現れた豚
「…とりあえず、もう魔法は完全に解けてるな」
若干挙動不審な二人の様子が少しだけ気になるけど、魔法自体は完全に解けてるから大丈夫か。
「…あの、今更なんですけど、本当に貴方がアルさん…なんですよね?」
どうした唐突に。
「あぁ、そうだけど。いきなりどうした?」
「あ、いえ、その……さっきまでと顔つきが全然違ったので…」
……そうか、《呪界視》の作用で視覚を歪められていたから、俺の顔が違う顔に見えていたのか。
「……因みに、どんな顔だったんだ?」
さっきまでの彼女達の反応を思い出す限り、中々にアレな顔つきだったのは間違いない。…つーか、かなりヤバめな顔だったのかも。
「…えっと、かなりその…、見るに絶えないというか気持ち悪いというか…」
「あのキモい客に似てたよね。…思い出したら吐き気がしてきたかも。もしもカナトが擁護してなかったら、確実に殴ってた。…いや、触りたくもないね」
「………そうか」
思ってた以上に思ってた以上だった。通りで態度の端々に嫌悪感が滲んでいた訳だ。…むしろよく抑えられたな。俺なら絶対蹴り飛ばしてる。
「…でも、何でアイツはそんな魔法をアタシ達に掛けたんだろ。罵られるのが好きな変態だったのかな?」
「変態云々はともかく、何でそんなことをしたのかは、ある程度予想がつくけどな」
「え、ホントに?」
「多分な。…魔法を掛けられたお前達二人は、その嫌な客の事を激しく憎む。それこそ、一目見ただけで襲い掛かるぐらいに」
「うっ…」
先程までの事を思い返したのか、ミスラが顔を渋くする。
「んでそれからだけど、あくまで俺の推測な? 自分と似た特徴を持つ人物を憎む魔法を掛けたそいつは、自分に似た誰かをこの場所に向かわせる」
「ここに?」
「あぁ。すると、お前達はその人物を見て激昂し攻撃する。さっきみたいにな」
「あ、あはは…」
苦笑いのスニア。
「後は騎士団に通報する。すると、騎士の連中は状況を見てお前達を拘束するだろう。言い逃れが出来る状態じゃないしな。そこに魔法を掛けた奴が割り込んできて、お前達の身柄を預かるとか言い出す」
「…え、でも騎士団の人達がそれで私達の身柄を渡しますか?」
「十中八九渡すな。だって連中の大半は、貴族贔屓だし」
「……貴族?」
俺の言葉に疑問の声を洩らすミスラ。
「そう貴族。恐らくだけどお前達に魔法を掛けた客、貴族だぞ」
「えっ!?」
「嘘!?」
驚く二人。やっぱり気付いてなかったか。
「しょ、証拠は?」
「言動…が大きなポイントだけど、もっと分かり易いのが使った魔法だな」
「…魔法?」
「お前達二人に掛かってたのは、呪い系の魔法だ。呪い系の魔法は大概の国で習得を禁じてる。危険な代物だからな。そんな魔法を覚えられるのは、裏の人間かそれに通じてる奴ぐらいだ」
「…それなら、裏の人間なんじゃないの?」
「いや、それはない。裏の人間なら、しかも呪いに手を出す様な奴ならそもそもこんな事に使わない」
裏はある意味表以上に色々と厳しい掟に縛られている。破れば殺される、厳しい掟に。そんな奴らが、この程度の事で目立つ事をする訳が無い。
「…まぁ、よっぽどお前達が酷く恨まれていない限りは…だけど」
そう。例外としては、復讐の対象だったりとかだ。それなら、呪いを掛けるのも頷ける。…まぁ、公衆の面前で堂々とってのは流石に無いけど。
「そんな! 恨まれる事なんて!」
「そうだよ! アタシ達はそんなの!」
「あくまでも、そうだったらって意味だ。お前達を疑っちゃいねぇよ」
「…なら、…いいけど…」
「話を戻すぞ。そういう訳で裏の人間ではない。なら、それに通じてる誰かって事だ。古今東西、貴族が裏の人間と繋がってるってのはよく聞く話だ。王族だってそれは例外じゃない」
とある国では、王様が裏の人間のトップも兼ねていたしな。案外この辺りでもそうなんじゃね?
「…つー訳で、俺の推測としてはそいつは貴族で、騎士団の連中は大抵が貴族に媚売ってるから、要求はすんなり通るだろ。…言いたくねぇけど、お前達はスラムに近い人間だから、余計に…な」
スラムの住人や奴隷を同じ人間とは欠片も思っていない騎士は、わりと多い。この国に奴隷はいないけど、奴隷制を取り入れてる国では、奴隷は道具と同じって考えが根付いている。酷い奴は道具以下とすら……ちょっと逸れたか。
「はい、これでそいつは大手を振ってお前達を手に入れられる。後はどう扱おうとしてもそいつの自由。逃げても騎士が動く。何を言っても聞き届けられないだろう。騎士は貴族の味方だから」
「そんな…」
愕然とするミスラとスニア。でもこの国が輪を掛けて酷いってだけで、大体の国が似た感じなんだよな。弱者を虐げるほど強者になっていく。嫌な世の中だよ、ホントに。
「…あくまでも俺の推測であって、実際は全然違うかもしんないから、あんま重く受け止めるなよ?」
「いや、無理でしょ」
「確信に満ちてますよね?」
即答された。そうだったら嫌だよなーって話なんだけどな。
「………ん?」
「どうしました?」
俺の声にミスラが反応する。…あれ、やっちゃったか?
