声の導き
「やぁ、岸野。大変だったね」
「あの場には雑魚しかいなかった。親玉は恐らく別のところにいたと考えてよさそうだ。神威の話によると、奴は単体で現れて人間を襲い始めたらしい」
岸野はアジトに戻るとすぐに、メルデスの部屋に呼ばれた。大時計はちょうど十七時四十八分を指している。
岸野が、少し苛立った様子で煙草に火をつけた。椅子には座らず、長机に体重を預けて佇んでいる。
「しかし、それだけの戦闘力のある鬼を配置できるとしたら、彼女はまだあの近辺にいるね」
「あぁ。それに、奴らも今回の騒動できっと感づいたぜ」
紫煙をくゆらせながら、岸野が呟く。物思いにふけるようにその白い筋を目で追った。
「奴らって、ネメシスかい?」
メルデスの表情がにわかに曇る。岸野はその顔を一瞥し、深い溜息をついた。吐き出した煙がゆらりと消えるのを待って口を開いた。
「それ以外いねぇだろ。鬼の存在に精通し得る輩なんか。まぁ、とは言ってもあの二人くらいだろうがな」
岸野も、彼らに苦い思い出がある一人だ。忌々しげに眉を寄せた。
「見たのかい?」
「あぁ。菊川たちをこっちに移動させた後、戻って観察してたが、菅谷と旭が来てやがった。俺が分かるのはあの二人だが、他にも数名連れていたみたいだぜ」
「仕方ないね……真昼間にあれだけド派手に事が起こったんだ」
メルデスは岸野が煙草を吸うことをなんとも思っていないようだ。静かに灰皿を取り出して机の上に置く。そして岸野も悪びれることなく灰を落とした。オルガナが来るまでに消臭を済ませないと、とメルデスはチラリと引き出しの中を確認した。
そしてふと気づいた。
「しかし、どうして君は外にいたんだい? 君も僕と同じく指名手配中だ。見つかったらどうす……」
然し、途中まで言って言葉を詰まらせた。岸野の触れれば切れてしまいそうな視線が冷たい。
「あぁ、ごめん。愚問だった。今のは忘れてくれ」
アハハとメルデスが笑って誤魔化す。翠色の目を細め、わざとらしく両手をあげて見せた。
「ったく。どいつもこいつも」
岸野は少し苛立ったような、照れたような様子で頭を掻き、まだ先の残っているにも関わらずグリグリと煙草を押し付けた。火が消え、残り香だけが空気を淀ませる。
その直後、ゴンゴンゴンッ。ゴゴゴンッという荒々しいノックが指揮官室に響く。メルデスはそれが誰だかすぐに分かった。いや、その前から彼女の接近には気づいていた。
「入っていいよ」
「メルデスっ!」
間髪入れずにドアを勢いよく開け放ったのは、リボンを頭につけぴょこぴょこさせている少女。顔を真っ赤にして……明らか怒り心頭のようだ。
「何なのあいつ……ほんっと役立たずじゃんッ! あんな奴より、私の方が絶対にグレンさんを助けれた。あのおじさんが来てくれなかったら絶対に死んでたんだからッ!」
入るやいなや、つかつかとメルデスに詰め寄って怒りを爆発させるこだま。突然のキンキン声に岸野もビクっと身体を震わせる。うるせーな、と苦言を呈したがお構い無しだ。メルデスも困ったような顔だが、冷静にこだまに聞き返す。
「落ち着いて、こだま。あのおじさんって?」
「なんか、ものすごく強いおじさんで、長い棒持って戦ってた」
メルデスと岸野は顔を見合わせた。少々心当たりがあるようだ。だがそれを悟られぬよう、メルデスは丁寧な口調で話を聞き出そうとする。
「その人の名前とかは? 他になにか分かることないかな?」
