ネルディ王国
ネルディ王国。東大陸の北西であり最北に位置する国。西にオーディア王国、東にガルフェイク帝国、そして南にズロ共和国がある。国土はオーディアの半分にも満たない程度で、東大陸では真ん中くらいの広さだ。しかし人口はオーディア、ガルフェイク、そしてケルセオ皇国に次いで四番目であり、人口密度で言えば一番の国である。
何故それほどまでに人が居るのか。それはネルディ王国の位置が一つの要因だろう。先程も述べたが、西にオーディア、東にガルフェイク。このオーディアとガルフェイクだが、仲はあまり良くはない。流石に戦争を起こす程ではないが、かといって友誼を結べる程でもない。そんな二つの大国に挟まれたネルディには、その二つの大国から様々な援助がなされている。理由は簡単で、もしもの時の為の保険である。
ネルディがどちらかに付けば、付いた国が相手国を上回れる。それを阻止するため、また自国に付かせる為、オーディアとガルフェイクはネルディを支援し、それに乗じた商人やら傭兵やら多種多様な人材がネルディに集まり、結果、人口が増えたのである。
そんなネルディ王国には有名な二つの組織がある。
一つは、【明光騎士団】。もう一つが【カジーフロット】である。
【明光騎士団】は二つの大国にも屈しない為に組織された軍団であり、現在では両国が持つ最大戦力と並ぶ程の軍事力を誇る。
【カジーフロット】は数年前から頭角を現してきた盗賊団だ。今まで数多くの商人商隊店舗、果ては王城をも狙い様々なモノを盗み、姿を消していた。例え実行犯を捕らえてもそいつは何も知らない下っ端のみで、頭目はおろか幹部級ですら今まで捕まっていない。
そんなネルディ王国に今、一人の青年が入国した。密入国した。黒い髪に少し吊り気味の翠の瞳、灰と白の服を着た青年だ。
そして彼の存在によって、ネルディ王国に大騒動が巻き起こるのだが、それはまだ少し後の事である。
◆
俺の名は…んー、アル。アル……、レ?レー…ベン。うん、そうだな、俺の名はアル・レーベン。もちろん偽名だ!
さて俺は先日大陸横断鉄道、魔導列車アースハルフィナーに乗ってオーディア王国から逃亡しようとしていた…が、その列車が何か【カジーフロット】とかいう変な奴らに乗っ取られ、その際のゴタゴタで俺は途中下車を余儀なくされ(する必要は無かったよな、今思えば)、トボトボと歩いてネルディ王国の首都である、王都ネルフェティアに辿り着いた。
だが、辿り着いたはいいが俺はオーディアで指名手配されている。隣国であるこのネルディはオーディアと結構仲が良いため、普通に行ったら王都に入る為の門の所で即捕縛だろう。
だから俺はちょっとズルさせて貰う。…何処の国にも、どんな国にも、暗い部分は存在する。そんな暗い部分の一つが、俺みたいな奴を密入国させる事で生活している奴らだ。
俺は門から離れた所にある、ボロボロの家屋が五軒程建っている場所に向かう。辺りは静寂に包まれていて、一見ただのボロ小屋が並んでいるだけに思えるが、微かに人の気配がする。…それ以上に錆びた鉄の匂いが蔓延しているけど。
恐らくこの五軒の内四軒はカモフラージュで、扉を開けると罠が作動するのだろう。この錆びた鉄の匂いは、その罠の匂いと罠に掛かった犠牲者の匂いだろう。
さて、どれが正解だと思う?まず三軒が一列に並んでいて、その向こうに後の二軒が建っている。
手前左の小屋は扉の取っ手に赤黒い何かが付いていて、手前真ん中の小屋は井戸が付いていて、手前右の小屋は大量の縄が放置されていて、奥左の小屋は松明がいくつか転がっていて、奥右の小屋は何か臭い。
さぁ、正解はどれかな?…って、推理する必要ないんだけどね。
「《護影装》!」
強化魔法を使った。
「んじゃまずここだな」
手前左の小屋の扉に手をかける。どうやら赤黒い何かはただの塗料の様だ。てことはいきなり正解か?
「ほいっ」
扉を開ける。矢が飛んでくる。《護影装》に弾かれる。
「んー、ハズレか」
中はボロボロで、矢を射出する罠以外は特に何も無かった。残念ハズレだ。
次は手前真ん中の小屋だ。井戸を覗き込むと、上から斧が降ってきて、首の辺りで《護影装》に阻まれる。ふむ、あからさま過ぎるからな、やっぱり罠か。
気を取り直して真ん中の小屋の扉に手をかける。
「あー、違うか」
扉を開ける。尖った丸太が襲い来る。《護影装》に弾かれる。
室内はこの罠にかかった者のモノらしき大量の血が床に染み付いていた。
「ちょっと変えてこっち行ってみるか」
そして奥左の小屋に向かう。何故か松明が4つ程転がっているけど、これは?
