七話 行動開始
大川がスライドすると、下に新たなルールが表示される。今回も四つ表示される。
・エリアは館の敷地内から中。外にある森に入った瞬間、逃走とみなしセンサーで射殺される。
・この館には何か所か武器が置かれている部屋があり、そこで武器を入手できる。
最初の二つはエリア設定、そしてデスゲームを行う際の武器の説明だった。どうやら、外に出ようものなら結局はセンサーに引っかかり、どのみち死亡してしまうらしい。どこまでも用意周到だ。それに武器も、最初に見つけたほうが有利になるようになっているようだった。まるで本物のサバイバルゲームだ。つまりサイコパスの本性を持つ何かがそれを手に入れてしまうとなると、確実に五条台たちは不利だ。それに、一体どのような武器が保管されているのかはわからなかった。
「まるで私たちを極限まで追い込んでいるみたい」
大川がポツリとつぶやく。それには五条台も共感できた。黒幕は何が何でも逃げることを許さず、五条台たち十人に殺し合いを強いている。それがやけに腹が立った。一体黒幕の目的は何なのだろうか。それは現在の時点で情報が雀の涙くらいしかない五条台たちにはとけないものだった。
「そうだな。後黒幕と合流しないように気を付けないと。もし見つかったら、逃げ切れる自信がない」
五条台はそうつぶやく。このゲームを作った黒幕に会って、生き残れるとは思えなかった。大川もうすうす感づいていると思うが、黒幕はやはり、現世側の人間ではないように思えたのだ。要するに、黒幕は元から死んでいるということだ。
そうね、もし何かあったら逃げてねと大川が再度確認するように言い、続けて五条台たちが下に書かれてある項目を見た。
・なお、全員が殺人に参加する保証はないので、怪物を一体導入する。
「怪物?いったい何を指しているんだろう?」
大川が疑問を述べる。そんなこと聞かれても五条台にはわかるわけがなかった。
だけど、きっと、あの黒幕のことだ、五条台が想像するより、恐ろしいものが導入されたのだろう。五条台は確信した。
そして同時に、黒幕の五条台たちの思考を完全に読みつくしていることに気付いた。五条台のように逃げようとするものは、脱出口をふさぎ、そして殺し合いを強いるように時間を設定して「一体」の怪物を導入している。放送ではおちゃらけているような口調だが、頭の良さはそれとは別物のようだった。
「わからない。だけど、きっと俺たちを見境なく襲うような何かということは間違いないと思う」
大川の問いに答え、あらためて五条台は戦慄した。五条台の言葉の通りだとしたら、五条台が手を下すこともなく、すべて終わってしまうのではないか?結局は、全員が平等に殺されるリスクを持っているということなのだ。
五条台のように、殺すことを躊躇する人間がやることはたったひとつ。ただ逃げ回ることだけだった。
「じゃあ私たちが逃げれば、殺すことなく勝手にゲームが終わってくれるの?」
「いいや、たぶんそんな甘くないと思う。もしそうだとしても、俺たちだけうまく遭遇しないとは限らない。結局は、俺たちは平等に殺害される可能性だってあるということだ」
五条台はそう言い切った。とことんほかのプレイヤーを蹴落としたくなるような要素が含まれている。時間がたつほど、その導入された怪物と接触する可能性が高くなるのだから。
どんな怪物なのだろうか。ドラキュラとかだったら昔身に着けた無意味な知識で撃退できる。だけどウルフとか、ジェイソンみたいなやつだったら、もう完全に太刀打ちできない。
十五時間経つ前に、黒幕はたった一人しか生き残れないように仕組んでいるようだった。
「とりあえず、最後のルールを見よう」
これ以上悲観したって仕方がない。五条台はスマホに表示された最後のルールに目を通した。
そして、五条台はそのルールを見て、思わず目を見開いていた。
最後のルールはまるでばくちのようだった。サイコパスではなくても、もしかしたら気の強い人や、少し錯乱した人でも、人を殺してしまうような、そんなルール。
そしてそのルールは、今まで見た小説やドラマとかでは見たことがないくらい、大胆なものだった。
「これ、正気なの?」
「わからない。だけどきっとこれも黒幕の計略なんだと思う」
五条台はそうつぶやき、ルールをもう一度見直した。
・ただし例外として、黒幕、このゲームの設計者を殺せば、その場で生存しているメンバーを全員勝者とみなし、何人であろうと生存できる。
「何人であろうと、生存できる……!」
大川が驚愕した声色で、五条台にスマホの画面を見せつけてきた。少し興奮したような顔をしていた。
確かに、このルールにのっとって黒幕を殺害すれば、最低一人が罪をかぶるだけで済み、全員生存できる可能性があるのだ。同時に、五条台は黒幕のそのルールの大胆さに、少し驚いた。まるで自分を狙ってくださいとでも言いたげな内容だったからだ。
つまり、大川とともにここから脱出できる可能性があるというのだ。そのルールは、小説でもドラマでも見たことのない、完全なオリジナルルールだった。
「確か、黒幕は十人の人間の中に紛れているという趣旨のことを言っていたよな」
スピーカーから発せられた最後の声が脳内によみがえった。あの時の言葉は、このルールのために声明していたのか、とようやく納得した。
だけどそのルールは、確かに黒幕を殺害すれば、できるだけ多くのメンバーで脱出できるかもしれない。だけどそれは、一番最初に黒幕を見つけられた時の場合だ。どうやって黒幕がわかるかも不明な今では、異常な状況が手伝って、あの人が黒幕かもしれないと、突発的な行動をとる可能性もあるのだ。要するに仲間だったものと疑心暗鬼に陥るということも十分あり得る。
