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五話  現実の記憶

  突然現れた声だけの誘拐犯・『黒幕』の様なものに、大川は不快そうな表情をし、天井のどこかにつけられているであろうスピーカーを視線で探す。

 

 「なに、この声……。変声器でも使ってるの」


 だけど天井を見上げ、いくら見渡しても、スピーカーの様なものは見つからなかった。きっとスピーカーといってもうんと小さなものを使っているのだろう。廊下が広いせいか、ひどく耳障りなその声は、やけに響いて聞こえた。


 「ククク。ああ、まるで天井を見上げてきょろきょろしているみんなの姿が見えるようだ……。まあ状況が呑み込めないだろうから仕方がないか。ようこそ。私の館へ。あなたたちを敬意をもって歓迎しよう」


 凍てつくような笑い声。思わず五条台はびくっと体が無意識に震えた。大川は声にならない声を上げ、五条台に寄り添うように近づき、意味もなく目の前の廊下を見つめる。相反して、変声器の誰かは興奮を抑えるかのような声だった。


「挨拶が遅れましたね。私はこのゲームの進行役を務める『黒幕』。どうぞお見知りおきを」


 変声器の声は、自らを黒幕と名乗り、さらにククク、とのどから押し殺したような声で嗤った。


 「次に、皆さんの自己紹介を、と行きたいところですが、みんなばらばらな場所にいるので自己紹介はできませんよね。まあいいか。まあこうしている間にも刻一刻と時間が過ぎて行っている。何事もスムーズに進めなければ」


 男女不明の声は、わざとらしくそういう。広い廊下に音が反響し、何重にも聞こえる。その声に、ついさっきまでの恐怖心に加え、新たにふつふつとした感情を覚える。俺たちを誘拐しあがって……と五条台は敵意を向け、思わず舌打ちをした。


 「さて、私が本題に入る前に、みんなには一つだけ思い出していただきたいことがあります。これを思い出さなければ、今から話す内容でわからないことが出てきますからね。もちろんもう思い出している人はいるでしょうが、ひょっとしたらの場合ですので、ご容赦ください」


 黒幕は、じらすような口調で五条台たちに話しかけた。思い出してほしいことといっても、五条台も、大川も最後の記憶がはっきりとしていない。黒幕は、それを分かったうえで思い出してほしいことがあるというのだろうか。どちらにせよイライラさせる声だ、と腹立たしげに口の中で愚痴った。

 

 だけど大川はおびえながらも、ちゃんと放送室から聞こえる声を聞いているようだった。愚痴を吐いている様子はない。だけどわずかに彼女の指先がわなないでいるのが見えた。


 唐突に、ほかの八人の人間はいまどう思ってこれを聞いているのだろう、と考えたが、きっと俺と同じ反応をしているだろうな、と思った。それほどまでにその声は、癪に障る声だった。


 だけど、次に黒幕が告げた言葉は、そのようないら立ちを忘れさせるくらい、インパクトが強かった。


 「実はみなさん。もうあなたたちの命の炎は消えています。要するに、ここにいる十人が十人、みんな死者ということです」


 は……? 思わず、口からふ抜けた声が漏れた。唐突で突飛的な宣告に頭がついていけなかった。


 思考が文字通り一瞬で氷漬けにされたかのように固まり、すぐに緩く頭が回転しだす。俺はもう、死んでいる?


 「死んでいるって……。どういうこと?私たちが?」


 大川が五条台を抜かし、困惑した声色で聞こえないはずの黒幕に声をかける。予期せぬ言葉に動揺の色が見える。五条台は思わず両手を広げ、目の前にかざした。さすがに信じられない。そこにはいつもの見慣れた手のひらがあった。もちろん透けていたりはしていない。それに自分はいまここにいて、こうして放送を聞いてるのだ。相手の話をハナから信じているわけではなかったが、生きているという部分を見つけると、少し安心できた。


 「驚かれるのも無理はないかもしれません。基本死亡した当時の記憶は頭らか抜け出してしまうのですから。それに、皆さんの体は私がコピーさせていただいたので、一時的ではありますが、ちゃんと生身の体です。だから余計に混乱はするでしょう。といっても今いる場所はあなたたちの住んでいる地球ではなく、あの世とこの世の境目、というところにいますがね。もちろん刺せば血が出ますし、死ぬことだって可能です。だけど誓って言いますよ」


 そのとき、黒幕が、姿が見えないはずなのに、彼(彼女?)に流れる空気が変わった気がした。理由はなく、直感だった。放送室から聞こえるかすかな息遣いが、荒くなる。


 「あなたたちはもう死んでいるんです」


 そしてその声もついさっきの愉快そうな口調ではなく、氷を連想させるような冷たい声に代わっていた。

 そしてその声には、鶴の一声というべきか、まぎれのない真実の響きが乗っかっていた。


 「覚えていない人用に、あなたたちはどのようにしてあなたが命を落としたかを記録したデータがあります。それを一度全員にそれを送り込みます。今思い出そうとすると時間のロスが生まれますから」


 生の温度、そして透けていない体でお前は死んでいるといわれ、混乱している五条台の耳に、突然冷たい声が一転、嬉々とした声と変わり、現実には考えられないことを放送室から言い放った。


 「命を落とした時の、データ?」

 五条台が復唱する。自分が死んだときのデータなんて、この世に存在するのか?いいや、ありえない。死亡届か何かかだろうか。どっちにしても、五条台には余計に混乱するだけだった。自分でも死んだとは思っていなかったせいだろう。データを送るといってもどうするのだろうか。スマホに配布されるのだろうか。何それ、と横で同じく混乱気味の大川がつぶやくのが聞こえた。


