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二話   目覚め

 暗雲がはれ、ようやく三日月が顔を出してきた。とある部屋にその光がうっすらと差し込んだ。月明りの当たるその部屋はだれがどんな風に見たとしても、古めかしく不気味な姿に映ることだろう。


 その突き当りに照らされ、ウウ、という小さなうめき声を発し、五条台智樹〈ごじょうだいともき〉はゆっくりと自分の意識を手繰り寄せ、目を覚ました。目を開けると、ぼんやりと目がかすみ、見えている景色が何重にもなり、何を見ているかわからなくなっていた。だけど体の前部分は生暖かいので、どうやらうつぶせになっていることは理解できた。それに、両手両足の感覚もなかった。頭がずきずきして、まるで重度の風邪をひいたかのようだ。


 かすれた声を発しながら、五条台は口から肺に取り込まれているありったけの空気を吐き出し、だるい体を必死に動かし、上向けになった。そのまま大の字になって転がる。長距離を走ったかのように心臓がどきどきしている。


 なぜか呼吸が苦しい。吸って吐いてを繰り返し、酸素を取り込む。少しの間そうしていると、ようやく頭がしゃきっとしてきた。頭痛はそのままだが、目を覚ました時よりは若干引いてきたような気がする。


 ---なんだろう。この違和感。


 五条台は頭の中でぼそりとつぶやいた。両腕を握ったり開いたりし、感覚が戻ってきている実感を得る。


視界がようやく定まる。どうやら俺は天井を見上げているようだ、と自分が見ている光景を意味もなく実況した。


天井には、小さな光がともったランプがつりさげられていた。そこ以外の光源は月明り以外なさそうだった。なんとも簡素な場所にいるのだろうか、と疑問に思う。


 いや、なんで俺、こんなところにいるんだろう。


 まるで冷水をかけられたかのように、意識が覚醒した。まだ鈍い両手を動かし、五条台は背を起こした。状況が起きたばかりなのか、理解できない。現実に翻弄されるとはこのことだろうか。


 空からは三日月の月明りが部屋に降り注いでいる。いつもだったらそれを見ても全く何も思わないのに、今の五条台にとっては、いやに不気味な月明かりに見える。


 いやな予感がし、五条台は両手を見る。幸い両手には鎖とか、そういう拘束道具の類のものはついていない。少しほっとした。もしそうだったらますます混乱する。


 「落ち着け、何があった?なんで俺はこんなところにいるんだ?」


 五条台は暗示をかけるように、自分にそう聞いたが、寝起き一番に混乱し続けているせいで、最後の記憶がはっきりしない。


 五条台は自分の着ているものを見る。学校の制服を着ていた。五条台にとって、学校の制服を着ているときは学校に行って授業を受けて帰る時の間だけだ。家にいるとき、又は友人と遊びに行くときは、絶対に制服ではなく私服を着ている。


 制服を着たままここにいるということは、帰り、あるいは行きの時、拉致されたのだろうか。そう考えると、五条台の背筋に寒いものが走った。


 拉致された?五条台は勢い良く立ち上がった。立ち上がったときかすかにめまいがし、くらっと転倒しそうになる。


 よりによってこの俺が?五条台はあたりを素早く見渡した。部屋はそこそこ広かった。だけどそこは、部屋の真ん中にベッドが置かれているだけの、簡素なものだった。ベッドは古いものの、どこか洋風の豪邸を想像させるほど、金メッキなどの装飾がつけられていた。床は木材で、ランプの光の影響でぬめぬめとした光を放っている。五条台はベッドの右側---出口付近の方向に転がっていた。


 今のところ五条台に何かを教えてくれそうな人の姿はなさそうだった。最悪だ……。五条台は肩を落とす。


 心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのを内部で感じる。息が苦しい。授業中じゃありえないほど頭がさえているのを自覚した。


 よりによってなんで俺なんだ、と五条台は自らの不運を嘆く。こんなの宝くじで大当たりの七億円が出る確率のほうが高い。ほかにだって、いいや五条台より劣っている人間なんて多いはずだ。そいつらではなく、なんで俺が選ばれたんだよ、と同時に五条台は理不尽な運命に毒を吐いたが、ゆらゆらと今にも消えそうなランプの炎を見ると、それが急速に萎えた。


 殺されるのか?不意に五条台にとって一番最悪なケースが脳内をよぎった。

 すぐにそんなわけないとそれを振り払いながらも、可能性がないわけではないことにどうしようもない焦燥感を覚える。この前やっていたニュースで、女子大生が拉致られ、殺害されたというニュースをこの前見た。そのニュースを見た時、五条台はかわいそうだな、とだけで流していたのだが、実際こんな目にあってみると、体の奥底から恐怖という信号を打ち上げられ、発狂しそうになった。


