王都侵入・ゼビュンの独白
「うぅ……、酷い目に合った…」
「文句聞かされ続けた俺様のが酷い目に合ってるっての」
「これが【魔窟通し】……、確かに魔窟を通された…」
「うるせぇ」
あの魔窟を通り抜け、俺は王都ネルフェティアへと足を踏み入れていた。どうやらここはスラムの様だ。周りを見渡せば、ガラの悪そうな連中やボロ切れを纏った連中が見受けられる。それに、住居らしきモノもボロボロだ。
「……【明光騎士団】があるこの国にも、こんな場所はあるんだな」
「ま、この国の実情を考えれば、当然だわな」
大国二国に挟まれ、その両国から支援を受けるネルディ。それに便乗した奴らで栄えた国でもあるから、貧富の差は激しい。それは例え強力な軍事力を持っても、簡単には変わらないか。
「それに、オーディアやガルフェイクで食い詰めた奴や、国を追われた奴がこの国に避難してきてるからな、余計にその悪い流れが加速してんだよな」
「………どの国も、闇を抱えてる…か」
「むしろ、闇を抱えてない国の方がおかしい。そんな国は、異常だ。」
「……あぁ、…そうだな」
…確かに、輝かしいだけの国はあり得ない。そうだ、あり得ない…。
「…おい、兄ちゃん、どうした?顔色が悪いぜ…?」
そう言って、ゼビュンが怪訝な顔をして覗き込んでくる。どうやらいつの間にか顔に出ていたらしい。
「いや、大丈夫だ」
「そうか…。…さて、これで依頼は完了だな?」
「あ、あぁ。ありがとう、ゼビュン。方法は最悪だったけど、助かったよ」
「最悪とか言うな。んじゃ、金出しな」
「何か恐喝みたいだな…。…っと、これで足りるか?」
懐から金貨を取り出してゼビュンに渡す。
「おう…、あん?これ、この辺の通貨じゃねぇな。…この紋様は、南大陸のか?」
「え?あ!間違えた、こっちだ!」
慌ててこの東大陸で広く使われているイース金貨を取り出して差し出す。
「お、おう…、毎度あり。…にしても、サウ金貨をこの大陸で見る事になるとは、びっくりだ」
「…ゼビュン、サウ金貨を見たことあったんだな」
「おう、俺様は基本このネルディを中心に活動してるが、たまに他の国や大陸に行ったりすんだ。とはいえ、他大陸じゃ銀貨はともかく金貨を見る事は滅多に無かったから、うろ覚えだったけどな。…咄嗟にそっちを出したって事は兄ちゃん、出身は南大陸かい?」
「………」
「あ、いや、すまん。あんま触れていい事じゃねぇっぽいな。悪い」
「……いや、いいさ」
そう、俺の出身が何処か何てどうでもいい。ましてや俺の素姓何か、もっとどうでもいい。
「…兄ちゃん、これやるよ」
そう言って、ゼビュンは白い札のようなモノを渡してきた。
「これは?」
「正規の手段で入国した時に渡されるモノだ。これを見せれば、不法入国者とは思われねぇ。…よっぽどヘマをしない限りはな。結構高いんだから、大事にしてくれよ?」
そんな物があるのか…。にしても…
「これ、お前に依頼したら必ず貰えるのか?」
「いんや?普通なら渡さねぇ。この国に初めて来た奴はそもそもこれを知らねぇから聞いてこねぇし、知ってる奴もこれの正規の手段以外での入手方法の困難さは知ってるから、貰えるとは思ってねぇしな」
入手が困難って…、そんなに貴重なのか。
「なら、何で俺にはくれるんだ?」
「……まぁ、さっきの詫びも兼ねてるけど、兄ちゃんを気に入ったからかな?」
「…俺を?」
「おう。文句は多いし罠はダメにするし俺様の神経を逆撫でするような事もするし、ムカつく事もあるけど、何処か放っては置けない。そんな兄ちゃんを、俺様は気に入っちまったんだ。………って、何言わせんだよ!」
「痛っ、お前が勝手に言ってんだろ!俺に当たるなよ!」
「うっせぇ!さっさと行っちまえこの優男!」
「はいはい。つか優男って悪口か?…悪口か」
「さっさと行け!」
癇癪を起こした子供みたいなゼビュンに追い立てられて、歩き出す。何を怒ってんだか。…子供といえば。
「あ、そうだ、おいゼビュン」
ふと思った事を言おうとしてゼビュンを見る。
「何だよ、もう用はねぇだろ?」
不貞腐れた様なゼビュンの姿に苦笑しつつ、俺は言った。
「もうちょっと綺麗にした方が良いぞ!女の子なんだから」
するとゼビュンの顔が、体が、固まった。そして数秒の後、のぼせた様に真っ赤になった。
「な……あ…、き、気付いてたのか!?」
「ん?当たり前だろ?そんな可愛い顔してんだし、気付かない訳ないだろ」
「かわ……!?」
「じゃあなー」
軽く手を振って別れを告げて、俺はスラムを行く。
「かわ…いい…?」
そんな声が風に乗って聴こえてきた気がしたけど、多分空耳だろう。…こうして俺は、王都ネルフェティアに密入国したのだった。
◆
俺様はゼビュン。【魔窟通し】の名で通っている、依頼主を密入国させるプロフェッショナルだ。ネルディ王国近辺の裏家業者にはそれなりに名が知られている。