「知らないもんっ! あのヘナチョコ野郎に聞けばァッ? それよりメルデス、なんで私は戦っちゃダメなのよっ!」
こだまはメルデスのデスクをバンバン叩く。今にもその黒い天板が割れそうな程に。
メルデスはしばらく考え、困った顔で首をかしげた。それは、こだまをその話にあまり関わらせたくないようにも見えた。
「こだま、その話はまた今度。疲れたろう。部屋に戻って休むといいよ……岸野」
メルデスが目で岸野に合図を送る。少し嫌そうな顔をしたがメルデスの指示を汲み取り、こだまを抱えあげた。いや、正確には一九〇センチ弱ある巨体で担ぎあげた。
「やだっ! ちょっと! 離してよっ、クソジジィーっ!」
「誰がクソジジィだ。ガキンチョ」
肩のあたりで大暴れし、ギャンギャン騒ぐこだまの頭を叩きつつ、部屋から追い出した岸野。その背中が扉の向こうへと消える。
それを見送ったメルデスがデスクにあるボタンのうち一つを押すと、内線が繋がった。ハキハキとした女性の声がメルデスからのコールに応じる。
「すまない、アキトくんを呼んでくれ。彼だけでいいよ」
【承知しました】
■◇■
【本城暁人。至急、指揮官室へ。繰り返します。本城暁人。至急、指揮官室へ】
館内放送が流れた。
疲れて部屋でくつろいでいた俺にもその放送ははっきりと聞こえた。
「指揮官室っていうと、メルデスの部屋か……」
さっきの事で、何か言われるのだろうか。まさか、オルガナさんにブチギレられるのかも……。身震いした。
(やだなぁ……)
アイシング中だった腕にパーカーの袖を通し部屋を出る。無機質な廊下の壁に映り込む俺の顔は明らかに疲れきっている。だが無視するのも返って怒らせるかもしれないからな。仕方ない。
ミュートロギアのアジトの中は、階層がいくつかに分かれていて、メルデスの部屋、つまり指揮官室はその最下部にある。少し雰囲気が他とは違う扉。
部屋をノックした。
「どうぞ」という落ち着いた声に許可を得た俺は少し重めの扉をそっと開けて中を覗く。部屋の中には彼しかいないらしい。
ひとまず、オルガナの姿がなかっただけホッとした。しかし何を考えているか分からないこの男のことだ。俺は決して気を緩めたりなんかしないでおくべきだろう。
「そこに掛けたまえよ。なに、そう身構えなくていいさ。少し聞きたいことがあっただけだから」
俺の警戒心は見透かされていたらしい。とことん不気味な男だ。
仕方ない。俺はメルデスに促されて、椅子に腰掛ける。彼もデスクを離れ向かい合った。
「あの、聞きたいことって?」
「さっきの事で、少し小耳に挟んだんだけどね」
やっぱりか。
実のところ───自分でも不甲斐なさを感じている。
さっき、無事帰ってきた菊川たちに話したら、初めての現場で良くやった。とは言われたものの、自分では納得がいかない。
俺は、戦いたくない。こいつらに協力する気もない。でも、ふたりを守ることができなかったことに対しては、屈辱を感じている。もう少しなにか出来たかもしれないのに。
「別に、君を責めようという訳じゃないから安心してくれ。こうして無事に、君も、こだまもグレンも戻ってきたんだ」
「はい……」
メルデスは相変わらずニコニコとしている。何がそんなに可笑しいのだろうか。全くもって不可解な男だ。
「僕が聞きたかったのは、君たちを助けてくれた男についてなんだよ」
「へ?」
そういえば、報告の時に、あまりにも落ち込んでたから言うの忘れたんだ。でも、何でわざわざそんなことで俺を呼んだんだ?
