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四話  館

「わかった。大川は下がっていてくれ。俺が開ける。もし何かが襲ってきたら俺が倒すから」


 挙動不振気味にびくびくとおびえている大川に、五条台は勢いでそう言ってしまった。大川は驚いたようにこちらを見た。まあ無理はないだろう。大川が知っている五条台は、きっとそういうことはできない人間だという認識だろうから。現に、五条台と大川の二人で夏にお化け屋敷に行ったとき、扉を開けるのは大川の役目だった。


 要するに、五条台は小心者だ。それに怖い出来事にも疎いので、そういうものには慣れていない。ホラー番組とかを見たら真っ先に悲鳴を上げるタイプだ。  


 だけど、五条台以上に混乱し、怯えている大川を見ると、五条台はその役目を引き受けるほかなかった。とにかくここから早く出て逃げなければ、状況は変わらない。いや、場合によってはもっとひどくなるかもしれない。

 

 「いいの?五条台ってそういうの無理なんじゃないの?」

 「大丈夫」


 大丈夫ではないのに、五条台はそう強い口調で言い切った。だけど本心では、何も出ないでくれよ、と馬鹿みたいにいつもはいないと思っている神様に祈るような気持ちだった。


 五条台は頭の中の雑念を振り払うようにして、頭を振り、自らを乱舞するかのように扉へ向かって歩き始める。もし何かが襲い掛かってきたとしても対処できるように、腰を低くし、警戒態勢を取りながら近づき、円筒錠のドアノブに手を付けた。


 ひんやりとした感触が手のひらからひじへと伝っていく。背中で大川の不安げな視線が手に取るように感じた。心臓が警告を発するかのように鳴り響く。


 何もないはずだ。ちゃっちゃと開けてしまえば、それで終わりだ。それに扉は開いていない可能性だってあるんだし。自分に言い聞かせ、五条台は一呼吸入れる。


 円筒錠のドアノブをひねり、五条台は覚悟を決め、体重をかけるようにして一気に扉を外に押し出した。扉は鍵が掛かっていることがなく、予想以上に軽くあいた。ぎぃ、と扉が鈍い音をたてた。

 

 緊張のあまり、思わず五条台と後ろにいる大川の表情が同時にひきつった。


 五条台は反射的に後ろへのけぞり、何かが飛び込んできてもいいように構えながら、外の様子を見た。


 「……本当に、ここどこなのよ」


 後ろで大川がかすれた声でつぶやいたのが聞こえた。五条台も、目の前の光景に息をのんでしまった。

 そこには、だれもいなかった。人工音も聞こえない。もちろん危なそうな人の姿も確認できなかった。

 

 だけど、そこに広がる風景は、一瞬五条台が目を疑うほどのものだった。


 長く伸びた廊下。豪邸でよくみられるような、平行に設置された七枚の窓ガラス。まるで中世の館のような雰囲気を漂わせるまっすぐと伸びた赤いカーペット。天井につりさげられた、電気のついていないシャンデリア。暗がりに浮かぶ壁際に置かれているろうそく。そして、長年人の住んだ気配のない、ほこりのような香り……。


 一般庶民の五条台たちにとって、そこは全く持って見慣れない場所であり、同時にこんなところに住んでみたいな、と空想で描いたものが立体化したような豪勢な廊下が、そこにあった。廊下は五十メートル強の長さを誇っていて、奥はカクッと右へと曲がる通路が見受けられた。


 「どういうことだよ、これ。どう考えても異常だろ」


 夢を見ているのではないか、と思わず頬をつねったが、ほのかに痛みが走った。どうやら、これが現実のようだった。だけど、一体どういう風の吹き回しでこんなところにいるのだろうか。


 不意に五条台は、スマホのホームに表示された、三つの選択肢のうち、館内マップというボタンの存在を思い出した。


五条台がスマホが貼っているポケットの中に手を突っ込むと、大川も同じことを思い出したのか、同じくポケットからスマホを取り出し、起動した。


 起動し、ロック解除ボタンを押し、ホームへ移る。やはり、館内マップというボタンは存在した。五条台はそのボタンをプッシュすると、画面が白くなり、真ん中に小さな文字で〇〇パーセントと表示された。


それはやがて〇一、〇二、〇五と飛ばすように一〇〇パーセントに近づいていった。


 「大川。館内マップ押した?」

 「ええ。今ダウンロードのマークが出てるわ」


 大川が視線を逸らすことなくスマホを凝視していた。


 しばらく待つと、最後に百パーセントと表示され、それからすぐに館内マップと思われるものが表示された。目を見張るほど、館内マップに書かれた地図は入り組んでいた。まるで小学生用の凝った迷路のようだった。その大きさから、誇張抜きで東京ドーム三、四つ分の広さを誇るのではないか、と思った。そして右上には小さく二階と表示されていた。どうやら五条台たちは二階にいるようだった。



