聖剣ぶっ壊したから鍛冶師になります
ギィン!
硬質な音を響かせてぶつかり合うのは、ふた振りの剣。
かたや白を基調とした、穢れなき様を堂々と見せつける剣。
かたや、澱みを詰め込んだかのような黒々とした剣。
それは対照的な様子であったが、内包する力は同等であった。
白き剣は聖剣と呼ばれ、黒き剣は魔剣と呼ばれていた。
聖剣を構えるは勇者。人々の希望の象徴。
魔剣を携えるは魔王。人々の絶望の化身。
圧倒的な力を持つ両者は、己の力をあらん限りに出し尽くして、相手を打倒せしめんと激突する。
勇者の振りし聖剣が闇を切り裂き、魔王の命を奪わんとすれば、魔王の振りし魔剣が光を飲み込み、勇者を押しつぶさんとする。
地を割り空を裂き。地形を変えるほどの戦いを繰り広げるも、戦いは終わらない。
その勢いは衰えを知らないかに思われた。
しかし剣を打ち合わせるたびに、水面下で変化が訪れていく。
聖剣は使用者を守り、慈しむ。使用者の疲労や怪我を回復させるという特殊な効果があった。
だが、魔剣は使用者を貪り、食らう。使用者の力を吸い取ることで、強度を増し、威力をあげることができた。
内包する力が同じであったふた振りといえども、方向性が違えば優劣がつくのは必然。勇者は聖剣から伝わってくる違和感が、徐々に強まるのを認め、焦燥感を募らせていた。
勇者は剣同士でぶつかり合うのを可能な限り避けるようにし始めた。
その隙を見逃す魔王ではない。自分の力が剣に吸い取るように奪われていくのを、巧妙に隠しながら果敢に攻め立てる。
これをされてはたまらないのは勇者だ。しばらくして、聖剣は目に見えるほど輝きを失っていた。ともすれば折れてしまうのではないかと思うほどに、魔王の持つ、どす黒く力強い魔剣に比べれば頼りなく見えた。
ギィンッ!!
まただ。剣を気遣い始めた勇者の動きは精彩を欠きはじめ、回避が間に合わなくなったところに聖剣を割り込ませることでなんとか防御する場面が増えていた。
これでは結局、剣の損耗は変わりない。
火花を散らす聖剣と魔剣。押し込むように力を入れた魔王に応じて、勇者もぐいと力を込めた。態勢を整えた勇者が力を込めると均衡は崩れて、立場が逆転するのもすぐに思えた。途端、ピキンッと音が鳴る。それは微かな音ではあったが、極限に集中していた両者にとっては大きすぎるほどだった。
一見して好機であったこの状況に、魔王はなにを思ってか、つばぜり合いをやめて、後方に飛び退った。
そして、余裕を装って嘲りの声をあげた。
「ふはは、勇者よ。貴様の命運も尽きたな! 所詮そのようななまくらでは我を切ることなどできなかったというわけだ」
「…………」
勇者は、答えない。先ほどのつばぜり合いに勝機を見出したからだ。魔王のあざけるような口調とは裏腹に、彼が弱っているのを見抜いていた。
剣同士の戦いなのだ。一瞬のつばぜり合いなどはよくあった。戦いの開始当初は、勇者が魔王の力に押され、一刻も早く流れを断ち切ろうと苦慮していたほどだ。
だが、先ほどの魔王の動きは不自然だった。これが、聖剣の効果による差なのか、はたまた他の要因があったのかは勇者にはわからなかったが、彼は覚悟を決めた。
それは聖剣を使いつぶす覚悟だった。これを最後の一合と定め、全力を込めて振る覚悟。聖剣に代わる武器など彼は持っていなかったし、そもそも存在するとも思えないが、戦闘を伸ばしたところでこのままでは負けてしまうだろうから。
体を沈み込ませて力を溜める。剣は腰の後ろに構えた。彼自身の力に加えて、遠心力も上乗せした薙ぎを放つつもりだったからだ。
勇者の様子が変わったのを悟ってか、魔王は哄笑をやめ、相手の動きを見定めんとした。
途端、勇者は弾丸のように飛び出した。ズドンと地に響くような踏み込み音をさせ、目にもとまらぬ素早さで近づき、渾身の一撃を放つ。狙うは首。狙いは寸分違わず、吸い込まれるように刃が閃く。が、魔王もさるものだ。
魔剣を滑り込ませると、無理な姿勢ながらもそれを受けた。
「ぬおっ!」
「おおおおおっ!」
魔王は苦悶の声をあげ、勇者はより一層の気合を込めて吠えた。拮抗したのは一瞬。勇者は剣を振り抜いた。
キィンッ――
今までの打ち合いとは違う、甲高い悲鳴のような音があがった。勇者の剣は半ほどから、その先を失っていた。輝きは完全に消え失せ、もはや魔王を切ることはできないだろう。
魔王はこらえ切れずに吹っ飛んだが、知らずその口許に笑みが浮かんだ。得物を失った人間など、敵になるとは思えないからだ。
ダンッ!!!
