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悪の限りを尽くす…つもり  作者: 雷抖
東大陸編
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宿屋・獄鳴亭

 王都ネルフェティア。北側が貴族街、中央が商業区で南東から南西までが居住区、そして東と西にスラム…貧民街が広がっている。

 王城は貴族街の中にあり、【明光騎士団】の本部も貴族街。ただし【明光騎士団】は商業区や居住区にも支部があり、スラム以外の至るところで騎士を見掛ける。逆にスラムには騎士は滅多に寄り付かないが、代わりにゴロツキチンピラ物乞いの大カーニバルだ。つまり治安最悪。

 居住区と商業区には騎士が巡回しているお陰か、活気はあっても殺気は無い。


 俺はそんな活気溢れる商業区を堂々と闊歩していた。


「へいらっしゃい!今日は野菜が安いよー!買っていってー!」


「ほらほら、見てこの艶!新鮮そのものでしょう?」


「……ヒヒ、ジュース、旨いよ……?」


「お客さんお目が高い!こりゃこっちは大損だ!」


「…何か一軒おかしな店があった様な……。…気のせいか」


 そんな快活な喧騒を聞きながら、俺は歩いていた。


 目的はズバリ!


「宿屋探し…なんだけど」


 どうやら俺は今非常にヤバい匂いを発しているらしい。よく考えてみれば、俺はあの魔窟を通って来たんだ。そりゃヤバい匂いも染み付くよな。


「…おかげで門前払いだよ。ゼビュンさん、どうしてくれんだよ…」


 途方に暮れながら歩いていると、いつの間にか商業区を抜け、スラムに足を踏み入れていたようだ。


「…待てよ?ここなら門前払いとかはされないんじゃね?」


 そうだ、ここなら多少匂いがヤバい程度なら、黙認してくれる宿屋もある筈だ。…多少、いやそれなり…かなり?……超絶?


「…うん、とりあえず探そう」


 話はそれからだ。

 そうして暫く探索していると、一軒の宿屋を見付けた。


「……宿屋・獄鳴亭」


 ザ、怪しいって店だな。でもこんだけ怪しければ、むしろ大丈夫な気がする。

 というわけで突入。


「……うぉう、想像通り」


 扉を開けて中に入ったら、むさ苦しいオッサン達がたむろっていた。どうやら酒場も併設している様で、というか酒場がむしろメインか?


 「…ま、いいか」


 一先ず中に入る。するとオッサン達が俺を見た。まるで値踏みするようなその目つきに気色悪さを感じつつも、酒場のマスターらしき男に声をかける。


「ここ、一泊いくら?」


 すると男は訝しげな表情で俺を見ながら答えた。


「……銀貨二枚だ」


「…へぇ」


 銀貨二枚。イース銀貨二枚という意味だろう。それはなんとも


「随分な高級宿なんだな」


 そう、高い。この規模の宿なら、精々銅貨二十枚程度が相場だろう。もちろん、サービスの行き届いた宿なら銀貨一枚を越える場合もあるから、あり得ない訳じゃないけど。


 因みに東大陸で広く使われる通貨はイース。銅貨一枚が1イースで、銅貨百枚が銀貨一枚。銀貨十枚が金貨一枚。そして金貨百枚で金板一枚になり、金板十枚で白金貨一枚、白金貨百枚で白金板一枚となる。

 つまり、銅貨1イース、銀貨100イース、金貨1000イース、金板10万イース、白金貨100万イース、そして白金板一枚で1億イースだ。金板以上は貴族や大商人でもない限りはまずお目にかかる事はないだろう。

 他大陸では通貨は違うが、役割的なのはあまり変わらない。東のイースに南のサウ、西のウェス。これらが、その大陸で一般的に使われる通貨だ。


 話を戻そう。キュルキュルキュル。

 この宿はどう高く見繕っても40イースを越えないだろう。つまりこれはぼったくりだ。ふっかけだ。


「……嫌なら帰んな。とは言っても、この辺りじゃどこも似た値段だけどな」


 するとオッサン達がゲハハと笑う。……別にここじゃなくてもいいけど、その態度は気に入らないな。


「…ふぅん。ちょっと疑問なんだけど」


「……何だ」


 俺はオッサン達をチラリと見ながら、聴こえる様に言った。


「あの人ら、そんな金額を払えるとは思えないんだけど」


 瞬間、酒場の空気凍った。そして徐に一人のオッサンが立ち上がって詰め寄って来た。


「……おい兄ちゃん、それは俺らが貧乏だと言いてぇのか?アァ?」


「どう捉えてくれても良いぜ。でも、そう思ったんなら、それは自分で自分が貧乏だと思っていたって事じゃないかなー?」


 ビキリ。そんな音が聴こえてきそうな程青筋を立てるオッサン。


「言葉には気を付けろよな、兄ちゃん。痛い目に遭いたくはねぇだろう?」


 どうやら決壊寸前みたいだ。それならば言うことはただ一つ。


「アンタみたいなオッサンに兄ちゃんとか言われても嬉しくないんだよなー。やっぱりそれは可愛い女の子が言うからこそ…」


ブチッ。多分そんな音がしたんじゃね?


