六話 ルール
突如告げられた言葉に、五条台は一瞬耳を疑っていた。
「デスゲーム?」
大川が理解不能とでも言いたげに、だれともなく問うていた。五条台も、黒幕の言葉を聞くなり、低く、小さくうなっていた。
普通の五条台だったら、たわごとだと笑っているだろうが、自分たちが死亡しているということ、そして命を落とした時のデータなどの非現実の状況が並べられた今では、それは本当のことだ、と受け止められた。それに、デスゲームのプレイヤーは高確率で何者かに拉致られたということが多い。だけど一体、どんな目的でこのようなことをしているのかは、全く分からなかった。
デスゲーム。その手の小説やドラマではありがちな殺人ゲームの通称。一言で言っても色々と作品によって新たにルールが加えられたり、逆に少なくなったりするのだが、基本的なルールはメンバーは互いに互いを殺し合い、たった一人になるまで続けられるというものだ。そして残った一人が勝者となる。こういうホラーなどは比較的好きなのだ。そういう系統の小説には、幽霊が出てくるわけでもないので。
そういう話は結構好きな五条台は、大川の紹介や書店などで、そういう本を好んで読んでみることが多々あった。五条台は一人、また一人と脱落していく系の小説が意味もなく好きなのだ。
だけど、小説などで観覧するデスゲームは好きでも、現実となれば話は別だった。冗談じゃない、ふざけるな、という言葉がのどまででかかっていた。
「ルールは簡単。今いる十人で、殺し合いを行っていただき、最後の一人になったものが勝者です。なお殺しはどんな手を使っても構いません。館には何か所か武器が設置されている部屋がありますので、それを利用してくださっても結構です」
黒幕はそう言い、ククク、とまたのどで嗤った。生き残れるのは一人……。口の中で五条台はぽつりとつぶやいた。それはデスゲームのルールの古典版だ。だけど、その場合、もしうまく生き残っていったとしても、結局は大川と対立することになるのは避けられないかもしれなかった。
ふっと五条台は大川を盗み見た。大川は驚愕した表情をしながら上を見上げていた。いずれ争うことになるかもしれないということに気づいているのだろうか?大川は、俺を殺そうとするのだろうか?と五条台は疑問に思ったが、まったくわからなかった。でも一つだけ確かなのは、五条台は大川を殺さないということだけだ。
だけどなぜか、急に胸が締まるような、不快とは少し違う妙な感情が芽生えた。
そして黒幕は付け加えるように、
「そして最後まで生き残った人には、死亡したという事実を消すことができ、見事、現世へと復帰することができる。よかったですね~」
とまるで小ばかにしているような口調で五条台たちに生存の報酬を告げた。現世への復帰。もしほかの九人を皆殺しにし、自分だけ生き残ったとしたら、五条台だけ死亡したという事実が消去され、またいつもの毎日に戻る。魅力的な報酬といえば魅力的だった。一度不慮の事故で死んだ命をよみがえらせ、そしてやりたいことや数ある夢をかなえたりできるのだから。
だけど大川を犠牲にしてまで、現世に戻りたいとは思えなかった。それに大川を殺すとなれば、五条台の数ある夢の一つは絶対にかなわなくなるのだ。
大川は、どうしたいだろうか。ふっと五条台は疑問になるが、すぐになんで俺は大川のことばっかりなんだよ、と自分の疑問を打ち消した。
だけどきっと、十人のうち一人くらいは、現世に戻りたい目当てで五条台たちを襲ってくるかもしれない、とう確信はあった。
「まあ詳しいルール説明を話すには時間がなさすぎる。もう十五時間のデスゲームは私が話している瞬間から始まっているのだから。それにこの録音機で録音できる時間も終わりますし」
男女不鮮明の耳障りな声が、ため息交じりにそういう。まるで自分が説明したかった、とでも言いたげな口調だった。そして同時に、この声は録音機だということを初めて知った。
「では私はそろそろ放送を切ります。では皆様、デスゲーム、頑張って生き残ってくださいね」