――何の音だ? 魔王は、そう疑問に思うのと同時に驚愕した。目の前に勇者がいた。
あの音は恐るべき踏み込みで、勇者が追いかけてきた音だったのだ。
しかし、そこまで。魔王の余裕は崩れない。なぜなら勇者には武器がないから。彼を殺し切れるほど力をもった、忌まわしき聖剣がもうないから。
ぐいと勇者が手を伸ばす。何をするつもりだと思ったところで魔王は考え至った。
自分を殺せるであろう武器が、その手の先にあることに。魔王は魔剣を奪われないように何かしようと思うも、吹っ飛んでいる最中の身では碌なこともできない。
がっしと勇者が魔王の手を掴み、それをあらぬ方向に向かせようとする。ゴキリと鈍い音を立てて、魔剣を握った手がそのまま向きをかえた。魔王の頭へと、その切っ先が向かうように。
ここで魔王はようやく声なき絶叫をあげた。余裕などもう微塵もなかった。
そんな魔王をよそに、状況は動く。勇者は右手を引くと、魔剣の柄に向かって思いっきり掌底をぶちかました。剣を握っていた魔王の手がちぎれ飛びながら、魔剣は射出される。
魔王の顔面を貫き、体を縫い付けるようにして、その刃は壁に突き立った。
勇者は、勝ったのだ。
そうして魔王が死に、世界には一時の平和が訪れた。魔王を倒した勇者は、その報告をした後に行方をくらましてしまった。人々は語った。なんでも、勇者は魔王を倒したというのに、微妙な顔をしていたらしい。
◇
魔王を殺した勇者は、まず、魔剣を引き抜いた。ぞっとする怖気と共に、魔剣は彼の力を吸い取らんと脈動した。――やはり、肌に合わない。勇者はそう結論付けた。魔剣もそれは業物に違いないのだろうが、彼には扱える気がしなかった。そも、魔剣だ。勇者たる彼とは正反対の属性を宿すそれは、彼にとって敵のようなものだった。
ふぅと息をついて、勇者は魔剣に聖なる気を送り込んだ。魔剣にとっては毒のようなそれに、悲鳴をあげるようにして軋みをあげると、剣は徐々にひび割れていった。
パッと見でも十分すぎるほどにボロボロになったそれを、地面に叩きつけた。強大な力は見る影もなく、粉々に砕け散った。これでようやく事を成したように思えた彼は国へと帰還するのだった。
帰還の旅路は、ただ只管に気持ちが悪かった。腰に聖剣がないのが、ひどく不愉快だったのだ。
魔王を殺したとはいっても、人間に仇なす生物が全滅したわけではない。帰り道はそれなりに過酷だった。襲い来る魔物を、素手や魔法で屠り、時には死にかけることもあった。人型の魔物から武器を奪い取って、振るうこともあった。しかし、通常の武器では勇者の力に耐えきれるはずもなく、あえなく四散する羽目になった。
今は奪い取った武器を腰に差して、不快感がいくらか抑えられていた。彼は気づいた。彼が欲していたのは聖剣ではなく、武器であったのだと。
そも、彼の一生は聖剣と共にあったようなものだった。勇者として戦い始める前は、人生としてあまりにも密度が違いすぎて、誤差のようなものであった。
だからこそ、彼は自分のもとに聖剣が、自分の力に耐えることの出来る武器がないことに、言いようのない不快感を覚えていた。
その不快感は結局ぬぐい切れることがないまま、勇者は魔王を討伐したことを喧伝した。まずは、母国。それから、勇者が魔王との決戦に注力できるように尽力してくれた、ドワーフの国やらエルフの国など。
最後に向かったのは、聖剣を手に入れる地となった国であった。腰に携えて出発した聖剣は、もう、ない。その罪悪感からか、気づけば足が遠のいていたのだった。
歓迎ムードで迎えられるも、勇者の顔は暗い。王へと謁見が叶うと、勇者は聖剣が破損したことを報告した。
その場にいた一同は、総じてなんともいえない表情を浮かべた。というのも、聖剣は王家が代々と守り受け継いできたものだったのだ。誰が作ったのかもわからない。気づけばそこに存在していたかのような宝剣であった。
かといって勇者を責めることなどできようはずもない。王は頭を抱えたくなったが、同時に重責がなくなったことに安堵も覚えていたのだった。
一通りの国を廻った勇者は、考えた。どうすればこの不快感を拭い去ることができるのか。
腰から剣を引き抜く。聖剣の国で武器屋に設えてもらった業物だ。とはいえ、それは常人にとっての話だ。彼の全力の一振りすら、耐えれそうになかった。
