遭遇(エンカウント)
「ハァハァハァハァ……」
暗闇に怪しく響く、荒い吐息。
女は、かなり長い距離を走ってきたようだ。ドレスの裾は汚れ、靴にも泥がついている。何より彼女の顔が汗だくで身体からは湯気が上がっていた。
「アイツは……一体なんだ。何者だ」
暗闇に問いかけた。しかし、誰かがその問に解を与えるということは無い。
女は、自らの手を見つめた。
昔から、人より少し大きかったその手。現在は細い指の先に、長く、鋭利な爪が生えて、獣のようになっている。
「やっと、見つけた。私の最高の凶器。誰にも、渡さないわ……」
女は、自分の手を愛おしそうにだきしめた。
ザザッという音に、彼女が振り向いた。女の周囲を囲む、無数の足音。先刻の彼女のものとは異なる狂犬のような荒い息が重なり合っている。
月明かりが差し込み、周囲を囲む人間の姿が明らかになった。
「これが、私の傭兵達ね。素晴らしいわ。そこの貴方。鏡をとりなさい」
女は一瞬、身構えていたが、すぐにその必要は無いと判断を下す。その中には、老若男女、色々な人がいたが皆その目に生気というものは宿っていない。
女が一番近くにいた男に命じると、その男は、大きな鏡を持ってきて、女の前に立てた。
「ふふ……やはり、今日も美しいわ」
女は自らの體に酔いしれているようだ。体をくねらせ、自らを強く抱き締めた。
「さぁ、傭兵達。このバリッサ様に続き、人間どもを殲滅するのよ! そして……人間どもからリリー様の心臓を取り戻しなさい! それと、あの不気味な男を消すのよッ」
この言葉を合図に、人影は、鏡を持つ男以外いなくなった。人影がいくつかの塊になりつつ方々に散っていく。
「リリー様。復活の時はもうすぐそこまで来ております。この私、バリッサが必ず……!」
少し欠けた月に向かい、女が呟いた。暫くすると、女も、残った男を引き連れ、何処かへ消え失せた。
□◆□
暑さのピークを過ぎればかなり肌寒くなってきたが、今はまだ真昼間。残暑厳しい、秋晴れの空の下。とある繁華街を歩いていた。
「あーつーいー。とーけーるー」
今日は授業がたまたま午前で終わり、俺達は下校することになったのだが、まっすぐ家には帰らせてもらえず今に至る。
そう、それはつい30分前───
「あら! アキトさんに、ダイキさん、タツヤさんも! こだまちゃんも一緒なのですねー?」
お買い物中のグレンさんに出逢った。大通りには昼間ということもありたくさんの人がごった返している。車道もひっきりなしに車が往来していた。
「授業が早く終わったんすよ! あ、よかったら、手伝うっすよ?」
「まぁ! ダイキさん、いいんですか?」
「グレンのためなら! もちろんだよっ!」
とまぁ、こんな感じでお気楽2人組の申し出により、グレンさんの買い物を手伝うことになったのだ。
「ぐ、グレンさん? 一人でこんなに買って帰るつもりだったんですか?」
「いいえー? みんな力持ちだし、せっかくだからと思って~」
てへへと可愛らしく笑うグレンさん。その笑顔はやはり天使だが……残念ながらこっちは笑顔を作る余裕などない。両手に大量の野菜やら果物の入った買い物袋を下げているからだ。
「あーつーいー。とーけーるー。もー無理。ウキキくん持ってぇ~」
「おい。それ俺に言ってんのか」
「うーへぇーーーー」
そして、相変わらず、この少女は俺の名前を覚えていない。ワザとのようにも思うがな。その真意はさっぱりわからん。
俺としては、保健室での一件以降、同じ教室にいても話しかけづらかったのだが、なぜか彼女の方から絡んでくるようになった。
ただ、それは俺だけじゃなく、誰にでも絡んでいるようだ。
菊川も、タツヤも同様に。
姉貴いわく、誰かと一緒にいないと寂しいタイプなんだとか。
ったく、ウサギかよ。
「ほら、もう少ししたらスポットですから。帰ったらアイス食べましょうね?」
グレンさんが、暑い暑いと訴えるこだまを宥める。アイスという言葉を聞きつけたこだまの顔が一気に明るくなる。おい、スキップする余裕あるなら荷物もう一個持ちやがれ。
これは最近知ったのだが、この地上と、ミュートロギアのアジトを結ぶあの電車は、人為的に瞬間移動を発生させている機械なのだとか。各地にスポットと呼ばれる、ほんの少し磁場を狂わせてある場所があって、そこをゲートにしてミュートロギアの中から地上に出てくるそうだ。
ここ数年の技術革新もめまぐるしいと思っていたが、俺達の生活の中に顕れていたのは、ほんの一部。氷山の一角でしかなかったらしい。
暑さに項垂れ、重さに背を丸める俺たち。もう少しでスポット、という所で、信号待ちに引っかかる。日陰のない交差点で最悪だ。
「そういえば、あの夜以来、あの女やけに静かだな」
菊川がぼそっと呟いた。なんで今そんな話をするんだよ。
「その方がいいだろ。こんなところで遭遇はごめんだ」
「ダイキ、そんな心配しなくても大丈夫だっての。アキトも十分強くなったんだからよ! な! アキト?」
タツヤが俺の背中をバンバン叩く。
てめぇ、俺と菊川は荷物両手に抱えてんだぞ。こいつまでなに楽してやがんだ。言い出しっぺはお前らだろ。なんでそのお前らが一つしか荷物持ってないんだよ!
