仔山羊亭にて
孤児院での色々から数時間後。既に空は暗く覆われ、街に明かりが灯っている。大通りには昼とは違った陽気な声が聞こえてきたりしている。そこかしこに比較的安価で柔らかな光を放つ魔道具、塔街灯が立ち並んでいて、暗いと感じる事は無いだろう。
大通りは王都ネルフェティアの中央を縦に伸びていて、それぞれの両端に他の区への入口がある。…といっても、居住区とは殆ど隔たりは無いけど。貴族街との境に壁が築かれている…のは、前に言ったか。
そんな夜の王都の大通りを、俺ことアル…じゃないジオはのたのた歩いていた。もうこの国では、基本こっちかな。悪事をする時とスラムに居る時だけアルに戻ろう。悪党は大変だな。
「…にしても、腹減ったなぁ」
昼間のごたごたからの色々で無駄に腹が減ってる。ってことで、今は夕飯を食べる為にここ大通りに来ている訳だ。ついでにちょっとした説明もしてみた。あぁそうそう塔街灯ってのは魔道具の1つで、小さな塔の形をしていて、てっぺん近くに光を放つ……なんか水晶みたいなモノがある。その水晶っぽいモノだけだと何の意味も無い。塔部分にごちゃごちゃした色々が詰まってるからだ。…さっきから色々ばっかり言ってるな。まぁいいか。
「探すのも面倒だし、もう仔山羊亭でいいか」
せっかく王都に居るんだし色んな種類の食べ物を食べてみたいけど、美味しい店を探すのは面倒。だから、味が分かってる所に行く。発掘はそんなに好きじゃないんだよな。気に入った店があったらそこばっかり行くタイプだ。
さて、そんな訳でやってきました仔山羊亭。調べた所、某熊が居るあの食堂とは関係無かった。よかったよかった。
「いらっしゃいませー! お好きなお席へどうぞー!」
仔山羊亭に入るとすぐにそんな声が飛んできた。どうやら昨日とは違ってわりと空いているみたいだ。ガラガラって程じゃないけど、混雑しているって程でもない。さて、好きな席ねぇ。
「あっ、ジオー! こっちこっちー」
「んぁ?」
呼ばれた方を見ると、昨日と同じ席に座るイアブルがこちらを見て手を振っていた。
「あぁ、イアブルさんのお連れ様ですか。ではこちらへどうぞ」
「いや…まぁいいか」
さらっとイアブルの連れにされたけど、別に問題はないから否定せずに店員に連れられてイアブルの元へ。
「それでは只今お品書きをお持ちいたしますので、少々お待ちください」
そう言ってペコリと頭を下げ、席を離れる店員さん。イアブルとは反対側の席に座る。
「…本当に常連なんだな」
「あはは、まぁねー」
昨日の今日だけど、店員の対応を見る限りはそうらしい。あははと笑うイアブルはニコニコしている。
「……? どうした? 何か良いことでもあったか?」
「ん? いやいや、良いことっていうか、ちょっと面白い事があってね。…人は見かけによらないよね」
? よくわかんねぇけど、
「まぁ確かに。イアブルが俺と同い年なんて思わねぇしな」
「あれあれ? もしかして喧嘩売ってるかな?」
あぁ、気にしてんのな童顔なの。でも本当に幼く見えるんだよなぁ。普通に15とかに見える。
「気にすんな。俺は気にしてねぇ」
「いや、気にしてるの僕だし! ていうか少しは気にしようよ!」
イアブルがぐでっとなった所でさっきの店員が品書きを持って戻ってきた。
「こちら、お品書きになります。ご注文がお決まりになられましたら、お呼びください」
「ん、どうも」
「…ところで、イアブルさんはどうしたんですか?」
「さぁ?」
「えぇー…」
イアブルが不服げな声をあげたけどどうした? 店員は不思議そうにしてたけど、他の客に呼ばれてそっちへ行った。