歳は…忘れた。この仕事を始めて五年ってのは覚えてる。
俺様は、昔はこんな汚い事を一切知らずに育ったお嬢様だった。……そう、お嬢様だ。つまり、女だ。今の見た目からじゃ想像つかない様な、小綺麗でちんまりとした女の子だった。
家はそれなりに裕福で、小さい子供が欲しがるようなお菓子やら玩具やらは、望めば簡単に手に入った。一人っ子だったのも関係していたかもしれない。俺様は、親の愛を一身に受けていた。
……家が燃やされるまでは。
どうやら俺様の両親は、あまり人に好かれない類の仕事をしていた様で、恨みを持つ誰かに屋敷を燃やされた。…よくある話さ。
生き残ったのは俺様だけで、しかも周りに味方はいなかった。両親は近所でも評判が良くなかった様だ。
俺様は泣きながら懇願したよ、誰か助けてってな。
誰も見向きもしなかったな。
俺様がスラムに落ちるのも、当然の結果だな。だけど俺様は考えなしだった。家と両親を無くしたそれなりに裕福な生まれの女の子が一人でスラムに向かったらどうなるか。
そりゃあ下衆共に捕まるよな。よくある話だ。
奴らの下卑た顔、今でも思い出すぜ。おっと、誤解すんなよ?俺様はまだ女の子だぜ?それが、俺様が少しだけ運が良かった所だろうな。
突然、一人の男が下衆共の前に現れて、奴らを散々に蹴散らした。そして男は手を差し伸べつつこう言った。
「お前を救う事は出来ないが、生きる術を教える事は出来る。この手を取るかどうかは、お前次第だ」
そりゃあ手を取るさ。何せ今と違ってその頃の俺様はまだ幼気な女の子だったんだから。
それからその男に、俺様は育てられた。勉強、鍛練、また勉強。魔法も教わったけど、どうやら俺様はあまり魔法は合わないらしく、初歩的な強化魔法を覚えるのが精一杯だった。とはいえ、初歩的とは言っても魔法は魔法だ。スラムの下衆程度なら軽く捻れる程度の強さは得た。だけど完全に安全って訳じゃない。だから俺様は、両親から受け継いだ茶色の髪をボサボサにし、段々と膨らんできた胸を布で潰して一人称を変え、男に見える様に振る舞った。
そのお陰か、ただ汚いからか、誰も俺様に手を出す事は無くなった。やっと俺様は安心出来た。これでもう、自由だと思えた。
男が俺様を奴隷市場に売るまでは。
あの日助けてくれたのは俺様を信頼させる為で、あの下衆共も仕込みだった。男は楽しそうにそう言って笑った。俺様の絶望した顔を見て、その顔が見たかったと嗤った。
男は俺様の両親を恨んでいた。しかし俺様の両親は他の恨んでいた誰かに殺され、恨みだけが残った。そんなとき、娘である俺様の生存を知り、二人の代わりに俺様を復讐の対象とした。
信じていた自分を裏切った両親への恨みを、絶望を、俺様に味わわせてやる。男は、泣いた様に笑っていた。
しかしその時、奴隷市場で反乱が起こった。奴隷達が前々から計画し、実行に移したのがちょうどその日だったのだ。
混乱の中、俺様は隙を突いて逃げ出した。高く売るために教えた魔法。皮肉にも、その魔法のお陰で逃げる事が出来た。
後日、男が死んだ事を知った。どうやら男は何度かあの奴隷市場を訪れており、それを覚えていた奴隷に殺された様だ。
俺様は、何も感じなかった。
それから数年が立ち、俺様は生まれ育った国を出て、ネルディ王国で密入国の手伝いを仕事にしていた。国を出た理由は、今でも分からない。でも多分、両親が死んだ国、男が死んだ国だったからだと思う。…気付いたら、国を出ていた。
ネルディに来たのは、仕事が多そうだと思ったからだ。この国は荒れている。表面上は穏やかだが、水面下では様々な陰謀が渦巻いている。そんな国なら、後ろ暗い仕事も需要があると思ったし、実際この国には俺様の同族がたくさん居た。
そして俺様は仕事を始め、現在ではお得意様も多数いる。
だけど俺様の心はあの時から止まったままだ。
いつか、この心が再び動き出す時は来るのかな?
「……ん、…っと、寝てたのか…」
いつの間にか寝ていた様だ。…しかし、あんな夢を見るとは。
「ハッ、俺様らしくもねぇ。……こんな俺様を認めてくれる奴が、いるわけねぇのに…、まだ俺様は、あり得ない奇跡を信じてるのか?」
それに裏切られたのに?
「ハッ、俺様もまだガキって訳か……。…ん?」
ふと見ると、ネルフェティアの門の方から誰かが近付いて来ていた。
「っと、客か?それとも衛兵か?…ま、どっちでもいいか」
俺様は休憩所の役目も兼ねてる小屋に入った。他の小屋にはたくさんの罠を仕掛けている。客でも俺様の事を知らない奴なら、引っ掛かる。俺様は用心深いからな、正規のお客以外には容赦しねぇ。ま、正規の客にも容赦はしないけど。
「……いつか、こんな警戒しなくてもいい相手に、出会えるかな?」
黒髪で灰と白の服を来た誰かを見ながら、そう、呟いた。
まさかゼビュンが女の子だったとは(棒)
因みに歳は13~14歳辺りだと思います。