無言のまま剣を鞘にしまう。聖剣の国は武器の質は悪くないが、やはり鍛冶といえばドワーフだ。途中でよったドワーフの国は、帰還の途中であったこともあり、碌に物を見て回ることもなかった。
彼は一先ず、再びドワーフの国へと向かうことにした。
ドワーフの国を見て回る勇者だったが、有効的な打開策――つまるところ、彼の全力に耐え得る武器は見つけることができなかった。一振りまでならという程度の剣はいくつかあった。しかし、一度しか扱えない武器に価値はあるのだろうか。使い捨てし続けるには重量の問題があったし、なにより金銭の問題もあった。
改めて腰に差した剣を見る。よく考えれば聖剣の国で用意してもらったこの剣とて、ドワーフが作ったものであったのだろう。そんな簡単な事実に思い至らなかった自分にげんなりとしつつ、彼は適当に歩を進める。……気づけば、辿り着いていたのは鍛冶場だった。
カーン、カーンと鉄を打つ音が聞こえる。なんとなく、気が向いたのでその様子を覗いた。
ずんぐりむっくりとした体形の男――ドワーフが熱気にあてられながら灼熱した鉄の棒を打っていた。思えば、勇者は武器がどのようにして作られていたのかは見たことがなかった。なにがしか得るものがあるかもしれないと思い、遠目にその様子を眺める。
鉄の塊が叩かれるにしたがって、徐々に、ほんの少しずつ形を変えていく様子がなかなか面白かった。
勇者はふと考えた。魔王を倒した自分には差し当たって、もうすることがない。強力な魔物の討伐だったりと、細かいところに目を向ければ役割はあるのだろうが、それは別に勇者である必要はない。
どこかの国家に取り込まれるにしても、どこにいったところで波風がたつだろう。魔王討伐に協力体制をとったといえども、そもそも仲が悪い国というものは存在する。
例えば、それはドワーフの国とエルフの国だったり。土と鉄の国とも呼ばれるドワーフの国と草木の国と呼ばれるエルフの国は、建国当時から仲が悪いといわれている。
なんでもエルフにとっては、ドワーフの纏う土と金属の臭いが気になるだとか。基本おおらかなドワーフとて、自分たちを嫌う相手に仲良く接することはできるわけもない。両者の確執は中々に根深いものといえた。
話が逸れた。ともかく、そんな事情があって、どこの国家にも取り込まれることがないように立ち回った勇者は、これといって使命がなかった。だが、使命はなくても目標はあった。この不快感をなくすという目標が。
こうして鍛冶をする様子を眺めていると、ぼんやりとながら、自分で武器を作るという気が芽生え始めた。
「おわっ!? おまえさんいつの間に!?」
ようやく勇者がいたことに気づいたドワーフが驚いた声をあげる。盗み見るという緊張感からか、勇者は無意識に気配を絶っていたため、ドワーフには彼が突然現れたように見えたのだ。
勇者は、作業に一区切りがついたであろうドワーフに相談した。今しがた考えた、鍛冶屋になりたいということを。
ドワーフはあまりいい顔をしなかった。人間の打った武器が流れてきたことがあったが、ドワーフに言わせればどれもが碌なものではなかったからだ。もちろん、人間にも名工と呼ばれるものはいるが、絶対数が少なく、こぞって求められるがゆえにドワーフのところまでは回ってこないのだ。
人間に良い武器が打てるとは思えないと、ドワーフは思ったところを素直に口に出した。
一切物怖じしない様子から察するに、世俗に疎いのか勇者の顔は認知してはいないらしい。
勇者はそんな反応に渋い顔をした。悪い言い方にはなるが、彼に言わせればドワーフの作った武器とて、十把一絡げに過ぎない。どれも数度扱えば壊れてしまうのだから。
眉間にしわを寄せて、何を言ったものかと悩む勇者。言ったところで聞きやしないだろうと悟ったドワーフは、仕方なさそうに言った。
「なら、しばらく見習いとして働いてみるか? 鍛冶の基礎くらいは教えてやろう」
勇者は一も二もなく承諾した。
それから勇者はドワーフの下で鍛冶を学んだ。もともと、戦闘以外には脳のない者であったから、口で言われたことを覚えるのには時間がかかった。