 そして犯人は……まだ捕まっていない。うなじの毛が逆立つ。

 もしかして、その犯人が第二の犯罪を犯し、この俺を…。

 いやいやそんなはずがない。拉致が起きた場所は五条台が住んでいる東京ではなく、長崎で起きた。絶対に関係ないはず。というか拉致されたということの前提が間違っているのではないか?現に、五条台の両手両足には何か、拘束道具はつけられておらず、目の前には扉がある。まるでここから出てくださいとでも言いたげだ。


 「そうだ!ケータイはあるよな……」

 容易に見つからないように、ケータイを持っていくときは内側の胸ポケットに入れていることを思い出したのだ。一瞬この状況を打開できるかも、という希望を覚える。すぐに内側の胸ポケットに入ったケータイをまさぐる。さっさとこのおかしな状況を両親と警察に伝えて、この場所を特定してほしかったのだ。


 だけど、内側の胸ポケットの中には、何も、入っていなかった。嘘だろ、とつぶやいたとき、確かいつも親からの着信がうるさく、着信拒否の表示にしたら怒られるのが嫌で、一週間に二、三回の割合で家の引き出しに封印していたことを思い出す。自分の愚かすぎる行いに五条台は思わず舌打ちした。よりによってなんで二、三回の時に拉致られたんだよ…。と気を落とす。


 どうやらこの意味不明な状況を伝えることができないようだった。連絡手段を持っていない自分が愚かしい。

 このままさっさとここから飛び出したかったのだが、なぜか理性はやめろと叫んでいた。なんでだろうと理由を考え、すぐに思いつく。拘束道具がなく、目の前に扉がある。どうにも話がうますぎる気がするのだ。


 「畜生。ほかに誰かいないのかよ」


 意味もなく小声でつぶやいたとき、五条台はふっと床に一瞬光が見えた気がした。なんだ、と思い五条台が床に視線を近づける。


 そこには、使ってくださいと言わんばかりのスマートフォンが落ちていた。犯人が誤って落としてしまったのだろうか。


 それにしてもラッキーだな、と五条台は焦る気持ちを抑え、スマートフォンの電源を入れた。一瞬、電池残量が残っていないのではないか、と考え思わず軽い吐き気を催すくらいの恐怖心が浮かんだのだが、幸いそんなことはなく、ちゃんと電源がついた。充電は、奇妙なことに百パーセントだった。

 「やった!これで連絡が取れる。はははざま~みろ」

 誘拐犯に悪口をたたきながら、スマホの立ち上がりを待つ。その時間がやけに長く感じた。


 ようやく電源が付き、画面中央に鍵穴のボタン、そして左には緊急用連絡という文字が表示された。


 やった、という妙な達成感を覚え、思わず扉を見る。奥には人の気配はせず、人工音も聞こえない。


 それを確認するなり五条台はすぐさま非常用連絡という文字を押した。するとすぐに画面が動き、画面に零から九の数字が浮き出してきた。


 やった、これで少なからずも逃げられる!五条台は狂喜し、小走りに一一〇と指を使ってプッシュした。


 それを確認し、すぐに五条台は通話ボタンをプッシュした。これで警察につながる。これで助かる!

 五条台はそう確信を持っていた。


 県外ですという表示が表れるまでは。


 はじめその文字を見たときは、ただの文字の羅列として何と書かれているのかがわからなかったが、三秒ほどたった時にはその文字を読解できた。同時に行き場のない憤怒とむなしさにおそわれる。


 「は?は?は?ふざけんなよ!なんで……」


 頭に血が上り、思わずスマホを投げ捨てようとしたのだが、考え直し、それを自分のズボンのポケットに入れた。


 思わぬチャンスや期待が一瞬で消えた絶望はとてつもなく大きかった。ころころと入れ替わる感情に思わず涙が出そうになった。大きく舌打ちし、畜生が!と吐き捨てた。ぼさぼさになっている髪を両手でかきむしる。


 どうなっているんだ?と五条台は思った。一体俺はどうしてこんなところに……。混乱しきった頭で無我夢中にイラつきの発散を考えようとした。すると。


「……ン……」


 俗にいう自暴自棄になりかけたとき、どこからかだれかの、女性の寝息の声が突如耳に入った。


 「!誰かいるのか」


 五条台は後ろから狙撃されたように振り返った。直感が後ろから寝息が聞こえた、と告げたのだ。


 だが後ろを見ても、ベッド以外部屋の中には何もなく、ただ不気味に上のランプがつり下がっているだけだった。


 そこには女性の姿はなかった。だけど耳を研ぎ澄ませば、やはりこの部屋のどこかから寝息が聞こえてくる。


 仲間がいるのか、と少しばかりの期待感を胸にしまいながら、五条台は部屋の中をきょろきょろと見まわし始めた。

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