衝撃波
今回は、アキトの視点はお休みです。
第三者的な視点からお楽しみください。
鬱蒼とした森の中。
フクロウが鳴き、木々の隙間からは弘光と満月が輝いている。草が生い茂る林床は非常に歩き辛く、彼らの行く手を阻んでいた。先頭を歩く男の指示通り、三人一組のスリーマンセルを組み、銃や刃物で武装した大人達がゾロゾロと、前へ前へ、できるだけ音を立てないように進む。
「おいメルデス。大丈夫か」
岸野が杖をつくメルデスを気遣う。そっと肩を貸した。
確かに、足が不自由な彼にとってこの土地を進むのは厳しいところがある。岸野の能力をもってすれば一瞬にして目的地に着けそうなものを、どうしてこうやって歩いているのか。それには理由があった。
「だめだ、未だにアキトくんたちが見つからない……」
メルデスが焦っている。そう、この森林に降り立つと同時に、彼らの異能力が制限されたのだ。
その原因は不明だが、メルデスの異能を探知する能力はその絶対半径が狭まり、岸野の空間移動能力は精度の低下が著しく、空間移動をするのは危険な状態だ。ミスがあれば、土の中などに埋まってしまう可能性などが十分に考えられる。
なのでこうして、足元の悪い森の中を歩いているのだ。
その時、無線が入った。狙撃部隊を引き連れて先に移動したオルガナからだ。
【メルデス! 11時の、方向ッ! 何かいるッ、数が、多いッ】
常に冷静なオルガナの声がかすかに上擦っている。隊に緊張が走った。
メルデスの一行の中に一名、熱源を感知できる能力者が同行していたが、彼もその敵の出現に気づくことが出来なかった。
奴らは突然現れたかに見えた。もしくは、彼らを待ち構えていたのか。
メルデス一行は歩みを止める。
奴らはゆっくりと振り向いた。血走り、生気を感じられない眼がこちらの姿を捉えた。
「オルガナ。援護頼めるかい? アレも恐らくいつもより威力が弱いかも知れない。発動までの時間を稼いでくれ」
【言われず、とも】
オルガナの頼もしい返答。メルデスは彼女たちには絶対の信頼を置いており、逆も然りであるようだ。
その直後、奴らは襲ってきた。
動きづらい筈の草むらをものともせず、弾丸のように突っ込んでくる。常人では有り得ない身体能力により、木の上から攻撃してくる者もいる。
森の中は戦場と化した。
戦闘服の男達が前線に出る。流石は鍛えられたA隊の大人達だ。奴らを次々と砂に変えていく。ある者はナイフを、ある者は拳銃をそれぞれ駆使する。
さらに、狙撃部隊からの援護射撃。銃弾の雨が奴らを襲った。
しかし、その数は増える一方。岸野もD.E.で応戦する。離れるんじゃねぇぞ、と彼は背後に声をかけた。そこには金髪碧眼の紳士風の男。メルデスは、そこで何やら白いカプセルを口に含んだ。
その時、一人の戦闘員がやられた。死角から回り込まれたのだ。岸野はその一部始終を目撃していた。
「マズい! 日景、志方、そいつから離れろッ……」
叫んだ時にはもう遅い。その骸は再び立ち上がり、行動を共にしていた二人を目にも止まらぬ速さで斬り捨てた。悲鳴さえも聞こえなかった。
こうなってしまえば、ねずみ算的に敵が増えるのは自明である。岸野は下唇を噛み締めた。額には嫌な汗が流れる。
常人でも、鍛えられた精鋭部隊にも、少なからず脅威を与える存在となる鬼化が、その精鋭隊員に付与されればどうなるか。
容易に見当がつくだろう。
さらに、最初に鬼化した男こそ、先ほど先頭を歩いていた男。A隊の隊長。リーダーシップはもちろん、彼は戦闘能力も抜群だった。彼を先頭に、勢いを増した敵によって、仲間がどんどん葬られ、次々に鬼と化す。
「メルデス、どうした!」
「大丈夫……もう少し、耐えてくれ」
岸野は背後を急かすが、メルデスはうずくまったまま動かなかった。時折聞こえる荒い息の音が、緊迫した状況をさらに加速させている。