「彼の名前とかは聞かなかったかい?」
「あ、えーと。山田太郎さんって手帳に書いてました。どうも、警察の人みたいで、あの辺の交番に勤務してるって言ってたけど……」
メルデスは、そうかと言ったきり、黙り込んで何かを考えている。なにか心当たりがあるのだろうか。
「その人、知り合いですか? 凄く強かったんです。棒切れ一本で敵をどんどんと」
「いや……僕の思い違いだったみたいだ。疲れてるところ申し訳ないね。帰っていいよ」
え、もういいのか? えらくあっさりしすぎて、逆に不気味だ。
「なにか気になることがあったりしたら、また言ってくれるかな」
「あ、じゃあ……俺から一ついいですか」
俺も、メルデスに訊きたかったことを思い出した。というか、彼じゃなくてもいいが知りたかったこと。この際だから聞いてみよう。ずっと悶々としていた事だ。
「あの子、こだまっていう子。なんで戦っちゃいけないんですか? 戦闘員だって本人は言ってましたけど。鍛えてるんだって」
すると、メルデスの顔から笑みが消えた。まずいことを訊いたのだろうか。難しい顔のまま、メルデスが口を開く。
思わず生唾を飲んだ。
「アキトくんは、今日戦ってて妙に感じなかったかい?」
「妙……?」
なんだろう。特に思い当たることは無い。突然現れて人々を襲い、俺たちは逃げ込んだビルとビルの間で挟み撃ちにされて、その時。あ。
「──そういえば、明らかに俺を狙ってた」
そうだ、あの路地裏でも狙われたし住宅街で戦ってた時もグレンさんやこだまには目もくれなかった。ずっと俺ばかりを狙ってきていたんだ。よく考えれば妙な話だ。タツヤはともかく、何故グレンさんやこだまよりも男の俺を狙った?
「君は、あの夜、バリッサの攻撃を止めただろう。それによって君自身がマークされたんだ」
「え……?」
メルデスが発した不穏な発言に背筋が凍りつく。俺自身が、マークされた? あの女に?
「特別な存在の宿命だよ。恐らく、今後も奴は君を集中的に殺そうとするさ」
そんな。自分の運命とやらを再度呪った。
「実はここだけの話、あの子も、鬼に対抗する力を持ってる筈なんだ。まだ開花はしてないけどね」
誰にも言っちゃダメだよ、とメルデスが俺に口止めをする。にしても、人の名前すら覚えられないあのウサギ女が鬼に対する能力を? 持っている筈と言うのが理解できないが、彼の言わんとすることは分かる。
「だから、戦ってマークされてしまうのを防いでいる……と?」
「そうさ」
「あの子は一体何者なんですか」
明らかに、俺の時とは待遇も違う。俺の場合戦えと言われた。なのにあいつは全く逆じゃないか。なんでそうも違うんだ。男や女という違いか?
いや、それだけじゃない何かがある。
その時、俺は保健室でのことを思い出した。彼女の夢についてだ。あの光景が瞼の上で巻き戻される。そしてその時、心に引っかかっていた事が、俺の中で一つの結論となった。
「あの暗殺者、天雨美姫の妹。違いますか」
俺はこの時初めてメルデスが本当に驚く顔を見たかもしれない。目を丸くして俺の顔を見てくる。部屋の中の空気が張り詰めた。
「どうしてそれを、君が……」
図星のようだ。いつも冷静沈着な彼が、動揺を隠せないでいる。俺を見くびってもらったら困るぜ。自分で言うのもなんだけど頭の回転は早い方だ。
「夢を見た。こだまの夢を。その時は半信半疑だったけれど……今、確信しました。あいつは天雨美姫の妹ですね」
「ははは、参ったね。さすがユーヒの弟だ」
メルデスはぎこちなく笑った。そして白状し始める。
「そうさ、彼女は天雨美姫の妹だ。彼女はあの時傷を負い、特別な力を得たみたいなんだ。でも、その力は不完全だ。あの子自身はとても強い。しかし……そうだな。ピースが一つ欠けたパズルのような、そんな状態なんだ」
