第1話 / 5年2組
忘れたくても
忘れられない過去がある。
それはきっと
絶対に忘れてはいけない過去のこと。
忘れることが許されない過去のこと。
記憶のどこかに残り続ける。
これから先も、永遠と。
"後悔"
"恐怖"
"絶望"
頭の中を駆け巡る言葉は
どれも希望のないものばかり。
そう...
私達に幸せはやってこない。
私達は幸せになってはいけない。
彼がそれを許さないだろう。
なかったことになんかできないから。
ーー7年前の、重く大きな過ち。
・ ・ 7年前 ・ ・
その過ちが生まれたのは
私、此原ゆみが小学5年生の頃。
男女の賑やかな声がクラス中に飛び交う中、
私は1人席に着き、読書に集中していた。
周りから見たら私は
孤立している生徒。
けど、1人は楽だった。
グループの輪に入るのは苦手だったから。
無理に笑ったり、共感したり
思ってもいないことを口にするのは
上辺だけの付き合いで、
私はそれが苦痛で仕方なかった。
「わ、チャイム鳴っちゃったよ」
誰かがそう言って、
ため息混じりに席に着く。
朝のチャイムが鳴ると同時に
担任の先生が教室の扉を開け、
" おはよう "と一言発した。
ここまではいつも通り。
けど、その日は違ったーー。
『誰だれ〜?』
真っ直ぐな黒髪に、弱々しそうな華奢な体。
一見女の子にも見えるが、
格好からして男の子だと確信できた。
クラスメイト達の視線は
一気にその子に集まる。
『紹介するぞ』
先生の横に立つ、見知らぬ男の子。
ずっと下を向いていて
顔を上げる気配はない。
『今日からこのクラスに、新しい仲間が加わる』
教卓の上に出席簿を置き
チョークを手に取る先生。
そして黒板に書かれる、男の子の名前。
『神城 咲』
かみしろ さき ーー
それが彼の名前。
お金持ちそうな名前だなと思った。
『みんな仲良くするんだぞ』
先生はそう言いながら
手に付いたチョークの粉を払った。
「・・・」
クスクスと教室内に渡る笑い声。
中途半端な時期に
突然やって来た転校生。
本来なら
歓迎される存在のはずーー。
だけど、彼は違った。
彼は、少し変わっていたから。
その第一印象は
一言で表すと " 不気味 "
次の日から彼は
イジメの標的となっていた。
それは私達の
過ちの始まりの日ーー。
確かに彼は普通の子ではなかったと思う。
普通の定義は人それぞれかもしれないけど、
私はそう感じていた。
長い前髪でいつも目が隠れていて、
どんな表情をしているのか全く分からなかったし
誰が声を掛けても
顔を上げることすらしなかったから。
イジメの標的になるのは
仕方のないことだったのかもしれない。
『無視かよ』
『暗いやつ』
" 気持ち悪い " 誰もがそう言った。
私も
彼のことは苦手で、
近寄りがたくて、
無意識に
みんなと同じようなことを
思っていたのかもしれない。
今なら声に出して言える。
「あの頃の私は、最低なクラスメイトだった」
この後悔の言葉をぶつける相手は
鏡の前の自分だけ。
イジメは徐々に悪化する。
私は彼を見つめるだけ。
遠くからも、近くからも。
誰かがクラスのライングループを作れば
みんな一斉に彼の悪口を書き込んだ。
私は画面を見つめるだけ。
ただじっと、震える手と戦いながら。
スマホを持っていないクラスメイトは
友達のスマホからそのグループのやり取りを
見せてもらっていた。
彼はずっと泣いていたのかもしれない。
長い前髪は
涙を隠すために伸ばしていたのかもしれない。
突然現れて
突然消えてしまった転校生。
彼は一生忘れないだろうーー。
地獄のような苦痛の日々。
5年2組と言う残酷なクラスを。