「チッっ……! 埒が明かねぇッ」
岸野は舌打ちをし、弾切れになったD.E.を再装填した。その間にも奴らは迫ってくる。
反動をものともせず、華麗な銃捌きでメルデスを守りながら葬るも、生存者の数に対して圧倒的に敵の数が違いすぎる。味方も頑張っているが、状況は最悪に近い。
「……行くよ、岸野。オルガナ」
メルデスは、無線で呼びかけながら、杖を頼りにフラフラと立ち上がった。ホッと息をついた岸野。おう、と喉を鳴らした。
【援護、する】
オルガナもまた静かに返答した。その直後。
凄まじい閃光が森の中を照らす。さらに、爆風が吹き荒れた。その爆弾を投擲したのは鬼化した人々ではない。メルデスでもない。
オルガナが放った改造版閃光弾だ。通常、閃光弾は衝撃波を発生しないが、これにはマグネシウムと火薬を多めに配合している。
木々の破片が飛散する。
鬼化した敵はその閃光と爆風で動きが鈍った。メルデスの指示を無線で聞いていた隊員達はその直前にゴーグルを装着し、低い体勢で爆風に耐えていたため無事である。そしてすぐさまメルデスの元に集結した。
メルデスは岸野に支えられ、鬼化した敵と正対した。片手でズレた眼鏡の位置を正す。頬や額を玉のような汗が伝った。
奴らが怯んだのはほんの一瞬。再び血走った眼でメルデスたちに襲いかかろうとする。だが、しかし、
「もう、好きにはさせないよ。加内、日景、志方、安らかに眠れ」
彼らは見えない壁に阻まれたように前へと進めなくなる。さらに後方にいた敵は見えざる力で動きを封じられた。その力や壁は、メルデスを中心として弧を描くように生じている。
暗い森の中で、メルデスの足元だけが薄い緑色に輝き、魔法陣のようなものを展開していた。彼の緑色の瞳も暗闇の中で淡く光っている。
メルデスが、前方に突き出した手のひらを力強く握る仕草をした。全く迷いがない。
刹那。
動きを止められていた奴らはすべて砂となって散った。跡形もなく。これこそがメルデスの鬼に対抗する能力である。
【敵影は、消失。偵察に行った、部下の、話によると、崖の傍に、こだまの、持ち物が、あったそうだ。さらに、偵察を、続けさせてい……ッッ なん ……ザザッ はッ! い ……ザザザッ プツッ……】
オルガナからの無線。激しくノイズが走り、そして突然通信が途絶えた。
「オイッ! どうしたッ……」
岸野の呼びかけに応答する様子はない。
直後、メルデスの脳に鈍器で殴られたような、しかし鋭い痛みが生じる。これは、彼が元来持っている、異能力探知の能力によるものであろう。彼の限界値を超えた、凄まじい能力の波がメルデスを襲ったのだ。彼のような症状はないが生き残った他の隊員達も、皆同じ方向を見て警戒している。
メルデスがその場に倒れ込みそうになったのを岸野が支えた。肩で息をしている。尋常ではない量の汗が額を流れ、頬を伝って顎からぽたぽたと滴り落ちている。メルデスは元から西洋人らしい色白な肌だが、それがいつになく青白い。顔色が悪いのは明らかだ。
その時、岸野はふと気づいた。
「おい、体が軽くなった気がするんだが。オレだけか?」
「いいや。僕もだ。能力が……使える。岸野、五時の方向、二百メートルの所だ。頼めるかい?」
「ああ。この人数なら一度に全員飛ばせる。任せろ」
岸野はメルデスの調子が悪そうなのが気がかりだったが、心配したところで彼を止めることは出来ないことを承知していた。そして彼は能力を行使し、森の中から他の仲間と共に姿を消した。
■◇■
時は少し遡る。月光を背に浴びながら、髪の手入れをしつつ、松の木の上からアキトたちの様子をながめている女が外に一人。彼女の胸元のブローチ……もといタランチュラのタラちゃん──彼女のペットであるようだ──がカサカサと動き回って彼女の肩に乗った。