だが、実践的な指導となれば話はちがった。圧倒的な体のスペックに物を言わせて、染み込む……というにはいささか不適切だが、するすると覚えていった。
技術で作るはずの剣を、力任せに作り上げた時にはさすがのドワーフも唖然とした。もっともその後、あまりになっていない剣の出来栄えに烈火のごとく怒ったが。
しばらくすればドワーフも彼を認めた。時折、自分が教えたやり方とは違う方法で剣を作り出そうとしているのを見たときは、複雑な気持ちになったものだが、作られたそれらの剣の一部に今まで見たことのない仕上がりのものができてしまっては、口のはさみようもない。
ドワーフの教えた基礎を根底に、勇者は彼なりの体系を生み出そうとしていたのだ。
既存をなぞっていては、既存を越えられない。今より途方もなく良い剣を作ろうとしている勇者にとっては、飽くなき挑戦は必要なことであった。
◇
数年して、勇者は一端の鍛冶屋になった。自分の工房をもち、彼の打った武器を好む顧客もついた。彼を教えたドワーフにはお礼として試作の中で最も出来が良かった剣を送った。ドワーフの文化では、よい武器を送ることが最上の敬意になるそうだ。
彼が腰に差す剣は変わった。自分が打った剣になったのだ。それは、力をそれなりに抑えれば十分使用に耐え得るほどのものだった。
ドワーフにとっては、急に自分たちの作った武器を超えるようなものが飛び出してきたのだからたまらない。喜々として鍛冶場を飛び出し、勇者のうった武器を買って研究しようとするものも珍しくなかった。
しかし、その誰もが勇者のやった製法には思い至らなかった。無理もない。勇者は彼の力を最大限に生かした作り方をしていたからだ。冷やす水にも魔法を使い、燃やす炎も魔法。叩く力は馬鹿力で、多少の痛みに耐えて熱した鉄を素手で扱うこともあった。
作る際に魔法を浴びせ続ければ、剣に多少の魔力が宿り、耐久力や鋭さが底上げされることに気づいた。鉄を圧縮するように叩けば、密度があがって固くなり、素手で練るようにして魔力を叩き込むことで内包する力を底上げもした。
しかし、勇者は限界を感じ始めていた。製法は、研ぎ澄ました。今も試行錯誤を続けてはいるが遅々として進展はなく、製法に変化はない。ならば、素材を変えるしかないとばかりに、色々なものに手を出したが結果はよくなかった。
そんなある日、勇者に転機が訪れた。
根を詰め過ぎないようにと、町を散策する勇者。何か参考になればと武器屋を覗くことはもはや日常であった。そして店に珍しい武器が並んでいるのを見つけた。
それは、ドラゴンの素材で作った剣であった。装飾はなく、無骨であったが、荒々しい力を感じ取れた。
同時に、勇者は眉をしかめた。というのも、件のその剣なのだが製法が悪い気がするのだ。というよりこれは、ドラゴンの爪を削って体裁を整えただけのようにも見えて、酷く勿体なく思えた。感じ取った荒々しい力も、方向性が定まってないだけ。小さくとも、武器として洗練されたものの方が、よほど使うのに良いだろう。
彼は久しぶりに恩師のドワーフのところに行って、そのことをいった。
返ってきた答えは勇者にとって意外なものだった。
曰く、口惜しいことにドワーフはドラゴンの素材を加工できないという。素材を使って武器として作りなおすなど以ての外で、長い時間をかけて削って体裁を整えるので精いっぱいだという。
このことを話したドワーフは心底悔しそうな口調で、勇者の目から見てもささくれだった気配が感じられた。あまりにやってられないのかヤケ酒をし始めたドワーフの場所をあとにして、勇者は考え始めた。
彼には、ある種ドワーフよりも強い加工技術があった。勇者の力を使って加工すればよいのだ。おそらくドラゴンの素材でさえも、今の彼なら手が届くはずだ。鍛冶技術を学ぶ前に挑戦しても無駄に終わっただろうが……と彼は微笑んだ。
あの素材を見事に調理してのければ、きっと自分が満足いくものが出来上がる。そう確信した勇者は旅支度をし始めた。
さて、そもそも勇者より絶対に強い存在はおそらく存在しない。ドラゴンも、聖剣があったころには何体か屠ってきた。
何が言いたいかといえば、彼はドラゴンの素材を自らの手で取りにいった。