「ぶっ殺してやらぁぁクソガキがぁぁぁ!!!」


 オッサンが何処からか棍棒を取り出して殴り掛かってきた。


「《護影装(ごえいそう)》」


「痛ってぇぇぇぇ!!??」


 困った時の《護影装》。超超硬度のこの膜は、そう簡単には壊せないぜ?


「クッソがぁ!妙なモン使いやがって…、おい!テメェらも手を貸せ!」


 オッサンの言葉に、オッサン達は各々の武器を取り出して殴り掛かってくる。


「おらぁぁって痛てぇぇぇ!?」

「死ねやぁぁぁ腕がぁぁぁ!?」

「ドラァァぁ脚ががぁぁぁ!?」


 そして撃沈。いやバカなのか?何で殴るだけ?魔法、使えないのか?

 そうして酒場内に悲鳴が響き渡ると、奥の方から一人の人物が歩いて来た。長めのくすんだ銀髪に開いているか分からない眼、穏やかな表情だが、寒気のする顔をしたその男は、その閉じてる様な眼で辺りを見回してから口を開いた。


「随分と騒がしいですねぇ…。何事ですか?」


「ま、マスター!?」


 へぇ、あれがマスターか。…ならこのマスターもどきは誰だ?


「コーデン。何があったんです?」


 すると最初に突っ掛かってきたオッサンが冷や汗をダラダラ流しながら答えた。いや、どんだけだよ。


「そ、それが、そこのガキが、俺達は銀貨二枚も払えない貧乏人だと言いやがって…!」


「そこまで言ってねーだろ。話を盛るな」


 《痺縛(ひばく)》か《幻夢(げんむ)》使うぞコラ。


「銀貨二枚?何の話です?」


「あぁ、それは、この人がこの宿は一泊銀貨二枚って言ってさ」


 マスターもどきを指差して俺が告げると、マスターは眼を僅かに開き、マスターもどきは血の気が引いた。


「おや、それは変ですねぇ。この宿は一泊30イース。銅貨三十枚の筈なんですが……。どういう事でしょう?」


「あ、そ、それはその、あの……」


「君、クビ。さっさと出ていって下さい」


 マスターが偽マスターにそう告げた。


「ま、待って下さい!これには訳が…」


「聞こえませんでしたか?…出ていけと言ったんだ、消えろ」


 殺気を放ちながら告げたマスター。偽マスターは顔面蒼白になって、慌てて酒場を出ていった。


「大変失礼致しましたお客様。あの様に、不埒ものは排除致しましたので、ご容赦下さい」


「ん、別に気にしてねぇけど、ちょっとやり過ぎじゃねぇの?」


「いえいえ、お客様を騙すなど、言語道断。それとも、お気に召されませんでしたか?」


「いや?別に?…アンタがマスターなんだよな」


「えぇ、獄鳴亭の店主兼酒場のマスターをしております、ロットと申します。以後、お見知り置きを」


 そう言って、ロットは深々とお辞儀をした。


「あいよ。んじゃ手続きいいか?」


「こちらにお泊まりになられるので?」


「あぁ」


「でしたら、お代は結構でございます。先程のお詫びとしては安いかと存じますが、何泊でも、お好きなだけお泊まり下さい。」


「……随分と太っ腹だな。何か企んでそうで素直に受け取れねぇな」


 俺がそう言うと、ロットは完全なる作り笑顔で答えた。


「いえいえ、私からのささやかなお詫びでございます。」


 さてどうするか。俺は別に他の宿でも構わないんだよな。けど、探しに行くのはめんどいし、無料なのも捨てがたいからな。それに、何かあっても対処は出来るし…。


「んじゃ、お言葉に甘えて泊まらせて貰うわ」


「おぉ、どうぞお気の済むまでお泊まりになられて下さい。空いているお部屋なら、何処をお使い頂いても結構です。食事は残念ながら付いておりませんが」


「勝手に食うからいいよ」


「おぉ、ではごゆっくりと」


 俺は奥に進んだ。どうやら扉が開いているのが誰もいない部屋の様で、八つの部屋の内三つは先客が居るようだ。俺は一番奥左の部屋を選んだ。

 部屋には粗末なベッドとサイドテーブルが一つ、タンスが一つのみが置いてあり、窓には格子状の棒が並んでいて、まるで監獄みたいだ。


「これは30イースでも高いな」


 呟き、扉の前にちょっとした仕掛けを施してから、ベッドに倒れ込む。どうやら思っていたよりも魔窟に体力を奪われていた様だ。俺はそのまま眠り込んでしまった。


「ぎがっ!?」

「あふぁ……」


 時折そんな声が扉の外から聞こえてきたが、罠にかかったバカのモノだから無視して寝た。

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