黒幕は五条台たちに適当な励ましの言葉を投げかけ、放送の電源を切ろうとしたようだったが、思い出したように、黒幕が五条台たちに向かって、最後にこう声明した。
「あと、最後に行っておきましょう。私の正体は--」
嬉々とした声ではなく、無機質そうな声で、黒幕は言った。
「あなたたち十人の、だれかです」
カチ。ほぼ同時に録音機の録音がすべて再生されたようだった。
最後の発言で思わず五条台たちが固まる。大川の目が見開いた。最後に言い放った言葉が、脳内で反芻された。黒幕が、この中にいるというのだ。これで動揺しない人間は、きっといないだろう。ちらりと大川を盗み見ようとすると、ちょうど大川も同じことを考えていたようで、視線がかち合う。流れるように五条台たちは視線をそらした。テープレコーダーをセットしたとしたら、あの場にいなくたって放送ができる。だから隣の大川が犯人ではないと断言できないのだ。それは大川の視点からしても同様だった。十人、いや五条台を除いた九人の誰かが、このいかれたデスゲームを開始した黒幕。
だけど、五条台は大川がどうしても黒幕だとは思えなかった。大川の怯えた表情は、演技だと思えなかった。それに何より、信じたくなかった。
このゲームに参加しているメンバーは大川を除けばほかに八人。その中の誰かが、このくるっているゲームを作った黒幕だとしたら、あまり信用できない限り接触はしないほうが得策に思えた。
「……どうするの?」
不意に、大川が疑問を投げつけてきた。
「何がだ?大川」
「私たち、争うの?正直に言って。私、裏切られたくないから。あなたが殺すなら私も手加減しないけど」
嘘だ、と心の中では思った。大川は人を殺して平然とできるような奴ではない。むしろ止めるほうだ。幼稚園児がアリを突っついて殺そうとしているのを見て、三十分ほどの説教をしたことがあるのだ。そんな人が、人を殺すのは到底無理だ。彼女が人を殺すことなら宝くじで二等くらいをあてる確率のほうがまだ高い。
彼女は気丈にふるまっているつもりなのだろうが、その声はかすかに震えていた。心なしか息が荒い。きっと五条台に殺す気があるという可能性がとても怖いのだろう。そして下手すれば、五条台を殺さなければいけないという状況を恐れていた。
「殺さないよ。絶対。大川を殺したくない」
五条台は反射的に素直な気持ちで答えた。実際五条台は臆病で、小心者だ。大川に限らず、人を殺したとなれば、どう考えても自分の精神に異常が出る気がした。
それにできる限り、他人を出し抜き、もう一回現世へ復帰したくはないし、とは言って殺される気もみじんもなかった。
……じゃあ一体、俺は何したいんだろう。五条台がそう思ったとき、大川がほっと心の底から安心した表情をした。どうやら五条台を信じたようだった。神妙な表情を崩し、同時に場違いな笑みを浮かべた。そんな大川の信じやすさに半ば安心し、同時に俺がいなくなったら大川は危ないかもしれない、という不安も感じた。大川は、人を信じやすい。もしも、もしも五条台が本当は大川を殺す気だったとしても、きっと大川は自分を殺さないという五条台の言葉を信じていただろうから。
「よかった。私もよ。もしあなたが目の色変えて襲ってきたらどうしようかと思っちゃった」
へへへ、と笑みをこぼす大川。あながち百パーセントがジョークではなさそうだった。ついさっきまで不安に押しつぶされえそうな表情がそれを物語っている。
守ってあげないと。なぜか五条台の中に保護者みたいな考えが浮かんできたが、それを吹き払う気はおこらなかった。どのみち誰かが襲ってくるかもしれないとき、その時は大川を助けたかった。
「とりあえず、ルールを見てみましょう。とりあえずこのゲームの性質を理解しなきゃ、臨機応変に対処できないし」