不満の視線をタツヤに送るが、華麗にスルーされた。
「そういえば、カムイくんは一緒じゃありませんね」
「あぁ、あいつならアレっすよ。ネットの仲間とオフ会らしいっす。魔法少女について語るだとかどうの言ってたっすよー」
そんな話をしている間に、信号機が赤から青に。人の群れが車道へ躍り出る。
「あれれれ? カムイくんじゃない? あれ」
その時だった。こだまが指さした先、ちょうど俺達が渡ろうとしていた横断歩道の先に、息を切らしながら走る神威の姿があった。彼の白いニット帽に、赤い血のようなものがついている。白い制服のカッターシャツの所々にも血が飛び散っていた。
一同に緊張が走る。
俺も、なにか背中に嫌なものを感じたような気がした。
それを見た菊川は、「行ってくる」と言って、荷物を俺たちに預けて神威を保護しに向かう。彼に任せれば心配はないだろう。
「おいおい、何がどうなってんだよ」
タツヤが周囲を警戒する。荷物は地べたに置き、彼の手は既に通学カバンの中にある。彼はいつもそこに愛刀を隠しているのだ。
すると、向こうで通行人のひとりが叫んだ。
「あいつ、斧を持ってるぞ……ッ!」
神威が逃げてきた方向、商店街の方から、人が雪崩のように押し寄せた。その後方には、斧を持つ男を先頭に、虚ろな顔をした人間がぞろぞろと続く。
「多分、鬼」
こだまが、斧を持つ男から、鬼の気配を感じ取ったようだ。俺達の間に緊張が走る。
「そんな……グレンさん!」
ここにいる大人は彼女だけだ。指示を仰ぐように振り返った。
グレンさんも、初めは戸惑っていたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「ここで戦うのは危険です。一旦逃げましょう」
あぁ、その通りだ。白昼堂々、刀や銃で戦うのは色んな意味で危険だ。警察などにも見つかる可能性が非常に高く、何より一般人が多すぎる。グレンさんの言葉通りに俺達は動いた。
「あった! 電話ボックス!」
こだまの声の通り、スポットの電話ボックスは目の前だ。
ここには生憎、空間転送系の能力者がいない。そういう時は、ただのスポットじゃなくて、こういうボックス型のスポットじゃないと帰れないのだ。
「グレンさんから入って! はやく!」
タツヤが、戦闘員でないグレンさんを先に行かせようとする。だが、「危ない!」という声とともに電話ボックスに入りかけたグレンさんを、こだまが強引に引っ張り出した。二人は咄嗟に伏せる。
刹那。
ズガガガガガガッッッッという爆音と地鳴り。そして、凄まじい衝撃波によって、電話ボックスが大破した。その破片が俺たちを襲うが、体勢を低くして回避する。人々が逃げ惑い、悲鳴をあげているのが聞こえ続けている。
真昼間の繁華街はパニックに陥った。
「あいつッ!」
タツヤが遂に、カバンの中から短刀を引き抜いた。抜刀はしてある。ギラりと刀身が太陽光を反射した。普段は双刀の使い手だが非常事態だ。一振りの短刀を逆手に構えて警戒する。
衝撃波の発生源、そこには虚ろな目の女。他校の制服を着ていた。肩から胸元にかけて、服が鮮血の色に染まっている。
女が両腕を振り下ろした。
「まただ……来るぞ!」
俺達はすかさず、買い物した荷物を放り投げ、近くの路地に逃げ込む。衝撃波は、アスファルトを抉り、ガードレールを吹き飛ばした。あんなのに巻き込まれたら一溜りもないぞ……!
