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八話   館内捜索

 曲がった奥の廊下は、まだ奥に続いていた。カーペットは途切れることがなく、外側には高級そうな窓がついている。シャンデリアはどこで調達してきたのかと疑うほど、派手で、それにつりさげられている量が多かった。もしこのシャンデリアが光ってさえいてくれれば、絶対にこの館の雰囲気は変わると上を見ながらどうでもいいことを空想していた。この風景を形成するのに使ったお金は軽く一億は突破するだろう。


 「どうやら、この館、三階まであるみたいね。まるで迷路のように入り組んでる」


 大川がスマホを見ながら後ろにいる五条台に声をかけてきた。充電バッテリーを気にする雰囲気がないのは、もし電源が切れたとき、五条台のスマホを借りようと思っているからだろうか。さりげなくちゃっかりしている性分だ、と大川に心の中でつぶやいた。あたりには人の姿や、潜んでいる何かの姿や気配は見受けられない。人工音は五条台たちが発するもの以外何もなかった。カーペットを踏む足音が二人分聞こえる。


 「だろうな。もし狭かったら十五時間でようやくゲームが終わるくらいの広さじゃないと。たぶん、俺たちが想像しているより、もっと大きいんじゃないかな」


 月が窓からぼんやり見える。窓の外に着目してみると、下にはほんの数メートルほどしかない、館を取り囲むかのような小さな庭、その奥には樹海と見間違うほどのうっそうとした森があった。その森は果てしなく続いており、地面が見えない。空には、ポツリとやけに黄色い三日月が見えていた。異世界とも呼べるその光景に、五条台の心はかき混ぜられるような気持ちになった。


周囲には見るものを不安にさせそうなろうそくの光が揺らめている。まるで百物語を語る朗読動画の背景になりそうだった。


 スマホで見た限り、現在の時刻は夜の九時くらいだった。いつもの五条台なら、今頃風呂に入っているであろう時刻だ。約束の十五時間後は、昼の二時ごろ。だけどなぜか五条台は朝になっても昼になっても朝日が昇ることなく、ずっと三日月のままのように思えた。


 「もしデスゲームじゃなくて、普通の転生もの小説だったら、きっと私、迷わずこの館を整備して、ちゃっかり館の主になりあがるだろうな」


 その声は意識しているのか、一点の曇りもなかった。改めて聞くと、大川の声はこれまでにないほどに澄んでいた。その声は大きな館で跳ね返って、小さく反響する。冗談とはわかっているものの、五条台もそれに賛同した。


 「まあ大川だったら本当にそんなことしそうだな。それに統率力ありそうだし」

 「私そんなないわよ。統率力なんて。統率力は、やっぱり人の痛みがわかる人間がなるもので、何不自由なく暮らしてきた私にはきっとなれないわ」


 大川が自分の持論を述べる。さりげなく大川は名言もどきを作り出すのがうまい。そんなことを思っていると、遠くのほうに、うっすらと月光に照らされて、正面へと続く通路に枝分かれするかのように右への通路が映し出されたのが見えた。どっちに行けばいいのだろう。五条台が一瞬迷ったと同時に、大川がタイミングよく説明した。


 「あ、五条台、右の曲がり角あるけど、そこ曲がらないで。まっすぐ進んで。え~と、そのあとは奥に進んで最初の左に曲がって」


 大川はスマホを見ながら、奥の通路へ進めと指図する。わかった、と返答し、五条台は右の通路を素通りした。一瞬五条台は右の通路に何か、あるいは誰かが潜んでいないだろうか、と覗いたのだが、そこには今歩いている通路と同じような風景が広がっているだけだった。

 

 「あ、あと大川」

 「なに、五条台」

 「頼むから、もし曲がり角があったとき、ちゃんと奥の様子を確認してくれ。見つかったらそれこそ取り返しのつかないことになるかもしれない」

 

 五条台の一歩先にいる大川に話しかけると、分かった、ごめんね、という反省した声が返ってきた。どうやらまだこのゲームの危険性を言葉ではわかっているものの、実感がないようだった。ついさっきはよかったものの、悪意を持った人間や、ルールに書かれていた、一体の「怪物」に遭遇したら、シャレにならない。最悪どちらかが犠牲になる。


 大川はそれで学習したのか、左に曲がる通路があったとき、少し奥の様子をうかがい、人の姿がないことを確認した。

 「大丈夫。誰もいないし、人工音も聞こえない」

 