彼女ががらりと話を変え、またもや自分のポケットの中からスマホを取り出し、電源をつけた。だけど心なしか、その表情は晴れていた。五条台が襲ってくることがなく、さらに自分も殺さなくて済むということは、五条台の予想以上に大川の精神が軽くなったのだろう。ろうそくの光がゆらゆらと大川の顔をほのかにてらした。五条も自分のスマホを取り出そうとしたのだが、大川が「なるべく一緒に行動したいから、私のスマホ見ていいよ。充電が両方切れたなんて言ったらシャレになりそうじゃないし。」ということで五条台は大川のスマホを見ることにした。
小さい同じスマホを二人で覗くとなると、五条台たちの距離は知らず知らず近づいた。ほのかに甘いような良い香りがした。少しどきっと心臓が高鳴ったが、状況が状況なので、なるべく意識しないように心掛けた。
細く白い指でホームの、唯一使っていないルールというボタンをプッシュした。
画面が一瞬白くなり、同時に黒い漢字とひらがなの羅列が現れる。
「ルール内容。以下八つ」
一番上に書かれた見出しにはそう表示されていた。下には小さくゲームの概要が記入されており、その下には箇条書きにされたルールが書かれていた。
このゲームはデスゲーム。ここで何人を殺したとしても現実には適用されない。よって何を起こしたとしても現世へと帰還できればそれはすべてチャラになる。
「まるで私たちに殺し合いを誘発させるようなこと書くね。これ見たら、きっとサイコパスは殺しをためらわないでしょうね」
大川が眉間にしわを寄せ、小さくうなった。その通りだ。この文面を見るかぎり、ここは警察とか、そういう常識がない世界だ。今のところ現世にあるストッパーというのは、裁判や法律だけだ。今それが適用されないとなると、そういう本性を秘めている人なら、これ幸いと殺人を簡単に起こすだろう。
それに、もう自分らが死んでいるということで、殺人の意識は少しだけ軽くなるだろう。
「もし、そういう奴に襲われたとしたら、大川は真っ先に逃げろよ。俺もすぐに逃げるから」
五条台は一応大川に忠告しておいた。俺を守るため、といって小さな正義感をかざすということを大川はしそうだった。
「わかってるわ。だけど五条台も逃げてね。頼むから」
大川がそう返した。五条台は力強くうなずいた。これで最悪な事態は免れると五条台は安堵した。
需要の下を覗くと、そこには箇条書きにされたルールが細かく書かれている。
今見えているルールは四つで、残り四つは下へスライドさせないと見えなかった。
五条台と大川は二人そろってスマホに表示されている最初の四つのルールを見る。
・生存者たちは残り一人になるまで殺し合いをする。生き残れるのはたった一人。
・生き残ったものは生を勝ち取り、見事生き返ることができる。
・制限時間は十五時間。十四時間を過ぎた時点で館の崩壊が始まる。
・時間を過ぎれば生存者全員が爆死。生存者ゼロとなる。
最初の四つは、デスゲームの基本といえるくらいの代表的なルールだった。四つ目のルールの下のほうには、かすかに文字の上の部分だけがぼけて表示されているが、何が書いてあるかはわからない。
「制限時間って……。これを過ぎればどうしようが結局死ぬの」
驚愕したように大川の顔が青ざめた。五条台も十五時間後、この館が崩壊するということに驚きを隠せなかった。こんな豪邸のような館をどうやって壊すのだろうか。そして、十五時間、全員が人を殺さず、二人以上残っていたとしたら、どのみち誰も生き残れない。
史上最悪と呼べるくらいの災厄の中、五条台は大きくため息をついていた。うまく館から出るしかないのだろうか。
魂が抜けたかのように唖然とする大川に、五条台は気を紛らわせるように呼び掛けた。
「とりあえず、下に書かれているルールを見よう。それから判断すればいい」
今はすべてのルールに目を通していったほうが得策だと思えたのだ。もしかしたら、ルールの中に盲点があるかもしれない。その確率は限りなく低いが……。まだ表示されていないルールに、五条台たちを救う手立てがもしかしたらあるかもしれない。
「そうだね」
大川も小さくため息をついた。だけど表情は暗いままだった。
ギュッとスマホを逃げり占め、大川はかすかに戦慄した指先で、下のルールを見るために、画面をスライドした。