普段の彼女を見ている限り、彼女がそんなものを背負っていたなんて、想像もつかなかった。あの夢はただの妄想だ、と高をくくっていた。いや、と言うよりも信じたくなかったのかもしれない。彼女の笑顔はそんなのを隠しているようには見えなかったから。
「その、最後の一ピースって……」
「わからない。だいたい目星はつけてるんだけどね。で、それが揃えば、リリーを再び封じることが出来る筈さ。あの子の姉をも助けられるかもしれないんだ」
「だから、今は絶対に死なせることは出来ない、鬼から存在を隠すと」
メルデスが静かに頷いた。嘘偽りのない碧眼が俺を見つめる。
「もちろん、君にも死んで欲しくない。もっと言えば、団員をこれ以上失いたくないんだ。そのためには、君や彼女の存在が重要なんだ。分かってくれるかい?」
またその話か。しかしハッと気づく。メルデスのいつもとは違う表情に。いつもなら反抗して拒否するが今回ばかりは、彼のどこか弱気な顔を見てしまった俺は、何も言えなかった。
ゴーーンという音に驚いたが、それは部屋の時計が一八時を告げただけだった。
夕食の時間だ。しかし何故か俺の腹は減っていなかった。悶々とした何か。俺にもよくわからない何かが空腹を妨げているような感じがする。
「……さ、夕食に行っておいで。お腹空いただろう」
その音を聞いたメルデスはいつもの顔に戻り、笑顔で俺に夕食へ行くように促した。彼に言われるままに俺はその部屋を去るしかない。
今日も綺麗に磨きあげられた廊下を独り、色々と考えながら歩いている。尾を引くような疑問が足取りを妨げる。
《来て、早く》
そんな俺に、俺の脳内に、声が聞こえた。この前も聞こえた声だ。空耳かとも思ったが、今度ははっきりと聞こえた。
《貴方の力が必要です。あの子の力になれるのは、貴方だけなのです》
誰かわからないその声。
しかし、何故か俺は、暗示がかかったようにその声が指示するがままアジト内を歩き回る。
(あの子って誰だろう。それに、この声の主は……?)
ふと疑問に思ったその時、ゴツンッという鈍い音とともに目の前を歩いてきた人物と正面衝突した。視界に入っていなかった。
「ご、ごめんなさい! 怪我はないですか」
咄嗟に謝る。ぼーっとしてたのは俺の方だから。
「あッ……へ、ヘナチョコ野郎ッ! 日頃からそーやってボーッとしてるからヘナチョコなの! バーカバーカ!」
だがそれは謝ったことを少し後悔する相手だった。杏色のポニーテールに、ウサギみたいなリボン。こだまだ。ぶつかった事以上に、さっきの事でブチ切れられているらしい。
てか、怒り方ガキか。言い返す気力も起きない。
「すまない。その事については反省してる。って……何してるんだ?」
こだまは何故か、小さな体には似つかわしくない、大きなリュックを背負っていた。学校に行く時のカバンの倍くらい大きいカバン。通学カバンはいつもすっからかんのくせに、その大きなカバンはパンパンに膨れ上がっている。
ぶつかった事でお互い尻餅をついてしまっていた。正面を見ると、こだまの赤の短いスカートが少々派手めにめくれ上がっている。俺は咄嗟に目をそらした。罪悪感もあるが、これ以上キレられるのは御免だ。
「……なんでもいいでしょッ!」
こだまは立ち上がり、その重そうなカバンを、軽々と背負って俺を押しのけ、行ってしまった。
しかし、俺はなんだか嫌な予感がしてこだまを追いかけた。
「待てよ!」
俺の呼びかけを無視して、ズンズンどこかへ進むこだま。大股に歩くもんだから床に色々映りこまないか心配したが、何故か不思議と映ってないな。って、そんな心配をしてる場合じゃない。
「待てってば!」
半ば強引にこだまの手を掴んで引き止める。
《私が助けるの!》
頭の奥に響いた声は、こだまの声。普段は鈴が鳴っているようなかわいらしい声だが、今はそれを荒げている。しかし、少し震えていた。怯えているような……。
「こだま、お前」