「……何でこんなのがアレを処理出来たんだろ…」
「ん? なんか言ったか?」
「こっちの話」
含みのある微笑みでそう言うイアブル。…まぁ、別にいいか。適当に注文して料理を待つ。その間、イアブルと雑談する。
「……はぁ、気乗りしないなぁ…」
「ん、どうした?」
テーブルに突っ伏して心底面倒そうに呟くイアブルに問い掛ける。
「明日さ、本来は休みだった筈なんだけど、だん…上司から頼まれ事があって、休みが潰れちゃうんだよね」
「ふーん。嫌なら断れば良かったんじゃねぇの?」
「そうもいかないよ。断れるような上司じゃないしね」
よほどのお偉いさんか? …つーかイアブル、仕事してたんだ。
「お前って何処で働いてんの?」
俺が言った瞬間、イアブルの顔が一瞬強張った。普通の人なら見逃すほど一瞬だったけど、俺は認識できた。
「……知らない方がいいと思うよ、お互いの為に…さ」
「…ふぅん」
言えないってよりは、言うと厄介って感じか。…ふむ、だとするとあれか、【明光騎士団】かな? それなら確かにお近付きになりたくねぇな。…まぁ、仕事中じゃなけりゃ別にいいか。まだ騎士団って確定した訳じゃねぇし。
「そういうジオはどうなの? 何か暇そうにしてるけど」
「酷い言われようだ。お前とはここでしか会ってねぇだろ。何で暇って決めつけんだよ」
暇だけど。軽くからかうように言ったつもりだったんだけど、何故かイアブルは慌てた。
「あ、そ、そうだよね、ごめん。……そうか、それもそうだよね」
「んぁ?」
「こっちの話」
そればっかだな。ふと、イアブルが何か考え込んでいる。そんな時に頼んでいた料理がきたから、イアブルは無視して食べる。うん、中々。
「……よし。ねぇジオ」
「もぁ?」
「ごめんちょっと待つからそれ飲み込んで」
口内の料理を咀嚼し飲み込む。そして改めてイアブルの話を聞く。
「ふぅ。で、どうした?」
「今日の事なんだけど、こんな話知ってる?」
「どんな話?」
イアブルが何かを探るような目つきで俺を見ながら告げる。
「居住区の片隅で、とある貴族が一人、亡くなったんだ」
「………」
確定。イアブルは【明光騎士団】の騎士だ。うわぁ…一番会いたくない奴らの一人じゃん。しかもこの感じ、俺があの場に居た事も知っていそうだな。…うわぁ、めんどくさ。
「…で? それがどうしたよ」
「……んー…。突っ込んで聞いてもいいんだけどねぇ…」
あれ? 聞いてきた割に、そこまで追求する気配がねぇな。
「ま、今はただのイアブルだし、別にいっか。ゴメンね、変な事聞いて」
お、どっかの真面目騎士と違って融通が利くなこいつ。
「まぁ、いいけどよ」
「変な話したお詫びに、今日は僕が奢るよ」
「今日もじゃね?」
「…そういえば、昨日も僕が払ったんだった……。あ、あのジオ? やっぱり…」
「おーい店員さーん! 今日の支払いはイアブルが全額払ってくれるらしいから、そこんとこよろしくなー」
「うぇえ!?」
「あ、了解でーす!」
「そんなあっさり!?」
ふふん、一度言ったら変更はナシだぜ。よし、もっと食おう。
「あと、料理追加でー!」
「はーい!」
「容赦無いね!?」
まぁな。俺は悪党だからな! ……なんか狡いなコレは。何てやり取りをしながら、夜は更けていく。明日はリーナの為にちょっと頑張らねぇとな。まぁそこまで頑張る気は、今の所はねぇけど。
漸く次から、最初の書きたかったポイントまでいける。魔導総戦の代表決定戦(ネルディ王国編)スタート! ……のつもり。色々出てくるから、お楽しみに。ワタシとかデスとかね。