「あれは気流波だ! あいつ、鬼化する前でもBランク判定受けてた強者っす」
「タツヤ、なんでしってるの?」
こだまの問いに対し、「元カノ」と切り返す。
まじか。なにそれ。さすがプレイボーイ。
女の子となれば顔が広いな。良い意味でも、悪い意味でも。
しかし、それ以上に。Bランク判定受けてたってところが、マズいな。
あのあと、菊川たちから鬼についても色々教えてもらったが、鬼化すると、生きていた時よりも数倍の力が使えるようになるのだとか。異能を持たない人でも、その身体能力は格段に上がる。
それと、ランクというのは約6年ほど前から政府が制定した、異能を危険度で分類するものだ。異能である以上この判定を受けることが義務付けられている。ちなみに俺は最低ランク、Eだ。
まぁこの際そんなことはどうでもいいのだが、Bとなるとそれなりな危険な能力の所有者だ。
「三人とも……ストップ!」
俺とグレンさんの前を走っていたこだまとタツヤだが、グレンさんの一言で急ブレーキをかける。ジリッとタツヤが少しだけ後ずさった。
「これは、まずいっすねぇ」
額から汗が落ちる。暑い中走ったからもあるが、そうではない汗も混じっているのは確かだ。
俺達の目の前には、無数の人影。皆、何かしらの武器を持っている。その距離は、約五メートル。背後からは、さっきの女も近づいていた。挟まれた。逃げ場はなさそうだ。
俺達の正面にいた、斧の男が動きを見せた。狙いは誰だ?
「……アキト!」
タツヤが焦ったように振り返ったがもう遅い。その生気のない瞳が俺をまっすぐ捉えている。何で!
「……ッ!」
何故、俺なんだ!
すぐさまカバンからタツヤと同じような刀を引き抜いて、相手の一撃を食い止める。それを合図に、ほかの奴らも俺たちに襲いかかってきた。鬼と化した人々の群れが襲来する。身体能力がどの個体も異常に高いことは明らかだ。五メートルの間くらい、軽々と詰められてしまう。
絶体絶命。ピンチだ。俺にとって初めての実戦なのに……いきなり難易度高すぎるだろ!
あらん限りの力を振り絞って肉薄するそいつを突き飛ばす。
タツヤも狭いビルの間という地形を活かし、様々な角度から攻撃を繰り出すが相手の数が、多すぎるッ!
《ったく………世話焼かせやがって》
その時、俺の脳内に声が響く。乱暴な語り口に低めの声。この声の主は……!
俺たちに向かって走っていた奴らが、見えない壁に阻まれた。応戦していた奴らはその壁に取り込まれてしまったかのように動きを一瞬止める。
しかし、その壁を奴らは一撃で粉砕した。粉砕した後には、無数のキューブ状の物体が飛び散った。
───だが、それは彼にとっては充分な時間であった。
「ったく。何巻き込まれてやがんだ」
俺達が逃げ込んだ路地。その横の建物、五階建てのビルの屋上に俺達はいた。
そこには既に三つの人影があった。
「岸野さんっ! た、助かったっす」
「ダイキ、カムイくん! 無事でよかったぁー」
さっきのキューブで構築された壁は、菊川の異能力によるものだった。『立方防御』と言うらしい。それで奴らを足止めした隙に、岸野が俺たちをここに瞬間移動させてくれたようだ。こだまがニコニコしながら胸を撫で下ろしている。
でも、彼が何でここに?
「ぐ、ぐ、グレンさん。お怪我はありませんか!」
どもりながらも岸野はへなへなと座り込むグレンさんに手を差し出す。顔は真っ赤だ。顔だけじゃないな。耳まで真っ赤。
あー、なるほど。あー理解理解。
「まさか、つけてたんすか? 岸野さん」
少し意地悪そうな顔で、岸野に喋りかけるタツヤ。
岸野はさらに顔を真っ赤にした。
「うるせぇ! 話しかける機会を伺ってただけだボケぇッ」
……中学生か。心の中でツッこんでしまった。
恐らく、俺達が現れなかったら、岸野が荷物持ちをかってでるつもりだったというところか。なるほどね。すみませんね気づかずに。
「栁ッ……あとでてめぇ、シメてやるから覚悟しやがれ」
うわ怖っ。すごい剣幕だ。中指がこれでもかと言うほどピンと立っている。やっぱりこの人怖いし、カタギじゃない。グレンさんも軽く引いているのに気づいているのか?