襲ってくる魔物は容赦なく殺しつくし、ドラゴンを探す旅路についた。ところで人は自らよりも存在として強いドラゴンを避ける。(だというのに、ドラゴンの素材が手に入ることがあるのは、はぐれと呼ばれるドラゴンが稀に存在するからだ。その時は勢力をあげて討伐あるいは撃退しにかかる)
故に未開の地こそがドラゴンの住む地といっても差し支えなかった。
過酷な旅はおおよそ勇者でなければ耐えきれないものだっただろう。舗装されてもない道を強行軍で進む。時折機を見て休息をとる。いざ戦いとなった時に、聖剣すらない今の状態で疲労しているのは避けたかった。
しかして、最終的に勇者のその思いはいい方向に裏切られた。知能あるドラゴンが勇者に語り掛けてきたのだ。会話できるとは思っていなかっただけに勇者も面食らったが、そもそも彼は戦いたいわけではない。自分の目的をそのドラゴンに告げると、ドラゴンは幾分か悩む様子を見せたが、勇者がこれで帰ることを条件に自分が融通することを約束した。
勇者は自分自身に誓約の魔法をかけると、それで約束は相成ったといわんばかりにドラゴンは自分の爪をいくつか折り、鱗を剥がし、終いには牙を一本折って渡してきた。
勇者はさすがにここまでしてもらえるとは思わず慌てるが、ドラゴンがいうには、勇者に同族を殺されるよりは、ここで退いてもらって、できれば二度と近づいてこないでほしいほどらしい。
試作に失敗することもあるかもしれないと考えれば、申し訳なくもそこまでは約束できない勇者であったが、ドラゴンの気持ちはありがたくいただき、帰路についた。
帰ってきた勇者は、一心不乱に鍛冶へと打ち込んだ。長らくの目標が達成できそうな兆しが見えてきたのだ。疲れなど感じることもなく、試行錯誤を繰り返した。
勇者の力をもってしても、加工はうまくいかなかった。なるほど確かに剣として作ることはできた。しかし、素材の味が台無しになってしまっては元も子もないのだ。最初の一本の爪を駄目にして、勇者はどうすれば微妙な均衡で成り立つドラゴンの力を狂わせずに作れるかを必死に考えた。
更に小さく削った爪を使って、実験をした。勇者の魔力と干渉して、やはりうまいこといかなかった。魔力を使わない方向で剣を打つことも考えはしたものの、それでは素材そのままなのと大きくは変わらない。何かしら、干渉を抑える方法、もしくは干渉を良い方向に作用させることが必要だった。
爪を使い切ろうかという頃に、実験は成功した。なんのことはない。仕上げにドラゴンの鱗を使って刀身を磨けばよかった。そうすることで、ドラゴンの力に、後から足された勇者の魔力がよく馴染んだのだ。
勇者はドラゴンからもらった牙を使って剣を打とうと思ったが、不眠不休で5日間は実験していた。完全なコンディションで剣を打つべきだと思いなおして、勇者は2日間を休日とすることにした。
こもっていた空気を入れ替え、久しぶりに町を散策した。帰ってきてからはすぐに工房に籠ったので、やや新鮮な気持ちだった。
とはいえ、街並みはそう変わり映えすることもなく。いつものように武器屋を冷やかして、溜まっていた注文を受け取る。数日間、鍛冶をしていなかったので、カンを取り戻しがてら注文をこなす。気づけば2日間はあっという間に過ぎていた。
結論から言えば、勇者は至高の一振りを打てた。これ以上ない、聖剣に勝るとも劣らないと思える一振りだった。実際、勇者の全力にもこの剣は応えてくれた。
しかし、腰に差してから勇者は考えた。そもそも、勇者自身、何代目かの勇者だという。魔王を倒しはしたが、勇者と同じで魔王はいずれまた現れるというのだ。
ならば、次代の勇者の為にも、聖剣に代わるもの――例えば、今、勇者が持つこの剣とか――を用意すべきだと思ったのだ。
勇者は再び旅に出た。近隣で救援要請が出ていたはぐれドラゴンを討伐し、牙を拝借した。それを使って新しい剣を打ったが、最初の剣とは比べるべくもないほど、力は弱弱しかった。とはいえ、勇者の全力に耐え得るほどの逸品にはなったので、名残惜しいながらも、勇者は一本目の剣を聖剣の国へと差し出した。王は若干ひきつった笑顔でそれを受け取り、勇者に礼を言った。
そして勇者に問うた。
「この剣はどうやって用意したのだ?」
勇者は答えた。
「私が打ちました。私は、鍛冶師になったのです」