 そんな時だった。突如、かちりという目が覚めそうなキリの良い音がし、唐突に頭の中に映画の様なものが流れ込んできたという実感がしたのは。まるで知らない知識の様なものが記憶のボックスの中にチートのようにすらすらと入ってくるような、そんな表現が適切だろうか。


 痛くはない。だけど頭の中が外の少し冷たい空気に生で触れているような気がいて、脳がほのかにひりひりする。思わず五条台は頭を押さえた。横をちらりと見ると、あれ、頭が……と驚いたような口調で膝から座り込んでいた。


 直感的に、俺が命を落とした時のデータが、黒幕の手によって流されてきているんだ、と確信した。


 それは当たったようだ。そのような感覚がしたと思った途端、霧のようにかかって思い出せなかった記憶がようやくはっきりしだしたのだ。


 その記憶が徐々に輪郭を作っていき、霧をぬぐうように鮮明になっていく。


 そして、唐突に、五条台の頭の中には、まるでジグソーパズルの最後の破片をためたかのように、最後の記憶がよみがえった。同時に一秒もかかることなく、五条台の頭の中で、最後の記憶が流れた。


 「……嘘だろ」


 その記憶は、確かに自分の記憶だった。つまり、実際五条台の身に降りかかったことだった。


 だけど、五条台は本能的にそれを認めたくはなかった。嘘だろ、と思っても鮮明によみがえったその記憶の前では無意味だった。


 その日、五条台の最後の記憶の日は、突き抜けるような晴天だった。面倒くさい学校の授業が終わり、卓球部とコンピューター部を中学三年になり、引退した五条台と大川の二人はお互いに肩を並べて、だべりながら家へ向かって歩いていた。


 五条台たちの家はクラスメイト達とは少し違う方角に立っていたので、周りにいる人は知らない人ばかりだった。


 その時、五条台たちは何かを話していた。一日たてば忘れるようなほど、その話題はたわいのないものだった。だけど、その話はやけに心が弾んでいたと思う。


 見知った十字路。雨に野ざらしになり黒く変色しつつある信号、目の前に広がる住宅。


 春はとうに過ぎ、季節は夏。もうすぐで夏休みだ。殺人的な暑さのせいで制服の中がじわじわし、水分を取り損ねて外へ出た五条台は軽くくらくらしていた。どう考えても熱中症だった。


 そのせいで、注意力がかけていたのかもしれない。いや、きっと注意力が欠落していたのだろう。


 細い十字路を曲がるとき、いつもは上にかざってあるミラーを覗いて車が来ないかを確かめていた。そうしないと完全に死角になっている、いつもの曲道に車がないかが見えないからだ。それにここでは、人身事故が多発しているところだった。


 だけど今日は早く帰りたかった。だから今日くらい大丈夫だろうと思い、ミラーを見ることなく、足早に曲がったのだ。たった一回だけだし、車なんて来ない、と。

 つられて、大川が上を見上げようとしていたのだが、五条台が確認したと思ったのか、あろうことか大川は確認することなく、素直に彼の後に続いて、曲がり角を曲がった。


 目の前にここら住宅街では見合わないほどの速さで突進してくるトラックの存在が認知されるまで、たぶん一秒はかからなかっただろう。だけど、認知したときには、がん、と衝撃を感じ、もう五条台の視界はぐるりと回っていた。


 体全体に激痛が入ったとき、自分の心臓の音が、徐々に小さくなるのが聞こえた。


 「事故だ!子供が二人倒れてる。救急車を呼んでくれ!」

 遠くのほうから、ヒステリック気味に叫ぶ男の声を聴いたのを最後に、五条台の記憶は途切れたのだった。


 「どうでしょう。今皆様がここで死亡したということを確認して頂きましたでしょうか」


 その声で、五条台は記憶から現実へと意識が戻った。たった一瞬の回想が、ひどく長いように思えた。


 そうだ、確かに俺は、ミラーを確認しなかったおかげで事故死したんだ。五条台はそう悟った。


 「大川……」

 「思い出した。私、五条台と一緒にトラックに突撃されて、死んだんだ」


 青ざめた大川は、今にも泣きそうな表情でこちらを向いてきた。どうやら大川も思い出したようだ。


 どうしよう、とだれともなくつぶやく大川。両肘を両腕で握る。遠くからでも瞳孔が開いているのが分かった。無理もないだろう。きっと俺も同じ顔しているはずだ、と五条台はどこか他人事のようにとらえた。


 「思い出していただきましたか?皆さま。まあ思い出しましたよね。私が皆様に記憶を送ったのですから」


 確認する、というよりは嘲笑しているように聞こえた。五条台は初めてほのかに黒幕に殺意を覚えた。大川は今にも泣きそうになりながら、くっつくようにすぐ真横にいる。

 黒幕は少し言葉を切る。そして、また不気味な男女不明の声で言葉を紡いだ。


 「まあ思い出していただいたところで、そろそろ本題と行きましょう。こうしゃべっている間にも、刻々と時間が過ぎ去っているのだから」


 本題?大川は復唱する。五条台はスピーカーがあるであろう天井を見つめていた。


 死亡したはずの五条台たちがどうしてここにいるかは全く説明がされていなかった。だけど、ついさっきの記憶のデータとともに、きっと、人知を超えた何かをしたのだろう。それだけでくくれるとは思えないが。それにしても死亡したはずの五条台たちを集めて、黒幕は何がやりたいのだろうか。


 そんな五条台の問いに答えるように、黒幕は一呼吸置き、高らかに宣言した。


 「実は、今から皆さんで、十五時間の殺し合いをしてほしいのです。俗にいう、デスゲームを!」


 その声は、まるで新しい玩具を与えられ、うれしさに声を上げた子供のようだった。

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