「お取り込み中かもしれないけど、そんなことしていられなさそうだよ」
夏服の白シャツを血に染めた神威が俺たちに声をかける。特にどこも怪我はないようだ。ということはあれは彼の血では無いらしい。既に両手には愛銃二丁がスタンバイしている。いつもどおり、表情一つ変えずにボソボソと喋った。その小柄な背中に並び、ビル下の鬼化したヤツらがどうなっているか見下ろしてみた。
「なっ……!」
ここは、五階建てのビルの屋上だぞ? なのに!
「チッ。奴ら、もう上ってきやがったのか」
岸野が舌打ちをする。鬼化した人々がウジャウジャと壁を登ってきている。異様な光景に、俺は言葉を失った。
「どうする? 岸野さん」
菊川が、岸野に指示を仰いだ。
苛立った様子の岸野が頭を掻きながら何故か俺を一瞥する。そして、意を決したように深く息を吐いてからこう告げた。
「仕方ねぇ。オレ一人じゃこの数は無理だ。菊川、神威、栁、お前らはここに残れ。本城とこだまはグレンさんを警護して、二ブロック先のスポットまで急げ。いいな?」
「みんな……」
てことは、ここで四人があいつらと戦うってことか? 俺たちを、逃がすために?
「アキト、心配すんなって! 俺達は大丈夫。またアジトで会おうぜ」
タツヤが白い歯を見せてニッと笑う。菊川も俺に向かい親指を立てる。無表情だが、神威も俺の方を見て頷いた。さもこれが当たり前かのように。
「早く行け。そうだ、こだま。てめぇメルデスとの約束、忘れてないだろうな」
岸野がこだまを睨む。約束って、なんだ?
その言葉に少し不貞腐れたこだまだったが小さく頷いた。
「わかってるよ」
「じゃあいい。行け」
岸野は、瞬間移動で俺とこだまとグレンさんを一ブロック先まで飛ばしてくれた。周囲は閑静な住宅街だった。変な奴らがいないことを確認し駆け出す。
あと一ブロック。
俺は、ふたりの前を。こだまは、俺の後ろをグレンさんの手を引いて走る。
もう少しでスポットという、その時だった。何事もうまくいかないとはこういう事だろう。
「おいおい、ウソだろ」
その光景に、俺たち三人は目を疑った。悪夢の光景だった。
目の前に押し寄せる人、人、人……。しかし、先程同様にやはり彼らからは生気というものが感じられない。
今気づいたが周囲の住宅街からは、生きている人の気配が感じ取れなかった。みんな逃げたか目の前にいるかだろう。
しかし、こいつらを突破しないとスポットにはたどり着けないのだ。
さらに、俺は見つけてしまった。奴らの中に。見知った顔を。
「店長……」
コンビニの制服はそのまま。そして、左胸の血液は、真っ黒に変色している。胸が、締め付けられる。あの日の彼の亡骸がそこにあった。
しかし、ここで止まってなどいられない。
「こだま! ここを突破するぞ」
こだまに声をかける。だが、しかし。彼女は口を尖らせて首を横に振った。
「ごめん……。私戦えないよ。メルデスとの約束なの」
「は……?」
なんてこった。俺ひとりで奴らを相手しろと? ふたりを、守れと? 手のひらが震える。
そんな、無理だ。こんな刀みたいなのを初めて持ってから一ヶ月も経ってないんだぞ。
「アキトさん!」
ヤバい。奴らが動き出した。躊躇ってる暇も感傷的になってる暇も無さそうだ。
「くそッッッッ!」
幸い………敵は後方にはいない。グレンさんとこだまの前に立ち、刀を振るう。
しかし、なかなか相手を倒すところまでいけない。せいぜい攻撃を押し返す程度だ。やはり実戦は仮想とはまるで違う。
「なにしてんの、早くやっつけてよっ!」
こだまから野次が飛ぶが、それどころじゃない。正直、かなり限界だ。相手の一撃の重さに、俺の腕が悲鳴をあげている。さらに刀だって刃こぼれが酷……い。
パキンという無情な音。予感通りの結末。相手の一撃で刀が折れた。取り敢えずポケットに入れておいた銃に手を伸ばすが間に合わない。
終わった。
目の前の敵は、包丁を持っていた。それが、俺をめがけ、振り下ろされる。メルデスの言葉通りなら、死んでも、俺が鬼化することはないだろう。それがせめてもの救い。ああはなりたくない。
でも、こんなところで、死ぬのか。という後悔もある。
こだまとグレンさんがなにか叫ぶのが聞こえる。でもだめだ。俺はもう、避けられない。諦めかけたその時だった。
その包丁を持った敵が吹き飛ばされた。そいつは家の外壁に打ち付けられ、動きを止める。
(あれは………?)
