少女が、怯えた顔で神殿を背にジリジリと後退する。彼女は丈の長いドレスのような衣装に身を包み、月に引けを取らない美しい黄金の長い髪を腰のあたりまで伸ばしている。今にも泣き出しそうな瞳は快晴の空、或いは美しい南の海を思わせるかの如き蒼。


 そして、この美しい少女を追い詰める影が遂に姿を現す。


 その獣は地の底から聞こえてくるような低い唸り声を出しながら少女に近づく。しかしその姿は、我々が知っている動物に酷似している。犬だ。ただの野犬かと思われたが、違う。なぜならその瞳は地獄の炎を灯したような赤い色をしているからだ。アルビノ個体などではない。なぜならその犬は黒い毛皮をしているからである。もし、アルビノであれば色素がないため白い色をしているはず。その少女もそう認識していた。だからこそ逃げたのだ。地獄の番犬のような犬から。


 しかも一匹ではない。その後にさらに同じような犬が二匹続いて唸り声を上げていた。


 後ずさる少女だが、もう後ろには社がある。下がれない。彼女が地元の人間であれば更なる抜け道を知っていたかもしれない。もっと時間があるなら別の道を見つけられたかもしれない。しかし、彼女の風貌からしてそうでないのだろう。奴らに背を向けて道を探す時間もない。表情が絶望的なものに変わる。



「だめ、来ないで。いい子だから……ッ!」



 先頭の一匹の犬が大きく跳躍し、少女に襲いかかった。逃げ場のない少女は恐怖のあまりその場に尻餅をついてしまった。回避することは出来ないであろう。その蒼い瞳をギュッと閉じる。



──ギャンッ

 しかしその瞬間はやって来なかった。獣ではない、別の足音が奴らの前に立ちはだかる。



「良かったな、お嬢さん。オレがたまたま通りがかってさ。Are you(怪我は) wounded?(ないかい?)



 尻餅をついた少女は何が起きたのか分からなかった。突然、(しわが)れたような声の男に話しかけられ混乱する。恐る恐る目を開けてみた。自分の身体には傷一つない。


 男は白いシャツを着ており、少女に背を向け立っていた。手には彼の身長を超える、長い棒を持っている。

 少女に襲いかかってきた犬は少し離れたところで(うずくま)っていた。ほかの二匹がこちらを睨みつけ、先程よりも大きな唸り声をあげて、男を威嚇する。



「オレの後ろにいな」


「あ、貴方は……?」



 少女の方を軽く向いた男は煙草を吸っており、顎の下には無精髭を生やしていた。煙草を咥えたその口でニッと笑う。前髪が長い上に、月の光が逆光になって顔の他のパーツは分からない。風でひらりと赤いネクタイが(なび)いた。


 蹲っていた犬がよろよろと立ち上がり、男を睨む。そして三匹は少女と男の方へ飛び込んでくる。


 しかし、それを男が長い棒で跳ね除ける。いや、実際に本当に棒を使ったのかは少女には分からなかった。犬達も何が起きたのかわからないといったようだ。再び体勢を立て直し襲いかかってくる。



「お嬢さん、日本語上手だな。オレが誰かって?」



──ギャウンッ。

 少女の目が追い付かないほどの俊敏な動きで、襲いかかる犬を退ける男は息ひとつ切らさない。



「オレは、ただのお巡りさんだよ。困ってる人を助けるのが俺の仕事ってやつだ。どっせいッ」



 振り向きざまの一閃で犬を数メートル先まで弾き飛ばした男は少女の方を振り返り親指を立てて見せた。

 だが、彼女はもうそこには居なかった。意気揚々としていた口調が落胆に変わる。



「ちぇ。愛想の悪いお嬢さんだ」



 ギャッ……グゥグルルルッガウッガッ……。

 自らが軽くあしらった犬達の様子がおかしいことに気づいた彼は、少女を諦め犬達と正対した。

 三匹のうちの一匹が苦しみ悶えているように見えた。全身の毛を逆立て、胴を震わせ、鋭い爪が地を掴む。



「なんだ……?」



 悶える犬のシルエットが一回り大きくなったように見える。そして、周りにいた二匹を突然喰らった。ほとんど丸呑みで。バリバリと骨が砕け、肉がグチャリグチャリと咀嚼される音。口元から赤黒い血を滴らせた怪物はゆっくりと男に向き直った。

 惨い。その光景はまさに地獄絵図のようだった。



 「こりゃ、まじぃな」



 男が初めて表情に変化を見せた。一粒の汗が首筋を這う。

 異形のそいつはもう既に犬と呼べないような怪物と化していた。赤い目を持つ頭を三つ持ち、身体中の筋肉という筋肉が盛り上がり原型をとどめていない。その四本足の怪物は穢らしい唾液を振りまきながら男に飛びかかる。



「神様の前だが……本気、ちょいと出させてもらうぜ」



 彼は赤いネクタイを軽く緩めた。吸いかけの煙草を地面に落とし、靴の踵で踏みつける。いつの間にか男が持っていた長い棒の先端がギラりと光る。

 境内の石畳を蹴り上げて男が怪物と真っ向から対立する。そこにあったのは一方的な蹂躙だった。



「可哀想にな。早く、楽になれ」



 怪物の突進を柄の部分でいなす。身体を反転させ振り向きざまに怪物の腹部をまたもや柄で突き上げた。怪物が苦悶の声を絞り出す。宙を舞った怪物に、男がトドメを刺した。上半身と下半身が別々の場所にゴロリと転がる。鮮血の香りのするどす黒い液体が飛散する。暫く苦しんでいたその怪物だったが、ピタリと動きを止めた。

 サラサラとその姿が消えて砂になる。男にかかっていたその怪物の体液も同時に砂となり風に流される。


 男はずっとその光景を見ていた。



 「すまねぇな。仕事だからよ」



 一つ手を合わせた。そして、軽く緩めたネクタイを締め直す。長い棒の先をしまい、分解して組み立て直すと警棒のような見た目になった。それを腰のホルスターの横に突き刺す。地面に落とした煙草の吸殻を拾い上げて近くのゴミ箱に捨てた。


 そして男は何食わぬ顔で神社の境内を後にする。歩きながら彼は新たに煙草を取り出して小さなライターで火をつける。再び月の上に雲が被りあたりは暗くなった。階段を降りていく男の足音だけが暗黒のなかに響き渡っていた。



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