「そうか、抜け道みたいなのがあって、そこを通るのにこの松明が必要なんだな!」
なら、ここが正解かな?扉に手をかける。
「よいしょっ」
扉を開ける。足元が開く。落ちる。剣山が!?《護影装》に阻まれる。
「何だ違うのか」
辺りには錆びた剣山と犠牲者の屍があった。とりあえず、頑張ってよじ登って脱出。小屋の中を見るが、特に何も無かった。
「ふぅ、次だな」
奥右の小屋に向かう。何か臭い。あまり良い予感はしないね。だけど一応扉に手をかける。
「多分違うと思うけど!」
扉を開ける。便器が並んでいる。扉を閉める。
「さて、行くか」
何も見なかった事にして最後の小屋、手前右の小屋に向かう。辺りには大量の縄が放置されていて、いかにも怪しい。
「ふむ、地下通路的な所に行く為の縄かな?なら、ここが正解だろう。正解の筈だ。正解じゃないと、あの小屋に行くしか無くなる…」
もしここが正解じゃ無かった場合、あの便器が並ぶ小屋…便所を捜索する必要がある。嫌だ。
「…合っていてくれ……、頼む!」
扉を、開けた。
「片っ端から開けて設置が面倒な罠を尽く発動してくれやがってこの野郎!!!」
「あ、正解か」
鈍く輝く鉈を振りかざして襲いかかってきた人物を見て、呟く。
「避けんな!」
「え?うん」
「オラ死ね…痛ってぇぇぇえええ!!??」
《護影装》に弾かれ、手を抑える誰か。
「さっきまでの見てなかったのか?」
「う、ウルセェ!殺してやる!」
「何で?」
「ぉ、おお、《腕昇》ォッ!」
「…えー」
誰かは強化魔法を使った。…けど、《腕昇》って……
「オラ死ねェェ!!」
ガンッ!!!
「痛ってェェェェ!??」
「…アホか」
《護影装》よりも数段劣っている《腕昇》を使ったって意味無いだろ。
魔法にはランクがある。詳しい説明は今はしないけど、下から下級・中級・上級・特級となっている。特級の上も存在するが、一般的なのはこの4つのランクだ。
《護影装》は特級で、《腕昇》は下級。勝負になる訳がない。ましてや、同じ強化魔法なのだ。同じ系統なら、ランクが高い方が強い。当たり前だな。
「さて、気は済んだか?」
「済むか!!人がせっせとしつらえた罠を全部発動させて無傷な上に、俺様の腕をこんなにしやがって…」
「腕は自業自得だろ」
「ウッセェ!!……ハァ、もういいや。何か疲れるわ、お前と会話してっと」
「ん、んじゃ俺の依頼を聞いて貰おう」
「…やっぱそれが目的か。…本来なら、依頼を受ける前にちょっとした確認やらを行うんだけど、…お前はいいや」
「確認?」
「あぁ。俺様の仕事は普通に犯罪だからな。依頼主の素姓や、力量を確認させてもらわねぇと、危険過ぎるからな」
「…?素姓を確認するのは分かるけど、力量を確認する理由は?」
「んなもん、弱っちぃのを連れてって、そいつがすぐに捕まったりして、俺様の事を吐かれたらヤバいからに決まってるだろ」
「あぁ、なるほど」
確かに、そうなったらマズイよな。
「…つー事だ」
「ん?でもよ、さっきので俺の力量は、まぁ分かったかもしれないけどさ、素姓の確認はいいのか?」
俺がそう言うと、誰かは一瞬ポカンとした後、プッと吹き出した。
「ハハハッ!お前、自分の立場をもっと良く理解した方がいいぜ?なぁ、超絶高額賞金首の兄ちゃん」
「…それ、そんなに有名か?」
「まぁこの国じゃまだ、俺達みたいな商売している奴らとか、お偉いさん辺りしか正確な情報は持ってないだろうけど、そう遠くない内に民衆にも知れ渡ると思うぜ?」
「……なら、依頼は無理か?」
「ハッ、嘗めんな。【魔窟通し】のゼビュン様を甘く見るなよ?そんな事で依頼を断る程ひよった感性はしてねぇ!」
「【魔窟通し】?」
「二つ名みたいなもんだ。…さぁ、どうする兄ちゃん?この俺様に依頼するか?あの壁の向こうに行きたいと」
王都をぐるっと囲む巨大な壁を指差して、ゼビュンは問う。
「言っとくが、そう簡単に入れる程甘い場所じゃねぇ。止めるなら、今だぜ?」
「…生憎、俺もその程度で尻込みする感性は持ち合わせてねぇ。…ゼビュン、お前に依頼する。俺を王都に連れていけ」
「…ヘッ、そう来なきゃな!んじゃ、着いてこい!」
そう言って、ゼビュンは歩き出す。…便所に向かって。
「あの、ゼビュンさん?王都には何処から行くおつもりで?」
「あ?何だ?その喋り方。何処からって…」
ゼビュンが便所を指差す。
「あそこから」
「スミマセン急用を思い出したので帰ります」
そこは無理だよ。