そいつの躯は、動きを停止したあと、砂のように崩れた。
「良かったなぁ、キミ達。オレが来たからには大丈夫だぜ?」
あいつを吹っ飛ばした人物が、俺に手を差し伸べる
嗄れた声。白いシャツに赤いネクタイをしている。タイピンが少し見慣れない。これは、カメレオンだろうか? 変わった形をしている。
「あ、ありがとうございます」
「礼には及ばねぇよ。オレはこういうモンだ」
そう言って彼が、俺に見せてくれたのは思いがけないものだった。
(け、警察……?)
濃い焦げ茶色の、手帳のようなもの。その上部には、俺を助けてくれた男の顔写真。生きていれば、うちの親父と同年代くらいに見える顔だ。髪には少し白髪が混じる。
その手帳の下部には、後光を放つ旭日章の金属のバッジが付けられている。
「山田……太郎さん?」
「あぁ。そこの交番で務めてる」
なるほど。思いもよらない助っ人に俺は落ち着きを取り戻した。
敵は、突然現れた男に警戒しているようだ。しかし、彼がただの交番業務の警察官だとしたら、協力してもらうのは危険だ。彼だって、奴らに傷つけられれば、鬼化する危険が高いのだ。
「ここは、俺が言うのもなんですけど、下がってた方が身のためです。奴ら、ただの人間じゃな……」
「あー知ってる知ってる」
彼は、さっきの敵を吹っ飛ばすのに使った長い棒を振り回す。そのまま、物怖じすることなく奴らの中に突っ込んでいった。
む、無謀だぞ!
「オレの仕事は、市民を守ることだからな!」
彼は、次々と鬼化した人々を打ちのめし、砂に変えていく。つ、強いッ! こんな警官、普通じゃない。
「ほーら、大丈夫だろ? 今のうちに逃げな」
彼の戦った跡には、道ができている。ニコリと俺らに笑いかけてくるが、攻撃の手は緩めていない。少し不審な感じもするが、今はこの人に頼らざるを得ないだろう。
「行かせてもらいましょうっ!」
グレンさんとこだまが、そこを走ってくぐり抜ける。俺もそれに続く。
だが、その俺の背中に衝撃が走った。
「っあッ……」
飛びかかってきた人影。突然現れた男の攻撃を掻い潜って来たのだろう。その人物は……幸か不幸か彼だった。
「て、店長ッ!」
いい人だったのに、どうしてこんな。俺達は揉み合いになった。地面に倒れ込む。俺より大柄な店長が、馬乗りになって俺の首を絞める。力で押しのけるのは厳しい。
気管が閉塞し、視界がチカチカと星が飛んだような錯覚を覚える。クソッ……早く、抜け出さねぇと!
「アキトさん!」
グレンさんが焦った声で俺を呼ぶ。しかし近寄れば奴らの思う壷。そんなことになったら岸野に死んでも恨まれる。
「店長、すみませんッ」
苦し紛れに謝り、持っていた銃で店長を撃つ。消音機能が作動して大きな音はしなかったものの、確かに俺は店長だった人体を撃ち抜いた。脳天に被弾し仰け反った店長の躯は砂となり、風に乗って消えていった。しかし、俺にはそれを悲しんでいる暇などない。
すぐにグレンさんたちに合流し、電話ボックスに飛び込んだ。
(あの警官……大丈夫だろうか)
アジトに飛ぶ前。アクリルの板越しに戦う彼の背中が見えた。
大丈夫そうだ。臆することなく、奴らを葬り砂に変えている。敵の数は半分以上減っていた。
にしても、警察にあんな人物がいるなんてな。本当に驚きだ。機動隊上がりの人だろうか。
でもきっと親父が同じ場面に遭遇してたとしたら同じようにしていたかも知れない。久しぶりにそんな背中を見たような気がした。
「行きますよっ!」
グレンさんが番号を打ち込み、受話器をあげた。その瞬間、俺達の姿は電話ボックスから消えた。