結局これはご褒美ルールではなく、殺し合いをさらに加速させる、ある意味一番恐ろしいルールなのだ。
五条台はいま考え、まとめたことを簡単に大川に話すと、興奮した表情が徐々に怯えた表情に変わった。ちょっとした動作で怪しいと映れば、黒幕だと思われ、即殺害される可能性があるのだ。当然だろう。
「じゃあ、これは罠みたいなルールということ?」
「ああ。千里眼みたいなものを持ち合わせていなければ、なるべくこのルールはないほうがいい。これ、どう考えても一部の奴らの殺人を加速させる」
この調子では、考えたくはないが、三時間後に一人は確実に脱落するだろう。
五条台は大川のスマホの画面に勝手に触れ、もう一度すべてのルールを確認した。
・生存者たちは残り一人になるまで殺し合いをする。生き残れるのはたった一人。
・生き残ったものは生を勝ち取り、見事生き返ることができる。
・制限時間は十五時間。十四時間を過ぎた時点で館の崩壊が始まる。
・時間を過ぎれば生存者全員が爆死。生存者ゼロとなる。
・エリアは館の敷地内から中。外にある森に入った瞬間、逃走とみなしセンサーで射殺される。
・この館には何か所か武器が置かれている部屋があり、そこで武器を入手できる。
・なお、全員が殺人に参加する保証はないので、怪物を一体導入する。
・ただし例外として、黒幕、このゲームの設計者を殺せば、その場で生存しているメンバーを全員勝者とみなし、何人であろうと生存できる。
「じゃあ私たちはどうしよう。どうすればいいのかわからないよ」
うつむき加減に大川がヒステリック気味に言い放つ。五条台はそんな怯えた大川を見ながら、少し考え、やがて言葉を紡いだ。
「俺たちは、冷たいと思うけど、八人が八人倒れるか、黒幕を殺すまで、逃げ続けたほうがいいと思う。」
怪物かほかのプレイヤーに殺されるか、それとも脱出できるか。五条台が口の中でつぶやく。
「だけど……」
押し黙る大川、その顔にはひどい罪悪感が映っていた。自分らが生き残るために、ほかのプレイヤーの殺し合いを待つなんて、確かに冷たいと思うが、残念ながらそれしか思い浮かばない。
大川がスマホの電源を切り、ポケットの中に入れる。
「だけど……」
大川が同じ言葉を繰り返した。五条台はそんな大川を見る。ひどく悲しそうな表情をしている。
そんな大川の姿を見ていると、五条台の心が痛んだ。まるで捨てられた子犬のように、表情がしぼんでいた。大川のしたいことというのは、何となく悟った。できるだけ多くのプレイヤーの生存だろう。だけどそのためにどうすればいいかわからない、それに黒幕の正体がわからないというもどかしさを覚えているようだった。
だから、こんなことを口走ってしまったのだろう。非情に徹しきれなかった自分のミスでもあった。
「わかった」
大川がこちらを向く。ほんのわずかに涙の膜があった。
「できるだけ多くの人と一度会ってみよう」
五条台はそう言い、できるだけ優しげな笑みを浮かべた。大川が驚いたような目でこちらを見た。
「その中で黒幕を特定して、その人以外のみんなを集めて、そのあと相談しよう」
無理ということはわかっていた。自分らに、黒幕を特定できるほど頭がいいわけではないし、探偵でもない。だけどそうでも言わなければ、大川は仮に生き残ったとしても、一生悔やみ続けてしまうだろうから。
「本当?」
大川の表情が、まるで褒められたかのような晴れた笑顔に変わった。相変わらず素早い表情変換だ。
「ああ。それで大川の気が済むなら」
五条台はそう優しく言った。実際、五条台の中にも、もしかしたら黒幕が分かるかもしれないという薄い希望が残っていたのは認めざるを得なかった。このような状況に追い込まれてなお、五条台にはいまだに選民主義だと思っているのだ。もう少し歩けばきっと良いことが起こるかもしれないと思ってしまう原理と一緒で、五条台はこの機に及んでも、もしかしたら、という気持ちが離れないのだ。
だけど大川は、五条台の予想以上に喜んでくれた。
「ありがとう!やっぱり五条台は優しいね」
優しいとは違う気がするのだが……と思ったのだが、それは五条台の口から出ることはなかった。
「とりあえず、進んでみましょう!一応目的地を作ったので、まずはそこを目指していきましょう。」
大川が元気を出すようにひじから上を上げて握りこぶしを作って見せていた。
「そこって、どこだよ。まさか会話の途中で決めたのか」
「ええ。最初の目的地は一階の玄関口。そこにきっとほかのプレイヤーがいるはずだし!もしかしたら、協調できるかもしれない」
大川は奥の通路--右へと曲がる廊下に向かって歩き始める。大川の言うとおり、もしかしたら別のプレイヤーが同じことを考えて玄関口に集うかもしれない。だけど、そこにもしサイコパスがいたとしたら、五条台は命に代えても迷わず大川を守り切るつもりだった。大川は不安げな表情はあるものの、絶望した顔は全くうかがえなかった。迷うことなく館内マップのアプリを開いていた。
やっぱり強い人だな。五条台はそんな大川を見てそう思った。――大川は、いつだってそうだった。
あの日も。
「……だから、好きなんだ」
「ん?五条台、何か言った?」
「いや、何でもない。進もう」
今はそれで浮かれている暇なんてない。大川と一緒に、五条台も恐ろしい運命が待ち受けているであろう、暗がりの廊下の奥へ向かって歩き出した。