「触んないでよっ……あんたなんかッ!」
俺の手を振りほどいたこだまの強烈なビンタが俺の左頬を襲う。なんて力だ。俺の身体は、横に吹き飛ばされ、壁に強く打ち付ける。途端に視界は真っ暗闇に包まれる。
□◆□
脳震盪を起こしたのだろうか。アキトの身体は動かない。
「ね、ねぇ……い、生きてる?」
「ん……」
我を忘れ殺してしまったかと焦ったこだまだったが、生きているとわかり、すこしホッとする。ホッと息を吐いたが、直ぐに気を張った。
「こだまー、こだまぁー?」
廊下の向こうから、自分を呼ぶ声を聞く。
「ゆーひだ。でも、私……行かなきゃ」
横たわるアキトを放置し、こだまはカバンを担ぎ直して逃げるようにその場を去った。
「──あれ、アキト? どうしたの!」
しばらくすると、こだまを探していた夕妃が、倒れているアキトを見つけた。心配そうに抱き起こす。
「ん……? 姉貴か」
「あーもう、何してんのよこんな所で。寝るなら部屋で寝なさい」
夕妃は呆れたように腕組みをした。すぐに目覚めたため、さほど心配するほどではないと思ったのであろう。ましてやこだまにビンタを食らって脳震盪を起こしてただなんて。
アキトは朦朧とした頭で、何が起きたか思い出そうとする。頭の右側が痛いが……それよりももっと大事なことがあるような。
「まぁいいわ。それより、こだま見てないかしら。さっきから探してるのにいないのよ」
「こだま………!」
アキトはハッとして、駆け出した。銀色の壁に映るその顔は焦りに満ちている。
「ちょっと……? アキト!」
夕妃が呼び止めるのも聞こえないように、廊下の向こうへ走って行ってしまった。その後ろ姿を夕妃はぽかんとした表情で見ていた。首を傾げる。
「何なのかしら。あの子」
□◆□
「アイツ、どこに行ったんだ!」
嫌な予感がするのだ。
訓練場のあるフロアにたどり着いた。どれくらい気を失っていたか知らないが、夕食時だ。混雑しているのはいつものこと。でも、なんだ。妙に騒がしい。食堂の前にはかなりの人だかりができている。
「あ、アキトー!」
その人混みの中で、菊川が手を振っていた。
「聞いてくれよアキト。食料がごっそり無くなってるんだってさ。グレンさんは、朝には今日一日分くらいあったのを見たらしいんだ」
タツヤが状況を教えてくれた。
食料が、無くなった? そうかあのリュックは!
再び俺は駆け出した。
「おい、アキト!」
何も言わずに走り去った俺を、不思議そうに二人は見つめていた。
俺は、最上階、転送装置のあるフロアにたどり着く。無機質な空間にこだまの姿は見当たらない。どこに行った……!
《あの子を、助けてあげて》
また、あの声だ。
「何処なんだ! こだまはどこに行ったんだ!」
見えない声に、ダメもとで問いかける。銀色の大きな空間に声が響き渡る。
《私は、あの子の思い出の場所に、います。あの子も、そこに居ます》
思い出の、場所?
思い出の……!
そうか。きっと、あそこだ。あそこしか考えられない。
しかし、こだまはどうやってここを出たんだ? 出るには、ここにいる技術者の立ち会いの下で、転送装置に乗る必要があるのに。もしかして……!
いちばん端にある転送装置。先週から故障中で使用禁止になっていて、そこには誰も監視する人がいない。故障と言っても、装置を覆うガラスが少しヒビが生じていたというものだ。動くのに問題は無いと菊川が教えてくれたことがある。
「ちょっと、君っ……?」
俺の存在に気づいた技術者がいたが、もう遅い。
既に、startボタンを押して、カプセルに飛び乗っていた。
周りの景色がどんどん加速して、次の瞬間。夜の街中にいた。ネオンが眩い繁華街。近くには小さな駅舎がある。
俺はたまたま持っていたICカードで電車に飛び乗った。目的地は……あの場所だ。
東の空には、大きな満月が光り輝いていた。