 グッドサインを片手で作りながら、大川が微笑した。五条台もつられて微笑する。


 左の通路へ出る。ぼんやりとした通路の中、何か所か扉の様なものが見えた。ついさっき五条台がいた部屋の様な円筒錠の扉が、三つ。まるでどれかがあたりのように、同じくらいの距離を保ちつつ張り付いていた。


 ついさっきのルールの一つ・この館には何か所か武器が置かれている部屋があり、そこで武器を入手できるというものを思い出す。


 「もしかしたら、武器とかが落ちているかもしれないわね」

 

 その時、大川がポツリとスマホから目を離しながら、そうつぶやいたのが聞こえた。


 「どうする五条台」

 そうだな、と応答しようとした瞬間、一歩早く微笑を浮かべた大川が振り返った。


 「どうするって、何が?」

 「だからさ、部屋に入るか入らないかということ」

 大川が親指で三つの部屋を指示した。どうやら五条台待ちらしい。要するに大川ならどちらでもいいらしい。


 五条台は一瞬考えた。部屋に入ったところで、特に何かメリットがあるわけではない。強いて言えば武器が保管されている可能性があるだけだった。それに中に誰かが獲物を求めて隠れているかもしれない。まあ開始早々そんなことはなさそうだったが。

 そこまで考え、五条台はふっと良い考えを思いついた。


 殺し合いになる前に、最低限の武器を取り上げていけばいいのではないか?武器さえなければ、ほかのプレイヤーが殺意を向けようと、何とか力勝負で倒せる可能性だって残っているし、よほど力の強い人間ではないと素手での殺傷能力はあまりなさそうだった。確か八人のプレイヤーの中、女性は五人。ほかの三人は男性だが、全員が全員力が強いとは限らない。


 「そうだな、もし武器があったとしたら、適当に処分しよう。そうすれば争いも未然に防げる」


 五条台は確信を持った声で言うと、大川はなるほど、という表情をした。

 「確かに武器さえなければ殺し合いなんて発展しないもんね」

 大川が呑み込みの早さを見せる。五条台はうなずくと、通路を歩き、一番手前の扉の前に立った。

 

 「大川、お前は中央の扉を見てくれない?」

 「わかった。すぐに見るわ」


 大川が律儀に五条台の言うことに従い、五条台のすぐ隣の扉の前に行く。

 「何かあったら言ってくれ。すぐに駆け付けるから。」

 「わかってる。でももし何かあったら逃げるから、その時は五条台も逃げてね」


 お互い言葉を交わし、五条台らはほぼ同時にそれぞれの扉を開けた。


 キィ……。床と扉の下が甲高い音を発してこすれあう。扉を薄く開け、五条台は体をねじ込ませるかのように部屋に入った。正直に言うと、本当は怖いのだが、効率よくできるだけ早く調べられるところを調べておきたかったのだ。それに、大川に、自分は一人だって探索できるんだぞと印象づけたかったのもある。


 その部屋は、窓がなく、さらにろうそくも立てられていないせいで、真っ暗だった。それになんだか、ほこりとしめっぽいにおいが激しく鼻を突く。密室になってから何十年経過したのか、と疑うほど、その匂いは強烈だった。不意に完全に黒を塗りつぶしたかのような光景に、一瞬驚きながらも、五条台は左手で鼻を抑え、ポケットのスマホに電源を入れる。

 

 ほのかに頼り気のない光がともる。だけどそれでもただえさへ暗い待ち受け画面なのだ。光源としては頼りなかった。ないよりはましだったが。


 光源を通し、部屋を見渡してみる。比較的小さな部屋だ。天井付近にまるで幼児が書いたようなクレヨンの風景画が飾ってある。その風景は、どこか田舎を思わせる橋を写生したものだった。それもぼんやりとしたスマホの待ち受け画面の光のせいで、何かが憑りついているような、そんなまがまがしさを感じた。五条台はあたりを一瞥する。


どうやら子供の勉強部屋のようだ。五条台はすぐにそう見受けた。


その下には、小さな机があった。机の上に、一冊の化石の様な教科書がおかれていて、本棚には朽ち果て、汚れて見えない題名の本が数冊挟まっている。おかれている教科書は、かすれて読めなかったがかろうじて二年算数と書かれているのだけは読み取れた。この部屋の人は二年生だったのだろうか。