「…ちょっと聞いていいか?」
「はい?」
「ここ、路地の行き止りだよな?」
「えぇ、そうですが?」
三方を壁みたいに建物で塞がれてるこの孤児院。暗い路地の奥に位置するこの孤児院以外に、路地から来る誰かの向かう場所は無い。つまり、誰かがこの孤児院に近付いてきているって事だ。
「もう1つ。…今日、来客の予定は?」
「いえ、ここに来る人なんて誰も……、…!」
喋っている最中に俺の質問の意図を悟り、そしてさっきまでの会話を思い出したのか、徐々に血の気が引いていくミスラ。
「…あの、アルさん、一体何が…?」
質問の意図が分からなかったのか、スニアが聞いてくる。
「…ここに誰かが向かって来てる」
「えっ……!」
何故分かったかというと、さっき二人の魔力の流れを調べていた時に、ついでに周囲を魔力探知していたからだ。魔力の流れを調べ終わっても魔力探知は続けていたお陰で、誰かの接近に気付けた。…相手が魔法を扱えない人物だったら効果が無かったけど。つまりここに向かって来てる奴は、魔法を扱える奴だ。
「…ど、どうしよう…!?」
「…や、やるしか、ない…!」
「待て待て落ち着け」
オロオロするミスラと血気に逸るスニアを落ち着かせる。カナトもオロオロしてたけど、ついでに落ち着いたみたいだな。そしてユマは変わらず俺に引っ付いている。…お前凄いな。
「俺が見てきてやるよ。…俺が言った事になりそうだし」
まさか本当に誰か来るとは。…いや、まだそうと決まった訳じゃない。…訳じゃないけど、一応確認した方がいいよな?
「で、でも…」
「危ないんじゃ…」
「アルさん…」
「心配すんな。俺なら大丈夫。…けどその前に」
そこで区切り、首を後ろに向ける。
「ユマ、ちょっと降りてくれるか?」
流石にこのまま行くのはな。俺がそう言うと、ユマは少し考え込んだ後、言った。
「…やだ」
「いや、そこは分かったじゃね?」
「や!」
「今日一大きな声出したなおい。…あのな、そのままだと危ないかもしんないからな?」
「おにぃちゃん、まもれないの?」
「馬鹿言うな余裕だっての」
「あ、アルさん! 乗せられないで下さい!」
「ハッ! …ユマ、恐ろしい子! …って、遊んでる時間はもう無いんだ。分かってくれ、ユマ」
「………」
やがて、静かに降りるユマ。
「ありがとな」
「……ぇへ」
頭を撫でると顔を弛めて嬉しそうにするユマ。そしてそれを少し羨ましそうに見つめるミスラとスニア……、………? まぁいいか。
「うし、じゃあちょっと見てくるわ。特に何でもなけりゃいいんだけどな」
「そう言うとダメな気がしますけど」
「あ、やっぱり?」
扉を開け、孤児院の外へ。扉を閉めて路地を見る。少し先で道が曲がっているからまだ見えないけど、もう間もなく姿が見えるな。
「…っと、そうだ、このままだとちょっと都合が悪いな」
そろそろ俺の手配書が上の方から下に回されてくる頃だな。相手が誰であれ、このままは避けた方がいいな。
「闇魅化」
闇魅化を使って姿を変える。騎士団に話を通すなら、ジオの姿のが都合が良いからな。トップと顔見知りだし、この姿では悪い事してないし。うん、悪い事はしてない。
「……む? 誰だお前は」
何て考えていたら、いつの間にか接近していた奴が到着してた。
「……似た奴が、これ? …これと似た奴に間違われてたとか、泣ける」
目の前にいるのは、上質な服を着たオーク…じゃなくて、肥えたオッサンだ。なるほど嫌悪感しか湧かねぇ。……つーかもしかして本人か? 身に付けてる装飾品が結構値を張りそうなモノばっかだけど。
「おい貴様、貴様はその孤児院の関係者か?」
初対面で貴様とか。確定、こいつは貴族だ。しかも典型的な嫌な貴族。
「まぁ、関係者って言ったら関係者だし、関係者じゃないって言ったら関係者じゃないかな」
「意味が分からん。関係者ではないならそこをどけ。用があるのはアニスとラーミスだ」
…? アニスとラーミス? 誰それ?
「人違いじゃないか? ここにはアニスとラーミスなんて名前の子はいねぇぞ?」
「何だと…? だが確かに名札にはアニスとラーミスと書いてあったが…」
考え込む豚貴族。…アニスとラーミスねぇ。………ん? スニア、アニス。ミスラ、ラーミス。………んん?
「…いや待て、それを知っているということは貴様、そこの関係者だな!」
「それがどうした?」
「…貴様、先程から何だその口のききかたは。私はオークマソ家の者だぞ!」
「オークマン? ピッタリな名前だな」
「オークマソ!! …貴様、よほど死にたいようだな」
オークマソが怒気を孕んだ声で告げる。豚が凄むなよ、醜い。
「殺したら騎士団に捕まるぞ?」
すると一転、勝ち誇った様に笑みを浮かべるオークマソ。
「ククク、馬鹿め。貴様の様な愚民を殺した所で、私に騎士団の手は及ばん。何せ私は、騎士の幹部と懇意にしているからな」
そうか、だからそんなに強気なのか。…でも、いくら懇意にしてるからって、それはどうなんだ?
「分かったか? 今なら泣いて詫びれば許してやらん事も無いぞ?」
「…へぇ、断られた腹いせに呪いを掛ける様なアンタが、許してくれるのか?」
瞬間、豚の表情が変わった。
「……どうやら、要らぬ事を知ったようだな」
「それを言うって事は図星って事だけど、いいのか?」
「構わんよ。死んだら何も言えなくなるからな!!」
そう言って、オークマソは少し前から発動準備をしていた魔法を放った。
「《呪怠死》!!」
それは、紛れもなく呪いの魔法だった。