 自分たちのいる位置が矢印キーで表示される。どうやら五条台がいるところは、館内マップによれば最西端の廊下にいるようだった。


 「ねえ、どういうこと?こんな豪華な豪邸を持ってるくらいの財力があるなら、私たちみたいな一般人誘拐したって無意味だよね」


 不思議そうな口調で大川が誰ともなく聞いた。五条台も賛同する。はじめは確かにただの誘拐犯がいるだけの家だと思っていた。だけど不思議なことにスマホを置き、さらに地図も用意してくれている。それに拘束もされていない。まるで五条台たちが動けるように。


 「もしかしたら、俺たち単に拉致られたんじゃないかもしれない」

 

 ようやく五条台はその可能性に気付いた。確かに普通の誘拐なら、こんな自由に行動させてくれるはずがない。地図なんて与えることなんて絶対しないはずだ。


 ほかに何か、俺たちをさらったやつには狙いがあるのか?ようやく五条台はそう考えることができた。


 「でも、こんな雰囲気の豪邸?いや、館内マップというから館か……。こんな豪邸というか館ってみたことないんだけど。少なくとも日本では。私たち、一体どこにいるのかしら」

 

 大川が不安げな声色でつぶやく。片手でスマホを慣れた手つきで操作している。五条台は思わず人差し指を唇の下にあてた。


 確かにその通りだ。こんな豪勢な館など、日本にあったとしたらとっくに世界遺産とか、ホームページとかに載っているだろう。だけど少なくとも五条台と大川は、この館を知らない。というか日本といえば城しか思い浮かばない。いったいここはどこなのだろうか。外国だったらシャレにならない。


 仮に逃げおおせたところで、五条台は英語が苦手で、中学三年生だというのにいまだ中学二年生レベルで止まっている。ほかの人と話せる気がしない。


 「わからない。だけど一刻も早く、ここから逃げ出したほうがいいと思う。なんか、不吉な予感がする」


 五条台はそうつぶやいた。事実、廊下に出たところで、五条台はただならぬ不安感を覚えていた。まるで、何かが這いずってくるような不快な感情……。五条台がマイナスの感情をひきづっていると、ハッと大川が目を見開いたのが視界の隅に入った。

 

 「あとさ、これはいまどうでもいいかもしれないんだけどさ」


 五条台の言葉に応えることなく、大川が神妙な表情をし、彼に向き直った。瞳が心なしか揺れている。


 「見て。これ」


 そう言って差し出したのはスマホの画面だった。五条台に見えるように押し付けたスマホの画面を見ると、は十個の赤い長方形の囲いが目に入った。左側に五つ、右側に五つ。きれいに余白がなく表示されている。


 そしてその囲い一つ一つに、四文字から五文字ほどの漢字の羅列が並んでいた。いやちがう。これは--名前だ。一つの囲いにつき、一つの名前が記入されているのだ。


 いったい何を示すのだろうか。五条台にはまだわからなかった。どんな顔をしていたのか、大川が一つの囲い――一番左上にある囲いを白く、細い指で指す。


 「名前みたい。十人分ある。それに、ほら。これ見て」


 五条台は大川が指をさした名前を見た。 

 

 そこには、自分の名前が漢字で書かれていた。五条台智樹。漢字は一文字も間違っていなかった。


 さらにその横には、大川向日葵の名もあった。


「大川、お前の名前も載っている」

 「どういうことだろうね。とっくに私たちの名前、ばれちゃってるみたい。それに……」


 大川は一度言葉を切り、五条台と大川の下に表示されている八つの囲いを見た。


 「多分、私たちのような状況で、拉致されてきた人たちが、ほかに八人いるみたい」


 五条台の視線が、残った八人の名前をとらえる。名前からして、男が三人、女が五人。それに五条台たちを加え、男四人、女六人。


 スマホの電源を切り、大川は気弱なため息をついた。


 「どういう意図か知らないけど、とりあえずみんなと合流しましょう。話はそれからよ」

 「そうだな。確かに多いほうがいいし。だけど、みんなどこにいるんだろうな」


 今は一人でも、五条台たちと同じ立場の人たちを集めて、ここから出たほうがいい。五条台はそう考えた。


 「そうね。脱出ゲームでも一人でも人が多いほうがいいしね」


 大川は微笑する。ほかに八人も仲間がいるかもしれないということを知って少しだけ元気づけられたのだろう。

 だけど、一体どうやってこの大きな館の中で探せばいいのだろうか。五条台が捜索方法を思念し始めようとした、まさにその時だった。

 

 ゴーン……。 ゴーン……。 ゴーン……。


 どこからか、重い響きをまとった大きな鐘の音が聞こえた。あまりの音の大きさに、鼓膜が小刻みに震える。大太鼓の合唱を聞いた時のような、直接心臓を震わせるような音だった。思わず五条台と大川はほぼ同時に天井を見上げた。ろうそくで照らし出されたシャンデリアが不気味に光る。


 「やあ皆さま。お目覚めのようですね」


 鐘の余韻が完全に消え、そして、代わりにくぐもった男女不明の声がどこかに設置されているスピーカーから聞こえてきた。その声は、まるで、大きな大事件が起こる前の事件予告のような雰囲気を帯びていた。


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