 これを見ていると、なぜか自分が夜の廃墟にいるような、そんな気がした。ここは廃墟よりもっとたちが悪い場所なのに。


 五条台は一冊の教科書を本棚から抜き出した。乾いた紙の質感が指に伝わり、指の汗を奪っていく。


 五条台はそれを開いたのだが、文字がかすれていて読めなかった。それに、ページが黄色く変色し始めている。読めないことを悟り、五条台は元にあったところに本を差し込む。


 「不気味だな。やっぱり大川と一緒に入ればよかった」


 五条台は独り言をつぶやく。何も起こらないだろうとは思っていたが、心のどこかでは何かが起こるかもしれない、とおびえていたのだ。静寂が耳の神経をより一層鋭くする。吐くといきは震えているのが分かった。どうやら想像以上に自分は臆病らしい。だけど少なくとも、隣の部屋から大川の叫び声は聞こえてこない。どうやらあちらも何事もなく探索できているようだった。それを知り、五条台も少し落ち着く。そして五条台は、適当に机に設置されている引き出しの一番上を開けた。静寂が耳に痛い。


 なぜか先のとがった鉛筆が転がっているだけで、ほかには何も入っていなかった。長年蓄積されてきただろう引き出しの中のほこりが飛び、思わずむせそうになる。何の気なしにその鉛筆をとり、適当にポケットに突っ込んだ。意味はないだろうが、もしかしたら役に立つかもしれないと思ったのだ。こんな状況に陥ってしまったのだ、置かれているアイテムすべてが必要になるかもしれないと思えてしまうのだ。

 

 五条台は引き出しを閉めて、さらに下の引き出しを開けるが、今度は本当に何も入っていなかった。最後の引き出しも同様だった。


 「特に何もなさそうだな」

 五条台はそう言い、すぐに机に背を向けて、その部屋から逃げるように立ち去った。


 外へ出ると、大川はもう外に出て、周囲を警戒しているようだったが、五条台の姿を見受けるなり、どうだった?と聞いてきた。


 「とくには。収穫といえば、鉛筆一本だけだった。そっちは?」

 「こちらも。なんか幼児のおもちゃとかが散乱してた。ほとんど朽ちていて何が何だかはわからなかったけど」


 大川が頭を横に振り、わざとらしく両腕を上げた。

 「じゃあ残っている部屋は二人でいこう」

 一番奥の部屋への扉を見、五条台はそう大川に呼びかけると、そうね、と好意的に答えてくれた。


 特に二つの部屋は何もなかったため、もしかしたら残った一番奥の部屋があたりの部屋なのではないか、とわずかに期待せざるを得なかった。


 五条台を先頭に、二人で一番奥の部屋へと向かう。そして部屋の前にたどり着くと、五条台はすぐに円筒錠のドアノブを握った。

 

 「いいか?大川。俺が開けたら、すぐにスマホで中の様子を照らせよ」

 「わかってるから早く開けて」

 

 大川が残るメンバーというボタンをプッシュし、一番明るいページを表示した。五条台は入るとき、俺もそうしておくべきだったな、と少し自分の鈍さを反省した。


 開けるよ、と五条台がいい、円筒錠のドアノブをひねり、扉を開いた。大川がその中を照らした。


 照らし出された風景を見た途端、はっきりと大川の表情がひきつったのが見なくても分かった。自分ののどの奥からひゅ、という空気が漏れる音を五条台は確かに聞いた。五条台がバン、と周りに聞こえるのも忘れ、勢いよく扉を閉めた。大川が我に返ったようにはっと目を見張った。


 すさまじい腐臭に思わず五条台は吐きそうになったが、大川の前だったのでそれを抑えた。大川を見る。口を抑え、目を見開いていた。呼吸が荒くなっていた。大川も中の様子を見てしまったようだ。


 「行こう。次はどこに曲がればいいんだ?」

 「……右。それをまっすぐ行って今度はY字に出るから、それも右」


 今の光景のショックを上書きしたいように五条台がスマホを見ている大川に聞くと、彼女はすぐにスマホのホームに戻り、館内マップを開いた。指先が震えているのが分かり、何度もボタンをプッシュしている。大川に次に行く道を教えられると動悸が収まらないのを無視し、五条台はそうか、とだけ言うなり、大川が先に行くのを見送り、自身も付き添うように歩き始めた。大川はついさっきより少し足早だった。


 たった一瞬だけでも、ある程度暗闇に目が慣れ、さらにスマホで照らし出された光景を五条台と大川は認識してしまった。



 部屋いっぱい斧の切り傷が付き、そして内臓やら赤黒い血液が乾燥し、それがすさまじい腐敗臭を部屋いっぱいにため込んでいる光景を……。

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