「侵入者? なるほどね、傭兵を向かわせるわ。こっちの方が気になるもの」
ふふんっ。と、上機嫌である。彼女にとって、人殺しの現場ほどそそるものは無い。それを邪魔する奴を始末してくれる傭兵の存在は彼女としては非常に便利なものであった。
彼女にも、普通の人間だった頃があった。とはいっても、彼女の思想や好みに関して偏りがあったことは否めないが。
彼女の両親は有名な芸術家で、何不自由なく育った。また、彼女も素晴らしい才能に恵まれ、将来を嘱望された芸術家であった。
彼女は、その事で周囲から賞賛され、尊敬されることにより、計り知れない優越感と、自己愛を己の中で増幅させていた。
その絶対の自信が、彼女の身を破滅させたことは事実であり、ある種の呪いと言っていいかもしれない。
そう、アテナに機織りで戦いを挑んだアラクネのように。もっとも、彼女が首をくくった訳では無く、殺したのは彼女の方だが。
森の北の方からは、潮風とともに銃声や金属の擦れる音が入り乱れて、激しい戦闘が起こっていることを教えてくれていた。
鬼の力によって強化された視力だとその様子もはっきり見て取れる。それを眺めるバリッサの顔は楽しそうに微笑んでいた。
『人が死ぬ時の表情ほど……素晴らしい芸術は無いわね』
彼女は裁判でこう語ったという。その後、彼女は猟奇的殺人犯として終身刑を言い渡され、投獄された。
森の中で激しい閃光と、衝撃波。
すると突然、眺めていた部屋の明かりが消えた。アキトたちの姿が暗闇に消える。
バリッサはすぐさま暗視ができるようにするが、老人が既に殺されていた。
「なんなのよあの女。お楽しみ取っちゃやぁよ?」
少し機嫌を損ねながらバリッサが呟いた。その時、一人の少女が暗闇の中を動いて何かを手に取ったのを見る。
「何してるのよあの小娘……でも、なにかしら。違和感があるわ……気持ち悪い」
もっとよく見ようと目を凝らす。その瞬間、部屋の明かりが復旧した。
「わっ……何なのよもう。明かりがついたり消えたり。日本は技術大国じゃなかったの?」
日本人でないバリッサはそんなことを独りごちながら、チカチカする視界を紛らわすため目を閉じざるを得なかった。
その直後だった。自分のいる空間に違和感を感じたバリッサは目を開く。黄色味の強い瞳が激しく揺れ動いた。そして、
「リリー……様」
と呟いた。
何故、彼女の名を口走ったかをバリッサ自身、理解出来なかった。
その瞬間、目には見えないが、凄まじい力の波動が彼女を襲った。崖下の海面が打ち付ける波とは反対の方向に、小波が立つ。松林が暴風を受けたようにうねり、ミシミシと音を立てる。
「な、何なのよッ……今のは。ッツ……ぐぁぁあああ」
彼女の身体は反射的に──恐らく、彼女の中の“鬼”がそうしたのだろうが──その波動の直撃を避けるため木から飛び降りて地面に伏せた。身体の所々に、焼け焦げたような痕が見受けられる。
何故か通常の傷より治癒が遅く、その痛みにバリッサは悶絶せざるを得ない。
「くっ……あの……小娘ッ。よくもッッッ」
爆心地に悠然と立つ少女を睨みつけるバリッサ。先ほどの衝撃波により、家屋は半壊し、部屋の中が露わになった。
少女は一体、何者なのか。
不思議な髪色で、頭にはウサギの耳のようなものが立っている。彼女の中の“鬼”でさえもその解答は導き出せなかったようだ。しかし、一つだけ、ハッキリしたのは……。
「あの小娘、危険だわ。あのボウヤと一緒に消してやるわよ」
むくりとその場から立ち上がるバリッサ。もう既に全ての傷は癒えた。彼女は邪魔な虫を潰すべく、優雅な足取りで彼らの元へ歩いて行った。戦いに自ら乗り込む彼女の表情は、実に愉快そうであった。




